第五部 第22話 大切な人の名前
星のギルドの移動室にある魔方陣から、自動的に異界に移動出来るという。その辺のシステムはオレたちが所属しているギルドとも共通。だが、今回のオレたちはあくまでも他所のギルドからのゲスト扱いであるためレベル制限がかけられることになった。ギルドランクが上がれば、ここのギルドからもさらなる高レベルパーティーでクエストに参加できるそうだが。
「資料によると、攻略エリアに出没する敵は地形の都合上、物理攻撃しか通じないモンスターが複数出現。魔法力無効スポットが多数あることから、回復呪文はバトル時には頼れない……とのこと。特殊地形を抜ければ回復呪文も使えるらしいけれど。どうしようか?」
星のギルドの紹介者として引率役を引き受けてくれるレインが、今回のクエストの詳しい資料を読み上げる。どうやら、特殊な地形のエリアを攻略することになりそうだ。
「結構、ややこしそうなエリアなんだな。けど、物理アタッカーならうちには3人いるし、いざとなったらアズサの薬草調合で回復できる」
「じゃあメンバー構成は、物理アタッカー中心で……。ただ、マリアさんとエリスさんは待機になっちゃうけれど。大丈夫かな……回復呪文をメインで使うのは私1人か……魔法力を節約しないと」
自分以外に回復呪文役がいないと不安なのか、ちらりとみんなの様子を見るミンティア。
「みゃあ、猫耳メイドの体力回復スキルは魔法とは別のスキル扱いなので、テーブルセットが設置出来るスペースさえあれば発動可能ですにゃ」
「そうなんだ! じゃあ、その時はお願いするね」
今回は初めての中級クエストである為、バトル向きではない神官エリスが控えなのは分かる。だが、今まで通常クエストには、ほぼ皆勤で参加していた白魔法使いマリアが控えになったのは、戦力ダウンである。
「なんか、お留守番って初めてなので心配です……みんな、無理しちゃダメですよ!」
マリアは回復呪文だけではなく、補助呪文やある程度の体術をこなせる万能メンバーなので、今回のクエストにも同行すると思っていたのだが……。
「星のギルドから異界に移動できるメンバーは6人……すでに上級レベルに近いマリアさんが加わると、魔法力の関係で移動コストがかかるみたい……。どちらにせよ、今回はお留守番になっちゃうね……残念だけど」
女勇者レインも魔法力管理表で現在移動可能なメンバーを割り出した結果、やはりマリアが同行できない計算に。初級ランクを卒業する際にたくさん経験値をもらったのと、マリアのみ毎朝教会の手伝いで簡単なクエストをこなしていたことが裏目に出てしまった気がする。
RPG的な表現をすると、使い勝手の良い仲間を使うことが出来ない状態で、いわゆる制限プレイに近いクエストだ。
「スマホアプリでステータスオープン出来れば便利だったけど、初めての他ギルドでのクエストだからデータ資料が手元にきちんとした形で出てこないし」
「これまでのクエストをもとにした魔力データしか、まだ出せないんだって。その代わり、こちらが魔力測定装置で割り出した数直を参考にメンバーを決めるから。ゴメンね」
データのやり取りが間に合わなかったのはレインのせいではないが。責任を感じるのか、謝ってくれる。
結局、ギルドクエストに向かうメンバーはオレ、聖女ミンティア、女勇者レイン、猫耳メイドのミーコ、格闘家アイラ、エルフ剣士アズサのメンバーとなった。
6人が魔方陣の上に乗ると、光が放たれる。
「にゃあ! お仕事ドキドキですにゃん!」
「大丈夫だよミーコ、頑張ろう」
すると、神官エリスが杖を片手に簡単な祈りの儀式をしてくれた。
「イクト様、みなさん。お気をつけて……神のご加護を」
「ありがとう、エリス」
「うう……私、ここ数日間のうちに教会のクエスト参加してたくさんレベル上げしちゃったんですよね。中級クエストで役に立とうと思った結果がこれとは……残念です……」
がっかりするマリアに、いつもならマリアとコンビ的な活動をしているアズサが、「マリア……どっちにしろ回復呪文を使える場面が少ないんだ。回復役の穴埋めはアタシが薬草調合でなんとかするからさ。エリスと一緒に留守番、頼むぞ!」と明るく手を振る。
次第に周辺の景色が歪み始めマリアとエリスの姿がぼやけてくる……気がつくと、オレたちクエスト攻略メンバーは異界の地へとワープしていた。
