第四部 第10話 転生後初めての女アレルギー
ロングヘアをバッサリとカットして、爽やかなショートボブヘアにしてイメチェンした聖女ミンティア。珍しいミントカラーの髪色ともマッチしていてなかなかよく似合っている。初対面の典型的な美少女チックなロングヘアの印象も好感触だったが、一緒に戦えるヒロイン的な容姿になったと言えるだろう。
「おぉーミンティアちゃん、予想以上に似合っとるで! これはカレシの見立てが良かったんやなぁ。うんうん、カットモデルということでお代はいらんから」
「うん、今回は満足な仕上がりでウチらの成績も上がりそうや。デート楽しんでおいで!」
ヘアカットを担当してくれた美容師スキルを勉強中の上級生たちも満足げだ。実はこの髪型を選んだ理由は無意識に初恋の女性アオイに似た髪型だから……という事は伏せなくてはならない。オレの心の中だけに、そっと閉じ込めて秘密にしておこう。
「こんなステキな髪型にしてもらって、タダでいいんですか? ありがとうございます。じゃあ、イクト君……ネオ関西のオススメスポットを案内するね。行こう!」
「えっあ、ああ! えっとじゃあ行ってきます!」
イメチェンしたてのミンティアは、ご機嫌な笑顔でオレの手を取り……学校の外に連れ出すためにバス停へ。
まるで公認のカップルのようなムード、そしてアオイへの裏切りという罪悪感がまたもやじわじわと心の中を侵食していく。だが、しばらくアオイには会えないという寂しさの隙間を埋めていくかのごとく、ミンティアの存在はオレの心にピッタリとハマる。
「ふふっ。観光楽しみだね、イクト君。ネオ関西にはステキなところが沢山あるけどやっぱり港の景色を見るのがいいと思うんだ」
「へぇ……そういえば神戸っていえば地球でも港の景色が綺麗な事で有名だったっけ。やっぱり、アースプラネットでもそんな感じなんだろうな」
「うん……それから、食べ物はネオ神戸牛が有名だけど……私たちの年齢じゃ手が届かない高級品だから……それはそのうちね!」
「お、おう! そのうち……か。中学を卒業するまで、これからしばらくはずっとここで暮らすんだから、将来の楽しみに取っておくといいのかも」
バスを待つ間の時間もミンティアと過ごしているとまるで退屈しない。むしろ、ただに待ち時間が一緒にいるだけでこんなに充実して感じるとは思わなかった。
ふと目が合うのは罪悪感を振り払うミンティアの優しい眼差し。オレは初恋とは違う……もうひとつの新しい恋心が生まれ始めていることを実感する。
後ろめたい心模様とは裏腹に、天気は良好で外出するにはぴったりの陽気。オレはまだ制服が間に合っていないため私服での外出となるが、ミンティアは学生服での外出だ。制服のブレザーでもちょうど良い気温だからあまり気にならないが……もしかすると本来的には制服姿で出かけるべきだったのだろうか。
「そういえば、ミンティアは学生服で出かけるんだな……もしかして、この学園ってそういう校則があるとか?」
「そこまでは本当は校則が厳しい学校じゃないんだけど……。聖女コースは、他のコースよりもちょっぴり規則が厳しめかな?」
どうやら、規則が若干厳しめなのは聖女コース限定のようだ。具体的に聖女という職業が冒険においてどのような役割を果たすのか謎が多かったが、この学校で学んでいくうちにいろいろと判明するだろう。今のところ分かっているのは、パートナーとなる勇者の助けとなるようなスキルをそれぞれ所有している……ということだろうか。
