第五部 第21話 懐かしい誰かの声
「ねぇ、イクト君。さっきの黒魔法使いの先輩が話していたこと……やっぱり気になるの? もしかしたら、イクト君と赤毛の魔女と関係があるかもって話し」
「ああ……確かに、塔に封印されている魔女の噂は気になるけど……。今は、召喚精霊のクエストに専念しないと。魔女の救出まで行うと、多分、オレ達のランクじゃ難しいクエストになるだろうし」
不思議なチカラで記憶が封印されているのか、思い出せそうで思い出せない。赤毛の魔女の事が気掛かりではあるものの、今はリーダーらしくクエストに集中しなくてはいけない。
「へぇ……ここか、魔導美術館かぁ……。あんまり普段は来ることがない敷地だけど。結構広そうだね」
アイラが、周囲をキョロキョロと見回している。珍しい召喚精霊のモニュメントや、魔法陣の旗など……其処彼処に魔法的なデザインが施されており、見ているだけで飽きない。
「……イクト。なんだか、元気がないけど大丈夫か? 調子が悪いならレインに話して今日はパスするか?」
「えっ……オレってそんなにボーッとしてたかな。ごめん、アズサ……心配かけて。大丈夫だから、クエストに行こう」
「そうか? ならいいけど無理すんなよ。えっと……入り口はあっちか」
どうやら、仲間から見ても少しオレの様子は不自然なようだ。一応今回のクエストのリーダーなんだし、レインとの共同クエストだし気を引き締めていかないと。己を律して、星のギルドの拠点となっている魔導美術館へと移動する。
「ちょっと緊張するね。よく考えてみたら、初めての他所のギルドのクエストなのに召喚精霊クエなんて、難易度を無理しすぎたかな?」
駆け出しの召喚士ということもあり、契約召喚精霊を増やすクエストは緊張するのか、ショートダガーを握りしめるミンティア。
「初の出張クエスト……腕がなるぜ! ほら、そんなに緊張するなよミンティア。召喚精霊のクエストは、その気になればこれからずっと何回でも挑戦できるんだからさっ」
姉御肌のアズサがミンティアのプレッシャーをほぐす為に、ポンっと肩を叩いた。
「ありがとう、アズサさん。そうだよね……なんでも恐れていたら始まらないよね」
「よし、じゃあ忘れ物はないな。行こう!」
* * *
魔導美術館はギルドシステムが出来るまでは、関係者以外立ち入り禁止の施設だったので、学内の敷地ではあるが今回が初めての訪問となる。
元々、魔術協会が管理する建物だという美術館は、モダンな雰囲気の漂う巨大な洋館で、入り口のトビラには魔除けの術式の描かれた羊皮紙が貼られていた。
強い魔力の所為だろうか……トビラに触れる手に、ピリッと電流のようなものが走る。
「ここから入ればいいのかな? 失礼します……」
キィ……と古いドアの音が鳴る。建物の中に入ると広いロビーはプラネタリウムのようになっていて薄暗く、天井には魔力の光で星座が浮かんでいた。
まさか、このようなプラネタリウム空間になっているとは良い意味で予想外で……美しい室内に仲間達も思わず感嘆の声だ。
「にゃ! お星様がいっぱいです、にゃ! まだ午前中なのに、ここだけ夜みたいですにゃん」
ミーコは星空が嬉しいのか目を輝かせて天井を見上げている。
「綺麗……さすが、星のギルド……。まるでプラネタリウムだね! お兄ちゃん、ちょっとロビーで休んで行こうよ」
「うちのギルドのステンドグラスも良いですけど、ここも素敵ですわ。こんなところで占いコーナーを設置したら……たくさんお客様が来そう……」
アイラとエリスも星空が気に入ったようだ。特に、ギルドクエスト以外では占いを収入源にしているエリスからすると、この場所は理想のスポットなのだろう。
美しいロビーに仲間達の緊張がほぐれたようだ。早速、書類をカバンから取り出して受付カウンターへ向かう。
「こんにちは、教会ギルドに所属する者です」
「まぁ! 今回が当ギルドのご利用初めての方ですね。ようこそ、星のギルドへ。本日予約の出張クエスト……確かに書類を受理しました。あちらで付き添いの方がお待ちですよ……レインさん、イクトさん達が到着しました」
受付嬢の手元にあるモニターが、レインの現在の状況を知らせる。クエスト準備中……とのこと。しっかり者のレインなので、早めにしたくを終えていると思い込んでいたが……何かで遅くなっているのだろうか?
