第五部 第11話 勇者と聖女のシークレットクエスト
学園ギルドに加入して、もうすぐ2ヶ月が経とうとしていた。最初のクエストはやや難航したものの、その後はメンバー間のコンビネーションも良くなり順調だった。
お使いクエストや小型モンスターの討伐などの小さなクエストをいくつかこなし、ようやくギルドランクが7レベルになった。
「おめでとうございます! ギルドランク7レベル到達です。受理できるクエストのエリアが広がりましたので、確認しておいて下さい」
「はい、ありがとうございます!」
ギルド受付で、ギルドの報告書を提出して無事にランクアップ。ギルドクエスト管理アプリをインストール済みのスマホ画面を確認すると、クエストエリア拡大の文字。
「お疲れ様、イクト君。新しいエリアに行けるようになったし、これからはもっといろんなクエストに挑戦できるね」
「ああ、そうだなミンティア。そういえば、護身用の杖は使いやすいか? 以前よりも、他の人に庇われなくても戦闘を切り抜けられるようになったよな」
直接攻撃禁止の聖女にとって、サブ職業が確定するまでは戦闘時にどうやって身を守るかが重要となる。ミンティアの場合は、後方で回復魔法や補助呪文を使用する時以外は護身用の杖で敵を追い払う程度だ。
それでも、武器を持たずにピンチに陥った初回の戦闘に比べれば格段に良い。
「この杖、イクト君たちが選んでくれたんだものね。ありがとう……自分の身くらいは自分で守れるように頑張るから」
「無理しないようにな。じゃあ、ギルドランクの認定作業も終わったし、みんなが待つミーティングルームに行こう」
今日は、報告書の提出とミーティングがメイン。正式所属から2ヶ月目……そしてまだ2回目のミーティングだ。クエスト可能エリアの拡大に伴い、大型モンスターとのバトルも予想される。
オレたちが所属する教会系ギルドは、後方支援系のスキル持ちの冒険者が多い。他に比べれば、さほど好戦的な現場に行かないで済むのでこれまで上手くやれていたが……。
受付やカフェスペースを抜けて、奥の方にある会議室へ……。
「お兄ちゃん、ミンティアさん、ギルドランクアップの手続き終わったの?」
「ああ、バッチリギルドランク7にランクアップしたぞ。クエストエリアが広がるから、いろんなタイプのクエストが受けられるようになるってさ」
先に会議室でミーティングの準備を進めていたアイラ、マリア、アズサの3人にランクアップを報告。てっきりすぐ次のクエストの話し合いになるかと思いきや、事情が変わったらしい。
「それがですね、イクトさん……。すぐに明日からまたクエストというのは出来なくなりそうで……」
「えっどうして? 何かあったのか」
言いずらそうなアイラとマリアに代わりアズサが簡潔に説明する。
「実はさ、イクト。さっき、ギルドマネージャーの人が来て、1度も休みを取っていないからそろそろ休みの日を入れた方がいいって……」
まさかギルドマネージャーからアドバイスが来ていたとは……意外な展開である。だが、振り返ると今まで1度も休んでいないことは明白だった。
「休みって……あっそういえば、オレたちって1度もギルド加入から休み取っていないな!」
「そういえば、そうだね。ギルドランクが上がるのが嬉しくてクエストばっかりやっていたけど……。これ以上休まないと、かえってギルドランクアップのポイント換算に響くのかもね」
思わぬ注意が入ったことに、苦笑いするミンティア。
「ええ、ですから新エリア攻略前に休暇を取らなくてはいけないとかで……。ですが、フリーダムにクエスト実行できるのは年内は今月までなんです。つまり新エリア攻略は来年までお預けかと……」
「えっそんな制限が? 何で?」
「なんでも、12月からは各コース必須の強制参加クエストに駆り出されるらしいぜ。マリアはクリスマスシーズンに向けて教会の手伝い、アタシはクリスマス用のエルフ薬草や販売品の調合、アイラは初等科のコーラス練習だ」
「卒業を控えた最上級生勇者は、その限りではないようですが。その代わり勇者コースは特別な卒業試験クエストがありますし」
「そっか……残念だな。けど、まぁランクアップを年内に出来ただけでもいいか」
