第四部 第20話 夏休みの宿題はいつもギリギリにやるタイプだった
オレはかつて、夏休みの宿題は結構ギリギリにやるタイプだった。
クーラーの風を浴び涼しくなったリビングで、ノートと教科書を山積みにして麦茶を飲みながらカリカリとシャーペンを進め、いつもどうしてもっと早くやらなかったんだろう? と8月の終わりに迫ったカレンダーを見ては悔やむのを、懲りずに毎年続けていた。
けれど、それは前世の話だ。
今年のオレはひと味違う。
ダーツ魔法学園に転校してから初めての夏休み。寄宿舎生活なこともあり、離れて暮らす家族と楽しい時間を過ごす為、幼馴染みアオイや新しい友人ミンティアやレインとの合宿の為……。
思い出を作る為に、8月の初めには宿題は全部終わらせた。
「うわぁ……アオイさんの別荘って本当に大きいね。豪邸ってこういう事を言うんだ!」
「本当、いつも地元では普通の生活をしていたから気がつかなかったけど……こういう時に次期魔王様って感じがするよね」
合宿の拠点となるアオイの別荘に到着して、思わず感嘆の声をあげるレインとアイラ。
「本当に……お姫様なんだね。この人がイクト君の幼なじみ……」
一方で、やや落ち込んだような表情を見せるのがミンティアだ。格の違いに圧倒されていると言ってもよいだろう。そんなに気にすることないのに……と思うが、聖女コースはいわゆるお嬢様教育を受けた特別な生徒が集うコース。
「アオイの家が大金持ちだからって別にオレたちが困るわけじゃないし……。むしろ、こんないいところで合宿できるんだから、運が良いだろう」
「えっああ、うん。そういう事だよね……」
ある意味で、ミンティアの中にあったプライドのようなものが打ち砕かれているのかもしれない。
「本当、夏休みの宿題を早めに終わらせた甲斐があったね! 結構大変だったけど、この休暇がご褒美になるといいな……」
「まぁ夏休みの日記が残っちゃっている以外は、安心だよ」
学園内の図書館に毎日通い、ミンティア達と協力しあって宿題に取り組んだ甲斐もあり、ほぼパーフェクトな解答となっているであろう……多分。
「ふふっ。そう言ってもらうと、嬉しいな。ボクもこの別荘を使うことはほとんどないし、大きなお屋敷があるのに勿体無かったからね。こういう合宿の機会が出来て良かったよ。じゃあ……うちに案内するよ! 行こう」
スマホRPGの正ヒロインのような、輝く笑顔でオレたちを案内するアオイ。正確にはアオイはヒロインポジというよりラスボスポジなのかもしれないが、裏ボスである魔獣に地位を奪われたアオイとしては今のヒロインポジを確立する方が重要だろう。
* * *
最初のうちは、魔王様特有のオーラに当てられたミンティアとレインだったがだいぶ慣れて来た様子。
「えっ今日の夕食はバーベキューにするの……お庭で?」
「うん! 特別に、お肉は黒毛和牛を用意するから楽しみにしていてね!」
「うわぁ!」
おかげでネオ芦屋にあるアオイの別荘で行われた合宿は、非常に充実したものとなった。黒毛和牛と聞いて、オレに常時取り付いているグランディア姫が『うふふ楽しみだわぁ』と背後でスタンバイしていたが極力無視した。
ちなみに、実際にバーベキューを楽しんでいるみんなとは肉の奪い合いにならない代わりに、グランディア姫から肉を奪われないように気をつかう必要があったが。これも、霊に取り憑かれている者の宿命なのだろう。
拾ったばかりの子猫のミーコも合流し、一緒に別荘で遊ばせてもらい『ネコ充』な時間を過ごすことができた。
「にゃー。いろんなおもちゃがいっぱいなのにゃ!」
「ふふっミーコちゃん、喜んでもらえてうれすいよ」
「にゃあ、アオイはなんだか生まれる前から知っているみたいに懐かしいし、優しいのにゃ。大好きなのにゃ」
アオイと友情の握手を仔猫特有の小さな手で交わす。そういえば、アオイとミーコは前世でも面識があったし結構良好な関係だった。もしかしたら、ミーコの中にも少しずつ前世の記憶が蘇り始めたのかもしれない。
遊び盛りのミーコは、黒い毛並みの小さな身体で屋敷の中にあるペット用ルームに泊まらせてもらい、室内を存分に駆け回っている。
「なんだか悪いな、ミーコのためにいろいろ用意してもらっちゃって」
「ううん、ボクが好きでミーコちゃんにおもちゃをたくさん用意したんだ。それに、ボクとミーコちゃんは友情の握手を交わした仲だしね!」
「アオイは小さい頃から、猫大好きだもんな」
さらに、暑すぎない日を選んでアオイの一族が所有するプライベートビーチでの海水浴。まだ、小学4年生だというのに白いビキニがよく似合うミンティアと恥ずかしそうにワンピースタイプの青い水着に着替えるレイン。
「うふふ……イクト君も一緒に泳ごうよ!」
「えっ……ああ、女アレルギーが発症すると危ないからここで休んでるよ」
「気が向いたら、一緒に泳ごうね……レインちゃん、アイラちゃん、行こう!」
このプライベートビーチのお嬢様であるアオイは、何故か水着を披露しなかったが……。
「えっと……アオイは水着に着替えなかったんだな」
「うん、いろいろと訳があってね」
そういえば、すっかり忘れていたがアオイは前世呪われていて、男の身体になったり女の身体になったりと安定せずに大変そうだった。まさか、今回も何かの呪いがかけられているんじゃ……と心配になって、ついしつこく質問してしまう。
「あ、アオイ……まさかまた呪いか何かで……。オレに協力できる事なら言ってくれれば……」
「もうっイクト君たらっ! 女の子には、いろいろと事情があるのっ。それ以上は、恥ずかしいから……聞かないで……」
「えっあっ……はっはいっ」
大人の女性への階段を少しずつ昇り始めているであろうアオイの成長に気づき、思わず赤面する。どうりで、大人っぽくなっていたわけだ。女アレルギーを起こしているわけではないが、緊張してしまいクラクラとしてしまった。
「やだ、お兄ちゃんったら、熱中症?」
「うふふ、かもね!」
いつのまにか、海から上がっていたアイラと苦笑いするアオイに見守られつつ、その日はビーチでまったり過ごす。
また、夜はアオイの別荘で働く魔族の執事さんやメイドさんも一緒に、肝試し大会も楽しんだ。
夜9時のムード満点な別荘の裏山を歩く途中で、『イクト君……私にいつも取り憑かれているのだからお化けは余裕よね……』などと言っていたオレに取り憑いている女アレルギーの原因人物である幽霊のグランディア姫。
「うらめしやー」
通りすがりの他の幽霊に遭遇して『きゃあ! お化けよっ』と悲鳴をあげていたのが印象的である。っていうか、この別荘……普通にお化けが住んでいるみたいなんだけど。さすがは、魔王様のための邸宅といったところだろうか?
