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蒼穹のエターナルブレイク-side イクトス-  作者: 星里有乃
第四部 運命の聖女編
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第四部 第11話 港の景色と約束

 

「……ん……? あれっ……。オレ、今まで何していたんだろう。スマホRPGをプレイしていたんだっけ、それとも……」


 緩やかに眠りから覚めて行く感覚がまぶたに現れてきた。いや、もしかすると未だ夢の中で、起きている気になっているだけかもしれない。だが、違和感は慣れないはずの海の香り……オレって海の側になんか住んでいたっけ? 港特有の凪ぐような風が目覚めを促すように頬を撫でる。


「イクト君、大丈夫。目が覚めた? 何か飲む? 冷たいお水ならペットボトルがあるから飲む?」

「う、ううん……お水……」


 優しい女の子の声が出て聞こえてくる……一体この声の主は誰だろう? 身近な女性の姿が思い浮かんできた。お母さんは大人の女性だからもう少し落ち着いたトーンで話すし、妹のアイラはもうちょっと幼い感じだ。守護天使のエステルだったら、もう少しテキパキとした雰囲気のはず。


 幼なじみのアオイは……アオイの声は……どんな感じだっけ? 大好きな人のはずなのに、今聞こえる声の主と重ねて考えようとしている。それじゃダメなはずなのに……オレの中でアオイという存在が深い奥底に封印されようとしていた。

 それは、新たな少女への恋慕が始まりつつある合図のようなもの。罪悪感という足枷をかけられても、なお追い求めたい気持ちが芽生えている。


(ああ、そうか……だから、グランディア姫はオレを再び女アレルギー持ちにしようとしているのか。アオイ一筋に生きるって心に誓ったはずなのに……。けど、思い出せないだけでミンティアもオレにとってきっと大切な人のはずなんだ……だから……)


 誰かに対して、いや自分自身の罪悪感に対して言い訳をするかの如く最もらしい理由を探す。


(きっとオレとミンティアは気づいていないどこかで深く繋がっていたんだ……。ミンティアだってオレのことを運命のソウルメイトだって言っていたじゃないか)


 どうやら、オレの言い訳混じりの誰かに対する弁解は、女アレルギーの呪いをかけた張本人とされているグランディア姫の魂にも聞こえた様子。


『そうなの? ミンティアちゃんって子はそんなにイクト君にとって大切な子なのかしら? 私が察知できる因縁は異世界での数代前までの前世とあなたの地球時代の一部の記憶だけよ。その中に、ミンティアちゃんの記憶のカケラがきちんと存在しているかどうか……私にはその記憶を覗くことは出来ないけれど。いいわ……じゃあ今日はこの辺で……』


(記憶のカケラって何、もしかしてオレは何か大切な事を忘れているのか。っていうか、まだ地球時代のことだってきちんと思い出せているわけじゃないし……グランディア姫、何かヒントとか……。あぁもう行っちゃったのか……)


 今度こそ、夢との境目から徐々に解放されていき……今自分自身の魂が収まっているアースプラネットへと戻っていくのであった。



 * * *



「……はっ。あれっミンティア……オレ、今まで……ゴメン、もしかしてずっと寝ていた?」

「うん……イクト君って女アレルギーっていう持病があるんだったよね。てっきり前世で克服したものだとばかり思っていたけど……」


 ミンティアの今朝カットしたばかりのミントカラーの髪が風に揺れてなびく。地球でも異世界でも殆ど見かけない特徴的な髪色は彼女の優しげな顔立ちに不思議とマッチしている。

 だが、その表情も今は曇りがち……おそらくオレが女アレルギーになったことを気にしているのだろう。


「ああ、ついに女アレルギー発症か……。いや、これまで発症しない方がおかしかったんだよ多分。地球時代から、ずっとこんな感じなんだ……せっかくいろんなところに案内してくれる予定だったのに。なんかゴメン……」


 悪いのはミンティアじゃない、心の中で迷いを抱えているオレが悪いのだ。アオイという初恋の相手のことが忘れられないくせに、側で手を握ってくれるミンティアへ芽生え始めた新たな気持ちをどうすることも出来ないオレ自身が……。


「ううん。私の方こそ……はしゃいじゃって配慮が足りなかったの。よく考えてみれば私のチートスキルは状態異常回復魔法、女アレルギーを解除出来るスキルを持って聖女になったんだからイクト君がアレルギーを発症する可能性は高かったのに……はい、お水。スッキリすると思うよ」

 なるべく、お互い明るく振る舞うように心がける。差し出されたペットボトルは、ひんやりとしていてちょうど良い。


「んっありがとう」


 ゴクゴクと、喉の渇きを癒すために身体の中に水分を流し込んでいく。手軽にできるパワーチャージ。


「ふぅ……それにしても結構眠っていたんだな。もう帰らなきゃいけない時間だ。ところでオレのことここまで運ぶの大変だっただろう? 大丈夫だったか」

「ああ、それが守護天使の緊急移動魔法でイクト君を天使たちが一気に運んでくれたの。だから、体力は使っていないし安心してね」


 まだ小学4年生という体力的にも小さなミンティアに負担をかけたのではないかと不安になったが、その辺りの対処は守護天使たちがやってくれた様子……ありがたい。


「緊急移動魔法、そんなものがあったんだ……安心したよ。あれっエステルたちは?」

「守護天使の施設に報告に行ったみたい。そろそろ戻ってくると思うよ」


 エステルたちを待っている間ふと辺りを見渡すと、空の色はオレンジ色に染まりつつあった。子供たちに暗くなる前に帰宅を促す放送がどこからともなく流れてきて、いわゆる帰宅ムードが漂っている。倒れたのは昼食を食べた後だから結構長い時間眠っていたことになるだろう。


