第五部 第24話 おかえりなさい勇者様
「ミンティア……必ず、お前の元に戻るから……」
「本当? 絶対に、絶対に約束だよ。イクト君!」
ミントカラー髪色が印象的な異世界の少女と約束のキスを交わすイクトは、もうカノンの知っている女アレルギー高校生の結崎イクトではない。スマホRPGアースプラネットの勇者アバターである『勇者イクト』なのだとカノンは思い知らされた。
異世界人と地球人のハーフであるカノンの家は、双方の世界で活躍するゴスロリドール財閥の経営一族である。そんなカノンは、このゲームの制作者である一族からデータとしてゲームを先にテストプレイしていた。
俗に言うハーレム勇者である主人公は、本来のストーリ展開であれば魔族の姫君であるグランディア姫と結ばれるはずだが。
「イクト、あなた……あの女の子の事が……。けど、あの女の子は本当に異世界人なのかしら? 私、いつだかあの子に似た女の子にあったような気がするの」
転移魔法を詠唱中のミンティアを見つめるカノンは、かき消された記憶を必死に取り戻そうとして悩んでいるようだ。しかも、地球にいるはずのないミンティアを見たことがある気がするとはどう言うことなのだろう。
極めて重要なことを思い出そうとしているようだが、記憶に鍵がかけられているのかそれ以上は思い出せないようだ。
「えっカノン? ミンティアに会ったことがあるって。地球で……そんなバカな。ミンティアは異世界人のはず。それとも何か、別の理由で」
「分からない、だけど、何かとても重要なことを見落としているような気がする。なんだろう……ねぇ、あなた名前は?」
カノンがミンティアに問いかけようとするも、時すでに遅し。ショートダガーが空間を切り裂き、異次元のゲートがカノンとイクトの周囲を取り巻き始めた。
「ごめんなさい、カノンさん。私もあなたに会ったことがある気がするけど。思い出せないの……だって私はこのスマホRPG異世界の聖女だから。きっと、それ以外の記憶も名前も持ってはいけないんだよ。ちゃんと、地球へ送ってあげるから……」
無情にも2人が話し合う猶予もなく魔法が完成し、次元の狭間に送られて……遠い遠い、異空間を魂が転送されるのだった。
* * *
気がつくと、現実世界東京都立川市にあるカノンの自室。オレとカノンは驚いたことに、地球へと戻ってきているのであった。
カノンからすると見慣れていたはずの天蓋付きベッド、デスクの上にはイクトとの思い出の写真……ドレッサーには身だしなみ用の化粧水や香水瓶が並ぶ……。
「ここは……カノン様のお部屋? まさか、召喚魔法がこんなに簡単に成功するなんて」
「私達……戻ってこれたんですね……地球に。ところで、コノハさんはカノンさんの御付きのメイドさんとはいえ、地球に来てしまって平気なんですか?」
「えっ? ああ、うん。そうね、エルフ族は自由な種族だからどの星でも生きていけるの。心配しないでね」
共に閉じ込められていた名村ほのかとメイドのコノハも一緒だ。
なむらちゃんの疑問はオレと同じ疑問であった。メイドさんはエルフ族のはずだが地球へと転移してしまって大丈夫なのだろうか?
それとも、かつてのアズサと同じように地球にも拠点を持っているのか。詳しいことは分からないが、本人がそれで良いのなら良しとするしかないのだろう。
「すごく長い年月閉じ込められていた気がするけど、今は地球では何年の何月くらいなんだろう?」
「まるで浦島太郎みたいに、歳月が経っていて……というわけではなさそうですね。この雰囲気を見ると」
カノンが異世界に閉じ込められてから何年も経つはずだが、現実世界地球では……?
