第五部 第18話 誓いの婚約式
「ミンティアさんのサブ職業が、召喚士に決定しました。当聖女コースでは、初めての召喚士です。みなさんも、それぞれ自分に合ったサブ職業を見つけるように、広い視野を持って勉学に励んでください」
「はい!」
勇者イクトのパートナー聖女であるミンティアが、図書館で召喚士契約の書籍を見つけてしばらく経つ。無事に、精霊との契約を完了したミンティアは、聖女コースやギルドにサブ職業登録を行い正式な召喚士となった。
レア職業である召喚士に興味津々の様子のクラスメイトたち……普段は落ち着きのあるお嬢様教育を受けている彼女たちだが、授業後はミンティアに質問ぜめとなった。
「おめでとう、ミンティア。サブスキルに召喚士なんて凄いですわ! てっきり、ミンティアは補助系のスキルを習得すると思っていたから」
「うん。私自身もそう思っていたんだけど。イクト君のギルドメンバーに必要なスキルを補うと、自然と召喚士みたいな融通のきくスキルが必要になって……」
「そういえば、ミンティアのお兄様も召喚士なんでしょう? やはり、血統のようなものも影響するのかしら」
高等召喚士である兄の話題は、出来るだけ学校内ではしないようにしていたが。1年に1度ある授業参観には兄リゲルが出席していたし、クラスメイトたちの記憶に残っているのだろう。
「あはは、そうだね。お兄ちゃんの影響も受けているのかも。じゃあこれから、研修だから……」
(なんだか、ずいぶんと注目される職業についちゃったな。お兄ちゃんもこうやっていろんな人に注目されてきたんだ……。私も頑張らないと……)
* * *
ミンティアの召喚士研修も終わり、2月の半ばに差し掛かった日曜日。前日は祝日だったが、あいにく土曜日と重なった為、三連休にはならず振り替え休日は無し……なんだか損した気分だが、貴重な休みをギルドメンバーで満喫することにした。
「さてと、今日はミンティアの召喚士デビューのお祝いだ。みんなで料理を作って……しかし、みんな結構やる気があるな」
スーパーで購入した食材を手に、意気揚々とミーティングルームへ向かうマリアたちギルドメンバー。
「うふふ、だっていきなり上級職の召喚士に仲間がなったんですから! みんな嬉しいのは当たり前です」
「そうそう! 一気にパワーバランスが良くなるし、受注出来るクエストもたくさん増えるぞ」
「これで、最上級レベルのギルドランク到達も夢ではなくなりましたわ!」
最上級ギルドランクとは、随分と気が早い気がするが。それだけ、レア職業の加入はギルドメンバー的にモチベーションが上がるのだろう。
「じゃあ、ミーティングルームの鍵を開けて。今日は、キッチン付きのルームだな」
オレたちの所属するギルドは、学園内の大型の教会を拠点としている為、教会内にあるミーティングルームなどを自由に利用する事が出来る。
今日はギルドメンバーでミーティングルームをひと部屋借りて、今後のギルドミーティング兼ミンティアの新スキル『召喚士』取得お祝いパーティーだ。
今まで回復役としてギルドに貢献してくれていたミンティアだが、今後挑戦するであろう高難易度クエストを考慮すると聖女特有の回復スキルだけではなく、バトルに応じたスキルが必要である。
キッチンを借りて作った料理をテーブルに並べて準備完了。
「手作りにしては、結構いい感じに出来たな!」
「うん。ホームパーティーっぽいね」
オレは既に定番と化している勇者イクト特製鳥の唐揚げとオニオンリング、アズサはエルフ風ポテトサラダと野菜スープ、アイラはちらし寿司、エリスはお手製ミートソーススパゲッティ、メイドのミーコは猫耳族らしく魚パイや魚のマリネ、マリアはサンドイッチやドリンクの準備、デザートのケーキなど……。
机の中央にはバレンタインシーズンらしくチョコレートファウンテン。
「あっお兄ちゃん、ミンティアさんが来たよ!」
