第五部 第7話 雨宿りとシェルパティー
学園ギルドのクエスト中、山道で雨に降られて困っていたオレ達に声を掛けてきたのは、上級生勇者のケインとそのパートナー聖女のヤヨイだった。
「ケイン先輩、ヤヨイ先輩!」
「誰かの話し声が聞こえてきたので、気になってこちらの道の様子を見にきましたの。イクト君たちでしたのね」
「はい、山頂まで薬草を採取しにきている途中で……ちょっと休憩しようとしてたら、突然降り始めて」
次第に勢いを増していく雨……これ以上の登山は、危険であることを示している。
「かなり酷い雨になりそうだ。ここでテントを張って休むよりも、もう少し安全な場所を選んだ方がいい。取り敢えず、山小屋で雨宿りした方が……」
上級生勇者ケインの提案で、迂回して山小屋まで案内してもらえる事になった。
「ここの山道は、何度かクエストで通っていますの。歩きやすいルートも把握していますから、安心してくださいな」
慣れない山道に戸惑っていたオレたちだったが、ルートを教えてもらい安心感もわいてきた。
「ケイン先輩、ヤヨイ先輩、ありがとうございます。オレ、研修終えてから初めての本格的なクエストで……」
「ははっ俺も最初の頃は、クエストのやり方がわからなくて四苦八苦だったよ。困った時はお互い様っ! さっ行こうぜ」
ポツポツと降っていた雨は既に大粒、レジャーシートをたたみ、早々と山小屋へと向かう。足元の土が、雨で次第に崩れてきて脆く危ない。
「なんか寒くなってきたね、大丈夫かな?」
クシュン、と小さなくしゃみをするアイラ。風邪など引かなければ良いが。
「雨も強いです……ローブがグチャグチャ……。後で着替えないと……」
「本当だ……マリア、そのローブ大丈夫か? フードを被っているのにびしょ濡れだもんな」
「ええ、これからは防水機能のある装備を検討した方が良さそうですね。そういうものをショップに置いてくれるように学園の売店に要望を出しておかないと……」
雨避けの為に白魔法使いであるマリアは基本装備であるローブのフードを頭に被っている。だが、次第に雨足が強くなってきた為、あまり意味が無くなってきている。
「まぁ、突然のアクシデントもクエストの醍醐味だよ。そういうのに慣れて、だんだんと自分たちなりのクエストのスタイルが出来上がって行くんじゃないかな?」
「あら、ケインもずいぶんとしっかりしてきましたのね。なんだかパートナーとしてホッとしましたわ。ギルド認定の安全な山小屋は……こちらです!」
聖女ヤヨイの案内で小径を迂回し山小屋にたどり着く。ギルド認定という施設は、ロッジ風のいわゆる典型的な山小屋で二階建て……思ったよりずっと大きい小屋だ。
「小屋っていうから、もっと小さなものかと思ったけど……きちんとした宿泊施設って感じだな」
「ここなら、クエストのメンバーが多い時でも安心して泊まれますね。部屋が空いていると良いのだけれど……」
「いざとなったら、男の冒険者が寝袋を使って大部屋で雑魚寝になるみたいだから……。まぁ大丈夫だよ。スミマセーン」
チリンチリーン!
山小屋は誰でも入れるようになっているようで、ドアに鍵は掛かっていない様子。だが、一応チャイムを鳴らしてみる。
「やあ……お客様だね。クエスト中の冒険者かな……おや、君たち2人は何回かここを利用している人たちだね」
「はい、今日は同じ学園のチームと途中で出会って……あの部屋は空いていますか?」
「ははは、そうか同じ学校の。いいねぇ学生っていうのはそうやって助け合うものだ。男女別に1つずつ部屋は空いているから安心だよ。さぁどうぞ、いらっしゃい……あのムササビ精霊の受付係のところで手続きをしてね」
管理人の札を身につけたホビットのおじいさんが、ドアを開けてオレ達を小屋の中へと招いてくれた。雨に濡れた服をそれぞれ出入り口で軽く絞ってから中へ……。
* * *
ロビーでは、受付役のムササビ精霊が1匹……名簿や宿泊者のデータを管理しているようだ。
「あの、ダーツ魔法学園のギルドのものです。部屋をお借りしたいのですが……」
「ああ、あの異世界の学校の……この山小屋は登山者すべてに解放されていますよ! ずいぶんと雨が酷くなってきたようですし、今日はもう登山は無理でしょう。部屋でゆっくり休んで下さい。鍵はこちらになります」
「ありがとうございます!」
もう1匹、ムササビ精霊が飛んできてオレたち一行を宿泊部屋へと案内してくれる。二階の登山者用の部屋数はいくつかあり、まだ空きがある模様。
「私がお部屋までご案内致します! 女性のお客様はこちらのお部屋になります。シャワールーム付きなので、気兼ねなく清潔な山小屋ライフをエンジョイ出来ます。男性のお部屋はこちらの奥の部屋です……」
