第五部 第14話 オルゴールメロディ
クリスマスクエストに必要となる魔石を発掘するための鉱山には、時折モンスターが出没する。
「ここは、現場の広さに比べて少人数で運営しているから、モンスターの攻撃からは自分たちで対処するようになるけど。まぁ勇者の卵ってくらいだし、大丈夫ですね。休憩だけは、きちんととって下さい」
「はい、分かりました」
管理者と期間限定のアルバイトの数人で運営している現場では、外部からの発掘者は自己責任で身を守る必要がある。
説明を一通り受けて、まずはオレから発掘作業。レインが見張り、ミンティアは魔石を集めるサポートを行いながらレインの応援も行う。
カツンカツン、コツン、コツン!
飴玉のようにカラフルな魔石が、多数採掘出来た。コロコロと転がる様子は可愛らしくて食べ物と間違えてしまいそうだ。これらの魔石を集めたボックス内は宝石箱状態。
「ふぅ……結構採掘できたな。じゃあ、今度はレインがピッケルで作業して……いざとなったらオレが戦うって感じか」
「うん、交代だね。よぉし……いっぱい発掘しちゃおうっと」
「レインちゃん、頑張って!」
今度はレインが発掘係……こうして、3人ひと組で作業を進めて行く。ピッケルで地道に発掘を行う傍ら、誰かがモンスターを見張っていなくてはならない。
「……あっイクト君、モンスターがっ」
「任せとけっおりゃああっ」
「ぎゅいいいいんっ」
宝石好きな初級ランクモンスターから、発掘現場を守りながら発掘。これを一定期間繰り返せば前半のクエストは終了だ。
意外とバトルの回数も多く、自然とレベルアップにつながる。どうりで、ギルドポイントが3倍になるわけだ。
「休憩の時間でーす! みなさん休み時間にして下さーい」
* * *
勇者聖女限定クリスマス特別クエストをこなすようになって、2週間と少し経った。無事にクエスト依頼品である通常の魔石や使い魔ミーコを進化させるアイテムである猫目の魔石もゲットし、だいぶ落ち着いてきた。
「ふぅ……今日からは、学園内での作業が中心か……。ピッケルの持ちすぎで筋肉痛だし、そろそろ体力の回復をした方がいいよな」
「うん……本番には、体調を万全にしておかないと……。今日の食事会で英気を養っていこう」
そう……今日は、久しぶりにギルドメンバーたちと食事会だ。レインも参加するから、他のギルドとの交流も兼ねている。
「今日から給食がないし、久しぶりに他のコースに所属している人とランチだね。でも、私まで誘ってもらっていいの?」
「ああ、人数が多い方が楽しいし……」
同じ勇者コースのレインやパートナー聖女のミンティアとは、毎日顔を会わせるものの、他のギルドメンバー達とはそれぞれ別のクエストをこなす為、別行動だった。
食事会のメンバーはマリアや妹アイラ、アズサらギルドメンバー。来年からサポートメンバーとして参加予定のエリス、もちろんレインやミンティアも一緒だ。
「イクト! この2週間忙しそうだったな。風邪ひいてないか?」
笑顔のアズサに頭をワサワサといじられるオレ……姐御肌のアズサは相変わらずオレに対して、弟のような扱いである。
「いてて、大丈夫だよ。アズサ!」
すると久しぶりではしゃいでるのか、服の裾をくいくい妹アイラに引っ張られる。
「お兄ちゃん、今日のオススメランチはビーフシチューセットだって! 同じの一緒に食べよう」
「ああビーフシチューか、いいな。寒い日にぴったりだ」
「ねえ、窓際の席が空いてるよ……今日は日差しも気持ちいいし窓際に座る?」
「ふふ、そうしよう! ね、イクト君」
レインとミンティアの勧めで、みんなで窓際の席に着く。たしかに日差しがポカポカしていて、暖房いらずのあたたかさだ。
全生徒が利用可能な、学園中央に位置する広い食堂は景観も良く、窓際の席からは中庭を眺める事が出来る。
クリスマスオーナメントが飾られた食堂内は、すでにプチクリスマスパーティー状態、そういえば来週はもうクリスマス本番だ。
ちょうど良く日差しが当たる席で、ランチセットのあったかいビーフシチューセットを堪能する。
濃厚なソースとよく煮込まれたビーフが口の中で溶け合って、連日の疲れが癒されるようだ。
久しぶりの談話に癒されていると、ふと思い出したようにマリアが淡いピンク色の包みをカバンから取り出した。
「そうだイクトさん、寒さによく効く薬草入りのジンジャークッキーです……。私とエリスの2人で作ったんですよ。良かったらクエストのお供に、ミンティアさんレインさんの分も」
「最近教会のお祈りにいらっしゃらなくて寂しいですわ……たまにはいらして……。いつもご無事を祈っていますのよ」
マリアとエリスの2人からジンジャークッキーを、エリスからはさらに教会に来るように、というお言葉を貰う。
前世では一応押しかけ女房という名の婚約者だったエリスに咎められると、胸が痛む。
「サンキューマリア、ごめんよエリス」
教会のクリスマスイベントで配るという、ジンジャークッキーの試作品。生姜味のジンジャークッキーは、定番の人型をはじめ星型やモミの木型のクリスマスモチーフだ。
「美味しそう! 私達も貰っていいの? 嬉しい」
「薬草入り……クエストにぴったりだね。ありがとう」
「いいですのよ……自慢の身体に優しいクッキーですの。食べたら感想くださいね」
意外と和気あいあいとしているミンティアとエリスを見て、不思議な気持ちになる。いつの間にか前世の冒険メンバーに加えて、聖女ミンティアや女勇者レインとも共に行動するようになったが、前世のように誰を正妻にするのかという話は出なくなった。
アースプラネットは一夫多妻制、だがミンティア一族から婚約の申し入れをもらってまだ返事をしていない。オレの両親の承諾もきちんとは得ていない。そろそろ両親から何か連絡が来るはずだ。
誰とも婚約が決まっていない理由は、オレが元現実世界の人間でアースプラネットの結婚制度に馴染めないということ。
相変わらず美少女に囲まれて気持ちが定まらないことも原因ではある……あるのだが最大の理由はやはり……。
「じゃあ、今日はここで」
「ゆっくり休んでね! お兄ちゃん」
連日休みなくクエストをこなしていた身体を休める為、早めに解散となり帰路につく。寄宿舎のポストを開けると1通の手紙。
その差出人に、慌ててその場で封を切る。
手紙にはオルゴールの音楽入りクリスマスカードと、【真野山葵グランディア姫の魔族復帰のお知らせ】と書かれている。
そして小さい可愛いらしい文字でイクト君へ、久しぶりです……と。オレの初恋の人であり幼馴染でもあるアオイからの数年ぶりの手紙だ。
アオイが本格的な魔王修行に入った為数年間接触出来なかったが、ついに修行が終わったようだ。
そして封筒には『人間界での正妻』に聖女ミンティアが内定しているのなら『魔界での正妻』は幼馴染アオイに……という魔族からの婚姻予約の書類が同封されているのであった。
(アオイとミンティアの両方を正妻に?)
2人正妻を貰うという今までなかった発想に、オレは思わずポストの前で立ち尽くし、頭が真っ白になってしまい、クリスマスカードからはオルゴールメロディがしばらく奏でられ続けるのだった。