第四部 第13話 大魔王様の特別授業
「では、転校生イクト君のチュートリアルを兼ねた体育の授業はこれで終わります。引き続き実戦向け授業になりますが、今度は皆様のお待ちかね……特別ゲストによる訓練指導です!」
「おぉー!」
「3、4時限目の連続講義となりますので頑張って行きましょう! 場所は、裏山の秘密ダンジョン訓練場よ。では、移動します……途中他のコースの生徒が訓練を行なっているので、邪魔をしないように気をつけてください」
ラナ先生が、次の授業のスケジュールを発表する。午前中の授業は全部で4時限となっているが、既に前半2時限は終了。次は、秘密のダンジョン訓練を行うそうだ。
水分補給やトイレ休憩を挟み準備万全となったところでさっそく体育館を出る。いくつものグラウンドや施設が並ぶ校庭内を抜けて裏山へ……。
『素振り訓練……はじめっ!』
『せいっせいっ。せやっとぉっ!』
他のコースもそれぞれ訓練に励んでおり、校庭の真ん中では剣士コースの生徒たちが剣技の特訓中。途中、魔法陣の作り方訓練や武術の型を教える授業現場にも遭遇する。
こうやって、それぞれのスキルを磨いていく事で専門的な知識を蓄えさせる方針なのだろう。
「それにしても、裏山にダンジョンがあるのか……さすが広大な敷地を誇るだけあって施設が凄いな」
「うん、今は訓練施設での講義が中心だけど……。予定では、さらに学園経由でギルドクエストを受注出来るようにして在学中に学内からクエストデビューさせる気らしいよ」
さっそく、仲良くなった女勇者レインと話しながら移動する。最初はお互い遠慮してあまり会話が出来なかったが、今ではだいぶ会話がスムーズだ。もしかしたら、男装の麗人風のレインの性別がはっきりした事も、お互いの間にあった見えない壁がなくなった理由だ。
「へぇ……そういえば、ギルド施設予定地が建設中だったっけ。オレたちが中学生になる頃にはクエストデビューになりそうだ。そのためにも、頑張らないと……」
「そうだね……あっダンジョンの入り口が見えてきたよ。ほらっ」
秘密訓練の場所は、学校の裏山敷地の中でも本来的には立ち入り禁止となっている謎のほこら。
「あれっ。立ち入り禁止の看板が出ているけれど……もしかして特別許可ってやつかな」
文字通り立ち入り禁止区域のため、結界が入り口に張られている。黄色と黒の看板は見るからに侵入を禁止するものだが……。ラナ先生が結界解除の呪文を唱えると、看板はみるみるうちに煙となって道が拓けた。どうやら普通の看板ではなく、魔法で作られた特別な結界看板だった様子。
「今日は勇者の特訓のために特別に使っていいという事です。実習講義ということで、上級生の勇者3人が見本をお見せしますので下級生は見学となります」
* * *
勇者コースの生徒が全員洞窟内に入場すると、さっそくロングソードを片手に張り切る上級生勇者。すらりと剣を抜く姿も様になっており、なかなか腕がたちそうだ。
「上級生が見本を見せてくれるのか? おっ向こうから集団がやって来たな。あの人たちは……なんか心なしかモンスターも混ざっているような……。っていうか、もしかして魔族の人たち?」
「ああ、あの人達は協力校関係の魔族系スクールの見学者だよ。ダンジョンにリアリティを持たせるためにギャラリーとして参加してくれるんだ。気のいい人達だから安心していいよ」
ダンジョンの管理を行っている警備員の人が、オレたち生徒に魔族の皆さんの素性について解説してくれる。
「ぷるるっ! 今日は、ギャラリーとして頑張って盛り上げていきます。よろしくです!」
「うっ……なんか可愛い……!」
水まんじゅうに似た癒し系モンスタープルプルに可愛らしく挨拶されて思わずときめくレイン。やっぱり女の子はああいう可愛いモンスターに弱いんだな。
場を盛り上げるためのギャラリーとして参加するのは、プルプルの他にも冬するたぬきのふわふわモンスター、コウモリモンスターなど、何故か癒し系モンスターばかり集まっている。
「やっぱり、交流を兼ねたイベントだから血の気の荒いモンスターは参加していないみたいだね。癒し系モンスターか……高等魔族か……どちらかのようだ」
同じ勇者コースの生徒が、参加モンスターの傾向をメモし始めた。
秘密訓練の監修は青い肌に尖った耳で、どこからどう見ても魔族かダークエルフだ。衣装も高級な神官のローブを身にまとっており、こういうことをいうと失礼だがRPGの中ボスに見えてしまう。
「フォフォフォ……今日はみなさん勇者さん達のために、特別ゲストを異世界から召喚しております……頑張って勇者の特訓をして下さい……では大先生! どうぞ!」
暗いダンジョンの灯りが、大先生を迎えるために自動でつき始める。大先生の影が見えると、魔族やモンスター達が一斉に拍手し始めた。つられて、オレ達勇者の卵も拍手する。
そこに現れたのは、誰がどう見てもラスボスの威厳を放つ大魔王風の魔族だった。
「よくここまで来たな勇者達よ……なぜ人間どもは無駄な足掻きをしてまで我に逆らうのか……すべては限りあるからこそ素晴らしい……いくぞ! 我が魔力で永遠の眠りにつくがいい!」
大魔王ガーダが現れた!
