番外編 第2話 女勇者の温泉調査
「レインさん、女勇者のあなたにしか頼めないギルドクエストなの……引き受けてくれるかしら?」
「えっ?」
魔導系クエストを得意とする星のギルド……そのギルドに所属する勇者クラス紅一点女勇者レインの元へ極秘任務の依頼。
星のギルド執務室に呼び出されたレインは緊迫したギルドマスターの雰囲気に圧倒されていた。
ギルドのマスターはレインが所属する勇者クラスの担任教師である女賢者ラナ先生が務めているが、ギルド内では先生ではなく『マスター』と呼ばなくてはならない。
重厚なデスクに腰掛け物憂げな瞳で書類を睨むマスターの姿は、レインの知るラナ先生のイメージとはかけ離れており、厳しい任務を命ずる覚悟を決めたギルドの責任者の姿だ。
「ギルドマスターラナ、一体……どんな任務なのでしょうか? 私のレベルで引き受けて大丈夫なのかどうか……」
おそるおそる、任務内容を尋ねるレイン。
「この任務は剣技や魔力が高ければ達成できるというものではありません……男勇者では調査不可能な場所へ赴いてもらいます」
「男勇者では調査できない所?」
つまり、男子禁制の場所という事だろうか? 友人の勇者イクトやレインの従兄妹に当たる勇者ケインでは引き受けることの出来ないクエスト……珍しい。レインがさらに質問しようとすると、資料を手渡される。
「秘境と呼ばれる場所に温泉が出来たようなの……地図にも載らない場所でね。エルフの富豪が発見してすぐに観光地になったわ。その温泉の……特に女湯から非常に強い魔法力が感じられるとの報告が入って……伝説の聖地の可能性があるの……普通の旅行者として潜入して大人しく帰って来るように」
「普通の旅行者として……?」
魔力を秘めているとはいえ、温泉調査にしては随分警戒体制だ。すると、レインの疑問に答えるかのように話を続ける。
「もし……その温泉が伝説にある古代の泉《精霊の回復地》だとしたら……あのお方が復活する兆候かもしれないの……この世界を造ったとされる精霊族が……人間族以外の魔族や魔獣一派も調査していると思うわ。戦闘にならないように気をつけて」
「……分かりました」
秘境と呼ばれる地に突如として現れた地図にない温泉……早速、経営上手なエルフ族が施設を作り、登山好きや温泉好きの旅行者を呼びこんで知る人ぞ知る観光地となった。竹林に囲まれた岩風呂では現在女性客が数人入浴中だ。
しゅるりと、衣服を脱ぎレインは露天に浸かる身支度をする。もち肌ですべすべした少女らしい肢体はスタイル抜群だと褒められることもあるが、実はコンプレックスも持ち合わせている。
レインのお腹にある大きな傷……この傷は、勇者の里に生まれた彼女が、決意を新たに女勇者となる鍛錬をするようきっかけとなったものである。レインの傷を診た医者は、このような傷は治らないかもしれないが、女勇者として哀しい思い出を忘れないための聖痕だと告げた……別に生まれつきできた傷ではないのに……。
外はちょうど良い気温で、温泉に浸かるにはちょうどいいだろう。傷跡が隠れるようにタオルを巻いたレインだが、さすがに湯船の中ではタオル着用はマナー違反になるので、仕方なく外して隅っこの方で様子を伺うことに……。すっかりリラックスしている他の観光客らは、レインの存在を気にしていないようだ。スムーズに潜入調査が出来て、なんだか拍子抜けするが……極秘任務だし何が起こるかわからない。
「はぁ、あったかくて……気持ちいい……体の奥までほぐれちゃう……」
「ほんと……温かくてヌルヌルしてて……日頃の疲れが溶けていくみたい……」
「んっ……こんなに肌がスベスベに……この温泉凄すぎ」
『シアワセー』
美しい山の景色を眺めながら入る天然温泉は噂以上に効能が素晴らしく、特に女湯はどんな病でも治ると評判だ。日替わりで男性も入れるように……との声も挙がっているほど。
麗らかな春の陽射しを浴びながら、丁度良い湯加減の源泉掛け流し天然温泉に浸かる女性達は至福の表情である……レインを省いては。
温泉に浸かりながらも冷静な表情で魔力が途切れないように詠唱を数分おきに呟く……これらの努力は、未知の温泉について探る為に、ダーツ魔法学園内ギルド『星のギルド』より調査員として派遣された女勇者レインとしてのプライドだ。
(最初は普通の温泉なのかと思ったけど、実際に浸かってみると他の温泉では考えられないような魔力のオーラを感じる……癒しのチカラがずっと放たれていて……悪いものでは決してないけれど、とても大きな何か……)
これ以上湯に浸かっていると、自分自身も他の観光客のように骨抜きになりそうだ。身体の中が熱くなりとろとろに蕩けてしまいそうだ。プライベートならともかく今は任務中……もう上がろう。
レインは他の客より早めに湯から出て、脱衣所で火照った身体を拭き……そこである異変に気付く。
「あれっ? どうして……」
小さい頃、自身の故郷がモンスターの襲撃に遭った時に出来たみぞおちの傷跡……どんな高度な白魔法でも二度と消えないと言われたはずの傷跡が無い……。
「やっぱり……ここは普通の温泉とは違う……まるで伝説の聖地が復活したかのような……まさか……本当に……」
ギルドマスターが、クエスト依頼時に忠告した言葉がレインの頭の中で駆け巡った。
《この世界を造ったとされる精霊族が、復活する可能性》
調査を終えて、秘境の山を降り山道をバスで揺られながら移動。レインがようやく駅に辿り着くと、景色はオレンジ色に染まっていた……もう夕方だ。
(精霊族が復活……もし本当に精霊族が蘇ったら、この世界はどうなるんだろう……それとも精霊のご加護で平和に近づくのかな……)
電車を待ちながらベンチに座り、ぼんやりと物思いにふけるレイン。今日は極秘調査であった為、武器も防具も表立って目立つものは一切装備していない……一般人でも装備可能なミニロッドをリュックにしまっているが……レインは素手での格闘術や魔法での攻撃もひと通り習得しているため、いざという時の戦闘でもそれなりにこなせるはずだ。
登山用のリュックを背負い、上着はグリーンのウィンドブレーカー、山ガール風のスカートにレギンス……何処にでもいるごく普通のアウトドア好きの少女に見える……もし魔獣一派との戦いが終着すれば、本当の意味でごく普通の少女として生活する日が来るのかもしれないが……。
その後、無事にギルドに到着し報告書を提出。遅めの夕飯を食べる為に食堂に向かうと、友人達の姿。
「イクト君、ミンティアちゃん……!」
「おかえり、レイン! 一緒に夕飯食べようと思って待ってたんだけど……」
「私もイクト君もレインちゃんがひとりで難しい任務に向かったって聞いて……すごく心配してたの……無事で良かった……」
(難しい任務……たまたま他種族の調査員に出くわさなかっただけで、本当は戦闘になっていた可能性もあったんだっけ……)
「うん、大丈夫だったよ……ご飯にしよう!」
今日の夕飯は春野菜の天ぷら定食。季節を感じられると食堂で人気のメニューだ。
(まだ先の事は分からないけれど、今は小さな幸せを大事に過ごそう……イクト君も一度地球へとワープしてから再び戻って来た。私もいつか、元の世界へ戻るヒントが得られるかもしれない……それに……)
ふと、斜め向かいの席をみると楽しそうな勇者イクトの笑顔。こんな風にイクトと過ごせる時間があるなら……まだ頑張れる。不安をかき消すように、心に決めるレインだった。




