第五部 第4話 もうひとつの異世界
新たな異世界への扉を開けると、澄んだ青空と広大な平原。そして目の前には、獰猛なモンスターの姿が見えた。
正確にはモンスターが見えた……というより、目の前に迫ってきているのだが。
「グルルルル……ガルル……」
ダッ!
地面を蹴り、狂ったように猛進してくるモンスター。猪をさらに大きく、牙を強力にしたような風貌でオレたちのいる異世界では見かけない種類だ。
不運な事に攻撃能力を持たないミンティア目掛けて、タックルをかまそうとしている。
ミンティアが所属する聖女コースは、規定により直接的なモンスターへの攻撃を禁止されている。そのためか、護身用の武器はおろか、盾などの身を守る防具すら装備していない。
踊り子が着るような薄い布地のミニスカワンピースだけでは、守備力は無いに等しいだろう。
「きゃあっ」
「ミンティア! 危ないぞ、避けろっ。この、おいお前の相手はコッチだ。喰らえっ一撃突き!」
ドスッ!
ゴッ。
「ぐわんっガウウウ……」
オレは手にした長い棍でミンティアをモンスターから庇い、さらに蹴りをお見舞いする。
「お兄ちゃん、あとは任せてっ。はあああああっ爆風拳!」
間髪入れずに妹のアイラがナックルを装備し、格闘スキルを繰り出す。風属性の攻撃スキルである爆風拳から巻き起こる竜巻に巻き込まれて、思わず大きく仰け反るモンスター。
「ほら、お前の居場所はコッチじゃないぞ。あっちに行け! もう一度……一撃突きっ」
ドォンッ! アイラに続いて、オレもさらにモンスターの腹を棍スキルで突いてやる。先ほど繰り出した技と同じ種類のものだが、今度は確実に急所にヒットしたようだ。
「キュウン……」
攻撃に怯んだのか、モンスターは撤退して行った。
* * *
「この辺りには、モンスターはいなさそうだな。念のために守りの聖水を身体にふりかけて……聖水の効果が切れる前に、拠点まで急ごう」
「うん! 早く、安全なところで休もうよ」
「ゴメンね、イクト君、アイラちゃん。迷惑かけて……行こう」
一時的に、モンスターから気配を察せなくする魔力が秘められている守りの聖水を使用。これで、しばらくの間はあのモンスターに出くわさないで済む。
「マップの情報によると……オレたちが今いるところが、ワープゲートの4番出口で……。コテージエリアはここから東に2キロだ」
「平原エリアを通過すれば、楽に行けるみたいだよ。ねえ、お兄ちゃんそのルートにしよう」
マップの案内に従い、拠点となるコテージエリアを目指す。途中、草食モンスターの群れに遭遇したが温厚な性格のようでオレたちのことを無視して、食事や水飲みをしてリラックスしていた。
「あのコテージじゃない? この間一帯がギルドの管理スペースみたい」
「本当だ、良かった……聖水の効果もそろそろ切れそうだし……急ごう」
ようやく拠点に辿り着き、ギルドカードを提示して本人確認を済ませる。すでに、他の冒険者たちが休憩に利用していることもあり、空いているテーブル席を探すのでやっとだった。
「ねえ、お兄ちゃん。さっきこの辺りのモンスター出没情報の用紙をもらってきたんだけど……」
「どれどれ……んっ聞いてないぞ……こんなに強いモンスターが出没するなんて!」
広いコテージ内はクエストをこなしに来た他の生徒の姿も見られるが、皆負傷していて医療系の魔法使い達に手当てをしてもらっている。
そういうオレも腕の怪我が酷く、現在ミンティアの神聖魔法で治療中だ。
「ごめんねイクト君……私がもう少し強かったら……」
「ミンティアの所為じゃないよ。 後方支援系のギルドって聞いて油断していたのがいけないんだ」
「優しいねイクト君は……いつも助けてくれてありがとう……。手当て終わったよ」
ふわり……と聖なる光が怪我をした腕に差し込むと、傷は何事もなかったように完治していた。
「すごーい、お兄ちゃんの怪我……あっという間に治っちゃった! せっかくこんなにすごい魔法が使えるんだし、ミンティアさんも何かしら攻撃スキルが覚えられれば、冒険しやすいのに」
「うん……けど、聖女コースはの生徒はどの命に対しても慈悲の心を持つことで、こういう回復呪文が覚えられるの。見習いのうちは武器での攻撃も禁止されているし……」
「そっかぁ……残念だけど、早く見習い期間が終わって、戦いに参加できると良いね」
アイラの意見は最もだが、見習い期間を終わらせるには聖女という職業以外に副業となる職を探してスキルを身につける必要がある。ミンティアが戦闘に参加するのはしばらくの間は、難しいだろう。
聖女の医療魔法は優秀だが、そのチカラと引き換えに攻撃呪文は一切覚えることが出来ない。聖女達は多少の護身術は授業で習うものの、今回のようなモンスターの前では無力同然だ。
「ミンティアさん、こちらの治療もお願いしていいかしら?」
「はい。 すぐ行きます……イクト君また後でね」
コテージのナースさんから治療の手伝いを頼まれ、ミンティアは他の怪我人のいる治療専門の部屋へ移動となった。
怪我人が多数のコテージ内の休憩室を見渡し、今回のクエストを見くびっていた事を実感する。
クエストの内容は、この先にある山の山頂にある治療の薬草を手に入れてギルドに納品すること……だが、このままでは自分たちの治療で手一杯で納品どころではない。
特に、戦闘能力を持たないミンティアを連れてのクエスト遂行は、困難に感じられた。残念ながら、このコテージ内には武器防具を新調するためのショップすらないようだ。
「どうする? お兄ちゃん。ミンティアさんはここで治療のお仕事があるし、待機してもらう? 次は、何か護身用の武器を装備してもらって、それから一緒にクエストしないと危険だよ」
「そうだなぁ……ミンティアの治癒魔法は魅力的だけど、こんなに敵が強いんじゃ。ミンティアを庇いながらクエストを行うのは無謀だし」
妹アイラが、ミンティアの待機を提案する。 せっかくついてきてもらって悪いが、ミンティアには今回のクエストは待機がいいだろう……けど……。
「けどさアイラ……オレ達、2人でバトルこなせるかな?」
「うっ……せめて、ミンティアさんに何か杖でも何でも装備してきてもらえば良かったね。それとも、杖さえ装備しちゃいけないのかな? 聖女コースって……」
「1番攻撃力の少ない杖なら大丈夫なんじゃないか……けど、そんな弱い武器じゃやっぱ結果は一緒か……」
「うーん……どうしよう?」
オレの不安にアイラも言葉に詰まる。しばし無言のオレ達だったが、そこへ天からの救いとも言える人物たちとの再会が訪れる。
「よお、イクト! クエスト上手くいってるか? もし、上手く行ってないなら手伝うぜ!」
「あらっ? イクトさん、同じギルドの所属になったんですね。もしかして、今日から本所属でしょうか? 嬉しいです」
聞き慣れた人物に話しかけられて、思わず振り向く……。そうだ、オレはこの教会系のギルドに知り合いがいたはずだ。先に所属が決まっており、しばらくクエストで遠出していると噂の2人……。
「その声は……アズサ、マリア!」
そこには、異世界転移したばかりの前世でずっと共に旅をした、美人エルフ剣士アズサと清楚系白魔法使いマリアの姿があった。