第四部 第15話 エルフと課外授業
「みなさん! 今日は、エルフコースと共同の課外授業です。冒険の基本的な知識となる薬草の使い方について学びます。特に、薬草と毒草を見分けられるようにする事が、一流冒険者への第一歩となります。では、バス停まで移動しましょう!」
「はいっ」
超美麗ムービー鑑賞始業式の翌日、勇者コースの生徒はエルフ族の生徒達と『薬草と毒草の見分け方』という課外授業を受けることになった。薬草と毒草を見分ける能力を生まれつき持つと言われているエルフ族に、冒険に欠かせない薬草について学ぶのだ。
薬草授業の場所は、日帰り遠足地としても人気の高いネオ六甲にある植物園だそうだ。学園が提携している観光バスに乗り、ネオ六甲まで移動だ。
「勇者コースとエルフコースの2コースが移動するから……バスもきちんと2台あるな」
「そうだね、せっかくエルフさんたちとお友達になれると思ったけれど……移動中は別々のバスみたい。向こうについてから、エルフコースのみんなとも話す機会がありそうだね」
「まぁ、同じ学校に通っているんだからそのうち交流は深めることになるだろうし……」
レインはエルフ族の親しい知り合いがまだいないらしく、今回の交流に期待しているようだ。女の子らしく、妖精という種族に夢を持っているのだろう。
学校の駐車場エリアに用意された観光バスに、勇者コースの生徒とエルフ族の生徒が次々乗り込んでいく。勇者コースの生徒は他のコースの生徒と異なり『伝統的なRPG勇者の旅人風衣装』を着用している者が多いので、エルフ族の制服姿が眩しく見える。
昨日のムービーに影響されて、上級生の一部男子生徒は革のズボンにシルバーアクセサリーファッションも増えているが……。
「あれっイクト君、エルフコースのバスから誰かが来たよ。もしかして、知り合い……?」
「えっ……ああ、もしかして……!」
オレがバスに乗り込もうとしていると、金髪美少女エルフがオレに親しげに駆け寄って来た。
「よお、イクト。1年ぶりだな! 久しぶりぃ勇者してるか? 少し背が高くなってきたなっ。いい感じにイケメンに成長してくれよっ」
「アズサっ! 久しぶり。なかなか連絡が取れなかったから心配してたんだぞ」
「ああ、悪りぃ悪りぃ……。実は、春休み中はうちの学年ってずっと合宿でさぁ……実家にも帰省出来なかったし、結構ハードだったぜ」
前世からの旅の仲間で、現世では親同士が魔獣討伐の旅仲間である美少女エルフのアズサだ。アズサ達5年生は始業式前日まで合宿に行ってたらしく、今日がネオ関西で初めての再会である。
「えっなんか、エルフ族って割にずいぶんと活発な人だね。しかも、さすがエルフ族って感じで超美人……。イクト君の知り合い?」
「ああ、地元のひとつ年上のお姉さん的な存在……エルフ剣士の卵アズサだよ。うちの父親とアズサの母親は同じギルドに所属していたらしくて、最近メンバーとして再結成したんだ」
オレとアズサが知り合いだと分かると、オレの隣にいた女勇者レインがアズサをじっと見つめる。想定外に、活発なアズサのキャラクターの驚きを隠せないのか意外そうな様子。
たしかにアズサの容姿は金髪のポニーテールでイメージ通りのエルフ族だが、言葉遣いなどは姉御肌で活発な印象だ。見た目とキャラ設定が多少異なっているのかもしれない。
オレとアズサは1年ぶりの再会だが、ずいぶん大人っぽくなったなと思う。制服着用のせいか、中学生でも通用しそうだ。オレより1学年上の小学5年生なのに……。
前世で旅をしていた頃の雰囲気に、少しずつ近づいていっているのだろう。アズサの美少女ぶりに他の勇者コースの中学生がこちらをチラチラ見ている気がする。
「へぇ、ご近所さんにエルフ族が住んでいるなんて珍しいね。そっか、いいな……エルフさんの知り合いがいて……勇者っぽい……」
エルフと知り合いだと勇者っぽいのか? 女勇者レインの不思議な感想に、アズサはニコッと笑って、「アタシ、アズサって言うんだ! これからよろしくな!」と早速握手を交わす。
「はじめまして……女勇者の卵レインです。私、この学校に転向してきて1年経つけどエルフコースの生徒さんとお話するの初めてで……緊張しちゃう」
「あははっじゃあアタシがエルフ友達の第1号だな。嬉しいよっ。それにしてもイクト……お前もうこんな可愛い女勇者とフラグ立てて……さすがハーレム勇者だぜっ。現世では、フラグを立てるだけじゃなくてきちんと全員嫁にしてくれよ! もちろんアタシも含めてだぞ!」
アズサはどうやらこの学校に来て早速、オレが新たな女の子とフラグを立てたことを少し呆れながらもからかっているようだ。レインの頬がちょっぴり赤く染まっていてこちらも照れ臭くなってしまう。
あれ? 今、「現世ではきちんと全員嫁に……」って言わなかったか? と言うことはアズサも前世の記憶があるのか?
