第五部 第9話 聖女の花
途中、雨で足止めされたものの山小屋で一泊し、英気を養ったオレ達。再び山頂を目指して出発……上級生勇者であるケイン先輩と聖女ヤヨイさんも一緒だ。
「偶然雨が降ってきたから立ち寄った山小屋だったけど、ゆっくり休めたし装備も変更出来たし、運が良かったね。ほら、新しい登山用の靴……こんなに歩きやすいよ」
足を痛めて困っていたはずのアイラだが、山小屋の売店で装備を一新したこともあり順調そうな足どりだ。
「良かったな、アイラ。けど、まだ道がぬかるんでいる箇所もあるし気をつけろよ」
「うん! 気をつけるね」
昨日の雨で道が随分と濡れたのではないかと心配していたが、意外と早く雨が上がっていたのかそれほどのぬかるみではない。となると、他に気をつけなくてはいけないのはモンスターとの戦いか……?
早速、木の陰から怪しげな気配を感じ取り、足を止める。
「……! この気配は……何匹かいるっ」
得意武器である棍を手に取り、いつでも戦えるように準備。それぞれが武器に手をかけてバトルの態勢に入る。
「おっと、イクト君……。どうやら、俺たちのことをターゲットにしているモンスターがいるようだ。やられる前に、一気に攻めるぞ!」
「はいっ」
先陣をきるケイン先輩に続いて、1番近くにいる敵を攻撃。
「ぎゅおおおおっ」
「昨日みたいには、いかないぞっ。喰らえっ」
頭上から襲いかかってきたモンスターは、昨日と同種だ。昨日手こずったのが原因なのか、この種類のモンスターからは随分と舐められてしまったらしい。
ドンっ! と思いっきり、棍を叩きつけて敵を威嚇すると、多少は恐れを抱くようになったのか逃げるモンスターの姿も。
「はっ! ショートソードで、狭い場所でも楽に戦えるぜっ。新・エルフ斬り!」
ザシュッ! ロングソードから、短めのショートソードに武器を変更したアズサは、昨日より戦いやすそうだ。
「アタシも昨日より、ずっと上手く動けるんだからっ! 爆風拳っ」
アイラは足が軽やかになった影響なのか、小気味よく動き的確にモンスターにダメージを与える。
「みなさん、昨日よりも格段に動きがいいですね。これなら、回復呪文のMPを温存できそうです」
「ええ、山頂まで回復しなくても持ちそうね。良かったわ」
回復役のマリアとヤヨイさんもホッとした様子。懸念されていた回復MP不足も、無事に乗り切れそうだ。
* * *
何回か、モンスターとの戦闘をこなしながらもなんとか山道を切り抜けて、無事に山頂に辿り着いた。
目の前に広がるのは一面の花畑。ピンク、黄色、青、紫、橙……と、澄んだ青空に色とりどりの花が映える。山の中腹部分にも薬草になる花はいくつか咲いていたそうだが、ここに辿り着くまでは見かけなかった種類の花も多くある。
山頂が、採取クエストの目的ポイントとして最も適している設定になっていたのも納得だ。
「うわぁ……お花がたくさん! 綺麗……ねぇ、お兄ちゃん。薬草系のお花だけじゃなくて毒消しやしびれ消しに効くお花もあるよ」
目の前に突然現れた美しい景色にアイラが、思わず花畑の中を駈け出す。それに、さまざまな種類の薬とばる花が手に入るようで、収穫ポイントも高いだろう。
「これが特別な薬草の花……素敵です! イクトさん、ほら」
マリアが小型の植物図鑑片手に、クエストの目的である薬草を見つけ出した。色といい、形といい……図鑑に載っているものとそっくりだ。おそらくこれが、目的の花だろう……図鑑には特別な薬草『聖女の花』という名称で紹介されている。
青い美しい花は、聖女という特別な職業のイメージにぴったりである。この花を煎じて飲むことで、聖女の魔法力が回復できるそうだ。