どっちにしろ、年内のギルドクエストを受けられるのは明日までだったようだ。
「まぁ……来年になると、エリスが神官のプロとして活動出るからギルドメンバーも増えるぜ。ギルドマネージャーから注意が入るのも、控えのメンバーなしでクエストをしているからだよ。エリス加入を待ってから難しいクエストに挑戦した方が得策だしさ」
前世からの仲間であるエリスも同じ学園の生徒であるが、上級職である神官の試験を受験していたため年内はギルドクエストには参加出来なかった。
だが、つい最近無事合格結果が出たため、来年からはオレたちの仲間メンバーとして加わる予定だ。
「確かに、そうかもしれない。エリスが入ってくれれば回復役が増えてだいぶ楽になるし……」
「ですよね……。でも、何が足りないのかしら?」
目標は年内に初級ランクを卒業だったが。それは翌年の目標に変更である。初級卒業にはギルドランク20レベルまで上げなくてはならない。
「取り敢えずは、ステータスオープンして、傾向と対策を探るか!」
以下、いくつかのクエストをこなし、パワーアップしたオレたちのステータスデータ。
【メンバー:1】
勇者イクト 職業:学園勇者(ランク星3)
レベル:21
HP:1150
MP:80
攻撃武器種:棍・剣・槍
装備武器:はやぶさの棍
装備防具:守護のマント・守護の胸当て・冒険者防具セット上下・登山併用ブーツ
装飾品:携帯用バッグ・呪いよけのペンダント
呪文:回復魔法小、攻撃魔法初級
【メンバー:2】
白魔法使いマリア 職業:学園白魔法使い
レベル:22
HP:1090
MP:160
攻撃武器種:杖・鞭
装備武器:回復の杖
装備防具:白魔法使いローブ・登山併用ブーツ
装飾品:琥珀の髪飾り
呪文:回復魔法(中)、補助系魔法
【メンバー:3】
エルフ剣士アズサ 職業:学園剣士(サブ職業:調合士)
レベル:23
HP:1110
MP:80
攻撃武器種:剣・弓・短剣
装備武器:エルフ用ショートソード
装備防具:学園エルフの胸当て・冒険者用ショートパンツ・登山併用ブーツ
装飾品:天然石のペンダント
特技:エルフ剣技、調合で回復可能
【メンバー:4】
格闘家アイラ 職業:学園格闘家
レベル:18
HP:990
MP:50
攻撃武器種:ナックル・飛び道具
装備武器:疾風のナックル
装備防具:魔法の女子チュニック・魔法のショートパンツ女子用・登山併用ブーツ
装飾品:守護の髪飾り
特技:攻撃スキル初級
【メンバー:5】
聖女ミンティア 職業:学園聖女
レベル:17
HP:950
MP:130
攻撃武器種:なし(任意で攻撃力の低い護身武器)
装備武器:護身用の杖
装備防具:聖女コースのセットアップ初級・耐性付きニーソ・防御用シューズ
装飾品:マジカルピアス
呪文:状態異常回復・通常回復魔法
【備考】
ギルド加入から休まずにクエストに励んだ結果、だいぶ全体のレベルが上がった。攻撃役3人、回復役2人の5人体制でギルドの基本的なパーティー構成と言える。
武器属性も打撃武器である棍とナックル、斬撃武器である剣と2種類に分けられるため、攻撃の幅が広い。聖女ミンティアにも護身用の杖を持たせたことのより、護衛役を用意しなくても戦えるようになった。
今後メンバーとして加入予定である神官エリスは回復と防御系補助呪文を使いこなせるため、回復の心配は要らなくなりそうだ。
敢えて足りない属性を挙げるとすれば、やはり攻撃呪文役や攻撃系補助呪文役が足りないと言えるだろう。
魔法攻撃力を上げるための対策としては、以下の方法が挙げられる。
その1……転職を行い黒魔法系ジョブを追加する。
その2……サブ職業として攻撃魔法スキルのあるジョブを加える。
その3……追加メンバーを足りないスキルから選ぶ。
「うーん、なかなか難しいなぁ。攻撃呪文役かぁ」
「あのイクトさん、そのうち魔法系ジョブは上級職に転職しなきゃならないので、転職で補いましょう」
「えっ……マリアがそう言うなら……」
課題はありそうだが、これからが冒険者として本番だ。焦らずに、バランスの良いメンバー構成を検討すればいいだろう。
仕方なく、その日のミーティングはステータスの検証と簡単な装備品の見直しで解散となった。
