第四部 第24話 妹との約束
長かった夏休みも、いつの間にかあと数日に迫った。アオイの別荘の食堂室で、お昼食の冷やし中華をほぼ完食し、ひんやりとした中国茶を飲み干す。みんなも一通り食べ終わり食後のティータイムだ。
「あぁ美味しかった! ご馳走様でした。やっぱりみんなで食べる冷やし中華は、いつもよりずっと美味しく感じるねっ」
育ち盛りなのか、きちんと残さず完食するアイラ。別荘の料理はアオイお抱えの料理人が作ってくれるので、いつもプロの味が堪能できる。
「そうだな、それにいつもは学校の食堂で食べるから家族とは食べられないし……。んっアイラどうした?」
さっきまでの明るい雰囲気は何処へやら……ふと黙り込んでしまうアイラに違和感を感じる。オレたち家族や幼なじみに気を遣ってか、ミンティアとレインは黙っている。
「うん……お兄ちゃんと一緒に遊べるのも、あとちょっとになっちゃったなぁ……って。お父さんも魔獣討伐隊の最前線に加わってていつもいないし。家では、お母さんと私の2人だけだから……」
「あっ……そうか、夏休みもあと少しか……寂しくなるよな。けどさ、また来年もこうやってみんなで遊べば……」
オレが、デジタル腕時計に表示された日付けを確認するとアオイも「なんかあっという間だったね……」と少し寂しそうに答えた。もしかしたら、何か事情でもあるのだろうか……また来年という計画に頷かないアオイ。
すると、アイラから今後のアオイの活動に制限が入るという事情を聴かされる。
「あのね、もうすぐアオイさんも次期魔王候補として本格的な修行に入るからあんまり遊べなくなっちゃうんだって……。これが、最初で最後の夏休みの合宿になるかもって……」
「えっ……本当なのか、アオイ? けど、次世代の魔王として相応しくなるように始めた合宿なんだろう? どうして……何か事情が変わったのか?」
夏休みには、毎年こうやってみんなで遊べると思っていたのに。まさか、最初で最後の合宿だなんて。予想外の展開に戸惑いつつ、アオイに事実を確認する。
「……うん。ほら、ミンティアちゃんやレインちゃんと仲良くなるのに制御装置を使わなきゃいけなかったでしょう? だけど、制御した状態じゃ存分に魔力が使えないし……。自力でオーラをコントロール出来るようになるまで、もっと修行することになったんだ」
アオイの一言に思わずハッとさせられる。そういえば、アオイと初対面の際にミンティアはアオイの持つ強力なオーラにあてられて体調を崩していた。女勇者という特別なチートスキルを持つレインでさえ、普通に挨拶を交わすのがようやくだったっけ。
「えっとそれは……ああでもさ、オレやアイラは小さい頃からアオイのオーラに慣れていて体調不良も起こさないし。そうだな……いっそのこと、アオイがこの別荘で住んでくれれば少なくともミンティアやレインには耐性を作らせてあげられるけど……」
数ヶ月ぶりに、家族や幼馴染みに会えて嬉しい気持ちが先行していて、別れの日のついてなんて考えもしなかった。
だが、もうすぐ2学期が始まるため、妹のアイラと母さん、そしてアオイは来週にはネオ関東にある家に帰ってしまう。それどころか、この話の流れから察するともしかしたらアオイとは数年間会えなくなってしまうのではないだろうか?
「本当は僕もネオ芦屋の別荘でずっと暮らしたいけど……。そうすればイクト君達とずっと一緒にいられるけど……魔王になる勉強をしなくちゃいけないから……。やっぱり、自分なりに使命を全うしたいし。僕がきちんと魔王の玉座を守りきれていれば、魔獣がこの世界でのさばることもなかっただろうし」
魔王という責任重大なポジションを引き継ぐことが定められているアオイ……きっと、表に出さないだけで多くの重圧がかけられているのだろう。
話の流れから察したのか、普段だったら、子供同士の会話にあまり口出ししてこない母さんが珍しく口を開いた。
「ねえ……イクト。アオイちゃんも年頃の女の子としての生活よりも魔王になることを優先して頑張っているのよ。今回の合宿だって、魔力制御装置を装備して……大変だったと思うわ」
「……! アオイ、じゃあやっぱり、今回の合宿で制御装置をつけていたのは負担があって……。ひと言言ってくれれば良かったのに……」
「僕の気持ちだけで、合宿の流れを変えることなんて出来ないよ。人間界の上層部も魔族界の上層部も、どれくらい僕が一般の人と上手くやれるかデータを取りたいんだ。それなのに、怖がらせちゃうからって理由でミンティアちゃんやレインちゃんを帰らせることは出来ない……」
そうだ。この合宿は一見普通の交流会に見えるけど、実は人間族と魔族が協力して別の異世界より現れた魔獣を鎮めるための、結束を深める会合でもある。
