第五部 第20話 美しい赤毛の魔女
『星のギルドが管理する異界の塔には、美しい赤毛の魔女が封印されているらしい』
オレがこの話を耳にしたのは、所属ギルドのカウンターだった。ギルドランク初級クエストをクリアした日から数日後……つまり、無事に星のギルドへの参加証となる招待チケットを受け取り、相互契約を結んで数日経った頃。パートナー聖女ミンティアの新たな召喚精霊契約の為に、魔導師系のギルドである『星のギルド』へのクエスト申請をした時だ。
「すみません、他ギルドへのクエスト申請カウンターは大変混んでおりますので、順番札を受け取ってから再度並んでください」
やや、困惑した様子の受付嬢……だが、その女性は悪びれる様子もなく当然のようにオレに向けて話を続ける。むしろ、その美しい赤毛の魔女の噂話をするためにオレに、わざと話しかけにきている気がしなくもない。勘違いかもしれないけれど、なぜかその時はそんな予感がしたのだ。
星のギルドで行われている『精霊契約クエスト』を受ける為の書類を作成してもらっている間、オレの隣で別の受付を済ませていた上級生の黒魔法使いが、意味ありげにポツリと呟いたのである。
「えっと……美しい赤毛の魔女……ですか? これから受けるクエストと何か関係があるとか……」
なんとなく、この話題に乗るのがオレの役割のような気がしてこちらから会話を続けるように仕向ける。RPGでは、通りすがりの人やたまたまあった人から重要な情報を収集するのも重要だったので、そのノリだ。
オレがとんがり帽子を被った上級生に尋ねると、彼女はピンク色の口紅が塗られた艶っぽい唇に人差し指を当て……うわさ話なんだけどね……と語り始めた。
「ふふっ魔導師に伝わるおとぎ話のようなものよ……。異界の塔には昔魔王が住んでいた古城の一部が封印されているんですって! 空間転移魔法で、お城の塔の箇所だけがその異界にワープしたらしいの。なんでも、その塔に住んでいた赤毛の魔女のチカラが強大すぎて、空間転移以外では対応できなかったそうよ……噂では絶世の美少女と謳われたグランディア姫に勝るとも劣らない、すごい美少女なんだとか」
「古城……旧魔王軍の住んでいた? それって、あの例の超美少女に見える男の娘魔王の……?」
オレは思わず大声を出しそうになった……古城は前世で何度か訪問した事がある。旧魔王の真野山葵君の実家だ……忘れるわけがない。
「うふふ、その方も有名だけど魔獣が復活してから行方知らずでしょう。なんでも魂だけを逃して新たな身体で若い姿からやり直しているって説もあるけれど。けれど、美しい赤毛の魔女と呼ばれている女性はその方とは別人らしいわ。はるか昔の魔王一族の血を引く末裔の方が、たまたま古城に滞在しているときに幽閉されたとかいろんな説があるわ」
「空間転移魔法……召喚魔法の応用版みたいなものか。古い一族なら他にも親族がいそうなものだし、その人に関する記録とか残っていないんですか?」
「それが、魔獣軍団にとって不都合な記録らしくてね。彼女が何者なのか……不自然に記録が抹消されているんですって。けれど、その美しい女性は今でもずっとある勇者様の助けを求めているって噂よ。だから、あなたを見てつい……ね。お節介だったかしら」
そうか……旧魔王軍は真野山君の死後、あっけなく魔獣軍団に政権を奪われたように伝えられていたが、実は戦力を空間転移魔法で封じられていたのか。
その真野山君も、現代に生まれ変わって新たな女性魔王の座に就こうとしている……いつまでも魔獣達の好きにはさせないだろう。けど……赤毛の魔女って、そんな人いたっけ……。噂になる程の美少女なら、前世で女アレルギー持ちだったオレの記憶に刻まれているはずだが?
