第四部 第16話 黒猫先生の魔法授業
大魔王先生に挑戦するバトル講義、超美麗ムービー始業式、エルフと植物園見学など特別活動的なものが続いていたが、ようやく今日から平常授業。
朝のホームルームが終わり、次の授業の準備としてテキストに目を通す。パラパラと魔法基礎知識の教科書をめくりながらレインと雑談。
「個性的な授業が多かったけど、ようやく普通の授業になるんだっけ? 先生ってラナ先生以外にも沢山いるよな。教科ごとに先生が変わるから、まだ会っていない先生も沢山いるだろうし……」
「うん、予定表だと今日は魔法の練習をメインにやるみたいだよ。丸1日使って、自分にどれくらい魔法力が備わっているかテストするんだって」
今週は身体測定も行われる予定だが、それとは別に授業の一環として魔力検査も行う様子。スマホゲーム的には、キャラクターの魔法力は加入時に判明していることがほとんどだったのでこのような形できちんと検査を行うと聞くとなんだか新鮮な気持ちになる。
「魔法力……俗に言うMPってやつか。レインはMP検査はもう終わっているの?」
「うん、去年転校して来たときに一度やっているけど。でも、このテストは毎年行われるから……ステータスオープンもしやすくなるらしいよ」
「ステータスオープンって、個人の身体データをまとめたやつだろう? まぁ今日はほかのステータスのことは一旦置いておいて……魔法にだけ専念するか」
本日は1日丸ごと魔法の訓練をするらしい。集中的にひとつの科目を徹底的に勉強するという大胆な学習スタイルだ。特にオレは前世で魔法をほとんど使わないパワー型の勇者だったので、現世ではオールマイティな勇者を目指したい。
「レインは水属性の魔力が備わっているんだっけ? オレも自分の属性が分かれば、勉強しやすくなるのになぁ……。って、そういえば先生ちょっと遅くないか?」
「あれっそういえば、そうだね。初めて来る先生らしいから手続きとかいろいろあるのかも」
一体どんな魔法の先生がやって来るのだろう……ドキドキしながら教室で待っていると、やって来たのは1匹の黒猫だった。
「えっ……猫? もしかして先生の眷属か何かかな?」
「おっ猫だ! うちの実家でも猫飼っていてさぁ……元気かなぁうちのブチちゃん」
ほのぼのとした気持ちで黒猫のキュートな様子を見守る生徒が多い中、毅然と教壇を占拠し始める黒猫に違和感を感じる。まるで、黒猫がこれから何かをするかのような……。
黒猫は、しなやかな動きでぴょこんと黒板の前に用意された台座の上に素早く乗った。
「今日から勇者コースのみなさんに魔法を教えることになった、ミーコ先生なのにゃ! ビシバシ鍛えるからよろしくなのにゃ!」
突然人間語で語り始めた黒猫に、皆動揺し始める。
「ふぇっ猫がしゃべった? それともここじゃそれが常識なのか?」
「まさか……あの猫ちゃんが特別なんだろ?」
(あれっ……あの黒猫、ミーコに似ていないか? オレの気のせい……?)
魔法の授業の教鞭を振るうことになったのは、前世でオレが飼っていたペットの黒猫ミーコにそっくりな魔法使い猫のミーコ先生だった。驚いたことにミーコ先生は、猫の状態で人間の言葉を話すことが出来るようだ。
ミーコ先生は黒いツヤのある毛並みがキュートな典型的な黒猫で、黄色いリボンを首につけている。美しい青い瞳とピンクの肉球がチャームポイントだ。体長が人間よりはるかに小さいため、用意された台の上に乗って、授業を進めてくれるらしい。
しかし、猫がどうやって人間に勉強を教えるというのだろう?
「ミーコ先生……可愛いな……」
レインは猫好きなようで、ミーコ先生のことを可愛い……と評した。そういえば、課外授業の時も可愛い系モンスタープルプルに反応していたし、普段クールを装っているレインは相当じつは可愛い物好き……?
将来はクールビューティな女勇者になるであろうレインの乙女な一面にドキドキしつつ、さっそく授業が開始となった。
* * *
「アタシが出題するクイズに何問か正解すると、魔法が使えるようになるカードを差し上げますのにゃ。クイズ王は偉大な魔法使いなのにゃ! では、さっそく1問目なのにゃ!」
生徒たちの机にはクイズ用の解答ボタンが用意され、何やら本格的なクイズ授業である。
「えっクイズ……? 去年はクイズ形式じゃなかったから、全然予習していないよ」
「きっと先生によって、魔力の検査方法が違うんだろう……もしかしたら去年受けた人も楽しめるように工夫しているのかもしれない」
まさかのクイズ形式に戸惑いながらも、それぞれ未知のクイズ問題に対してやる気を見せ始める勇者コースの面々。
ミーコ先生の魔法なのか、天から届く声のように出題内容が聞こえて来た。まるで、クイズ番組に出演しているかのような錯覚すら覚える。
【問題です】
近年ライトノベルで流行した『主人公がなんらかの事情で、異世界に生まれ変わるタイプ』の小説ストーリーをなんというカテゴライズで表すでしょう?
