第四部 第17話 導かれし仔猫
ネオ関西の寄宿舎制学校に転校して、いつの間にか数ヶ月が経った。
「はぁ……今日も暑いなぁ……えぇと財布は……っと。エステル、ちょっと購買部に買い物に行ってくるから。留守番よろしくな」
「はーい、一応学内だから大丈夫だとは思うけど……気をつけてね」
寄宿舎を一歩出ると、すでに四十度に迫りそうな熱気がオレの頬を突き刺す。
季節はすっかり夏になり、陽射しが強い。入学当初はブレザーだった制服は、今ではすっかり夏仕様の半袖シャツだ。暑さをしのぐためと寄宿舎生活でのちょっとした自分へのご褒美として、アイスキャンディを1日1回食べるのが、習慣になりつつある。
今日の気分はソーダ味のアイスキャンディだ……体内に涼しいオーラを取り入れよう。夏休みの宿題を解くために、必要な文房具も買いたい……シャーペンの芯を切らしてしまっているし消しゴムもそろそろ補充したい。重要なポイントをチェックするためのカラーマーカーや付箋もあると便利だろう。いくらくらいの商品が売っていたっけ……と予算を頭で計算しながらさっそく購買部に向かう。
「帰省土産にダーツ魔法学園まんじゅうは、いかがですかぁ? 学園オリジナルTシャツやトレーディングカードも人気ですっ。夏休み応援フェアとして文房具の割引セールも開催しております」
売り子さんの声が購買部に響く……オレがいつも通り購買部にアイスキャンディを買いに行くと、いつも以上に人だかりが出来ていた。それもそのはず……期末テストが終了したため、生徒達が帰省に向けて準備を始めたのだ。
「ねぇ家族へのお土産どうする? おまんじゅうは去年買ったし」
「うーん……今年はおせんべいにしようかなぁ……。あとオリジナルTシャツが欲しいって弟がさ……」
「あのぉ……旅行カバンってありますか? 大きめのやつ……」
久しぶりに里帰り出来るとあって、購買部内の帰省コーナーでは旅行カバンを新調する生徒や、お土産コーナーで学校オリジナルの菓子折りを購入する生徒達の姿が見られる。
(そっか、みんな帰省するんだ。オレは帰れないけど……)
全ての生徒がこの夏休みに帰省できる訳ではない。特に勇者コースと聖女コースの生徒は、話が別である。
勇者と聖女は責任の重大さから特別な職業というカテゴリーにされており、帰省は禁止されている。そんなわけで、勇者コースに在籍しているオレは夏休みも学校の寄宿舎で生活する。
同じく学校に残る聖女コースのミンティアや勇者コースのレインと、夏休みの宿題を一緒に解く約束をしているので寂しくはないハズだが……。
何となく寂しい気持ちで購買部の帰省コーナーの人だかりを避けた。夏休みの宿題に向けて文房具コーナーで必要なアイテムを選んでいると、同じくネオ関東からこの学校に来ている白魔法使いのマリアに遭遇した。
マリアは現在オレより1学年上の小学5年生のはずだが、すでに大人びた雰囲気となっておりスタイルもいい感じに成長している。将来は、前世の時と同様に巨乳美女へと成長するのだろうか?
「あっイクトさん! お買い物ですか? 今日は、夏休み応援文房具フェアを開催しているのでお得なんですよ」
もちろんマリアも帰省準備中のようで、買い物カゴにはお土産用のお菓子やグッズ、そして、文具フェアの割引商品。
「おうマリア、オレも文具フェアの商品を見てたところだよ。そっか……マリアはネオ関東に帰省するんだっけ。帰ったら、地元のみんなによろしく」
「ええ、分かりました。気がつかなくてごめんなさい……イクトさんは、勇者コースだから里帰り出来ないんですよね。あっでも、何かネオ関東のお土産買ってきますね!」
「うん、ありがとう……」
オレも本当は帰省して母さんや妹のアイラ、幼馴染みのアオイに会いたいが仕方がない。雑談したのちにマリアと別れ、寄宿舎への帰路へつく。夕食時には食堂に出かける予定だが、みんな帰省の仕度で忙しいし人も普段より多いからそれまでは部屋で休んでいよう。
購入したソーダ味のアイスキャンディを食べながら、トボトボと部屋に戻る。途中、寄宿舎の側にある草むらからガサガサと音が聞こえた。
「何だろう? もしかして生き物……」
ガサガサ……!
野生の黒猫が現れた!
