第四部 第18話 美しい幼馴染み
夏休みに入り、勇者コースと聖女コースの生徒以外は、皆それぞれの出身地に帰省して行った。
「ふあぁ……よく寝た。今日から夏休みかぁ……一応、残っている生徒のために食堂も購買部も営業しているんだよなぁ」
普段より遅めの起床、これも夏休みならではの贅沢といえるだろう。まだ眠い目をこすりながら身仕度を済ませる。
「イクト君、今日からミンティアちゃんとレインちゃんと一緒に夏休みの宿題をやるんだっけ?」
ロフトルームから、守護天使エステルと使い魔のミーコがひょっこりと顔を出す。暑い季節にロフト暮らしはキツイかと思われたが、クーラーのよく効いている部屋では快適らしい。
「ああ、取り敢えずまだ待ち合わせまで時間があるから、ご飯食べてそれから準備するよ。エステル、留守中ミーコの事よろしく……じゃあ行って来ます!」
「行ってらっしゃい気をつけてね!」
「みゃーん、行ってらっしゃいなのにゃ」
エステルとミーコに見送られて、食堂へ。帰省で生徒数の減った学園内は少し寂しいが、食堂も購買部も営業中だ。とは言っても、営業している店舗は限られているし購買部も一部コーナーのみの営業となっているが。いざとなったら、学校の外へ出れば好きなものが買えるし、さほど心配はない。
「本日のオススメは……冷麺のセットかぁ。どうしようかな、昨日はざる蕎麦のセットだったし……。でも今日も麺類が食べたい気分だし……」
「あっイクト君、お早う! あれっもうこんにちはの時間かな。うふふ、ご飯一緒に食べてもいい?」
「ミンティア、お早う。そうだな、せっかくだし一緒に食べよう。夏休みは毎日同じ食堂で食べることになるからマンネリ防止したいし、何にするか迷っちゃってさ」
季節柄、食堂では冷やし中華やカキ氷が勇者や聖女に人気である。やはり、暑さを感じさせないメニューにしたいのだろう。たまに、あったかいラーメンを食べる生徒も見かけるが……パワフルな証拠だ。
「私は、卵のせほうれん草パスタとサラダのセットにするよ。パスタってすぐに持久力がつくから、体力をつけたいときにぴったりなんだって!」
「へぇ……よく知ってるなミンティアは……。じゃあ今日はオレもパスタにするかっ。あっレインだっ! おーい」
「イクト君、ミンティアちゃん!」
結局、図書館での待ち合わせの時間前に食堂で3人とも落ち合ったためそのままブランチを摂ることに。
ミンティアは卵のせほうれん草パスタとサラダのセット、レインは定番の冷やし中華、オレは冷製きのこパスタセットだ。
「2人とも今日はパスタなんだね、私もそうすれば良かったのかもしれないけど。でも、今の時期はどうしても冷やし中華が食べたくなっちゃう!」
スライスされたキュウリや卵焼きを麺と絡めながら食べる冷やし中華は、側で見ていても美味しそうだ。
「あはは、なんか気持ちは分かるよ。けど、3人とも麺類だから何となく足並みは揃っている感じだ」
オレの頼んだ冷製きのこパスタもなかなかの味で、ひんやりとしたパスタと程よいかたさのきのこが元気をくれる。
「ふふっイクト君のきのこパスタも美味しそうだものね。みんなでチカラをつけて今日から宿題をやって早く終わらせて……頑張ろう!」
楽しく3人で食事を済ませて、ひと息した後はさっそく図書館へ。どうせ、寄宿舎に残らなくてはいけない身としては学校内に滞在しているというメリットを活かしたい。
そんな訳で、夏休み序盤は図書館通いをして毎日聖女ミンティア、女勇者レインとともに宿題をすることになった。
「ねぇ何の課題から取り掛かる? 難しそうな魔法のテキストとか?」
「そうだね、資料集めが難しそうなものから取り掛かった方が後で焦らないで済むし楽だよね」
「じゃあ早速、攻撃呪文の基礎問題から……ええと、黒魔法コーナーはあの本棚か……」
手分けして資料を集めて、サクサクと課題をこなしていく。1人では気が付かないような点も、3人で取り掛かるとそれぞれ違う視点で見ることが出来るので便利だ。
ちなみに、夏休みの宿題はグループで解いても良いことになっているので協力体制を作っても校則に反しない。その代わり、どの生徒同士で問題を解いたか宿題提出時にメンバー全員の名前の記載が必要となるが。
「それにしても、グループで宿題を解いていいいなんて学校側公認っていうのも珍しいよな」
「うん、やっぱり将来的にはギルドに所属してグループで戦うでしょう? 今から、他の人と連携を取るように鍛えていくのかもね」
よく考えてみれば、すでにミンティアとはパートナーという最小限のチームとして組まされている。将来的に、ギルドに所属するとしてもパートナー聖女と同じチームに配属されるのだろう。それに、今の時点ですでにエルフ剣士のアズサとも将来組む約束をしているのだ。
「ふぅ……それにしても、夏休みの初日から宿題に集中するのって結構新鮮! ちょっとひと休みしよう」
「そうだね、もう結構なページ数の問題を解いているし休もうか」