「この青い花か……ずいぶんと可愛らしい花だな。薬草って知らなかったら見落としてしまいそうだ。まさか、この花に魔力を回復するチカラが秘められているとは……」
可憐な花は薬草にしてはあまりにも可愛いらしく、思わず見惚れてしまうほどだ。
「良かったな、イクト。クエストも達成できるし、ミンティアの病を直す分も余裕で採取できるぞ。さぁ見惚れてないで、早く採取して、ミンティアに持って行ってやろうぜ! ゴメンね……君たちのチカラをもらっていくよ」
さすが、薬草に詳しいエルフ族のアズサ。手際よく採取を開始して専用の袋に丁寧に薬草花をしまう。花を痛めないように、そして花に感謝しながら採取するその姿は、普段のおてんばな姿からは想像出来ないような優しげな表情だった。
「ふう……俺たちの分は……これくらいかな? 採取完了」
別クエストで山頂に来たケイン先輩達も、サブクエストとして薬草の採取をし、一緒に一息ついた。
「んっパートナー聖女の子に必要な分も揃ったみたいだね。良かったな、イクト君。じゃあオレ達はこれからあの祠に探索に行ってくるから、気をつけて下山するんだよ! 帰るまでがクエストだから……油断しちゃダメだぞ!」
「えっ……ああ、そうだ! まだ下山しなきゃいけないんだった」
「あはは、帰りのルートは結構楽な道があるから多分大丈夫だよ」
ケイン先輩に肩をポンと叩かれて、まだ下山しなくてはいけないという現実を思い出す。
「みなさんと一緒に登山出来て楽しかったですわ……。私達、そろそろ本命クエストに行きますわね」
本命クエスト……山頂にある謎の祠に探索クエストだ。
オレ達はまだクエスト初心者なので受ける事は出来ないが、ギルドレベルが上級に達している先輩達はクエストに挑戦する事が出来る。
「ケイン先輩、ヤヨイ先輩、ありがとうございました……クエスト気をつけて下さい!」
祠に向かうケイン先輩達を見送り、無事に下山し、ギルド拠点であるコテージに帰還した。
* * *
「おめでとうございます! クエストクリア認定されました。ギルドレベルが上がりましたので確認して下さい」
クエスト受付窓口で受付嬢から認定を貰い、冒険者用スマホにギルドレベルアップの画面が表示される。無事に、初めての正式なクエストが達成となった。
「イクト……初クエスト成功おめでとう。お疲れ!」
「良かったですね、イクトさん」
「お兄ちゃん、ギルドランクレベル2だって! 早くケイン先輩たちみたいに、上級になれるといいなあ」
仲間達とスマホ画面に表示されたギルドレベルアップを確認する。
「みんな、ありがとう……。あとはこの薬草を……」
納品量を超えた薬草は、自分の手元に置いて良いそうだ。つまり、これらの余剰分がミンティアを治療するための薬となるはず。早速、医務室に薬草を持参し依頼する。
「あの、この薬草、パートナー聖女の治療に使いたいんですけど」
「ああ、それでしたら薬師がすぐに煎じて特効薬に出来ますよ。手続きしておきますね」
薬を作ってもらっている間に、休んでいる聖女ミンティアに会いに行く。ベッドで眠るミンティアは顔色は悪いものの無事なようだ……良かった。
「ミンティア……大丈夫か? マリアやアズサが手伝ってくれて無事にクエストが出来たんだ。途中で、ケイン先輩たちにも助けられてさ……」
なんとなく小さな声で話しかけながら、眠るミンティアの頬をそっと撫でる。すると、目を覚ましてしまったようで、「おかえりなさい……イクト君」と、気を遣った弱々しい声でオレの手を握った。
「ああ……ただいまミンティア」
身体を弱らせながらも、優しく微笑むミンティアに胸が痛む。オレはミンティアの手を握り返しながら、これからもミンティアを守ろうと、心に決めたのだった。