第五部 第16話 彼のために出来ること
「では本日は、伝統的な勇者ドラマを視聴します。みなさん有名ヒロインから、聖女らしさを学ぶように心がけて下さい。感想レポートは明日提出です」
「はい!」
ダーツ魔法学校映像室では、聖女コースの特別授業として有名勇者ドラマの視聴が行われていた。
聖女の卵たちに勇者のパートナーとしての心構えを教えるべく、ドラマヒロインから女性らしさ、聖女らしさを学ばせる為のものである。
もちろん勇者イクトのパートナーである聖女ミンティアも、授業に参加中だ。
映像の向こうでは、ヒロインの美少女が主人公とともにダンジョン内のゴブリン達と戦闘中、ピンチに陥る主人公にヒロインが魔法で援助する。
『勇者様! 今、助けるわ……出でよ、氷の矢っ』
ミニスカートをひらりと揺らし、華麗な動きで魔法を操るヒロイン。 放たれた魔法はゴブリンに命中し、一撃……までいかなくともかなりのダメージを与えたようだ。
『くっ小娘が……よくも』
『サンキュー、行くぞっ! うぉおおおお』
キィイン!
ザシュッ!
『グハァ……』
お約束の連携で見事敵を倒す2人。
ノートにメモを取りながら、ミンティアは少し複雑そうな表情だ。
(勇者様と連携か……私もイクト君の役にもっと立ちたいな……早く、イクト君のお嫁さんとして相応しくならないと……!)
* * *
授業が終了し、ミンティアは待ち合わせ場所のカフェテラスに向かう。テラス席にダーツ魔法学校の中でもひときわ目立つグループの姿を確認し足を進める。
(イクト君……!)
想い人であるイクトに胸を高鳴らせながらも、ミンティアの心はチクリと痛んでいた。ミンティアのパートナーであるイクトの周辺は、いつも華やかだ。
勇者という職業は一般的によくモテるのが定番だが、中でもアイドル並みのイケメンであるイクトは『ハーレム勇者の生まれ変わり』と揶揄されるほどモテている。
しかも、美少女ばかりが彼の周囲に集う。自身も絶世の美少女と謳われ、すでにイクトとの婚約が確定しているミンティアだが、やはり好きな人の周りにいる女性のことは気になる……。
皆優しくて気の良い人達であり、何度も戦闘中に命を救われているため、わずかながら嫉妬するのも申し訳ない気持ちである。
今日もギルドメンバーのマリア、アズサ、エリスがイクトの周囲を囲み、猫耳メイドのミーコがせっせとイクトのお世話をしていた。
カフェテラスの席では、白魔法使いのマリアがスリムなボディにそぐわない《Fカップ巨乳》をイクトの腕に絡めるようなポーズで、回復魔法の勉強を教えているところだった。ただ単に、胸が大きいせいでそうなっているのかもしれないが……。
「ミンティア! 遅かったな……今日はチーズケーキのセットがお得だって、みんなで一緒に食べよう……って浮かない顔だな……大丈夫か?」
「ううん、平気だよイクト君」
大丈夫と言いつつも、イクトの周囲にいる美少女達に心が揺らいでおり、気づかれないようにみんなの輪に入るのであった。
* * *
夜、聖女たちの寮にある天然温泉付きの大浴場で、1日の疲れを癒すミンティア。備え付けのシャンプーやボディソープも用意されているものの、美容への関心が高い生徒が集まる聖女コースではそれぞれアイテムを持参するものも多い。
ミンティアもそんなこだわり派の1人で、今日からは新作のボディソープを使う。
「あら、ミンティアちゃん! そのボディソープ新作よね? 使い心地はどう?」
1学年上の先輩聖女に気軽に話しかけられるのも、大浴場ではよくあるひとコマだ。たった1つの年齢差とは思えない大人の色香に自分との違いを感じざるを得ないミンティア。
「ええ、泡が多くて洗いやすいです。香りもいい感じ」