「なんて言うか、本格的な肝試しだったね。私、本物の火の玉や地縛霊、初めて見ちゃった」
「そう? 私なんか、学校でもたまに地縛霊を見かけているよ。レインちゃん、興味あるなら今度一緒に行く?」
「お、おいっミンティアやめて! 背筋がゾクゾクするし、今夜眠れなくなっちゃうからっ」
「あはは、冗談だよ!」
何事もなかったように、リアルな肝試しの感想を述べるレイン。そして、何故か学園内の心霊スポットを把握していそうなミンティア。これだから、霊やオーラが見える人は……と思ったが、どうやらジョークのようだ。いや、ジョークであってほしい……。
しかし、当たり前のように、幽霊や火の玉の存在を認識しているあたり異世界特有の肝試しなんだと実感する。
今年はオリンピックイヤーな事もあり、みんなでオリンピックのテレビ中継を大広間の大画面TVで見る事もできた。ちょうど閉会式の様子を見終わったところだ。
「おにーちゃん! アイラも何かスポーツに挑戦してみようかなあ?」
既に格闘家のスキルを勉強中の妹アイラがスポーツドリンク片手に、ツインテールを揺らしながら興奮気味にはしゃいでいる。アイラは華奢で愛らしい容姿に似合わず、前世でも格闘技に優れていた……不思議なものだ。
「みなさん、今日のデザートスイカをお持ちしました!」
「わぁ……美味しそう! 早速いただこう!」
メイドさんが、テレビ鑑賞が終わったタイミングでスイカを持って来てくれた。みんなで甘いスイカを食べながら、今後の予定を立てる。
「なんか夏休みの楽しいこと、たくさんしちゃったね……残りは花火と天体観測かな?」
別荘の主であるアオイが、星座図を見ながら計画を立て始めた。夏の星座って一体どんなものがあるのだろう? しかも異世界の星座には、あまり詳しくないので興味が湧く。
「この辺りは、ゴールデンウィーク頃だったら召喚士座が有名なんだけどね」
「召喚士座かぁ……初めて聴く星座だ。いつか、見てみたいな」
話し合いの結果、星がよく見えそうな天気の日を選んで天体観測を行うことに……。メイドさんが天気予報をスマホでチェックしてくれて、大まかな日にちが決まる。
「あとは……ああ、そうだ。アオイちゃん、カラオケ大会とかは?」
交流会の超定番であるカラオケだが、この合宿ではまだ行われていない。オーソドックスだが、楽しそうなレインの提案にアオイも頷く。
「カラオケかあ……そうだね。交流会っていえば、カラオケに行く人も多いし、いいかも」
すると聖女ミンティアが、「私、アオイさんの歌声聴いてみたい! 歌、すごく上手いんでしょう?」と、すっかり打ち解けた様子だ。
「そういえば、アオイのオーラに随分と慣れたみたいだ。よくこの短期間で、オーラが平気になったな」
「ああ……それは、アオイさんが私たちに気を使って、魔力を制御するアイテムを身につけてくれたの」
「えっあのペンダントって制御アイテムだったのか……」
ミンティアとレインは、次期魔王候補であるアオイのオーラに最初は圧倒されていたが、アオイが気を遣って『魔族オーラ制御ペンダント』を装備してくれた事もあり、ごく普通に接することができるようになった。
「魔王として修行した結果、人間とは仲良く出来なくなった……なんて、次世代の魔王にはあってはならないからね。こうやって交流会を行うことで、接し方が分かるし……良かったよ」
「……アオイ……ありがとう!」
合宿という環境も手伝って、3人はまるで昔から仲の良い友人であるかのように親しくなっていて、ひと安心である。
そんな感じで、とっても平和に時間は流れて行った。だからこの時はまだ気づかなかったのだ……この夏休みで、大きく自分の人生が変わってしまうことに。
当たり前のように『アースプラネット』という異世界に転生したオレは、ある重要なことをすっかり忘れているということに。
夏休み残りの1週間ちょっと……オレはこの世界の真実の断片を、この別荘で知ることになる。