偶然、幼馴染みだった勇者のオレと次期魔王候補者のアオイを中心に進められたものだった。
その証拠に、アオイは人間族の聖女ミンティアと接触を図る機会を与えられた。それもつかの間、次期魔王の強すぎるオーラに調子を崩すミンティアの様子をみて、自ら魔力制御ペンダントを身につけてくれた。
「でも、こういう機会を作ってもらえて良かったよ。大好きなイクト君に会えたし、レインちゃんやミンティちゃんと友達になれたし!」
もしかすると、アオイは自分の持つ魔力をかなり消耗しながら今回の交流会を行なってくれたのかもしれない。力なく微笑むアオイの顔色が心なしか悪く感じた。
「アオイちゃん……ありがとう。本当は、私がもっとオーラに強い聖女だったらよかっただけなんだよね。なのに、アオイちゃんに負担をかけさせて……」
ミンティアは、アオイがずっと気を使ってくれていたことを改めて知り、少し涙ぐんでいる。
「私も次期魔王のアオイちゃんと並べるような立派な女勇者を目指すから……。ありがとう」
レインは、アオイに負けないような立派な勇者になるつもりのようだ。勇者と魔王が協力しあっても、魔獣に敵うか分からないのだからそれがいいのだろう。それがレインなりのアオイへの友情の証のように感じられた。
2人に対してそれでも怖がらせないように、優しくニコッと笑うアオイに、オレは言葉に表せないような気持ちに見舞われた。
* * *
あれから夏季合宿は予定通り、カラオケ大会と楽しく進んでいった。が、気のせいかいつも明るい妹アイラの表情が少し曇っている気がする。やはり、カラ元気をしていたのが原因だろうか……。
「あっ私、ちょっと疲れちゃったから外の空気を吸ってくるね……」
「えっアイラ……大丈夫かな? ちょっとオレも出てくる……!」
アイラは歌を歌う事が大好きなハズだが、カラオケの途中で席を外してしまった。心配になって、オレもアイラを追いかけに席を立つ。
「はぁはぁ……なんだ、いつのまにか雨が降っているじゃないか。こんな時に雨をたくさん浴びたら風邪ひいちゃう……」
アオイの別荘内にあるカラオケルームを出ると、いつの間にか外は雨だった。傘も差さずにフラリと庭に出て行こうとするアイラの腕を思わず取る。
「お兄ちゃん……っ。私ね、ずっと我慢してたけど、やっぱり寂しいよぉ……」
振り返るアイラの瞳からは、涙が溢れていた。ちょうど、雨と混じり合って涙の跡が分かりにくくなっているが……。兄妹であるオレにはアイラが泣いていることくらい、きちんと認識出来た。
「アイラ……ごめんな。ずっと、我慢してくれたのか……また、家に帰るのが寂しいんだろう?」
「うぅ……ふぇえん……ひっく、お兄ちゃんっ」
アイラはずっと我慢していたのか、オレの胸に飛び込んできてギュッと抱きついてきた。ドキドキと鳴り響く心臓のリズムが感じられる……小さくて細くて……可愛い妹を抱きとめる。
「このままじゃ、2人揃ってびしょ濡れだ。早く部屋に入ろう……疲れているなら、宿泊している部屋ですぐに休んで……」
しばらく黙っていたアイラを宥めると、アイラから意外な決意表明が飛び出す。
「お兄ちゃん……あのねアイラ頑張って奨学金もらえるくらい優秀になって、お兄ちゃんと同じ寄宿舎制の学校に通うのっ。お母さんも10歳になったらいいよって……だからそれまで待ってて……」
「奨学金って……アイラ。ああ、分かったよ」
おそらく、オレと同じ冒険者としての道を歩もうとしている健気な妹の頭を撫でる。それから久しぶりにアイラと一緒にカードゲームを遊んだり、ちょっぴり夜更かししたり家族の時間を過ごした。
* * *
とうとう、夏休み最後の日曜日となってしまった。
オレ達は朝少し早く起きて、ネオ神戸にある教会のミサに行くことになった。今日はオレの守護天使エステルやミンティアの守護天使であるリリカが天使界から戻って来るので、ゲートのある教会に迎えに行くためだ。
朝の教会敷地内は賑わっていて、聖堂では神父様のお話やみんなで歌う賛美歌など聖なるオーラでいっぱいだ。オレは、このオーラに慣れているが魔族であるアオイはどうなんだろう。
「アオイ……魔族なのに教会のミサなんか出て大丈夫なのか?」
「うん……平気だよ。これも、一人前になるためだし」
神父様のお祈りに合わせて、一緒に十字を切るアオイの体調を心配する。十字というと神父かシスターが切っていそうなイメージだが、次期魔王様がこんなところで十字を切っているなんて誰も想像しないだろう。
やがて、パイプオルガンの音楽が鳴り、教会の天井から光が射し……。天のゲートが開くとふわふわと天使達が数人降りてきた。金髪の美しい天使が、オレの真上に飛んでくる……オレの守護天使エステルだ。
「イクト君、みんな。ただいまです!」