オレとケイン先輩は男性用の部屋で、天候のせいか利用者の男性はそれほど数は多くないとか。
アイラ達も空いている女性用の部屋へと向かって行った。
「おっふかふかのベッド! こりゃあ寝心地が良さそうだ。ラッキーだったなイクト君。数ヶ月前にここにきた時より、内装が良くなってるぞ」
「へぇ……たまにグレードアップしているのかな。じゃあ、アイラたちが泊まる部屋も……」
「多分、同じようにリニューアルしているんじゃないか。まぁ俺は女性向けの部屋に泊まっていないから分からないけれど。あとでメンバーのみんなに様子を聴いてもいいかもね」
雑談しながら雨で濡れた服をハンガーに掛けて、山小屋で用意されていた部屋着に着替える。
「ふう……なんだか疲れちゃったな……。初めての本格的なクエストで緊張しちゃったっていうか……」
オレがため息をつくと、「なんだイクト君、美人に囲まれてお疲れかなー、どの子がキミの彼女なんだい? レインもイクト君のこと気にしているみたいだし、親戚としては聞いておかないとねっ」とちょっと意地悪そうにケイン先輩がからかってきた。
そうだ、普段はレインからあまり聞くことがないから忘れがちだが、ケイン先輩と友人の女勇者レインはいわゆる親戚関係である、
同じ里の同じ家で育ったとかで、普通の親戚関係より付き合いは近しいだろう。いわば、兄妹のように育ったということだ。
「いや、別にオレと仲間達はそういうのじゃないです! アイラは妹だし……それに、レインがオレの事気にしているって……?」
聖女ミンティアとの婚約話が持ち上がっているものの、恋人かと問われるとそういうわけでもない。そして、女勇者レインのことを心ときめく異性として意識しているのも事実だ。
そんな曖昧な状態の中、返答に困りぎこちない受け答えになってしまう。
「ははは、冗談だよ! でもイクト君程イケメンだったら、将来もっとモテるだろうから今から婚約者を作っておいた方がいいかもね! そういうのでダメになる勇者が、過去に何人かいたらしいからさ」
そういうのでダメになる勇者……。
オレは前世の自分を振り返り、誰を嫁にするかで揉めつつ女アレルギー発症で終止符が打たれた冒険を思い出し、思わず身震いした。
コンコンコン!
「着替えが終わったら談話室にいらして下さい! ドリンクの用意が出来てますよ」
清楚でさわやかなこの声は……白魔法使いマリアの声だ。
「ドリンクってさっきマリアが用意していたやつか。確か、山登りにちょうど良いものを準備しているって言っていたような……」
「へぇ……白魔法使いコースのマリアさんオススメのドリンク。きっと身体に良いものだよ! 楽しみだね、早く行こう」
一階の談話室では既に、お茶の用意が出来ていた。そして、ほんのりと香るフルーツの甘い匂い……どうやら、オススメドリンクはフルーツを使ったものらしい。
「紅茶の中にブドウが浮かんでいる。フルーツティーってやつかな?」
「ふふっ山登りにオススメのドリンク……その名もシェルパティーです! 登山の時に身体を休める為に、案内人のシェルパと呼ばれる人たちが飲むものなんですよ。本当は赤ワインを加えるそうですが、未成年ではお酒は飲めませんのでブドウジュースを加えています」
「へぇ……登山専用のドリンクなんかあるんだ!」
「お兄ちゃんも飲みなよ! 身体がポカポカするよ」
「本当、美味しいですわ。ほら、ケインも……」
テーブルの席に着くとアズサがオレの分の大きめのカップを手渡してくれる。
「はい、イクトの分っ」
女性陣が絶賛するように一口飲むと、紅茶とブドウが程よく合わさりとても飲みやすい。
「はー……香りだけじゃなく、味もいいな」
山小屋に泊まる人々全員に振舞われたマリアのシェルパティーは、他の登山者や管理人さんにも好評で特に女性人気が高いようだ。
「お腹空いたでしょう? サンドウィッチやスコーン如何ですか。シェルパティー美味しいですね。みんな喜んでますよ、助かります」
ティータイム中のオレ達に、山小屋の管理人さんが手作りの食事を提供てくれた。宿泊代に食事代も含まれているらしく、サービスの1つだという。リーズナブルな価格で食事までつくとは……ギルド認定だけあって親切である。
「わあ! 嬉しい、頂きます!」
調子が悪そうだったアイラも、すっかり元気を取り戻したようだ。
オレはマリアが淹れてくれたシェルパティーに感謝しつつも、頭の中はこの場にいないミンティアのことが気がかりで心の奥底からは休めなかった。
『今から、婚約者を作っておいた方がいいかもね』
ケイン先輩のセリフが、頭の中でグルグル廻る。
前世で複数の女性と婚約していた影響なのか『婚約者』と聞いて浮かんできた女性の姿は、ひとりではなかった。
シェルパティーのブドウを口に含むと、甘酸っぱい罪の味がした。