猫はまだ仔猫のようだ。
ミーミー鳴いて助けを求めている。
「お腹すいたにゃ……」
野生の仔猫はそう呟くと、オレの目の前でパタリと倒れた。
「えっ……この黒猫、人間の言葉をしゃべって……。大変だっ助けてあげないと……!」
仔猫を抱っこしてすぐ自室に連れ帰り、クーラーを適温に調節。
「イクト君お帰りなさいって、あれっその子猫ちゃんどうしたの? 大丈夫、なんだか疲れてそうだけど……」
「多分暑さでバテているんだよ。取り敢えず、クーラーをつけてお水を用意して……すぐにキャットフードを買ってくるからそれまで仔猫のこと見てて!」
「あっうん、ほら猫ちゃん……怖くないですよ」
守護天使エステルに仔猫の様子を見ているように頼むと、走って購買のペットフードコーナーで仔猫用の猫缶をまとめ買いした。
「ちゃんと仔猫用の猫缶を買ってきたから、これなら食べれるだろう?」
「みゃっ……?」
改めて水と仔猫用の猫缶を用意すると、仔猫は無言でエサを食べ始めた。
「おっ食べれたな……偉いぞ」
「みゅう……」
仔猫はエサをすべて食べ終わると眠くなったのか、ウトウトし始めすぐに眠ってしまった。
「猫ちゃん眠っちゃったね……良かった。ただ単にお腹が空いていただけみたい。ところでこの仔とどこで会ったの?」
「寄宿舎のすぐ入口の草むらに隠れていたんだ。迷子みたいだししばらくはここで療養させないと……じゃあオレはペット許可申請して、猫を飼うのに必要なグッズを買ってくるから……」
小さい身体を丸くして寝息を立てている。まだ仔猫なので毛が少しふんわりしているが、オレが前世で飼っていた黒猫のミーコにソックリだ。
突然出会った仔猫をすでに飼う気でいるのは、もしかしたら気が早いと思われたかもしれないが。エステルは、オレに気を遣っているのかそれ以上は何も言わなかった。
* * *
まずは、寄宿舎の管理事務所に行きペットを飼うための許可をもらうことに。魔法使いコースに所属している生徒たちの間では、使い魔や眷属として動物を飼っている者も多数いるそうだ。勇者コースに所属しているオレだって、許可を取ることは可能なはず。
「すみません、猫を飼うための許可申請をしたいんですけど……」
「あら? 眷属か使い魔を飼うのかしら? その子、魔法猫?」
魔法猫かと問われると、はっきりとは分からないが、人間語を操っていたところを振り返るとおそらく魔法猫という部類になるだろう。
「はい、多分……寄宿舎の草むらで保護して……。人間語が喋れるみたいなんですけど、まだ仔猫で……」
「まぁそれじゃあ多分、親の代から魔法猫だわ! ちゃんと育ててあげてね、はいペット用の許可証。使い魔として活動する場合には、改めて正式な許可証を発行するから。分からないことがあったら、使い魔専用の獣医さんにすぐ相談して下さいね!」
「ありがとうございました」
使い魔を飼う生徒は思ったよりも多いらしく、案外すんなりとペット用の許可をもらえた。ホッとしたのも束の間、今度は購買部のペットコーナーに行き猫用のグッズを揃える。暑い時期特有のひんやりシートなども仔猫のために購入してやり、再び部屋へ……。
『……アタシも頑張って生まれ変わって会いに行くから……その時は呼んでにゃん……』
スヤスヤと眠る仔猫は、前世で飼っていた黒猫ミーコの仔猫時代を彷彿とさせる。
(数ヶ月前、黒猫ミーコの魂がオレの前に現れて会いに行くと挨拶に来た。逆算すると、ちょうどこの仔猫が生まれた頃の出来事になるのだろうか)
「みゃあーん……なんだか元気になってきたら、遊びたくてうずうずしてきたにゃ。何か遊ぶものはありますかにゃ?」
「一応、昨日買ってきた猫じゃらしがあるけど……」
「なかなかオーソドックスなおもちゃですにゃ。うにゃっにゃおんっはぁはぁ……いろんなタイプのおもちゃ大歓迎なのにゃ。仔猫用のご飯は最低でも3種類くらいは用意してくれると味に飽きずに済むのにゃっ」
「……なんだか随分と要求の多い仔猫だなぁ」
翌日、だいぶ元気になったのか、仔猫は今日は違うタイプのエサが食べたいだの、何かおもちゃで遊びたいだの言い始めた。
どうやらこの仔猫、きちんと人間語が話せるらしい。本日も高級仔猫用ネコ缶を完食し、黒い毛並みを毛づくろいをしている。仔猫のわりに大物感がある。だいぶ体調も回復しているようだし、そろそろこれまでのいきさつを聞いても良いだろう。
「ところでさ、どうしてキミはこの寄宿舎にいたの? やっぱり迷子……?」
「にゃあ……アタシはお母さんと兄妹達とはぐれた『使い魔ネコ』なのにゃ。お母さん達は空港からガイコクというところに移動したから、しばらく会えないのにゃ。1匹でバスに揺られて、彷徨っている内にココにたどり着いたのにゃ」
「ガイコクだと……! 親とはぐれた上にバスで自力で移動って、使い魔ネコってすごいんだな……。っていうか、そんなにハイスペックなのに、親御さんとは連絡取れないの?」
仔猫に連絡手段を問うと、そもそも親猫がどこの国に行ってしまったのかも分からない様子。
「にゃあ……分からないのにゃ。そのうち立派な使い魔になって、三千里くらい余裕で旅する予定なのにゃ! それまではここで養って欲しいのにゃ! 勇者様の使い魔ネコになれば、出世コースで親孝行なのにゃ! 何となくキミの使い魔ネコになるように、ネコの神様に導かれた気がするにゃん。導かれし仔猫なのにゃ!」
この仔猫、勇者の使い魔が出世コースと知っていて、わざわざこの学校にやって来たのか?
「はぁ……心配したけどポジティブに考えているみたいで安心したよ。そっか、導かれし仔猫……か」
「アタシの名前、まだ決まっていないからきちんと飼い主になるキミにつけて欲しいのにゃ! できればラブリーな名前がイイのにゃ」
「ラブリーな名前と言われても……オレにとっての可愛い猫の名前でいいな。じゃあ、よろしくな。ミーコ!」
すると仔猫は耳をピンと立てて「ミーコ! なんか生まれる前から、その名前で呼ばれていた気がするにゃん! よろしくなのにゃ!」とふわっとした小さな手で握手を求めてきた。
オレは仔猫の小さい手と握手を交わし、学校に使い魔として黒猫ミーコを正式に登録したのである。
その日の夕刻、夏休み中帰省できないオレに会うために母さん、妹アイラ、幼馴染みアオイがネオ関西に遊びに来るという連絡が入ったのであった。