「へぇ……良さそうだったら私もそれ買おうかな。けど、露出の高い装備の関係上は一応バストアップもしたいし。今のと迷っちゃうなぁ」
どうやら、先輩聖女の色気は努力して作っているものらしい。美しい人は見えないところで努力しているのだろう。
「あはは……」
身体を洗いながらふと自身の胸を触ってみると……柔らかく、それなりに揉むことが出来る。ミンティアのバストサイズはDカップ、14歳にしては大きめな方であるが、今日の光景をみてショックだったミンティアは小さくため息をついた。
「ミンティアちゃん、知ってた? 一夫多妻制のアースプラネットでは、勇者ともなれば花嫁を何人でも娶ることが出来るのよ、勇者の血を残す為とはいえなんだか複雑よね」
先輩が色っぽく金髪をたくし上げて、絹のような美しい肌をボディケアしながらミンティアに語る。聖女たる者、常に美しくがモットーであるため頭のてっぺんから爪の先まで磨き上げる者が多い。
すると、少しノリの軽いピンク髮聖女の先輩が、ついクチを滑らせた。
「そうそう、いろいろと大変だから普通の人じゃ側室なんか娶らないけど、勇者は特別に支援されるからね……。ウチのカレシも伝説のハーレム勇者みたいに、お嫁さんたくさんもらっちゃうのかなぁーやんなっちゃう!」
つい、聖女らしからぬ本音をもらす上級生。どうやら、それぞれ不満を心に抱えているようだ。
聖女というと、正ヒロインのような立ち位置が保証されているかのように感じるが、実際のポジションはパーティーの人間関係にもよる。
ただ、伝説のハーレム勇者というと、どうしてもパートナーのイクトを思い出してしまうミンティアは思わず苦笑いするしかなかった。
「ちょっとぉ、私達仮にも聖女なんだからそういう言い方やめてよ……。ミンティアちゃん、ごめんね……」
「いえ……別に……」
学校内でも、極めて目立つハーレム勇者と化してきているイクトをパートナーに持つミンティアに気を遣ってか、謝る先輩聖女。
噂では、他の先輩勇者の中にもハーレム勇者と呼ばれる者はいるので、イクトのことだけを指しているわけではないのだけれど。
「そっか……ミンティアちゃんのパートナーって、イケメンで有名なイクト君だものね。ごめんね……。けど、勇者でハーレム状態じゃない人なんてなかなかいないし」
「そういえば、そうだね。うちの学年だとヤヨイちゃんのパートナーのケイン君くらい? ハーレムしていないのって」
「そうそう、でもあれって親戚の子が女勇者で特別だからメンバーのポジションを一応空けているだけだって噂だよ」
「ふぅん……なんだ、そういうことか」
(ケイン先輩の親戚の女勇者……おそらくレインちゃんのことだよね。けど、どんなにケイン先輩が配慮しても、レインちゃん本人がすでにイクト君のハーレムメンバー入りしそうだし。なかなかみんなハーレム勇者の呪縛からは逃れられないな)
イクトと結婚が決まっているミンティアは、来月正式に婚約の儀を行う予定である。
魔法契約を兼ねた指輪の交換さえしてしまえば、確実に婚約決定だ。
(来月のバレンタイン頃にはイクト君の婚約者になれる……。イクト君の仲間も良い人達ばかり……。以前だって病気になった私のために危険を冒して薬草を採ってきてくれた……。大丈夫……幸せになれる……けど……)
ミンティアには、聖女特有の回復能力しかない。他のギルドメンバーは、皆イクトとともに戦うチカラを備えている。
(ドラマのヒロインのように、自分にも勇者と一緒に戦う能力さえあれば……)
ちょうどいい温度の天然温泉に浸かりながら、イクトに相応しい聖女になるべく、イクトの為に何が出来るのか考えを巡らせるミンティアであった。