コツコツと靴音を鳴らし、現れたミンティア……聖女コース上級生である事を示すピンバッジを襟元に付け、アウターはシンプルなグレーのピーコート、今までと変わらない装い。
だが手にはそれまで持つことのなかった召喚用のショートダガーが握られており彼女が新たなジョブを身につけた事を実感する。
「ミンティア、召喚士の契約と研修、お疲れ様……さっ座って」
「イクト君……」
しばし見つめ合うオレとミンティア。ミンティアはつり目がちのミントブルーの大きな瞳を潤ませ、心なしか白い頬がピンク色に染まっている。
すると、妹アイラがツインテールを揺らしながら、ミンティアの背中を押して中央の席に座らせる。
「ふふっアイラちゃんありがとう。お料理がたくさん……これみんなで作ってくれたの?」
「うん! 私はちらし寿司を作ったの!」
「せっかくのお祝いだから、みんなで頑張ったのにゃ」
「みんな、ありがとう……」
「それではミンティアの新たなスキル取得を祝って……乾杯!」
『乾杯!』
グラスのぶつかる音が、まるで将来の約束が保証された鐘の音のように、室内に響いた。
「ミンティア、おめでとう……召喚士ってレアなんだろ? よろしく頼むぜ!」
アズサがミンティアに召喚士についてあれこれ尋ねていると、神官エリスが召喚士について説明し始めた。
「契約召喚士……古代の精霊と個別契約を結び戦闘一回につき一体を召喚する事が出来る職業……と魔法学の授業で習いましたわ。今後は契約精霊を探すクエストも追加したいですわね。ミンティアさん、頼りにしてますわよ」
どうやらエリスは、今後のクエストに召喚精霊探しを導入したいようだ。戦力アップを考えると必要なクエストだろう。
「あっそうだ! 私、魔法力が上がるスペシャルスムージーを作ったんです! お祝いなんで遠慮せずにググッと……」
「にゃーアタシはお魚のパイを作りましたにゃ! 猫耳族に伝わる伝統のお魚パイ、たっぷり食べてにゃん」
「ミンティアさん、ミーコの手作りパイすごく美味しいんだよ!」
はしゃぐ仲間達の様子を見ながら、オレは遠い前世の事を思い出していた。
ずっと昔の前世でも、こんな風にみんなで手作り料理でお祝いをした事があったな……。
前世ではミンティアとは出会えなかったけれど、今こうして新たな仲間としてミンティアが加わっている事自体やはり前世とはいろいろと因縁が違うのだろう。
それにもうすぐオレとミンティアは『婚約』するし……。
みんなと一緒にいる時は極力考えないようにしているミンティアとの『婚約』を唐突に意識してしまい、思わず向かいの席にいるミンティアとバッチリ目があってしまう。
思わず頬が赤くなる……恥ずかしい……。火照った頬を覚ます為に、レモンスカッシュをぐいっと飲み干した。
* * *
2月14日……世間ではバレンタインの日。
ステンドグラスが美しいダーツ魔法学園内の教会で、1組のカップルの婚約式が行われた。
アースプラネットでは見込み年齢15歳で結婚する事が可能だ。この日婚約する2人は14歳、最近では結婚前に『婚約式』を交わすことは、そんなに珍しい事ではない。
中学卒業と同時に魔獣との戦いに身を投じる事を考慮すれば、早い年齢でパートナーを作った方が良いのだろう。
少年の職業は勇者、伝統的な勇者のマントに身を包み額にはサークレット。
少女の職業は聖女、清らかな聖女の正装である淡い水色のワンピースに身を包んでいる。
「勇者イクトは、聖女ミンティアを将来の妻とする魔法契約を結ぶと誓いますか?」
「誓います……」
「では、この魔道契約書にサインをし、誓いの口づけを……」
小さな魔道契約書に羽根のついたペンでサインをし、十字架の前で若いカップルが向かいあう。
「イクト君……私のすべてをイクト君に捧げるから……イクト君……大好き……」
ミンティアの大きな瞳からは涙が溢れている……イクトは涙をそっと指で拭う。
「ミンティア……」
そっと触れるだけの口づけを交わした2人を、守護天使達が優しい眼差しで見守っていた。