「ううん、赤毛の魔女……赤い髪……」
胸が痛い……オレの心の奥深くに封印された『誰か』のシルエットが浮かぶ……チクチクとした甘い胸の痛み……この切ない想いの正体は……?
不思議と思い出せない記憶を辿り、黙り込むオレにミンティアが、「イクト君どうしたの……? 大丈夫?」と、優しく回復呪文を掛けてくれた。思わずハッとして我にかえる。
具合の悪そうなオレに魔導師は申し訳なく思ったのか、「ゴメンね……怖がらせるつもりはなかったの……」と優しく微笑んだ。
「いえ……別に……。冒険のヒントになるかもしれないし、情報は覚えておきます」
「もしかしたら、あなたがその勇者様の魂を継承しているんじゃないかって思ったんだけど。気にし過ぎないでね。これお詫びのしるしよ! クエストで使って」
レアアイテムのひとつである黒魔法対策のアミュレットをオレに手渡し、その魔法使いは去って行った。
タイミング良くギルドクエスト用の書類が完成したようで、受付番号を呼ばれる。
「お待たせしました! 星のギルドにて召喚精霊を探索するクエストの書類になります。他所のギルドでの初クエスト、健闘を祈ります」
「あっはい……ありがとうございます。頑張ります……」
書類と紹介状の入った封筒を受け取り、クエストに向けて気分を持ち直す。真野山君のことは覚えているのに、美しい赤毛の魔女の記憶だけさっぱりない。やはりオレの記憶も魔獣軍団の強力な魔術で、調整されてしまっているのだろうか。だけど、記録から消し去るほどの人物とは……? もしかしたら、その魔女こそが本来の魔法の玉座に座るべき人物なのか。
「お兄ちゃん、無理しちゃダメだよ……クエスト出発は明日にする?」
一部始終様子を見ていたのか、不安そうなアイラがオレのマントをくいっと掴んだ。
「アイラ……いや……大丈夫だよ。せっかくはじめてのよそのギルドでのクエストなんだ。それに事前に重要な情報は得ておいた方がなにかといいし。クエストはレインがサポートメンバーで入ってくれるし、頑張ろう」
「うーん。お兄ちゃんが大丈夫なら、それでもいいけど……。きっと赤毛の魔女の救出なり攻略なりは難しいクエストなんだろうから、今の私達では無理そうだしね」
赤い髪の美しい少女……前世のオレにとってとても大切な誰か……思い出せない苦しさをオレは不思議に感じながら次のクエストに専念する事にした。
* * *
空は曇り空……晴れない空は少女の哀しさのようだ。
星のギルドが管理する異界の塔では、封印された赤毛の美しい少女が最上階の窓から外を眺めて、ぼんやりと呟いた。
「あれから何年も経つはずなのに、この空間だけ時間が止まっている……年も取らないし、いろんな人の記憶からも私達の存在自体無かった事になってる……もう……私達ここから出られないのかなぁ……」
ゴシック調の家具が揃う室内、銀食器のティーセット……何処かの令嬢の部屋のようだ。
赤毛の少女のお世話がかりであるエルフのメイドが、紅茶とクッキーをテーブルに置いた。
「カノン様、大丈夫ですよ……きっとそのうち誰かがこの塔の最上階まで来てくださいます……幸い水や食料には永久魔法動力のおかげで困りませんし……元気を出して下さい」
『カノン』と呼ばれた少女は目に涙を浮かべていたが、メイドの優しさに少しだけ明るさを取り戻した。
「そうだよね……ありがとう、コノハ……みんなでお茶の時間にしよう、なむらちゃんも一緒に……」
なむらと呼ばれた少女は部屋の奥で魔道書を調べていたようだが、本を閉じた。
「カノンさん……そうですね」
塔に閉じ込められた単調な暮らしの中、勇者イクトの前世の幼馴染である令嬢カノンは心の中で毎日のように祈っていた。
(もし会えるのなら……もう一度会いたい……大切な大切な幼馴染の彼に……イクトに……!)