「ふぅん……そういえば、聖女コースって推薦枠でしか受けられないって話だし……他のコースとはいろいろ違うんだな。やっぱり特殊なチートスキルの所有者しか受験できないからかな?」
「うん。けど上級生になると研修のためにギルドクエストに参加することになるから、冒険者用の装備を着ることになるし外出時の洋服はだんだん自由になっていくけどね。あっバスが来たよ」
* * *
ダーツ魔法学園はネオ関西の主要駅からスクールバスが運行しており、ネオ大阪方面、ネオ神戸方面などルートがいくつかある。
今回はミンティアオススメのネオ神戸方面に向かうことになった。バスに揺られて40分ほど、辿り着いたのは想像以上に異国情緒漂うオシャレな港町だった。
地球の景色との1番の違いは行き交う人のファッションだ……剣を背負った熟練風の戦士やトンガリ帽子にローブ姿の魔法使いの姿もチラホラ。エルフ族やドワーフ族の商人の姿も多く見られ、異世界の雰囲気が特に色濃く出ている。これまでも、たまに街中で冒険者とすれ違うことはあったが、ターミナル的なこの場所は異種族も多く異世界度が段違いだ。
「うわぁ……地球の神戸と似たイメージだったけど、マントやローブ姿の冒険者も沢山いるせいかファンタジーの中に入っちゃったみたいな感じ!」
「もうっイクト君ったら、私たちもそのうちああやって冒険の旅に出るんだよ。クエストをこなしてギルドに所属して……あっほらあれが展望のタワーだよ」
ランドマークタワーである、ネオ神戸港町タワーがよく見える。
「このタワーからみるネオ関西の景色は最高なの! 小さい頃は、毎週ここに来てお兄ちゃんと遊んだの……懐かしいな」
「お兄さんとは離れて暮らしているんだっけ。オレも妹と離れているから何となく気持ちは分かるよ」
離れて暮らしているというお兄さんの話を懐かしそうに語るミンティアは、妙に大人びて見えた。ノスタルジックなムードに浸る間も無く、さっそくタワーに登る。チケットを購入してエレベーターで展望台のある階へ。一応、守護天使たちも一緒に行動しているがオレとミンティアを親しくさせるためか少し距離を置いている。
展望台一階にはスカイウォークと呼ばれる透明な床があり、地上から数十メートルの高さなのでなかなかのドキドキ感だ。
「うぉっ! 床が透明……こんなスケスケの床で……大丈夫かっ本当に」
「ほら、イクト君。こうしていると空を飛んでいるみたいでしょ!」
「わっミンティアやめて!」
ミンティアは高いところが平気なようでちょっと怖がるオレをクスクスとからかっていた。おしとやかな少女が集まる聖女コースの生徒……というわりに、意外とおてんばである。
展望台最上階に移動し、360度の大パノラマで港町の景色を堪能。
水が美味しくてペットボトルでも販売されている某マウンテン、異国情緒あふれる街並み、観覧車や港からでる豪華客船など……。
「せっかくだし、お土産を見ていきたい……ミンティア、ちょっとだけ時間いい?」
「うん、私も小物を見てみるね」
お土産コーナーで港町名物を見ていると、港をイメージした可愛らしい小物やグッズがたくさん売られている。
ふと、透き通った清涼感溢れるブルーカラーのオシャレな小物入れに目が止まった。
『アオイにあげたいな……』
オレはネオ関東に住む、幼馴染のアオイのことを考えていた。大切な初恋の人、しばらく会うことが出来ない大好きな人……。
無意識とは言えミンティアを、アオイと同じショートボブカットに切らせてしまったのはオレだ。自分の中でモヤモヤとした罪悪感があり、アオイに何か贈り物をしたい、という気持ちになった。
(どんなものならアオイは喜ぶのだろう?)
