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蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-  作者: 星里有乃
第五部 学園ギルド編

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第五部 第10話 シスターに捧げる花束

 

 上級生勇者ケインと聖女ヤヨイは、イクト達と別れた後、山頂にある祠の探索クエストに取り組んでいた。彼らが挑むクエストは、俗に言う難解クエストと呼ばれるもので、上級者だからといってクリアできる保証はない。

 現に、達成者数ゼロという今回のクエストは難解というよりも達成不可能なのではと囁かれていた。


「しかし……ついに来ちゃったな。達成者数が未だにゼロ人という、無理めなクエスト。さっきは、イクト君たちの手前……カッコつけちゃったけど……。いざとなると不安……」

「もうっケインらしくない! ダメ元で挑みたいって言ったのは、ケインですわ。それに、未知の領域に挑戦するのが冒険者の醍醐味だって、いつも言っているのはケインでしょう。それに、今回のクエストはあくまでも調査です」

「ああ、そうだった。初心忘るべからず! 俺のポリシーはいつでも挑戦だ。じゃあ気を取り直して行こう!」



 * * *



「うぉっ。祠の周囲がバチバチッときた。こりゃ、強力な結界だな……ヤヨイ、行けそうか?」

「ええ、おそらく時間制限がありますけれど。やってみますわ」


 祠の入り口には結界が張られていたが、聖女であるヤヨイの祈りで一時的に結界を解く。

 ジメジメした空気と苔むした狭い祠の中を警戒しながら進む。ジャリジャリとした感触がブーツから伝わり歩きにくい。


「ケイン……何度も言いますけど、今回のクエストの目的は、モンスターの討伐ではなく祠の内部調査ですわ。決して無理なさらないで」

「分かってるって! なんか強そうなヤツがいたら、サッと撤退するから安心してくれよ」


 相変わらずザックリした説明のケインに、安心したような不安のような気持ちのヤヨイ。


「そう言いながら、ケインっていつも無茶するんですもの……」


 ヤヨイが心配そうな声色でケインに注意を促すが、あいにく祠は暗くヤヨイの表情までは見れない……。現在、手元にあるランタンの灯りだけが頼りである。


 意外なことに噂にあるようなモンスターの気配はなく、岩の扉に辿り着いた。


「ここが最奥か? 行き止まり……じゃない……この岩の扉さえ開けば……イテテ……無理かぁ」

 ケインが岩の扉を開こうと四苦八苦している横で、聖女ヤヨイが岩戸開きの祝詞を唱え始める……。


 ガタン!


「岩戸が……開いた?」

「ケイン……私が祝詞を唱えている間に中の様子を……」

「分かったぜ!」


 ケインが岩戸の中に入ると小さな祭壇、そして何かの機械を操る為のパソコン、資料……岩戸の内部を覆うように大型のコンピュータ装置が幾つも設置されている。


「なんだここ……メモかな。サーバーメンテナンス……新データダウンロード完了? まるでゲームか何かの製作だなこりゃ……」


 ケインが手にした資料は『蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-第5部データ』『アースプラネット町の風景など追加データダウンロード』などのゲーム製作の内部資料のようなものだ。


「……アースプラネットってオレ達の住む世界の事だよな……ゲームのデータ? なんだっけ……何処か遠い昔に聴いたような……」


 瞬間、ケインの脳裏に……こことは違うどこか遠くの惑星の姿が浮かぶ。親戚の少女……レインによく似た女子高生レイラを促して、一緒にプレイすることになったスマホRPG。

 気になっているあの女の子もプレイしているという噂から、何となく始めただけのゲームだ。


(俺は、本当は誰なんだ? ここは、どこ……。この異世界は現実か、それとも夢か。ゲームのタイトルは確か……)


 ピーピーピー!


『警告! 内部データ流出を防ぐために外部データを一部排除します……実行!』


「えっ? 何だよ? あ、頭が……突然、うわぁぁああっ」

「ケイン? どうしましたの? きゃあぁあああああっ!」



 * * *



 チチチ……チュン……チチチ。

 ピィピィ……。


「ケイン、起きてくださいな」


 ケインが目を覚ますとそこは山の中腹、石碑の前だった。愛らしい小鳥のさえずりが、何事もなかったようにのんびりと響く。


「あれ? オレ達、さっきまで祠の中にいたよな? 何か重要なものを見たような気がするんだけど……何だっけ……。うーん思い出せねえ!」

「ケイン、しっかり。大丈夫? どこか打ったのかしら」

 頭を抱えるケインに回復呪文をかけるヤヨイ。一応、体力回復だけでなく、状態異常回復の効果もあるようで奇妙な違和感から解放される。


「ありがと……あーあこれが噂の未知の祠か……。記憶ごと飛ばされちゃったよな」

「仕方ありませんわ……あの祠の内部に入って中の様子を報告出来た人間、いませんもの……。私達も例外ではなかっただけです……ケインが無事で良かった」


 潤んだ目でヤヨイに見つめられて、思わず赤くなるケイン……。恥ずかしさを誤魔化すように、目の前にある石碑の話題を始める。


「……えっと、こんな石碑あったっけ……伝説の勇者の仲間シスターマリアここに眠る……慰霊碑か……。マリアってイクト君のメンバーもマリアさんだよな……よくある洗礼名なのかな? まだ、20年くらいしか経っていないのか……」

「本当……まだ、最近の出来事ですわね。なんて哀しい伝承なの。せめて、今みたいに拠点の山小屋があれば……たった20年で整備が進んだのかしら?」


 石碑によると、伝説の勇者がエルフの里でダークエルフの暗殺に倒れた時に、シスターマリアが山頂にある聖女の薬草を採取するために単身で山に登り、登山中にモンスターに襲撃されて行方不明になったとされている。


 当時は、今とは比べものにならない程の凶悪なモンスターが出没していたらしい。


「そんなことがあったのか、当時はゲートが不安定でモンスターが放置されていたんだっけ? 過酷な環境をたった1人で、仲間の命を助けるために。辛かっただろうな」

「せめて、私達のお花を……。シスターマリアさんが命懸けで探した薬草、聖女の花……石碑の前に……」


 ヤヨイが捧げた青い花束が、慰霊碑の前で揺れる。美しい花が……風に吹かれて、どこか寂しそうに揺れた気がした。


「……シスターさんの魂が慰められますように……。シスターマリアさん、アースプラネットの流れ星に生まれ変わって、幸せな来世になるといいな」


 ケインが慰霊碑前で祈りを捧げ、ポツリと呟くと……。


「そうですわね……案外、もう生まれ変わっていらっしゃるかもしれませんわ……。行きましょうケイン」

「ああ!」



 * * *



「クシュン!」


 拠点コテージで勇者イクト一行が休憩していると、メンバーの白魔法使いのマリアが控えめにくしゃみをした。


「何だ、マリア……風邪か? 冷えないようにしないと。ミンティアも良くなったし、マリア達にお礼言いたいって……。なのに、そのマリアが病気になったら……」


 イクトがマリアを気遣い、自分のマントを掛けてやると、「当たり前の事をしたまでです。お礼なんて……良かった【今回は】きちんと薬草を手に入れられて……」と柔らかく、けれど哀しそうに微笑む。


 その瞳は、深い憂いを含んでいてマリアの心の傷となっているように見えた。今回のクエストが成功したことで、多少は満足出来たのだろうか。


「マリアって、薬草クエスト前にも受けたのか? 今回はって……」

「それは……内緒ですっ!」


 そう言って、マリアは震える肩で背中を向けた。前世の哀しみにあふれた記憶を隠すかのように……。


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