「あっ先生が呼んでる……じゃあ、また後でなっ! 楽しい課外授業にしようぜっ」
いろいろ気になったが、アズサはエルフコースのバスに戻らなくてはいけなかったためそれ以上追求することが出来なかった。
実は女勇者レインと知り合う前に、聖女コースのミンティアともフラグを立てているのだが……。さすがのアズサも、オレが短期間に2人も新しい女の子とフラグを立てているとは思っていないようだ。
* * *
バスに揺られて数十分、有名なネオ六甲の植物園に到着する。
花々があちこちに咲いていて赤、白、黄色と色とりどりだ。植物園職員のキュートな小型モンスタープルプルが、生徒を出迎えてくれた。
「プルプル……この植物園の裏庭にはぎょうさん薬草と毒草が生えとるんです。キノコエリアでは、食べられるキノコとそうでないものの見分け方を覚えていって下さい。午後は美味しい食事や食後は足湯でまったり……楽しみながら勉強頑張っておくんなまし!」
「はーいっ」
薬草園はかなり大きさで、テラスが美しいガーデンエリア、薬草料理のカフェ、ネオ神戸を一望出来るロープウェイ、疲れを癒す薬草の足湯など……。
「へぇ……いろんな施設があって思わず授業なのを忘れちゃいそう。まずは薬草と毒草を見て回らないといけないんだっけ? エルフコースの生徒とチームを組むんだよな……」
「イクト、レイン! せっかくだし一緒に組んで回ろうぜっ。こう見えても、剣士以外のサブスキルは調合士を目指しているんだっ。薬草の解説には結構自信があるぞっ」
「すごいっ頼もしいな。じゃあ、さっそく最初の薬草から……」
オレとレインはアズサとチームを組み薬草と毒草を採取することになった。アズサに連れられて美しい薬草園を散策しながら、効能を覚える。
「いいかぁ……この毒草の葉の部分、ギザギザが目立つやつに気をつけて……。それから、このキノコは食べられないから注意なっ」
「キノコは見た目が似通っているから、区別が難しいね」
「無理に、外でキノコを採取して食べなくてもいいのかも……」
その後、生徒全員で薬草園のショップに集合し薬草から作った傷薬や毒消しを園内の人に見せてもらう。
「では、これからラベンダーで火傷用の薬を作りまーす。回復魔法が使えない時や日常の手当などで利用できますので覚えておくといいですよ!」
「ドクダミ草で毒消し作り……アイテム代の節約にもなるし、調合スキルの基本とされています」
ライトパープルの花が美しいラベンダーの精油は火傷に効くとか、ドクダミはその名の通り毒に効き煎じると毒消しにいいとか……。
「身近な植物でも知らないことがたくさんある……勉強になったよ」
「うん、身体の芯から健康になるには回復魔法だけじゃなくて自然な植物を使うと良さそうだね」
「そろそろ、お昼タイムみたいだな。なんでも昼食のメニューも薬草テイストのメニューなんだって。行こう!」
お昼は薬草料理店の特製薬草料理を実食、オレは名物メニューだというハンバーガーセットを注文。
「んっ。きちんとハンバーガーしているのに……回復してる? すごいな、このメニュー……美味しくて役に立つとは」
薬草がパンと肉に練られていて、疲労回復効果があるという。こんなに美味しいものを食べて疲労回復出来るなんて、と感動する。
「このメニューは、さすがにエルフの里でも取り扱いはなかった気がするぜ。薬草の扱いにかけてはこの施設が超一流ってかんじ」
どうやら、薬草に詳しいアズサでさえ初めて食べる斬新なメニューだったようだ。
女勇者レインも薬草ハンバーガーセットが気に入ったようで「……冒険に出たらこのハンバーガーを持っていきたいっ。そして、いろんな土地の美味しいものを探すの」と言って、将来の冒険に向けて計画を語っていた。
女勇者レインの冒険計画は、世界を平和にする旅をしながら、知らない土地の景色や料理を巡るというものだった。レインの話を聞きながら、オレは今朝アズサが前世の記憶を取り戻した素振りを見せたことを気にしていた。
「みなさーん、食後はお待ちかねの足湯でまったりプランとなっています。たくさん園内を歩いたでしょうから疲れを取って下さい」
食事時間が終了し、足湯コーナーに行きいわゆる薬湯を試す。癒されながら勉強にもなって得した気分だ。
「ふう……なんか足首の痛みが引いていくみたい……。この薬草の温泉があれば、浸かってみたいなぁ。まずは自分で足湯を作るところから……」
「うん、薬草さえ揃えておけば足湯は自分でも実践できるし知識が増えたよ」
薬草たっぷりの温かい足湯に浸かり癒されていると、エルフのアズサが少し哀しそうな表情でオレに話し始めた。
「イクト……アタシ最近前世の記憶を少しだけ思い出したんだ……もしよければ、もう一度冒険の仲間にしてほしい。今度は立派なエルフ剣士になって、勇者イクトを守るから……あの頃出来なかったクエストもちゃんと出来るようにっ」
(アズサ……。そのことをずっと気にしていてくれたのか……。別にオレが女アレルギーで倒れたのはアズサだけのせいじゃない気もするが。そういえば、前世でエルフの里の偉い人に随分責められていたっけ……)
「アズサ、ありがとう。今度こそ、ちゃんと冒険をしよう。きちんと冒険者として勉強して、ギルドに所属して……一流の冒険者を目指して……!」
オレはアズサに差し出された手をキュッと握り返し、約束の握手を交わした。そして、少しずつオレを取り巻く前世をつなぐ人間関係が動き始める。