「取り敢えず、テレビで情報を確認してみましょう。この部屋の時計の時刻が正しければ今の時間は夕方のニュースがやっているはずよ」
ピッ! カノンが薄型のテレビを点けると、ちょうどテレビCMが放送されていた。
『目がさめると、そこはスマホRPG異世界だった! 好評ダーツ魔法学園編ガチャ、開催中。今ならスタート記念に、ハイレベルジョブの引き換えチケットプレゼント。ぜひ、遊びに来てね』
しかも、それはオレたちがさっきまでいたはずの異世界を題材にしたスマホRPG【蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-】のもの。
ダーツ魔法学園は、オレが散々通っていた学校の名前だ。まるで、オレの学園生活がスマホゲームの中の出来事であったかのような宣伝文句に愕然とする。
「そんな、オレは夢か何か見ていたって言うのかよ。たしかに、オレはスマホRPG異世界にいたはずなのに。装備品だって……あれっおかしいな、服装がだんだん変化して」
どうやら、生活環境の異世界転移した当時のまま……。これらのことから考えると、異世界と現実世界では時間軸が異なるらしい……。しかも、アバターの服装が解除されるかのごとく、イクトの装備品が光の粒となって消え去っていく。
「イクト……あなたのその格好。さっきまで、ファンタジー異世界の装備だったのに、学校の制服に戻っている」
「カノンさん、イクトさんだけじゃありませんよ。私たちのファッションも、地球の私服に戻っています!」
「えっやだ、本当に。コノハはメイド服のままだけど、なむらちゃんも私も私服になっちゃった。どうして」
徐々に夢がさめるように、あの異世界は本当に現実に存在していたのかと疑問を抱きそうになる。あんなに、リアルに冒険していた世界が、仲間たちが、夢だったなんて考えたくなくて……自然と涙が流れてきた。
「ミンティア……ごめん。ミンティア……」
異世界人の少女ミンティアを想い、ポロポロと涙を流すイクトを見てカノンが優しくハンカチを差し出す。涙を拭えるようにそっと手をイクトの握り、ハンカチを添える。そして、なにかを悟ったように優しくイクトに語りかけ始めた。
「イクトは……アースプラネットで、本当に大事な人が出来たんだね……。イクトが本当にあの女の子のことが好きなら、私は止めないよ。だって、イクトは私の大事な幼なじみだもの」
「……カノン……」
カノンは涙目ではあるものの、覚悟を決めたような瞳だった。それは、別れの予感を感じ取っているかのようにも見えた。
ピピピッ!
タイミングよく、イクトのスマホからゲームの更新をお知らせする通知音。結局は、あの異世界はスマホRPGの中にしか存在しないのだろうか。
『蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-データ更新のお知らせ……』
イクトはアプリを起動し、更新データをダウンロードし始める。
【あなた自身をゲームにダウンロードしますか?】
一緒に画面を覗き込んでいたカノンは、思わず息をのむ。なむらやコノハも状況を察して、表情がどんどん青ざめていく。
「あなた自身をダウンロードって、まるで人間の魂をデータみたいに表現するなんて。あれっ……それとも、このシステムはまさか……禁断の魔術とされる魂の召喚魔法?」
画面の魔法陣の形を見て、ダークエルフのコノハが何かの仕掛けに気がついたようだ。
「けど、どうして禁断の召喚魔法なんてものが、スマホRPGのダウンロード画面に表示されるようになってしまったんでしょう?」
たしかになむらちゃんの言う通りに疑問ではあるが、コノハの見解が正しければ何かしらの召喚魔法がこのスマホゲームにかけられているのだろう。
はたまた、それっぽい画像を取り込んだ結果、本物の魔法陣を採用してしまったのか理由は分からない。
だが、知ってか知らずか注意書きとして、こんな事が書いてある。
【この作業は、二度と取り返す事が出来ません。慎重に選んでください。あなた自身をゲームにダウンロードしますか?】
「二度と取り消せないって、それってログアウト出来なくなるってことなんじゃ。イクトさん、ここは一旦ひと呼吸置いてから行動した方が……」
あまりのメッセージに動揺したなむらちゃんが、思わずイクトからスマホを取り上げようとする。だが、カノンはイクトの意思を尊重するようにと、制止する。