『デレデレデレデレデデーーン!』
場を盛り上げる効果音と、戦闘用BGMがダンジョン内に鳴り響く……初めて聴くBGMなのでおそらくラスボス用の音楽なのだろう。天然の洞窟は、いい感じに音響効果が効いていて、ライブ会場のような盛り上がりを見せ始めた。
「いやいやいや! おかしいだろ? 何いきなり、大魔王様がこんなところにいるの? これ本当に授業?」
「凄いよね……まるで、RPGのラスボス戦みたい……。しかも、裏ボス的な……」
予想を上回る大物の登場にオレたち人間側の生徒は皆驚きを隠せずにいるが、魔族側のみなさんはゲストの正体を知っていたようだ。待ってましたとばかりに、大魔王様に声援を送る。きっと大魔王様のファンも多く集まっているのだろう。
「わー! 大魔王様や! うち、本物の大魔王様を見たのは初めてやっ。あぁ……生きてて良かったわぁ」
「はぁ……大魔王様、かっこええなあ」
ぴょんぴょん跳ねて喜ぶ、水まんじゅうのような可愛いモンスターのプルプルAとB。可愛い容姿に似合わず、案外カッコいい外見の大魔王様に憧れているんだ……。
「ははは、プルプル達キケンやから、少し下がって見なあかんで……」
耳の尖った優しそうな魔族が、はしゃぐプルプル達を安全な位置まで避難させる。結構、面倒見がいいな……意外なところで垣間見える魔族たちのナチュラルな一面。
幼なじみのアオイも魔族だが、魔力を封じて生きている関係で外見上はほとんど普通の人間と同じ。さらに、人間が集まる地域で暮らしているため魔族っぽさは見せなかった。
だから、いかにも魔族という人達のナチュラルな姿を見られるのは新鮮だ。
「では……行くぞっ!」
チャキっと武器を構えて、バトル開始のモードに入る上級生勇者たち。ついに特別授業が開始となった。
上級生勇者の攻撃!
ミス! 大魔王ガーダには効かない!
大魔王ガーダの攻撃!
大魔王ガーダは背負い投げを放った!
上級生勇者に痛恨の一撃!
上級生勇者達は全滅した!
『デレリララーーん……タララーン……』
全滅時特有のちょっぴり哀しげなBGMが、ダンジョン内を包む……わずか3ターンで全滅か。上級生勇者3人で挑んだわけだから、それぞれ1ターンずつは健闘したことになる。
「あっ……先輩たち全滅しちゃったね……」
「仕方がないんじゃないか……善戦した方だろ?」
盛り上がるギャラリーの歓声が洞窟内に響く。はっきり言って、大魔王様が圧倒的に強い……まぁ当たり前か。デビュー前の勇者とこの道数百年のベテラン大魔王様じゃ格が違う……これが現実だ。
「わー! 大魔王様ー!」
ギャラリーは魔族やモンスターが多いせいか、大魔王様の勝利に大喜びだ。思わず身を乗り出し、大魔王様に近づくプルプルB。
「大魔王様ー! ウチずっと大魔王様のファンだったんや! サインくださいな!」
つぶらな瞳でサインを求めると……。
「おお! そうかそうか! わしのサインやったら、いくらでもやるで!」
ファンサービス旺盛な大魔王様、次々と大魔王様のファンが押し寄せてくる。っていうか、オフの大魔王様って無茶苦茶感じが良い人だな。
「きゃー! 記念撮影お願いします!」
パシャッ
「ありがとうございましたぁ!」
いつの間にか、大魔王様とモンスター達の記念撮影サイン会と化している洞窟内。大魔王様はどうやらネオ関西の出身のようで流暢に関西弁を操っている。
一方、ボロ負けした上級生勇者はあまりのチカラの差にショックだったのか肩を落とし、「うう……手も足も出なかった……現役引退した大魔王さんに特別講師をお願いしたのに……このザマだよ、情けない」と、初期装備の剣を握りしめて身体を震わせていた。
未来ある若者の自信とやる気を喪失させないように気をつかったのか、大魔王先生が明るく陽気に、「いや、そんなことなかったで! まだあんたら、ギルドレベル初期程度の勇者の卵やし、まだまだこれからや! わいがまだ血気盛んな現役やったら、コイツはいずれ強くなる……って脅威に感じているところや。諦めたらアカンで!」と激励を送る。
どうやら、大魔王様はすでに現役引退した大魔王だったようだ。ところどころ不吉な表現が混じっているが、大魔王ジョークなのだろう。
引退した大魔王様が特別講師か……大魔王様が上級生勇者達を励まそうと、バシバシ背中を叩いていると……。
大魔王様は上級生勇者の背中を叩いた!
痛恨の一撃! 上級生勇者にトドメを刺してしまった!
上級生勇者は完全に意識を失った……思わずハッとする大魔王先生。
「しもた! つい手加減なしでこの若者をっっ?」
ざわざわざわ……まさかの展開に洞窟内の空気が変わる。
おいおいおい?
マズイんじゃないの?
そんな不穏な空気が辺り一面に漂っている。
だが、大魔王様のことが怖いのかみんな口には出してそんなことは言わない。手加減しているのに、ふざけた張り手だけで上級生勇者を……これが大魔王様のおチカラか。
「大丈夫ですかぁ……はいっ今から蘇生魔法を使いますからねぇ……。蘇れ……勇者の魂よ!」
何度か祈りを捧げた甲斐があって、無事回復し始める。
チャララーン!
上級生勇者が蘇った!
HPが1です……危険な状態なので早急に体力を回復してください……。
監修の魔族が焦って蘇生呪文を使い、一命を取り留めたものの、上級生勇者は担架で保健室に運ばれていった。
凄まじい戦闘力の差を見せつけられた……そんな感じで授業が終了する……。
「イクト君、上級生になったら大魔王先生と戦う事もあるだろうけど……その時は一緒に頑張ろう!」
大魔王様の実戦指導を当然のように受け止めている女勇者レイン。だがオレは恐怖で魔法をかけられたかのごとく、鉄のように固まってしまうのであった。