* * *
ワープゲートの祠を出ると、緑豊かな森の中。オレたちの住む世界とさほど変わらない雰囲気の森であるため。この場所だけでは、ここが異界であるかは判断しづらい。
「へぇ……緑も花も多くて、綺麗な森だな。だけど、あまりダーツ魔法学園の周囲にある森と変化のない雰囲気……。いや、そんなはずないか。早速、敵がお出ましとは……」
だが、他所の世界からの来訪者を待ってましたとばかりに餌食にしようとする魔物の気配は、今まで感じたことのない種類のものだ。
『シュルシュルシュル……』
巨大な虫型のモンスターや、ふわふわと漂う大きなコウモリモンスターなど。赤や黄色などの派手な色合いが特徴的で、初めて見るタイプの魔物の姿だ。
それぞれ、武器を手に戦闘準備に入る。しかも、敵の数が多い……俗に言う【魔物の大群】というものに出くわしてしまった様子。
「このあたりのモンスターって、物理攻撃に弱いんでしょう? ここは任せて!」
「みゃあ、猫耳族の腕がなりますにゃ」
「エルフだからって舐めてると痛い目見るって教えいてやらないとなっ。行くぜっ。はぁああああっ」
『ギュイイイインっ』
ザシュッ!
アズサの先制攻撃! 軽やかにエルフ用の剣を抜き、次々と魔物を薙ぎ払うと切っ先がキラリと光る。続いて、アイラとミーコの格闘スキルが、連携してヒットする。
「よし、あとはアイツだけだ。とおりゃあああっ!」
『ぎしゃあああっ』
ドドドドドッ!
オレも仲間たちに負けられないとばかりに、残りの魔物を棍棒の二回攻撃で激しく叩き……フィニッシュ!
「やったね! 魔法無しでも、勝てたよ」
「本当、何とかやれそうで安心したぜっ」
とはいえ、体力をいきなり消耗してしまった。
「みゃっ。こんな時は猫耳メイドにお任せなのにゃ。テーブルセット! 回復効果のある結界型テーブルセットでスタミナ回復なのにゃ」
「おっミーコ、サンキューな。いきなり激しくバトルをしたし少し休もう」
一旦、ミーコのテーブルセットスキルで結界を作り、体制を立て直しながらクエストの計画を練ることに。
「うわぁ……一瞬で、テーブルセットと食べ物が出てきた! ミーコちゃんのスキルって便利だね」
瞬時にピクニック状態を作り出す猫耳メイドの特殊スキルに驚きを隠せない様子のレイン。体力回復効果のあるダージリンティーとサンドウィッチで、傷を癒す。
「召喚精霊が封印されていると伝えられているのが、ここから北西にある【精霊の森】の中。今回のクエストは、精霊契約を結ぶための試験を3回受けることになっているから……。拠点から精霊の森に通う形になると思う。準備ができたら、精霊の森に移動しよう」
レインから、クエストの詳しい内容を改めて説明してもらいクエストの全貌を見直す。
「まずは、ここから近くの町まで行って、拠点となるギルドに登録か……」
休憩時間を終えて、ミーコが結界となるテーブルセットをスキル解除でしまい、街へと移動。
* * *
星のギルドから繋がっている異界は、オレたちの住む世界と何ら変わりのない雰囲気の街並みだった。だが、いわゆる獣人が多いのが特徴だ。露店が並ぶ通りには様々な屋台や店が見られるが、商人もお客さんも人間族以外の姿がある。
「この異界には、いろんな種族がいるんだね……。ミーコちゃんと同じ猫耳族もこの異界には生き残っているみたいだね。もしかすると、離れ離れになったお母さんの情報もあるんじゃない?」
「にゃあ、そうだといいんですけどにゃ。それにしても、たくさん似た獣人系の種族がいるのにゃ」
ミーコと同じ猫耳族を始め、犬耳族や兎耳族などの初めて見かける種族の姿も多い。すれ違う人々の中に、チラホラ猫耳や犬耳の姿が見える。
「それにしても多種族な街だよなぁ。この雰囲気だと、エルフもどっかにいるかなぁ」
アズサの素朴な疑問に「エルフ族は、隣の大きな街を拠点にしているみたいだよ」と、エルフ族の情報をアズサに教えるレイン。
「お店もいっぱいあるね! あのお店、見たことのない装備が飾ってあるよ。お兄ちゃん、ちょっと覗いてもいい?」
「ああ、新しい武器があるかも知れないし……行こう!」
格闘家という職業ならではの好奇心なのか、アイラが珍しい武器防具の陳列してある店舗を発見。
カランカラン!