* * *
「あーあ、今年中に初級ランク卒業は無理かぁ……。今日は久しぶりの休みだし、コタツでまったりしてよう」
11月最後の日曜日、寄宿舎の自室でギルドの書類と睨めっこしていたオレは、自分に言い訳するかのように呟いた。
ギルド加入以来、休み返上でクエストに挑戦していたが、いい加減休みをとった方が……とギルドマネージャーに助言され……。
今日はオレもギルドのパーティーメンバーもお休みである。
今年は11月の終わりとは思えない程の寒さで、狭い部屋に合わせた小さめのコタツに潜り暖をとる。
「イクト君、焦らずゆっくり一人前の勇者になればいいんですよ!」
ロフトから守護天使エステルがふわりと降りてきて、オレを励ます。
「でもさぁ、ケイン先輩達が挑戦した未知の祠……なんか気になるんだよなぁ。ギルドランクが上がれば探索出来るのに……」
「まあ、今年も残りわずか……基礎力を身につけるつもりで、地味に頑張りましょう」
そう言いながら、エステルもふわりとした羽根をたたんでいっしょにコタツに入ってきた。
「コタツあったかいですー思わず眠気が……」
エステルは西洋風な容姿の守護天使だが、和風コタツがお気に入りのようで、羽根をたたんでお休みモードだ。
モゾモゾ! コタツの中で、動きがある。
「にゃー! コタツがぎゅうぎゅうなのにゃ」
コタツの中で丸くなって眠っていた使い魔の黒猫ミーコが、コタツの中から顔を出してきた。どうやら睡眠の邪魔をしてしまったようだ。
「ごめんよミーコ」
「にゃーん。仕方がないのにゃ。コタツはみんなのものなのにゃ」
一応許してくれたようで、スリスリと顔を寄せて甘えてくる。そういえばギルドに入ってから、ミーコと遊んでやってなかったな。
そんなこんなで久方ぶりのまったり時間を過ごしていると、オレのスマホに一通のメールが届く。
『ユーガットメール!』
このメール音はギルドクエスト専用のメールだ。早速読んでみることに。
【勇者、聖女限定シークレットクエスト開催決定!】
注・このクエストはパーティーメンバー、守護天使や使い魔にも内密にして下さい。
みなさん、もうすぐ12月ですね。 私は昨日、牛すき焼きを食べにネオ京都の和牛料理専門店に行きアツアツすき焼きを堪能!
ネオ京都の景観も素晴らしく、心も身体もポカポカになりました。
とってもオススメのお店なので、機会があれば是非。
そんな和牛好きのギルドリーダーから、素敵なギルドクエストのお知らせです。
年に一度の勇者さん、聖女さん限定のシークレットクエスト開催!
詳しくは明日の勇者アンド聖女のギルド講習会で……。
ギルドリーダーより。
……牛すき焼きが食べたくなっちゃうじゃないか……しかもネオ京都って羨ましすぎる……。親切に和牛料理専門店の連絡先や地図、そしてすき焼きフェアの開催期間が載っていた。
「にゃ? お手紙なんですかにゃ?」
黒猫のミーコが首を傾げて尋ねてくる。どうしよう……シークレットクエスト事体内密なのに……。
「ああ、メールマガジンから和牛料理専門店の案内が来たんだよ。すき焼きフェアなんだって」
「にゃー牛さんですかにゃ」
「和牛! そろそろすき焼き食べたいですー」
どうやらうまく誤魔化せたようだ。シークレットクエスト……一体どんな内容なんだろう?
* * *
次の日の放課後、勇者と聖女のみで行われる講習会。特別にギルドのリーダーやマネージャーだけは職種関係なく立ち会うが。シークレットクエストの説明会を兼ねているだけあって、緊張感が漂っている。
オレと女勇者レイン、パートナー聖女ミンティアの同級生3人で後方の席に座り、時間を待った。
「イクト君……なんだかドキドキしちゃうね」
「ああ、どんなクエストなのかな? 他の生徒には秘密のクエストって」
「あっ……誰か来たよ、始まるみたい……」
おもむろに会場が暗くなり、壇上にスポットライトが当たる。
そこには赤い衣装にヒゲを蓄えた有名な老人とトナカイ……ではなく鹿の姿があった。
……まさか鹿がソリ引いて空飛ぶのか?
「みなさんごきげんよう、もうすぐ12月だね……12月といえばクリスマス。今年もサンタクロースクエスト開催するよ!」