オレは例年、夏休みの宿題を休みの後半から取り掛かるタイプだった。だが、夏休み中盤にはオレの母さんと妹アイラ、幼馴染みのアオイがネオ関西に遊びに来るので、それまでに宿題を終わらせた方がいいとミンティア・レインの2人に勧められたのだ。呪文詠唱テキスト集の宿題の前半部分が終わり、手を止めて少し休憩だ。
「イクト君のお母さんや妹さん……それに幼馴染みのアオイさん……会うの楽しみだなあ! でも、せっかくの水入らずなのに私たちまで招いてもらっちゃって……ありがとうね」
レインは、里帰りできなくて寂しかったのあ本当に楽しみという表情。そう言ってもらえると、誘った甲斐があったと思える。
伝統的に勇者を育てる里に生まれたという女勇者レインの両親は魔獣討伐の最前線で働いているらしく、今年は会えないそうだ。レインと同じく勇者を目指しているという年上のいとこは里で修行中……そのうちダーツ魔法学園に転校して来るかもしれないが、今はまだ手続きしていないらしい。
そして、ミンティアの両親も遠いところにいるとかで、今は会えないらしい。高等召喚士の修行をしているお兄さんとは手紙でやり取りしたりしているそうだが……拠点が遠く今年は会えないという。
まだ小学4年生という年齢を考えて、ミンティアもレインも寂しいだろうと、オレの母さんがみんなで海に遊びに行こうと誘ったのである。
休憩中にオレ宛に家族から送られて来た手紙と家族や幼なじみの写真を見て、ポツリとミンティアが呟き始める。
「ところで……イクト君にこんな可愛い幼馴染みがいたなんて、教えてくれればいいのに……! 私、アオイさんのこと私どこかで見たことあるの……どうしてだろう?」
ミンティアがアオイの写真を見て感想を述べた。『どこかで見たことがある』というのは、ミンティアが前世の記憶を持つ聖女だからだろう。
と言っても、前世のアオイは魔王グランディアとして活躍していて、アオイという名前では人間界では有名ではない。さらに性別も当時は不明だったので幼馴染みのアオイが、実は前魔王の生まれ変わりだと気づく人はそんなにいないだろう。
「ねぇアオイさんって、ちょっぴりミンティアちゃんに似ているよね? 偶然かな?」
女勇者レインが鋭いツッコミを入れる。悪気はない質問なんだろうが、オレとしては好みのタイプがバレてしまっているような複雑な心境だ。
「ははは……幼馴染みと似ていると、会話しやすかったのかも……。ほら既視感っていうのかな、親しみが湧きやすかったっていうか……」
複雑な気持ちになるが、胸の内をさとられないように曖昧に笑ってごまかした。
* * *
宿題を順調にこなして8月に入った頃、ネオ関東から母さん達が遊びに来た。バスでネオ大阪駅まで迎えに行く。久しぶりの新幹線のホームは人でごった返していて、移動拠点となる駅である事を実感させる。
「イクト元気だった? ミンティアちゃん、レインちゃん、イクトがお世話になってます! 仲良くしてあげてね」
「おにーちゃん久しぶりー! 私、もう武闘家のアビリティゲットしたんだよ! すごいでしょ?」
カートを引きながら、ホームへ降りた家族と合流。数ヶ月ぶりとなるが母さんもアイラも元気そうだ。
母さんは紺色の落ち着いたワンピース、妹アイラはライトイエローのチュニックに半ズボンで夏らしい健康的なファッション。アイラは少し身長が伸びた様子。そんな中、1人別次元のオーラを放つ人物がヒールを鳴らしてホームに現れた。
そう……前世から深い因縁を持ちオレの初恋の相手でもある……幼馴染みのアオイだ。
「イクト君……ごきげんよう……」
久しぶりに会ったアオイは、真っ白なワンピースに大きい夏用の帽子を被り、ヒール高めのサンダルを履き、使用人に荷物を持たせている。
本人は片手に小さなブランドのハンドバッグ、肌はおしろいで整えられ口元には透明感と血色を与える色付きリップを指していて、美しい微笑みを讃えている。とてもじゃないが、小学4年生とは思えない美しさだ。
聖女ミンティアも女勇者レインもかなりの美少女のはずだが、解き放たれるオーラに格の違いを感じさせられる。
どこかの国のお姫様……いやこのオーラはまるで、前世魔王時代の真野山葵君特有の高貴なオーラだ。もはや、存在だけで世の中のすべてをひれ伏させそうなエネルギーを放っている。
オレの知っている幼馴染みアオイは、もう少し庶民的だったのだが……。
「えっ嘘でしょう? このオーラは……まさか……」
人間のオーラが見えるという聖女ミンティアが、アオイのオーラに反応し震え始めた。オーラが正確に認識できないオレにも、伝わるアオイの魔王を彷彿とさせるオーラ……ミンティアにはどう映っているのだろう?
「初めまして、ミンティアさん、レインさん……元魔王の真野山葵グランディアの生まれ変わりで次期魔王就任予定のアオイです! よろしくね!」
アオイは驚くようなセリフを、まるで前世の真野山葵君のように平然と、そして可愛らしく言い放った。




