第四部 第8話 勇者様のパートナー
「はじめましてイクト君! 私の運命の勇者様。私、聖女コースに所属している見習い聖女のミンティアといいます」
聖女コース……『見習い聖女』ってもしかして職業名なのだろうか?
ミンティアは、ミントカラーのロングヘアをツーサイドテールにまとめ、少しつり目がちの大きな青い瞳が美しい超美少女だ。透き通るような肌はまるで雪のように白く、濁りのない澄んだ瞳は天然の輝石のよう。
心なしかキラキラしたオーラが彼女の周りに光って見える。これまで、さまざまなタイプの美少女に出会ってきたが、ミンティアのような髪色の人物に会うのは初めてである。
まるで、二次元と三次元隔たりを乗り越えてしまったかのような錯覚すら覚えた。
「えっと……はじめまして、ミンティア。あの、なんでオレの名前を?」
するとどこからともなく、寄宿舎の総合管理棟まで案内してくれたピンク髪守護天使のリリカが現れた。
「リリカッ? もしかして、この子の担当守護天使って君なのか」
「うふふ……ご名答ですわ。実はミンティアは、私が担当するアイドル聖女なのです! イクト君の名前や勇者様であることを教えたのは、私。でも、まさかあなたがミンティアの運命の勇者様だったとは……本当に運命ってあるんですのね。運命の勇者様と出会う時、聖女は真実の運命に出会う……」
運命……? 何やら、その単語を大切そうに噛み締めている様子を見ると、この異世界では運命の勇者と聖女には深いつながりがあるのだろう。
「あの、運命の勇者様って何? 聖女と勇者ってそんなに関わり合いが深いものなの?」
ミンティアと守護天使リリカは、意外そうに顔を見合わせた。
「……もしかして、イクト君はこの異世界におけるソウルメイトや運命の重要性を……まだ、知らなかったんですのね。エステルさんからは何も……?」
ややバツが悪そうに、ポツリ、ポツリ、とリリカに事情を説明するエステル。
「あの、イクト君には……誰かひとりに運命を絞るのは難しい星の下に生まれていて……。だから、絶対的に運命を縛るような法則や教えは何も知識を持たないようにしてしまったの」
おそらく、エステルの言わんとする『誰かひとりに絞るのは難しい』という意味は伝説のハーレム勇者としての宿命のことだろう。
「まぁ……確かに宿命によっては多数の人と運命を共有する場合もありますわ」
リリカが、驚いたような困惑したような表情でオレのことを見つめた。すると、ミンティアが年齢の割に落ち着いた物腰で、ソウルメイトについて語る。
「ですが、ここダーツ魔法学園では聖女と勇者を基本的なコンビとして組ませるのが一般的。ソウルメイトやスピリチュアル的な知識なしでは、ここでの生活は難しいのです。一緒にディナーを頂きながら、お話ししましょう」
「えっ? ああ、じゃあお言葉に甘えてレクチャーしてもらうことにするよ」
ソウルメイトや運命と聞くとスピリチュアル的な話題なのかと身構えてしまいそうだったが、よく考えてみればここは剣も魔法も当たり前のファンタジー異世界。
前世やソウルメイトなどの概念も自然と身についているのだろう。すでに、この学校での生活に慣れているらしいミンティアに促されて移動する。ミンティアに注目していた他の生徒達の目線が痛く突き刺さる……それだけ、聖女という職業がこの学校で特別な意味を持ったものなのだろう。
「こちらですわっ勇者様!」
優しく差し出された聖女の手に従い、導かれるように歩き出す。
それは、オレ自身が新たな勇者人生の第一歩を踏み入れた瞬間だった。
* * *
チリンチリーン!
