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蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-  作者: 星里有乃
第四部 運命の聖女編
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第四部 第23話 線香花火の4つの姿

 

 ネオ芦屋にあるアオイの別荘で行われている、魔族と人間族の交流夏休み合宿も終盤。広大な敷地には屋敷がいくつも建てられている。

 昨日までは西洋屋敷に泊まっていたが、今夜からは日本家屋に泊まることとなった。この花火は、その日本家屋の庭で行われる最初の交流会だ。


「イクト君、ミンティアさん遅かったね……倉庫で何かあったの?」


 人間族に圧迫感を与えないために魔力制御装置を身につけているアオイは、霊力を感知できないオレから見ても今は普通の雰囲気だ。

 だからだろうか……オレが倉庫の地下室で何を見たのか、そこまでは察知出来ないらしい。頼まれていたとことだし、大まかに報告するといいだろう。


「ええと……何か異変があったら教えてくれって言われていたじゃん? 倉庫の中でたまたま地下室の入り口があってさ。一応、確認してたんだ」

「うん。私も後からその部屋に入ったけれど、普通の書斎だったよ。何か強い魔力や霊力を感じたんだけどね……何もなかった」


 さっきまで、手をつないでミンティアと歩いていたもののみんなの手前、花火の準備を手伝うので手を離してしまった。


「えっ……2人っきりで、地下の密室にいたの……そう。もしかしたら、書物の中に強い魔道書があったのかもしれないね」


 アオイの何かを疑うような目は、オレとミンティアの仲を疑っているのか……。それとも、別の何かに勘付いたのか……?


 とっさの判断で大まかにアオイに報告した内容は、決して嘘ではない。あのひび割れたスマホと『蒼穹のエターナルブレイクシリーズ』の製作発表動画だって、見る人が見れば普通のものなのだ。

 ただ、オレの立場からすると、ややショッキングな内容ではあったが。もともとこの異世界で生まれ育っているアオイからすれば、地球でのスマホゲームの制作発表動画の情報なんてそれほど重要ではないだろう。何処にでもある普通の動画だったはず。


「……アオイ? あぁそれから、約束したバケツ! 取ってきたよ」

「えっうん。ありがとう……これで安心して手持ち花火で遊べるね」


 アオイは魔王候補者の勘なのか、「考えすぎならいいんだけど。ミンティアちゃんの言う通り、倉庫からちょっと強い魔力をか霊力感じたから……。このペンダント、魔族のオーラも抑えるけど、魔力も封印されるみたいで……」と首を傾げていた。


 白地に薄紫色の花が描かれた浴衣の胸元には、西洋風の薔薇モチーフのロケットペンダントが輝いている。


 このアオイの胸に下げられているペンダントは、人間族であるみんなと順調に交流を深めるために装備したものだ。

 いわゆる『御メダイ』と呼ばれる教会系のアクセサリーである。シルバーで作られた薔薇のロケットペンダントで、中に聖母の絵が描かれているんだとか。


「やっぱり魔族の自分が【聖品】を装備すると、ちょっと本調子じゃなくなるね……」


 自嘲気味に、美しい顔を歪めてやや苦笑いするアオイ。その仕草にらしくなくて、胸がざわつく……彼女の魔族としてのアイデンティティを縛っているのだから。申し訳ない気持ちが、一気に襲いかかってきた。

 いや……申し訳ない気持ちになる理由は、本当は……それだけじゃないのだけれど。


 聖品とは、神父様にお祈りをしてもらった物を指す。こんな時、守護天使のエステルが側にいてくれたら詳しく分かるのだが、あいにくエステルは守護天使仲間のリリカと一緒に天使界に帰省中だ。


「でもさ……そのペンダント、似合ってるよ。綺麗だし、アオイの雰囲気にぴったりだ」

「うん! すごくオシャレで素敵。まるで、お伽話に出てくる聖女さまみたい!」


 アオイの装備品を褒めるオレとミンティア。自然とミンティアの口から【お伽話に出てくる聖女】という言葉が飛び出してきてびっくりするが、聖女を目指すミンティアにとってはそれが1番の褒め言葉なのだろう。


「ふふっ……次期魔王様とか、魔族の女王って言われているボクが聖女様か……。もしかしたら、そういう生き方も選べたのかもしれないね」


 寂しげに微笑むアオイはとても儚げで、一瞬不安になる。まるで、つい数十分前まで夜空を賑わせていた大きな花火のよういつか消えてしまうのではないか……と不安になった。



 * * *



 花火セットを人数分、バケツに水を用意し、花火の準備は完了! まずは、最初の花火だ。


「赤い炎の精霊よ……我の手に火を宿せ……」


 ポッ! 上手く手に火が宿る。夏休みの宿題で覚えたての、炎の呪文だ。現実世界にいた頃は、自分が魔法を使う日が来るなんて夢にも思わなかった。ダーツ魔法学園は、全国から冒険者志望の生徒が集まる学校なので生徒のほとんどが何かしらの魔法を使えるという環境。


「へぇお兄ちゃん、もう炎の魔法を覚えたんだ! アイラもそのうち、何かの魔法覚えたいな。あっ見てみて、すごく綺麗!」


 なので、オレが使う魔法にもみんななんの疑問も持たずに花火の準備が進む。最初の花火は、定番のススキと呼ばれるもの。


 バチバチバチバチ……!