「あら……今、レインさんは装備などの準備中みたいです。しばらくお待ち下さい。先に異界に移動するための鍵をお渡ししますね」
手渡された銀の鍵は見た目よりも重く、鍵に埋め込まれた赤い魔石がオレの心の中に入る誰かを彷彿とさせて胸が痛んだ……。が、それが誰なのかイマイチ思い出せない。
レインを待っている間、アイラがふと疑問を漏らした。
「お兄ちゃん、星のギルドって魔法を使うモンスターがたくさんいるクエストがメインなんでしょう? メンバーはお兄ちゃん、ミンティアさん、レインさんと……あとは誰になるんだろう?」
出張クエストは、出張先のギルド所属の人物が1名付き添い参加しなくてはいけない。今回は星のギルド所属の女勇者レインが、付き添い兼サポートを引き受けてくれた。
クエストに参加できる人数は最大6人、既にクエストの都合上3枠は埋まっている。
「このギルドのクエストは、レインが詳しいから。レインに助言をもらってメンバーを決めて……」
ちょうどレインのことを話していたところで……思わず会話が途切れる。
美貌の女勇者レインの登場……みんなの視線が一斉にレインに集中した。いや、オレたちチームメンバーだけではない。気のせいでなければ、この空間にいる人全てがレインに注目しているといってもいいだろう。
「お待たせ……イクト君、みんな……。今回のクエストをサポートとする女勇者レインです、改めてよろしく……ちょっと恥ずかしい……な」
頬を赤らめて、伏し目がちに照れるレイン。ちょっと恥ずかしいのはオレも同様だった……レインの女勇者コスチュームの露出の高さに……。
普段の男装のような勇者のコスチュームから一転。
神話の世界から抜け出てきたようなブルーのマントにレイピア、際どいレオタードのような女勇者特有の装備。身体の線がくっきりと見えて……スレンダーなレインにとても良く似合っている。ひと言でいえば、ファンタジー異世界特有のデザインセンスの装備は激しく露出度が高い。オレは思わず目のやり場に困り視線を泳がせた。
少し気まずい雰囲気の中、沈黙を破ったのは妹アイラだった。
「……すごい……レインさん……かっこいい! お兄ちゃん、レインさんのレオタード、本物の女勇者の伝統的な装備だよ!」
カッコいい? オレは激しい露出度に女アレルギーで倒れる寸前だったのだが。女の子から見ると、どうやら【ザ・女勇者】というイメージだったようだ。
続いてミンティアも、ファンタジー異世界伝統コスチューム姿について熱く語る。
「本当……絵本に出てくる女勇者様みたい。まさか、本物をこの目で見る日が来るなんて……。レインちゃん、その装備すごく似合ってる!」
「頼もしいです! レインさんって普段は可愛らしいからあまり感じなかったけれど、正装すると女勇者のオーラが半端ないですね。サポートよろしくお願いします」
見直したと言わんばかりに、レインに頭を下げるマリア。
その後も和気あいあいとファッションについて語る仲間達。ファッションの話題はよく分からないが、オレは美しいレインにドギマギしながらも、塔に封印されている赤毛の魔女に不思議と呼ばれているような感覚が拭えずに居た。言葉では言い表せない『何か』を感じながら、次のクエスト地点へのトビラを開ける銀色の鍵を見つめ直す。
『イクト……早く、会いに来て……』
トビラの向こう側で……懐かしい、誰かの声が聴こえた気がした。