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蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-  作者: 星里有乃
第四部 運命の聖女編
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第四部 第22話 つないだ手は温かい


 ひび割れたスマートフォンの動画を食い入るように見ていると、いつの間にかミンティアがオレを迎えに来ていた。驚きで、思わず心臓が飛び出しそうなほどドキッとする。

 隠し部屋という特殊な環境も手伝って、周囲の気配を察する能力が薄れていたのだろう。


 背後にいるミンティアの気配にまったく気がつかなかったのだから……。


「……ミンティアッ! えっといつの間にここへ……? よくここが、分かったな。入口が隠し部屋風になっていただろう?」

「えっ? ああ、うん。像の仕掛けが解除してあったし、何か強い霊力のようなものを感じ取ったから、心配になって……。イクト君は、アオイさんに頼まれて?」

「あっああ、バケツを取りに行くついでに異変が倉庫にないか見ておいてって……」


 隠し部屋とはいえ、堂々と入り口を開けたままだったので、すぐに居場所が見つかったようだ。別にミンティアが、何か特別なスキルを使った訳ではない。


「でも良かったイクト君が無事で……。この地下の隠し部屋は、あんまり長居するとエネルギーを奪われそうだし早く地上に戻ろう。みんな待っているよ。それで……早く花火しよう!」


 まだ小学生とはいえ、さすが聖女の卵というべきか……この地下の隠し部屋が他とは違うオーラに包まれていることを察しているようだ。どうやら早く出たいらしい……当たり前か。

 魔族の所有している倉庫というだけで、人間には強すぎる魔力が充満しているのに、さらに隠されている場所に侵入したのだ。一応、変化がないか調べてくるように頼まれたという体裁があるけれど。


「ごめん、ミンティア。そうだよな……これから、手持ち花火で遊ぶんだから」

「ふふっ。さっきお庭から、大きな打ち上げ花火を鑑賞できたでしょう? もしかしたら、あれでイクト君も疲れちゃったのかなって……。うん、大丈夫そうだね」

「ああ、大丈夫だよ。ちょっと慣れない環境で、疲れているかもしれないけどさ」


 優しく話しかけてくるミンティア、淡い浅葱色の浴衣がよく似合う。可愛らしくオレのことを覗き込んでくる仕草を見せた瞬間……思わず壊れたスマホをミンティアに見えないように、慌ててデスクの引き出しに隠す。


 今、目の前にいるミントグリーンの髪に青い瞳の可愛らしい少女は……果たして実在するのか……それとも架空のキャラなのか?


【このゲームの隠しヒロインである、聖女ミンティア】


 さっきのスマホの動画紹介では、聖女ミンティアは1周目の冒険では出会えない隠しヒロインで、2周目、3周目とストーリーを進めていくと出会える、特別な聖女だと解説されていた。


 よくあるプレイヤーのモチベーションを下げないための、工夫の一つなのだろう。まるで、用意された登場キャラクター扱いである。実際に、この世界はスマホゲームの世界だというし……だけど、実在する世界とも言っていたし。


 頭の中でミンティアという存在が何者なのか、グルグルと疑念が回る中……一方では、何事もなかったように振る舞うオレ。

 目的物のバケツを片手に、隠し部屋の仕掛けを元に戻して再び地上へ……。


「はぁ……なんか空気が爽やかに感じるな。昼間に比べて、涼しくなっているのもいいのかも」

「うん。それに、あんなにこもったところにいたら、身体に悪いし。イクト君、風邪とかひいていない? 平気?」

「ああ、全然平気! それに将来ダンジョンとかに潜るなら、そういう環境にも慣れないといけないしさ」

「さすが、勇者様だね。私も、パートナーとして見習わないと……」


 さっきまで密室にいたせいか、外の空気はより一層新鮮に感じられた。そして、空気に触れるたびに、さっきまで胸の内にあったこの世界を疑う気持ちが、少しずつかき消されていく。


「それにしても、この別荘から見える大きい花火は迫力があって凄かったよな。ミンティアは、大きい花火とこれから始める手持ち花火みたいなタイプ……どっちが好み?」

「私、大きい花火も好きだけど線香花火の方が好きかな……。なんか儚くてロマンティックだよね」


 頬を赤らめながら、そっと手をつないでくるミンティアに思わずドキッとする。何気ない、身体の触れ合い……まだ無邪気な少女の何気ない、だけどちょっとだけ大人めいた行為。


「やっぱり、女の子は情緒があるものが好きなんだ……ミンティアらしいよ」


 ミンティアからの接触に応えるように、キュッと握りしめた手の体温を確かめる。温かい……このぬくもりは生きている証拠だ。


 思わず「ミンティアの手温かいね」と心に思ったことを口に出して言ってしまったオレだが、ミンティアは嬉しそうに「イクト君も……温かい……安心するよ」と答えてくれた。

 さらに、気持ちの良い程度のキツさで手を握り直し、お互いの温もりを戸惑いながら確かめ合う。


 乙女チックに語るミンティアは等身大の少女で、オレはミンティアがゲームデータなのではないかと疑ったことを恥じた。


(このゲームの開発者だって、アースプラネットは実在する異世界だと言っていたじゃないか……。余計なことを考えるのはやめよう……)


 自分が異世界転生者だという記憶が蘇ってきたオレは、まだ小学四年生の10歳だというのに思考回路はすっかり、現実世界地球での高校生結崎イクトになっていた。


 今のミンティアも10歳の少女らしく充分可愛らしいが、成長したミンティアは一体どんな姿なんだろう?

