番外編 第3話 令嬢からの手紙
前略 結崎イクト様
アースプラネットでの生活はその後どうですか?
私は以前のように地球で普段通りの高校生活を送っています。高校2年生に無事進級出来ました。地球では悪役令嬢カノンではなく普通女子高生カノンとして、それなりに頑張ってるよ。
最近では、異世界の塔で長い時間閉じ込められていたのが夢の中の出来事のように感じる事もあるんだ……不思議だね。
そうそう! 塔の中で一緒に暮らしていた名村ほのかちゃん……実は私と同じ女子校の中等部に通っていたの。同じ学校の先輩と後輩だったのに全然気づかなかった……『元々、私達って縁があったんだね』とさっきも話してたんだ。
今日は名村ちゃんとウチのメイドのコノハと私、そしてゴスロリドール財閥所属のモデルの女の子達と一緒にお花見をしたんだよ。今年の桜は咲くのが遅かったから心配していたけれど、すごく綺麗に咲いて……本当はイクトとも一緒に見たかったな。
ずっと一緒だった幼馴染イクトのいない生活は、やっぱり少し寂しいです。けれど、幼馴染の幸せを願える素敵な女性になりたくてあの時は無理してたんだ。
もう、今更かもしれないけれど、私はずっとあなた結崎イクトさんの事が大好きでした。幼馴染としてだけではなく、一人の異性として。
幸せになってください。愛しています。
あなたの幼馴染カノンより
* * *
現実世界地球と異世界アースプラネットをつなぐゲートは魔獣支配の影響でほとんど機能していないが、小動物サイズの召喚獣が往き来出来るミニゲートはかろうじて無事だった。
地球に取り残された異世界人の為に、召喚獣が物資や手紙のやり取りを手伝ってくれている。召喚獣の配達屋さんといった感じだ。彼らは、今日も異世界と地球の……離れ離れのなった者達の思いを届けるために異空間ゲートをくぐり奔走している。
今日もまた1匹の召喚獣が、東京都立川市のある公園に降り立った。
夕暮れ時の現実世界地球、立川市。東京都の多摩地域の中では大きな都市で、多摩の中心的存在のひとつだ。大型のデパートや大型ショッピングモールなどが存在し、JR中央線と南武線、そして多摩都市モノレールなどを使い多くの人が集まる賑やかな街である。立川乗り換えで多方面に移動する者も多く、常に駅ビル周辺は混雑気味。
そんな立川市の喧騒からやや離れた公園の一角ではウサギに何かを持たせている女子高校生の姿。ウサギは彼女のペットというわけではなく、どうやら人間の言葉を話すことができるらしい。しかも、配達人ならぬ配達ウサギとして活躍する召喚獣である。
「これ、お願いできるかしら? アースプラネットにいる友人のところへ届けて欲しいの。場所はダーツ魔法学園、ネオ関西にある寄宿舎制の魔法学校よ。宛先は……勇者コースの結崎イクト様」
「おお、これはかの有名なダーツ魔法学園ですな。なんでも、勇者や賢者をはじめ、あらゆる冒険者を育成するプロフェッショナルな教育期間……しかも、勇者様ですか……やはり、ゴスロリドール財閥のご令嬢ともなると、いろいろなご友人がいらっしゃるのですね」
「ここ地球では、ゴスロリドール財閥の令嬢じゃないわ。どこにでもいる、ごく普通の女子高生カノンよ。イクトも昔はそうだった……もう帰ってこないのかな……」
「カノン嬢……」
いろいろな事情で離れ離れになった人達を見守る立場の配達人召喚獣だが、やはり誰もがこの地球と異世界の交流が途切れてしまった事で悩んでいる様子だ。ウサギは、自分達召喚獣だけがアースプラネットと地球を往き来できる事を申し訳なく感じながらも、自分自身の任務を全うしようと改めて心に誓うのであった。
「確かに、受け取りましたカノン嬢……必ず、勇者イクトさんにお届けします……では!」
セーラー服姿の少女は赤い髪が印象的、大きな瞳と整った輪郭で思わず振り返りたくなるほどの美少女だが、彼女自身は自分の事をどこにでもいるごく普通の学生だと考えているようだ。それもそのはず、彼女は、異世界アースプラネットでは、ゴスロリドール財閥の令嬢という異世界随一の巨大財閥の令嬢でしかも元魔王一族の血を引いている貴族である。
一時期は、魔族の大臣達に唆されて女性魔王として働かされたが、反対勢力者が別時代より召喚した魔獣という得体の知れない魔物に玉座を奪われて幽閉されていた。そんな特殊な立場に比べたら今現在のカノンは本当にごく普通のどこにでもいる少女だ。
彼女にとって、あの幽閉空間は二十年以上の時間に感じられたが不思議と年齢を重ねることはなった。おそらく、カノンの時間軸が地球基準で進んでいることが原因だろう、どういうわけか、現在のアースプラネットと地球は時間の進み方が違うようで、一度生まれ変わって再び人生をやり直しているというイクトが遠い人になってしまった気がした。
もうイクトには会えないのかも知れない……カノンの自宅から徒歩圏にあったはずのイクトの家は長いこと不在だった。まるで、家族全員が神隠しに遭ってしまったようだとカノンは思ったが、他の人たちはイクトの存在自体忘れてしまっているようだった。
何故だろう? でも、カノンの生命はまだ何処かで生きているはずなのに……愛の告白すらできなかった。カノンは後悔の念で胸が張り裂けそうになり、せめてこの想いを手紙に託そうと考え、現在に至っているのである。
配達ウサギとのやりとりを見守っていたのは、メイドのダークエルフであるコノハと異世界人の血を引く少女名村ほのかだ。
「カノンお嬢様……そろそろお帰りのお時間です」
「カノン先輩……」
「コノハ、名村ちゃん……今日はお花見楽しかったね、もう帰ろう!」
モノレール沿いの道を3人で歩く。
春の風が吹く夕暮れに染まる街並みはいつも通りで、カノンの変わらない日常はこの現実世界地球で続いていく。いつの日か再び、愛しい幼馴染に会えると信じて……。
* * *
「そういえば、昔アオイからもお花見の写真を送ってもらったっけ……カノン……ありがとう」
新学期が始まったばかりのダーツ魔法学園。学園ギルドは今日も冒険者達で賑わっていて……イクトは時折自分が地球で生活していた転生者であることを忘れそうになる。聖騎士団ギルドに所属する勇者イクト宛に届けられた手紙……イクトは地球に残った幼馴染の令嬢カノンからの手紙を大事そうにしまい、呟いた。
ふと窓の向こうを見る……ギルド敷地内の庭には桜の花……時刻は既に夕刻だ。
異世界アースプラネットの夕暮れは地球と変わらないオレンジ色で、ハラハラと舞い降りる桜の花びらは現実世界地球で見た美しい桜を思い出させる。
イクトの隣には大事なパートナーの聖女ミンティア。ミンティアはミントカラーの髪色が印象的な異世界人で現在イクトの婚約者でもある。
「イクト君……お手紙誰から?」
「……ナイショ!」
手紙とともに、地球への切ない気持ちはイクトの心にそっとしまい込まれた。
イクトは異世界アースプラネットで、勇者として生きていく。