A 悪役令嬢
B 異世界転生
C 異世界転移
D チーレム
ピンポーン!
回答ボタンを叩きつけるように、凄まじい勢いで連打する上級生勇者。オレも答えが分かっていたのに勢いの良い上級生に先を越されてしまった。これが、競争社会なのか……だが、オレが答えを分かっているからと言って相手も答えが合っているとは限らず……。
「C、異世界転移!」
ブブー!
不正解です!
ガラガラドッシャーン!
「ぬわーーーーーー!」
上級生勇者に999のダメージ!
上級生勇者は気絶してしまった……。
ピーポーピーポー……ピーポーピーポー……。
「えっなんかさっき稲妻が走らなかったか? 先輩大丈夫なの……」
「結構、本格的なクイズバトルみたいだね。変なところでミスしないように気をつけて答えないと……」
担架で保健室に運ばれていく上級生勇者……ただのクイズだと思っていたら、大魔王先生のバトル講義よりハードじゃないか? 迂闊に間違えたらあっさり保健室送りだ……しかもクイズの内容魔法使えるようになるのに、まったく関係なくないか?
意外な激しさを目の当たりにし、緊張感が走る。
「不正解するとダメージを受けるから注意が必要なのにゃ。魔法使いは集中力が命なのにゃ! 簡単な問題ばかりだから、よく考えれば簡単に解けるのにゃ!」
そう言って、ミーコ先生は可愛い容姿に似合わず厳しい講義スタイルで、次々と生徒たちを保健室送りにして行った。
「うぅ……どうしてこんなところでミスをしてしまったんだろう……かはっ……」
「せめて、オレの得意な魔法少女もののプロフィールクイズとかあれば、全問正解出来たのに……グハァッ」
ピーポーピーポー、ピーポーピーポー……倒れゆく他の勇者を救助するため往復する担架。
出題内容は、アニメ、ゲーム、ライトノベル、雑学から出題されており、オレは前世の知識を駆使してなんとか正解していったが、他の生徒はほとんど残っていない。
「どうしよう……もうオレたちしか生徒が残っていないじゃん。まさか、レインと一騎打ち状態になるとは……」
「イクト君、最後まで正々堂々と戦おうね」
「おっおう……」
午前中の授業が終わる頃には、オレと女勇者レインのみが生き残っていた。好きなジャンルの問題さえあれば……と呟きながら倒れた勇者も多かったので、知識に偏りがあると不利なんだろう。
「みんな集中力に欠けているのにゃ……少し早いけど、これが最後の問題にゃ」
【問題です】
かつて異世界アースプラネットで人気を博した猫缶のCM『キジトラ〜の猫缶シリーズ』……さて〜にはなんという言葉が入るでしょう?
A アイラ
B マリア
C カノン
D エリス
「えっ? 何で猫缶? もしかしてミーコ先生が猫だから最後は猫問題で攻めて来たの? どうしよう……マニアックなクイズで答えが……」
一騎打ちの相手のレインは動揺を隠せない様子で、解答を迷っている。無理もない、これは……あまりにもマニアックな出題内容だ。まさか、最後の問題としてマニア向けの猫ジャンルクイズを用意していたとは……。
おそらく、愛猫家で普段からキャットフードに深い関心を持って生きている人なら答えられる問題にしたのだろう。
残念ながら今のオレも猫を飼ってはいないが、前世で仲間のマリアがさんざん猫になって出演していたCMだから正解を覚えていた。
「B、マリア!」
正解です! キジトラマリアの猫缶シリーズは、ヒット商品として当時の愛猫家たちに知られていました。今年はリメイク版の販売も発表されており、伝説のCM再放映も期待されています。
「おめでとうなのにゃ! 頑張った勇者イクト君には、魔法カード『猫耳メイドのミーコちゃん召喚カード』をあげるにゃん! また、イクトと一緒に冒険したいのにゃ……。アタシも頑張って生まれ変わって会いに行くから……その時は呼んでにゃん……」
そう言い残し、黒猫ミーコ先生は光に包まれてやがてどこかに消えてしまった。
「えっ……生まれ変わって……それってもしかして、やっぱりミーコ先生は……?」
「あれっイクト君、ミーコ先生いなくなっちゃったね……どこに消えたんだろう?」
後で知るのだが、この学校には黒猫ミーコ先生という教師はこの学校には存在していないとか。
今日の魔法の授業を担当するはずだった先生は急用で来れなくなっており、連絡の行き違いで代理の先生すら来ていないそうだ……。
オレの手元には、オレの前世のペットで異世界でともに旅をした猫耳メイドのミーコソックリなカードが残されていた。ラブリーなメイドさんが、可愛らしくウィンクしている。
ミーコ……オレが前世で天に召されてから、オレのペットの黒猫ミーコはどうなったんだろう?
ある時は可愛い黒猫、ある時は猫耳メイド……オレの大事なミーコ……。きちんと幸せな猫生を全うしたのだろうか……?
オレは可愛い黒猫ミーコにもう一度会えることを信じて、カードを大事にしまった。
そして数ヶ月後、学生寮の裏庭に迷い込んできたミーコソックリな黒い仔猫に、ミーコと名付け飼うことになるのである。