 そんなことを考えていると、やがて倉庫の出口が見えてみんなのいる庭の灯りが導く。


 空には星々がきらめき、月がほんのりと照らしている……この景色は本物だ。


「あれ? お兄ちゃんとミンティアさん手なんか繋いで……もしかして、お兄ちゃんミンティアさんと恋人になったのっ」


 突然、オマセな事を言い始める妹のアイラ。

 オレは恥ずかしくて思わず「倉庫が暗くて危険だったから、手をつないでたんだ……」と、少し言い訳っぽい言い方をしてしまう。


 ミンティアは、ちょっと哀しそうな瞳で見つめてきて「イクト君は私が恋人じゃ……イヤ……かな……やっぱりアオイさんみたいな人が……」などと、涙をこぼしそうになりながら繋いだ手を離そうとする。


 なんてことだ……何気ない一言で、傷つけてしまった? オレは慌てて弁解をはかる。


「ち……違うよ……その恥ずかしかったし……ミンティアみたいな可愛い子が恋人だったら、幸せだろうし……」

 しどろもどろになりながら、必死にミンティアの誤解を修復する。

 ミンティアは澄んだ瞳を大きくして「じゃあ……イクト君の将来の恋人にしてくれるの?」期待と不安が入り混じる声色でミンティアが聞いきた。


 あれっ……もしかして、オレ……今、さりげなくミンティアに告られている? バクバクと音を立てて鳴り響く心臓の鼓動を宥めつつ、返事を喉から絞り出す。


「もちろん!」

 思いっきり大きな声で叫びそうになったものの、女アレルギーが発動するのではないかという不安から、反射的にビクついた態度になってしまった。


「ふふっイクト君……ありがとう」


 ミンティアはオレのセリフに安心したのか、再び手をキュッと繋いで歩き始めた。


(あれっ? おかしいな?)


 そこで、ふとした違和感……これではまるで、健全な可愛いカップルの微笑ましいワンシーンである。本来的には、ミンティアとラブになってもなんら問題はないはずだが……オレってこんな普通の男女の接触が出来たっけ?


 いつもだったら、発動する女アレルギーが発動しない……? オレに女アレルギーの呪いを掛けている幽霊のグランディア姫は、一体どこで何をやっているんだ……と、別の意味で動揺していた。

 そして、予感は当たっていて……姫は本当にオレの側から離れていたのだ。



 * * *



 その頃、オレにいつも取り憑いている幽霊グランディア姫は、まだ地下室で例の壊れたスマホの動画を見ていた。もしかしたら、グランディア姫の魂は、もともとこの倉庫で眠っていたのかもしれない。


『うふふ、この倉庫にいる間は、私って自由に物を触ったり動かしたり出来たのね。自分でも気がつかなったわ。スマホってものは私の時代にはなかったけれど……。イクト君に取り憑いていたおかげで操作方法は分かるし……』


 生きている勇者イクトに取り憑いた状態で、なんとか現世との繋がりを保っているはずの霊体……それが普段のグランディア姫だ。だが……この倉庫では不思議と姫みずから物を触ったり動かしたり出来る。


『あのミンティアちゃんっていう子……隠しヒロインだったのね……聖女なんて職業だからわからなかったわ。まさかあの子が例の魔王候補アオイの座を奪う可能性のある、隠しヒロインだなんて。あらっ……』


 最初は軽いノリで動画を楽しんでいたグランディア姫。だが、ある部分に気づいてからは、何やら重苦しいオーラに変わっていき……壊れたスマホを何度も再生させていた。


『……この魔法陣……何かしら。何処かで見たことのある紋様だわ。まさか、こんな仕掛けをこんな形で?』


 生きている頃は、戦いを好まずあまり魔法に関心を持たなかったグランディア姫。しかしながら、魔族の姫君としての英才教育の賜物で魔法陣の知識くらいは持ち合わせている。

 そして、姫の感じ取った違和感のようなものはおそらくこの異世界の根幹にとっても重要なものなのだろう。だが、浮遊霊となっている彼女の声を聞くことが出来るものなんて限られている。


『どうしよう……この秘密……浮遊霊の私じゃいろんな人に伝えることすら出来ないなんて……。もっと、この動画のどこかにヒントがあるはず。あぁもっと私に魔法の知識があれば……』


 繰り返される動画から、わずかでも仕掛けを見つけ出したい……その姫の行動は、この異世界の秘密を探る事とイコールなのであった。


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