「なあ、アオイが好きそうなのってこの小物入れかなあ?」
オレは守護天使のエステルに話しかけたつもりだったが、答えてくれたのは守護天使でもなければミンティアでもない別の誰かだった。
『そうねえ……アオイちゃんは今とっても哀しんでいるから、イクト君本人がアオイちゃんの元に帰るのがいちばんだと思うわ』
ビクッと、本能的に心臓が大きく揺れ動いた気がした……この品の良い美しい女性の声……どこかで聞いた声である。
だが、後ろを振り返ると誰もいない。まるで自分にだけ声が聞こえていたかのような感覚だ……おかしいな……。
「イクト君、お買い物は終わったかな? 次は、お昼ごはんを食べよう」
「えっ……ああそうだな。そういえばもうお腹ぺこぺこだ」
タワーを出て、港町のピザ食べ放題ファーストフードでお昼ごはんを食べる。サラミやシーフード、ツナとコーンなどの定番ピザからマシュマロとチョコがトッピングされたスウィーツピザまで。サラダやパスタなどの軽食も程よく食べられるので、飽きる事なく満足出来た。
「マシュマロ入りのピザって甘くて美味しいね。イクト君は何が1番好き?」
「オレもスウィーツピザは結構好きだよ。1番は……なんとなくツナとコーンのピザを何度も食べちゃう……あとコーラと合わせると、なんでもいけちゃうかな」
空腹も満たされて楽しいランチタイムが終わり、全てが……これから始まるネオ関西での生活全てが順調に思えた。
「ここのピザ美味しかった。しかもリーズナブルな値段なのに食べ放題だし……また来よう」
オレはミンティアに話しかけたつもりだったが、タワーと同じ現象が再びおきて答えたのは別の声だった。
『ピザもいいけど私、久しぶりに黒毛和牛ステーキが食したいわ! 小学生のおこずかいじゃ無理なんでしょうから、イクト君早く大きくなって黒毛和牛ステーキを食べに連れて行ってちょうだいね!』
黒毛和牛ステーキ……?
黒毛和牛ステーキが大好きな女性といえば……。オレは前世でさんざん取り憑かれて女アレルギーの原因となった人物のことを思い出す……いや気がついていたが気付かないふりをしていたのかもしれない。
そう……魔王の娘グランディア姫である。 伝説のハーレム勇者ユッキーがハーレムを構築したため、女アレルギーになる呪いをかけた美しい姫君。
グランディア姫のかけた呪いはオレにかかり、オレは女アレルギーという不治の病にかかった。でもそれは前世の話である。
まだオレは女アレルギーにはなっていない。
まだ……?
『あぁ……残念だわ、イクト君。今回の人生は、【アオイちゃん一筋】って心に決めていたから私あなたに女アレルギーの呪いをかけなかったの。アオイは私の孫の生まれ変わりだし、魔王一族の血を引き継ぐ貴重な存在ですもの……でも、やっぱりダメね』
その割に声のトーンが妙にテンション高めで、本当に残念なのかは定かではない。覚悟を決めさせるためなのか、グランディア姫はオレの肩にポンと手を置いた。
『あなたやっぱり、伝説のハーレム勇者の生まれ変わりだわ。出会ったばかりの聖女ちゃんとこんなに仲良くして……あなたアオイのことが好きなのに、アオイに似ていれば誰でもいいの? 違うでしょ?』
「ごっ誤解です……グランディア姫……」
突然慌て始めたオレに隣で歩いていたミンティアが、不思議そうな顔をする。
霊感が強いはずの守護天使たちも、グランディア姫に気づいていないようだ。
『誤解ね……今日から君に取り憑いて、君が浮気しないかどうか毎日見ていてあげるわ……もし浮気心を抱いたりしたら……』
それ以上は、言わなくてもわかっていた。
「イクト君大丈夫? 顔がアオイよ、食べ過ぎたかな?」
(顔が【アオイ】だと……! いやミンティアはアオイの事を言っているわけじゃない。顔色が青いと言っているだけだ……)
オレを優しく介抱しようとする、優しい聖女ミンティア。 熱があるかどうか調べるためにおデコをコツンとあてる……可愛らしい顔が超近い……まるでそのまま唇が触れてしまいそうな……。
『まるで……キスシーン見たいね、イクト君……残念よ、残念だわ』
おでこにコツンがラブシーンに見えたのか、オレのことを見限ったようなグランディア姫の声が脳内に鳴り響く……。一瞬だけアオイの哀しそうな姿が浮かんできて……その時だった。
「ち、ちが……これは、やめてうわぁっ。クルゥ……女アレルギーがぁあああああっ」
「きゃぁあっイクト君、イクト君っ」
オレは超突発性女アレルギーを転生後初めて発症し、ミンティアの聖女治療チート魔法が発動されるまで気絶しっぱなしとなったのである。