第五部 第17話 聖女のもう1つの職業
「聖女コース今日の授業は終了です、各自ギルドクエストや自習に励んで下さい」
「ありがとうございました!」
少女達のハツラツとした挨拶が、教室内に響く。
清楚なブレザー姿の女子生徒達が集う教室の風景は、一見すると女子校のようだが、それはこの教室が『聖女』という特殊な職業の生徒を育成する為のものだからだ。
ダーツ魔法学校は共学校であるが、聖女コースだけは女の園特有の独特のオーラが漂っていた。
下校の準備をする少女達。ブラウンのセミロングヘアをハーフアップに結んだ美少女が、ミントグリーンのショートボブがよく似合う美少女に声をかける。
「ミンティアは今日も図書館で自習ですの? 何か、良いスキルはありました?」
「それが……なかなかピンとくるスキルがなくって。イクト君たちの役に立てるような、パーティーに必要なスキルがあると良いんだけど」
ミンティアのパートナーであるイクトのパーティーは、勇者、聖女、格闘家、白魔法使い、エルフ剣士、猫耳メイド、神官というメンバー構成。
ギルド加入時に比べると、猫耳メイドと神官が加わりバラエティに富んできた気がする。猫耳メイドも神官も基本的には補助スキルがメインだ。だとすると、ミンティアが取得した方が良いサブスキルは補助系以外のものが良いだろう。
「パーティーとのバランス……。メンバー構成を聞いたところでは、ミンティアのパーティーは攻撃呪文役が足りないような気がしますわ。その役割を補えればきっと上手くいきます」
確かに、ジェシカの指摘は正しいかも知れない。大体のパーティーは、レベルが上がると上級職に転職するので、その際に足りない職業要素を補う。
だからといって、攻撃呪文役が今のところ足りないことは事実であり、誰かの転職を待つのは時間がかかる。
「攻撃呪文の代わりになるような……そういえば、そうだね。うん、ありがとう……すごく良いヒントになったよ」
「ふふっお役に立てて良かった。早くスキルが決まると良いですわね。私は、これからギルドクエストですわ……無理なさらないで、御機嫌よう」
少女は紺色のロングコートを品良くなびかせて手を振った。その姿は、凛々しくも清々しい。
「ジェシカもクエスト無理しないでね、御機嫌よう!」
聖女コースのジェシカはミンティアと同い年だ。が、魔法石を使ったダウジング魔法を習得し、迷宮を的確なルートで探索する事が出来る『ガイド』という道案内スキルを使いこなしギルドで活躍している。
ジェシカのパートナー勇者やギルドメンバーにも彼女のスキルは重宝されており、ミンティアはジェシカを尊敬すると同時に焦る気持ちもあった。
(私もイクト君やギルドメンバーの足手まといにならないような……役に立つスキルを身につけなきゃ!)
ミンティアはグレーのピーコートを羽織り、教室を出て中庭を抜け図書館を目指す。ここ数日はずっと書物とにらめっこだ。
「ミンティア、最近は図書館通いだな……何か調べ物なら手伝うけど。ほら、クリスマスクエストの時も一緒に調べ物をしただろう」
ミンティアの想い人であり、婚約予定の勇者イクトと図書館に向かう通路の途中で出会う。
イクトは相変わらずイケメンでサラサラの前髪を揺らし、グリーンの大きな澄んだ瞳でミンティアを見つめた。
「イクト君……!」
元々目立つ容姿のイクトだが、最近は身長も伸びて手足の長さやバランスの良いスタイルが際立つようになり、ますます目立つようになってきた。
ブレザーの学生服も校則違反にならないくらいの着崩し方で、程よくオシャレに着こなしている。
もちろん、イクトの良いところは容姿だけではなく、包容力や優しさなど恋するミンティアからすれば挙げたらキリがないのだが。前世からイクトに一目惚れし片想いしていた事もあり、自身が婚約者というポジションになれたことが夢のように感じるのである。
(こんな格好いい人が、私の婚約者になるなんて……)
2月の寒さを吹き飛ばすほど、熱くなる頬と胸の高鳴りに動揺するミンティアだが、なるべく平常を心がける。
(どうしよう……顔赤くなっていないかな?)
いつもなら平日の授業後はギルドメンバーと勉強会、もしくはギルドクエストに挑戦しているハズ。
だが、ミンティアはしばらくギルドクエストのメンバーから外れて、聖女コースの単位履修に集中するという理由で図書館通いだ。
「ありがとうイクト君……。でも、クリスマスクエストの時と違って今回は聖女コースの勉強だから。決まりで、自分で調べなきゃいけないの……」
嘘ではない。サブスキル取得は聖女コースの単位取得の1つである。
「そっか、無理するなよ……じゃあまた」
「うん……」
不安や心細さから、思わずイクトに抱きつきたい気持ちを抑えながら、ミンティアはイクトの後ろ姿を見送った。
* * *
図書館の中は暖房器具がよく効いており、外の寒さを忘れるほど過ごしやすい。以前、クリスマスクエストの際に特別閲覧室へ入室したが、今回も再びその場所を利用することになった。
「すみません、攻撃呪文の代わりになるようなスキルってどんなジャンルですか?」
「聖女コースの子でも扱えるスキルの中では……この辺がオススメよ」
図書司書の女性に、該当ジャンルの本棚の場所を教えてもらう。
「ありがとうございます!」
古びた本が並ぶ書棚から数冊の本を選び自習テーブルに座り、パラパラとページをめくる。
(聖女でも使える攻撃系スキル一覧……星座魔法、陰陽道、カード魔法……)
図書館に並ぶ聖女向けスキル書籍一覧は、思ったよりも数が多い。聖女はすべての者に慈悲を与えるという特殊な契約の元、チートレベルの回復呪文を使いこなす事が出来る。
そのため一般の魔導師のような黒系の魔力を借りて他人を傷つける可能性のある攻撃力の高い黒魔法や、戦闘目的で攻撃術を身につける事は出来ない。
あくまでも護身や神聖な目的が必要となる。契約制限のある中で、ギルドの役に立つスキルを選ばなくてはいけないのだが……。
(意外と数は多いのに、なかなか合いそうなスキルが見つからないな……。他の聖女と被るスキルを契約しちゃうと単位認定されにくいらしいし……ギルドメンバーと被るスキルを身につけても……どうしよう……)
巫女のスキルの1つである陰陽道を使いこなせる聖女はすでに数人いるし、補助系や占い系のスキルはイクトたちメンバーにはプロフェッショナルがいる。
「うーん……あと残るスキルといえば……」
考えすぎるせいか、これといったスキルに出会えずにいるミンティアの目に、1つのメモが映った。
メモは特殊魔法案内本に挟まっていたもので魔法文字で、『このメモを見た者、我の召喚求む』とだけ書かれていた。
(我の召喚求む……召喚魔法……そうだ召喚魔法なら聖女にも使いこなせる!)
何故、これまで召喚魔法に気がいかなかったのだろう。ミンティアの兄は、高等召喚士としてセトウチ地方の研究所に勤めている。ミンティアにとって、もっとも身近な職業は……本来ならば召喚士だ。
だが、兄があまりにも忙しく会う機会すらほとんどないほど実験に明け暮れているため、関心が湧かなくなっていた。
(お兄ちゃんも召喚士だし、これも何かの縁……。それに血縁者が召喚士なら、私にも素質があるかもしれない!)
メモの裏側には高度な魔方陣……魔力を秘めた小さな紙を手にしたミンティアに、わずかな魔法の光が流れる。
頭の中に、何処からか精霊の声が聞こえた気がした。
『初めましてミンティア、新しい契約召喚士』