番外編 第8話 撮影現場と勇者の魂
ある日の午後、伝説の勇者の魂が眠ると噂される古代遺跡側の森では、ダーツ魔法学園聖騎士ギルドに所属する勇者イクトを中心として、緊迫のアクションシーンが展開されていた。カメラが見守る中、俳優レベルの演技力を持ちアイドル系でありながら端正な顔立ちでもあるイケメンの勇者イクトは剣を片手に迫真の演技中だ。
「グルルルルゥ……勇者……倒ス、使命……果タス! ウガァアアアア」
魔族からの洗礼を受け、悪しき力に目覚めた獣人族ダークウルフは魔の刻印を刻んだ鋼のオノを装備しており、通常の獣人を遙かに凌ぐ高い攻撃力を身につけていて厄介だ。魔族への忠誠を果たすためか、それとも獣人としての本能か? ダークウルフは手にした鋼のオノを振り回しながら若者へと襲いかかる。だが、《勇者》と呼ばれた若者は黒のマントをひらひらと靡かせて、獣人の攻撃を軽々と避けた。
「ガガァ?」
予想外の若者の動きに困惑する獣人、一方若者は余裕の表情で獣人と間合いを計りながら攻撃体制に入り、鞘から引き抜いた剣で対峙する獣人を凪払う。愛用の長剣、《ロングソード》がキラリと光る。
「悪しき魔族に魂を売り、自然を愛する心を失った哀れな獣人よ……お前はこの聖なる森を汚し、カラム村の人々の平和な暮らしを奪った。その罪、許すわけにはいかない……魔法剣スペル発動!」
キィイイイン!
若者の紡ぐ呪文に反応し、ロングソードが共鳴し始めた。遙か昔に精霊達が産み出したという秘匿の呪文を古代言語で唱え終わると、ロングソードに炎のチカラが備わり、ゆらゆらと熱い陽炎があたりを包む。
「いくぞッ! うぉおおおおおっ!」
――刹那、獣人の甲冑を炎の魔法剣、《フレイムソード》が灼熱の一撃を浴びせ、魔族との契約の証である刻印が刻まれた鋼のオノを粉々に砕く。その瞬間、獣人を操っていた障気が森に拡散し始める。
「勇者様、ここは私に任せて」
すると、若者を防御呪文で援護していた少女が一歩前に出て杖を振りかざし、障気を浄化する。
「サンキュー、助かったぜ」
「……勇者様……」
戦闘がひと段落し、愛しそうな眼で見つめ合う二人。
少女はミントブルーが印象的な美しい髪色をしており、清楚ながらもスタイルの良い身体のラインが分かるタイトなデザインのローブを身に纏っている。厳しい戦いの高揚感からか、不安をかき消すかのように若者にそっと肩を抱き寄せられて頬を赤らめる。どうやら若者の大事なパートナーのようだ。
見つめ合う二人がそっと眼を閉じ、お互いの唇を求め合うように重ね合わせる瞬間をカメラが捉え……。
「カット! イクト君、ミンティアちゃん良かったよ。ダークウルフさんもさすがベテランですね、迫力がすばらしい! 次は各ヒロイン達との複雑で切ないラブシーンだから……気分を変えるためにちょっと休憩をいれます。休憩を挟んだら衣装替えして次のロケ現場に徒歩で移動でーす」
なんとか、OKをもらいホッと胸をなで下ろす。
いろいろあって、オレたちは現在絶賛売り込み中の伝説のハーレム勇者小説の宣伝用ドラマを撮影中だ。撮影とはいえ、迫力のバトルシーンに緊張しっぱなしだ。ちなみに、この撮影は学園の図書館に現れた関西弁の精霊からの発注であり、なぜかオレたちギルドメンバーに名指しで依頼されたものだ。なんでも、精霊が日常的にハーレムを展開するオレたちを見かけたとかで「ハーレム勇者ならイクト君しか考えられない……」とか言い始めたらしい。ギルドの特別クエストとして引き受けたものである。
「ありがとうございます!」
「私、本当のバトルシーンみたいでドキドキしちゃった」
「いやぁ、二人とも今回が初めてとは思えないくらい演技が達者ですなぁ……次のハーレムシーンも期待してますよ!」
「ははは……」
ベテランだという獣人族のアクション俳優さんにハーレムシーンについて触れられるが、乾いた笑いで誤魔化す。まさか、本当にオレがハーレム状態のハーレム勇者だとは思っていないようだ。
「イクト君、たくさん動いて大変だったでしょう? スポーツドリンク飲む?」
「ありがとう、ミンティア」
ミンティアはハーレムの話題を避けるように心掛けているのか、何事もなかったようにスポーツドリンクを手渡してきた。さっそく口に含むと、ひんやりとしていて様々な疲れが溶けていく。
なんせ、普段使わない武器種ロングソードで演技をしたのだ。オレの愛用の装備は棍であるし、バトルスキルを習得済みで気に入っているため今後も棍を愛用し続けるだろう。他の武器種に変えるつもりはない。でも、芝居を介して普段使わない武器を試すのも勉強か……。
チク、タク、と休憩所内のテーブルにちょこんと置かれた時計の針が地味に響く。オレとミンティアの次のシーンに使用する衣装が遅れているそうで、しばらくこの場で待機となった。
少し疲れているが、撮影はまだ続くのだ……しかも、これからのシーンはマリア演じるシスターとミンティア演じるパートナーに挟まれた修羅場、さらに他のヒロインとの婚約話も持ち上がるという何とも言えないハーレムぶりである。実生活でもギルドメンバー全員と婚約している身であるせいか、よけい緊張する。
『緊張することないよ、勇者イクト君……キミはキミらしく勇者をすればいいのさ……』
爽やかなイケメンボイスが突然頭上から響く。
「……えっ誰?」
あたりを見渡すがそれらしき人物の姿は見えない。スタッフさん達や他の役者のみなさんは一足先に次の現場に移動しており、残されているのは衣装替えの為に残っていたオレとミンティアだけである。
ふと、目の前のテーブルに置かれた例の元祖ハーレム勇者の小説を何となく見つめるが……。
「どうしたのイクト君?」
「いや、何でもないよ……」
遙か昔、ハーレム勇者と呼ばれたかの人物の魂が勇者イクトを優しく見守る。どうやら、なにげなく話しかけた言葉が勇者イクトの心に届いたようだ。
『いいんだよそれで、キミはキミらしく……勇者イクトのストーリーを進めればいい。この物語はキミだけの、キミが主人公の物語なんだから……今までも、これからも……ね!』