第五部 第12話 サンタさんにお願い
赤い服に白いヒゲを蓄えた老紳士から、クリスマス限定クエスト開始を告げられた、勇者と聖女の見習い達。
「あれって、サンタさん? 私たちのクエストってサンタさんのお手伝いってこと?」
「うーん、多分。プレゼントは、一定の年齢になるまでは必ずすべて子供たちに配られるし……」
(そういえば、アースプラネットに転生してからは普通のプレゼントの他に、毎年不思議な色の魔力の小石がクリスマスの夜に枕元に置いてあるんだよな……。いつの間にか、カラダの中に魔力として吸収されて消えてしまうけど……あれはサンタさんからのプレゼントなのか?)
オレの心の疑問に答えるかのごとく、サンタさんがクエストについて説明し始めた。
「アースプラネットのクリスマスプレゼントはみなさんご存知の通り、子供達の夢や希望が叶いやすくなると伝わる魔石の欠片だよ……。吸収するとこにより、魔法力が上がる貴重な鉱石。それをみんなに異界の探索クエストに行き採取してきて欲しいんだ。クリスマスの夜にはプレゼント配布クエストだ……大変なクエストだけど、ギルドポイントが3倍になるから頑張ってね」
「ギルドポイントが3倍? ずいぶんと、ポイントアップが出来るクエストだ」
「もしかすると、願い事が叶いやすくなる魔力の効果が発掘人にも影響するのかもね」
「へぇ……頑張りがいがあるなぁ」
思わぬポイントアップクエストに、サンタクエ初参加らしき勇者や聖女達のざわめきが聴こえる。
「すごいねイクト君、ギルドポイント3倍だって! 」
嬉しそうに目を輝かせる女勇者レイン。オレと同じく、まだギルドポイントがそれほど溜まっていないはずの彼女にとっても朗報と言えるだろう。
「ああ、オレ早くギルドランク初級卒業したかったんだ……。このクエストをこなせば、初級卒業も夢じゃないかも」
「よかったね! イクト君、レインちゃん、頑張ろう。これで、初級ランク脱出に大きく近づいたね」
オレとレイン、ミンティアがクエスト内容についてあれこれ話していると、ギルドマスターからクエスト内容の書類が配られた。
どうやらオレ達のサンタとしてのクエストは、ダーツ魔法学校の寄宿舎と近隣が配達管轄のようだ。
「学園ギルドシステム導入により生徒数も増え、今年もサンタさんから光栄なクエストを受けることが出来ました。勇者コースと聖女コースの中学二年生と三年生合わせて50人前後……サンタさん達のお手伝いが出来るように頑張りましょう!」
サンタさんは鹿と共にいつの間にか姿を消していて、結局あの鹿で空を飛ぶのか飛ばないのかは聞けずじまいだった。
* * *
クリスマスクエスト説明会も無事に終了し、ついに12月。
学園内にはモミの木やクリスマスリースが飾られ、食堂ではクリスマスソングがBGMとして流れる。
紺のダッフルコートとグレーのマフラーで防寒対策を施しているものの、12月の冷たい風が頬を撫で思わず震える。寒気に耐えながら学園の庭を突っ切り、クエストルームに向かう。
途中、シスターの格好に身を包んだマリアに学園内の教会近くでばったりと出会った。
相変わらず美しいマリアだが、グレーの修道服が本物の修道女のようで、なんだか遠くに行ってしまったようで少し切ない。
「あら……イクトさん、クリスマスシーズンはそれぞれ別のクエストになりましたけど頑張りましょうね……。特別なクエスト無理しないで下さい」
シークレットクエストの内容自体は内密だが、勇者と聖女が何かの特別なクエストをこなすという話は各ギルドメンバーに報告済みだ。
「おお、マリアも教会の任務頑張れよ! 教会にとっては、クリスマスのイベントってかなり重要なんだろう。忙しいだろうけど、ちゃんと休めよ」
「ええ、忙しいと言っても暖かい部屋での作業がメインなので風邪の心配はそれほどありませんし。やっぱり、屋外での作業も行うらしいイクトさんたちのほうが心配です。クリスマスイブには、風邪予防の効果のあるクッキーを配りますからね」
「ああ、楽しみにしているよ。それじゃあ……」
自分でもよく分からない胸の痛みを抑えながら、作り笑顔でぎこちなく挨拶を済ます。
12月のギルドメンバーは、みんなそれぞれ仕事が別々だ。所属しているコースによって活動内容があらかじめ振り分けられている。
マリアは、クリスマスシーズン期間中ずっと教会でクリスマスイベントの手伝い。教会でのお話会や勉強会などが毎日行われているため、普段よりずっと忙しそうだ。
エルフ剣士のアズサは、所属コースが妖精族の専用コースなこともあり、比較的静かな仕事が多い。他の生徒の手助けになるようなクリスマスシーズンのグッズ製作や薬草の調合、その他雑務に追われている。
妹のアイラは、初等科生徒が披露する合唱団に所属しているため毎日練習。そろそろ教会でのお仕事が始まるんだとか。
守護天使エステルは天使界へ戻り、クリスマス特別イベントに向けて大忙し。それぞれ、クリスマス当日まで別行動である。
大きなモミの木が目印のクリスマスクエスト専用の小屋のドアを開けると、すでに他の生徒たちが作業を進めていた。
「イクト君、書類が届いてるよ! はいっまだ中は開けていないから」
オレより先にクエストルームに着いていたミンティアから、書類を手渡される。
「ミンティア、ありがとう……どれどれ……?」
各々の願い事をリサーチし、願いに合わせた魔石を異界へ採取しに行くのだが……。
「みんな、いろんな願い事があるんだね! サンタさんって素敵な職業だなぁ……。アイラちゃんの願い事もここにあるよ」
ミンティアに妹アイラの願い事を教えてもらうと、「お兄ちゃんを助けられる立派な格闘家になりたい……」と書いてあり、アイラにはいつも助けられてるから充分なのに……と申し訳ない気持ちになる。
妹は子供っぽいから、もっと何かが欲しいとかそういう願い事なのかと思っていた……オレももっと頑張らないと。
感傷に浸りながら書類に目を通すと、ある願い事がふと目に入った。
【猫耳メイドになりたいにゃ。そしてイクトとメイドさんの姿で旅に出るのにゃ、ミーコ】
「これは……? 猫耳メイドって……」
「使い魔の願い事を叶えるのもサンタさんのお仕事なんだって……。イクト君、何かあった?」
「ああ、これだよ……。多分、オレの使い魔の黒猫ミーコの願い事だと思うんだけど」
「あっ本当だ。へぇ……猫耳メイドなんて、なんだか可愛らしいね。でも、ミーコちゃんはいわゆる人語を話せる魔法猫ちゃんでしょう? メイドさんって一体どういうことなんだろう」
猫耳メイド……オレの使い魔である黒猫ミーコの前世の姿……。ミンティアは、ミーコのことをごく普通の魔法猫だと思い込んでいるようだが。やはりミーコの真の姿は、人間に極めて近い状態のあのメイドの姿なのだろうか。
「多分だけどさ……人型で猫耳と尻尾が付いているメイドさんのことだと思う。昔、そういうメイドさんがいたはずだけど……。そういえば、最近はあまり見かけないな」
「……もし、実在している特別な種族なら図書館に資料があるかも。あとで行ってみようっ」
猫耳メイドの実態について、図書館で調べることを勧めるミンティアに黙って頷く。
ごく普通の猫の姿で満足していると思い込んでいたオレは、ミーコの意外な願い事を知るのであった。