店のドアを開けると、武器防具が所狭しと飾られていた。そして、栗色の髪に金眼のポニーテールの犬耳族の可愛らしい少女が店番をしていた。
「いらっしゃいませ……わん? 珍しいですワン。猫耳族がこの店を訪問するとは……久々の猫耳族のお客様だワン、猫耳族の武器もあるから見てほしいワン」
珍しい? ここに来るまでの間に、猫耳族なら何人か見かけたが。
「……あの猫耳族って、犬耳族のお店には来ないんですか? 派閥が違うとか」
獣人族特有の何か決まりがあるような予感に、オレが思わず質問すると……。
「仲が悪いわけではないけど、ナワバリを分けているからあまり行き来しないのワン! おかげで猫耳族用の装備が余っているのワン、スペシャルサービスでお安くするワン! できれば常連さんになってほしいワン」
「にゃあ。アタシ達は、クエストを受けにアースプラネットという異世界からやって来たから、犬耳族に会うのは初めてなのにゃ。アタシは猫耳メイドのミーコ、よろしくにゃん」
「犬耳商人のココアだワン! 仲良くしようワン」
猫耳族と犬耳族の2人がいろいろ雑談している様子は、犬と猫が仲良くなろうとしている姿に見えてなんだか微笑ましい。
武器や防具を試着させてもらい、幾つか購入、すると商人ココアが「そうだワン……良かったらこれを……」と、一枚のチラシを渡してくれた。
チラシには『異世界より封印されし謎の塔、攻略希望者求む……閉じ込められた美少女達を救え!』と書いてある。誰かが撮った写真なのか、塔の窓から助けを求める美しい少女の写真付きだ。
「このチラシのクエスト、お客さん達なら攻略出来るかも知れないワン。塔の上にいる女の子達を助けたいけど、みんな不思議なチカラで帰されてしまうワン。でも異世界人のお客さん達なら、もしかして大丈夫かも知れないワン」
特に気になるのが、塔の最上階にいると噂の『赤毛の魔女』こと美少女の写真……。赤い髪に大きな瞳の可愛らしい少女……どこかで、見たような……。赤毛の魔女という異名から、もっと大人っぽい女性を想像していたが。写真の様子では、若い雰囲気であどけなさが残っている。おそらく、まだ10代なかばといったところだろう。
「あの……この赤毛の女の子は……? もしかして、この女の子が噂の」
震える声で、少女について尋ねる。何だろう……あと少しで、思い出せるのに……。この女の子は……オレにとってとても、とても大切な……。
「この可愛い女の子が、赤毛の魔女と噂の魔法使いだワン。すごく優しくて塔のクエストに挑戦する犬耳族に、犬耳族用の美味しいお菓子をくれるのワン。でも、封印されていてお部屋から出られないの……可哀想だワン……確か名前は……」
名前は……犬耳族の少女が一生懸命名前を思い出そうとしているけれど、それよりも先に思わず本能的にオレ自身の口から彼女の名前が浮かんできた。
「……カノン……」
オレは、本来は忘れずはずのない地球時代の幼馴染の名前を、つい口に出して呟いていた。
「そう、カノンちゃんだワン! 何とか財閥のご令嬢だという噂だワン、塔の中は時間が止まっていて、ずっと可愛らしい16歳くらいのままだワン。お付きのキレイなエルフのメイドさんと、もう1人の可愛い女の子も歳を取らないみたいで。このままじゃ、可哀想だからみんなで助けようって……」
そうだ……カノンだ。どうしてオレは、彼女の事を今まで忘れていたんだ……前世での記憶は全部持ち合わせていたと思っていたのに。
「……イクト君?」
動揺が伝わるのか、それとも女性特有の直感なのか。様子の変化に気づいたミンティアがオレの顔を覗き込む。
オレは突然蘇った記憶を整理するのに必死でミンティアの顔を直視できずにいたが、「不安なの? 大丈夫だよ……」と、優しく握りしめてきたミンティアの手に、今そばにいる彼女の温かさを感じるのであった。