 ススキのような形に吹き出すから、ススキと呼ぶ。さらに有名な滝の名称の付いたものなど、手持ち花火を中心に色とりどりの花が咲いていく。


「うわぁ……きれい。本当にススキみたいな形になるんだね!」

「本当だ……わりと広い範囲で飛び散るな……。本物のススキっぽいや」


 ススキ花火に、うっとりする女勇者レイン。ボーイッシュでクールな彼女だけど、花火を見てうっとりする姿は女の子そのもの。控えめながら品の良い藍色の浴衣もよく似合う。


「お兄ちゃん! このネズミさん、追いかけてきて面白いよっ。きゃっ」

「おっずいぶん派手だな、アイラは」


 プシュー、パチパチパチパチ……。

 きゃあきゃあと言いながらネズミ花火で遊び、ツインテールを揺らして水色の浴衣を着てはしゃぐ妹アイラ。


「ほらアイラ、あんまりはしゃぐとケガするわよ。ふふっもう、お転婆ね! でもそろそろお淑やかにしないと……ほら、アオイちゃんなんかあんなに落ち着いて花火をしているわよ」

「えーだって、面白いんだもんっ。ねえ、お母さん……アイラもみんなと同じススキってやつやりたいな。炎の魔法で火をつけて! パァーと」

「もう……仕方がないわね。炎の精霊よ……我が声に応えよ……!」


 ぼっぼっぼっ! さすが、元ギルド所属のプロ魔法使い……一気に複数の花火に火をつけて華やかな手持ち花火をますます彩る。


「うわぁ! 連続魔法だっ。ありがとう、お母さん!」

「アイラ、花火ではしゃぎすぎるのは今回だけよ」


 何だかんだ言いながらも、つき添いの母さんも楽しそうだ。


「みなさん! 当別荘の所属魔法使いが製作したオリジナルの打ち上げ花火でございます!」


 メイドさんが掛け声をあげるとさらに魔力が込められているという、特殊な打ち上げ花火が天に向かい……。


 パチパチパチパチ……ドォオオンッ!

 夜空に、鮮やかな美しい花火が描かれる。魔族のオリジナル作品らしく、魔方陣を模ったものや魔族紋様をモチーフにしたものなどなかなかオシャレだ。


「わあ! 結構大きい花が咲くね。魔法陣に、コウモリ型や蝶々型……本当に手作り? まるでプロの花火師みたい」

「すごーい。魔法であんなにすごいのが作れちゃうんだっ」


「ふふっそう言って貰えると私も製作した甲斐がございます!」

「えっ製作者ってここのメイドさんだったの?」

 ニッコリと微笑むアオイのお付きのメイドさんは、只者ではないらしい……。よく考えてみれば、メイドさんや執事さんは次期魔王様のアオイと常に行動を共にしているのだ……。ボディガードの役割も兼ねているのだろう。


「よしっ最後はそれっぽく、線香花火にしようぜっ」

「うんっ風流でいいよね!」


 そして、最後は線香花火……そう、ミンティアが好きと言っていた種類の花火だ。

 みんなで日本家屋の縁側に座り、線香花火の美しい花を楽しむ。

「にゃにゃっ。この花火なら、私でも楽しめますのにゃっ」

「良かったね、ミーコちゃん!」


 ペットの黒猫ミーコもメイドさんに抱っこされながら、線香花火を眺めて喜んでいる。

 小さな火を散らしながら、手元を照らす線香花火はまるで本物の花びらが散り行く様子のようだ。


「ねえ、イクト君知ってる? 線香花火って、4つの姿になるんだよ」


 オレと隣り合うミンティアが、線香花火について説明してくれる。実は、炎の散り方に段階があると言う線香花火。


「最初のお花は牡丹、次は松葉で火が大きいの。小さくなると柳、最後は散り菊っていうんだって……」


 みんなの手に握られた線香花火は、次第に柳から散り菊になり……ポトンっと火が消えた。


 ああ……確かに、散り際の菊のようにひらひらと煙が白く上がり……儚い。これまで深く考えなかった線香花火の意外な一面。きちんと、花を開かせてから、全うして散る姿は生命の不思議と重なる部分がある。


「花火……終わっちゃったね……」

「うん……」


 ほんの一瞬だが、この儚い線香花火がまるで、どこか憂いを秘めた表情をしていたミンティアのように見えてしまい、切なくて苦しくなる。

 おかしいな……女アレルギーの症状とも違うし……ズキン、ズキン、胸が痛い。


「……イクト君? どうしたの……」


 動揺が隣にも伝わったのか、ミンティアから問われるが上手く言葉が出てこない。


「ねぇっもう一度花火しよう! お兄ちゃんもっ」


 タイミングよく、妹のアイラが明るくもう一度とリクエストしたので「よし! じゃあ誰が最後まで線香花火の火が持つか競争だ!」と、胸の痛みを打ち消すように楽しく振る舞う。


 こうして日本家屋での花火は終了し、オレはこの胸の痛みの正体が『恋の痛み』だということに……当時はまだ気づかなかった。


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