イクトの指が、ふるふると震えていて、心がかき乱されている様子が見て分かる。大きな決断を迫られていることがカノンにも伝わっているのだ。けれど、最後の彼の決断は彼自身の手に委ねなくてはならない。
「……ミンティア……みんな……アオイ……。オレ、もう一度、異世界に?」
悩むイクトを励ますようにカノンは震えるイクトの手を握り、まるで母親が小さな子供に語りかけるようにゆっくりと。
「そうだよね……イクトはアースプラネットの勇者様なんだよね……。勇者様は……みんなのところに帰らないと……」
「そんな、カノンさん! そんなことしたら、イクトさんがもう地球にいられなくなっちゃうんじゃ?」
意外なカノンの決断に、ますます動揺するなむらちゃん。コノハがなむらちゃんを宥めて、カノンの考えを聞くように促す。
「かもしれない……けどね、なむらちゃん。イクトは、もうあの異世界の勇者様として使命を背負ってしまったんだと思う。それにゲームには必ずエンディングがある。だから、イクトがあの異世界を救ってなんかしらの答えをだせば良いんじゃないかな。私は、イクトがこのゲームをクリアできるって信じているから」
「ああ……カノン……。オレの事、本当の意味で信じてくれるんだ」
「イクト……元気でね。私、アースプラネットじゃ、悪役令嬢なんて呼ばれてたけど。次に会う時は、もっと素敵なヒロインになるんだから!」
「カノンはいつも素敵だよ……今まで、ありがとう。また……いつか……会える日まで……行ってきます!」
イクトがスマホ画面のダウンロードボタンをタッチする……。すると、イクトの身体は光の粒子となり、少しずつデータとして、吸収され……。遙か宇宙の彼方にあるアースプラネットとという地球によく似た惑星へ……地球人が異世界と呼ぶ星へと転移していった。
カノンのデスクに置かれたイクトのスマホ……いつしか、そのスマホも光の粒子となって遠い惑星へと還っていった。
* * *
寄宿舎制のアースプラネットの魔法学校事務室では、1人の少女が外出許可の手続き中。この光景もさいきんではよく見られるようになったものだ。
事務員の女性も手馴れた様子で、特に詳しい話を聞くこともなく淡々と手続きを進める。
「ミンティアちゃん……また、お百度参りに行くの?」
同じ聖女コースに所属している少女に、今日のスケジュールを尋ねられる。
「うん……イクト君が無事にこの世界に戻って来れますようにって……」
優しく微笑みつつも、どこか上の空のようで寂しそうに答えるミンティア。無理もないだろう、ずっと一緒に冒険する予定だった勇者様が、地球へと還ってしまったのだから。
「ミンティアちゃん、今日はギルドも休みだし、みんなで神様にお願いしに行こう!」
女勇者レイン、白魔法使いマリア、エルフ剣士アズサ、神官エリス、猫耳メイドミーコ、イクト君の妹アイラちゃん……そして……。
「イクト君もみんなに心配かけるよね。帰ってきたら……ふふ……どうしようかな……」
絶世の美少女と謳われたグランディア姫の面影を残すと言われている、魔王一族の姫君アオイも今日は一緒だ。これだけの人数がいれば、神様だってお願いをきかないわけにはいかないだろう。
そう信じたいし、勇者は必ず異世界を平和に導くものだと思っている。だから、彼はこの異世界へともう一度戻らなくてはいけないのだ。
ミンティア達が電車を乗り継ぎ、神社でお百度参りを終えると、辺りはもう夜……今日は星が綺麗に見える。
気がつくと青い月……。青い月はイクト君のもう1人の婚約者アオイさんみたいに美しい……。
「イクト君……私だけじゃなくて、みんなイクト君の事待っているんだよ。アオイさんも、レインちゃんも、マリアさん達も……」
ふと見上げると、ひとつの流れ星。
星は地上に降りて……やがて、1人の少年の姿へと変化した。
少年はミンティア達に気づいたのか、優しい眼差しでゆっくりと彼女の元へと歩き始める……。
「お帰りなさい、イクト君! 私の……私達の運命の勇者様……!」
【蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-第五部終了……ネクストステージへ】
勇者イクトの冒険を読んでくださり、ありがとうございます。
蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-はまだ続きます。これからも、よろしくお願いします。