 場所は……おそらく、有名な観光スポットである港の近くの大きな海浜公園。ミンティアがオレを案内すると張り切っていた所だ。まさかこんな形で訪問することになるなんて思っても見なかったが……。

 花がたくさん咲いていて大きな噴水があり、異人館が公園内に建っているというちょっと不思議な観光スポットだ。港の方面には大きな赤い橋が見え、夕陽に海が照らされている。


「そっか……この公園に向かう途中の道でオレは倒れたんだ」


 オレは公園内のベンチに寝かされていたが、頭の部分にはブランケットをたたんで、枕代わりにしてくれた。おかげで頭が痛くない。

「イクト君。もう起きて大丈夫……? だいぶ顔色は良くなってきたね。あっリリカとエステルが戻ってきたよ」


 パタパタと翼を広げて浮遊しながら守護天使達が帰還。上空から戻ってきたところを見るといわゆる天使界のどこかに緊急報告に行っていたのだとう。


「もう体の調子はいいみたいだね。一応、イクト君の女アレルギー発症を天使界に報告してきたけど……しばらくは様子を見ましょうって」

「様子見か……なんか、今日はせっかく楽しい雰囲気だったのに、みんなにはいろいろと悪かったな……前世で散々だったのにさ」

「気にしちゃダメだよイクト君、きっと今回の人生からは大丈夫! 前みたいに女アレルギーが原因で死んだりしないよ。なんたって、前世では出会えなかったパートナー聖女が側にいるんだもの。今日だって、ミンティアちゃんが聖女特有のチート魔法で、治してくれたよ!」


 エステルは極力明るく振舞って落ち込むオレを励ましてくれている。もしかしたら、エステル自身も落ち込んでいるのかもしれない。何と言ってもオレの前世は女アレルギーが原因で天に召されている。

 あの時もエステルは自分の責任だと思い込んでいるようだった……天使界からもいろいろと言われたようだし。だから、今回の件を守護天使として気にするのは当然なのだろう。


「でも、私が顔を近づけ過ぎたからイクト君は女アレルギーが発症したんだよね……。私がもっと立派な聖女だったら、女アレルギー自体発症させずに済んだのに。もっと自分を律して生きていかないと……」


 前世の死について当然のように会話するオレとエステルの様子にショックを受けたのか……。ミンティアはさっきよりも責任を感じはじめ、涙をこぼしてうつむいてしまった。守護天使リリカがミンティアを心配そうに覗き込む。心なしか、リリカの白い翼もションボリとしているようだ。


 2人の様子を見てオレは、前世からずっとオレに女アレルギーになる呪いをかけているグランディア姫のことをミンティアに話そうとした。だが、因縁にミンティアを巻き込んではいけないと思い、グランディア姫の事は伏せることにした。


「別にミンティアのせいじゃないよ。ミンティアのおかげでアレルギー起こしたのに、もうすっかり元気だ。ありがとう」


 涙をハンカチで拭いながらミンティアが顔を上げる。


「イクト君……ありがとう」


 しばらくの間、何を話していいのか分からずお互い沈黙してしまった。このままでは良くないと思ったのか、沈黙を破ったのはミンティアの方からだった。


「もう、学校の寄宿舎に戻らないと門限が来ちゃうね。少し休んだらバスに乗って帰ろう……あのねイクト君、本当はイクト君に見せたい景色があったんだ……」


「見せたい景色? ここから見える景色もかなり綺麗だけど……」


「ネオ神戸はね、夜景がとても綺麗なの。私のお気に入りの場所……今は離れているお父さんとお母さん……それから私の大切なお兄ちゃんと家族で一緒に見た大切な思い出の場所から見る景色を、イクト君にも見せてあげたい……」

「夜景か、ロマンチックだよな。あれっでも門限が……」

「うん……私たちまだ小学生で門限があるから……どっちにしろ今日は無理だったんだけどね。だから、大きくなったら夜景を一緒に観に行こう! 私、その頃には立派な聖女になって女アレルギーなんか完全に治しちゃうんだから! ねっ……約束……」


「……ミンティア……ああ、約束だっ。門限がなくなったら、2人でいつか夜景を見に行こう」


 小指と小指を絡めて、約束の指切りを交わす。心が落ち着いているせいか、女アレルギーは起こらない。


 ミンティアの青い瞳が夕陽でキラキラ輝いて見える……まるで空から星が降ってくる瞬間のような瞳。きっと、ミンティアのお気に入りの夜景もとても美しいんだろう。

 何年か後に……夜景を2人で見に行く約束は遠い将来まで続く絆を結んだようなものだった。安心感を取り戻したオレたちは、バスに乗って寄宿舎まで戻る。


 久しぶりの女アレルギー発症で疲れていたオレは、食事と風呂を手早く済ませた後、すぐに部屋に戻りグッスリと眠ってしまった。


 寄宿舎のポストに、幼なじみのアオイから手紙が届いていることにも気づかずに……。


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