「生徒様2名、付き添いの守護天使様2名ですね。こちらへどうぞ」
あたたかな色合いの灯りがともるリストランテは、ダーツ魔法学園の飲食店の中でも特に有名店らしい。
犬耳族のシェフが腕によりをかけて作る洋食を中心に、エルフ族のパティシエのデザートも楽しめる。メンバーは皆、ダーツ校長先生の昔馴染みということだ。
「はぁ……ずいぶん本格的なリストランテだなぁ。あれっ生徒以外にも大人のお客さんが結構きている。先生かな?」
「今は、春休みということもあって外部のお客さんもここを利用しているの」
真紅の絨毯の廊下をメイドさんに案内されて、会話しやすそうな奥の方の席に座った。オレとミンティアは、オススメというデミグラスソースたっぷりのふっくらハンバーグセットを注文、守護天使の2人はチーズフォンデュセットを注文した。
今日初めて知ったが、守護天使エステルは天使界にいる時からチーズフォンデュが大好物なのだという。
「ねえ、イクト君。ここは食堂の中では高級店の部類だけど、たまの贅沢で定期的に利用しようよ!」
「はは、食費の計算をちゃんとしないと……」
おそらくウチにいた時は遠慮して、食の好みを言わなかったのだろう。そういえば、チーズフォンデュが夕飯に出てきたときは、珍しくおかわりしていた気がする。
エステルの誕生日には、何故かチーズフォンデュをお母さんが用意していたので、お母さんは何となく気づいていたのかもしれない。
「イクト君とミンティアは、おそらくはるか昔の何代も前の前世から、深くつながりを持った運命のソウルメイトですわ。守護天使同士、2人を見守る意味でもたまにここで会食しましょうね」
ニッコリと微笑むリリカに、上機嫌のエステル。前にいた学校では、守護天使を連れている人間にはめったに遭遇しなかったので、エステルに守護天使仲間ができて良かったと思う。
「それで……ソウルメイトって……? 何となく分かりような、分からないような」
「お互いなくてはならない存在、けれど共依存関係というわけではなく相乗効果をもたらす存在同士のことですわ。一緒にいると落ち着くという場合もあれば、他人同士では言わないような会話もできて……生まれる前から身内であったような感覚の場合もあります」
ミンティアからソウルメイトのついての説明がはじまりしばらくすると、お待ちかねのハンバーグセットとチーズフォンデュセットが運ばれてきた。
ハンバーグセットは、デミグラスソースたっぷりのふっくらハンバーグに海老フライ、温野菜、ポテトサラダ、胚芽パン、コーンポタージュスープ、ミルクティー。
「おぉっちょっとハンバーグにナイフを入れるだけで、肉汁がジュワッと……」
「それに、チーズフォンデュもとろけていて……早く食べたいっ」
チーズフォンデュセットはとろとろのチーズにフランスパン、色とりどりの温野菜、イベリコ豚、ホタテのマリネ、オニオンスープ、ぶどうジュース。
守護天使2人は食の好みが合うらしくチーズについて語り合っている。
守護天使ライフをエンジョイし始めたエステルを見て和んでいると、ソウルメイトの説明も程々にミンティアがこの学校のシステムについて教えてくれた。
ダーツ魔法学園には幾つかのコースがある。初等部、中等部にあるコースは……。
『勇者コース』
『聖女コース』
『白魔導師コース』
『黒魔道師コース』
『剣士コース』
『武闘家コース』
勇者は16歳の誕生日に冒険の旅に出るのが伝統なので、勇者コースは中等部までで高等部からは賢者や学者、バトル専門家を目指す上級職コースのみになる。他にも、種族ごとの『エルフクラス』などがあるが、人間族のパンフレットには人間族が所属するコースしか載らないため、気にしなかった。
「実は、『聖女』なんてコースあったんだ。パンフレットには載っていなかったような……」
「聖女は特別な職業なので、総合パンフレットには載っていないのです。聖女コース専門の受験を経て、少人数の生徒のみが受講を許されます」
「そんなに狭き門なのか、聖女って」
「ええ、先ほども説明したように聖女は、勇者様とパートナーを組み冒険のサポート役をするんです。私のパートナーはイクト君だと今日聞かされて……イクト君がとても優しい勇者様だとオーラで分かり、嬉しかったですわ」
「オーラ? もしかして、オレにも何かしらのオーラが出ているってこと」
「ええ、人間には皆オーラがあり、特に霊視能力が高い聖女は、人間のオーラを見ることが出来るのです。それからスキルを発動して、不治の病やアレルギーを発症させないようにできます……例えば女アレルギーの治療とか」
「女アレルギーが治療できる……何だって? そんなスキルを持った人間がこの世にいたのか?」
守護天使エステルは、「んー! このチーズフォンデュ美味しすぎですー」とチーズフォンデュを堪能することに集中しすぎていて、ミンティアの言ったことに無反応だ。もしかしたら、いつものようにとぼけているのかもしれないが……。
しかし、聖女のスキル『女アレルギーを発症させない』なんて、そんな便利なチートスキルがあったのか。
前世のオレは、女アレルギーをこじらせたせいで天に召されたというのに。オレは、デミグラスソースハンバーグを食べていたフォークとナイフを、思わず止めてしまった。
ミンティアが、オレの様子を見て真剣な表情で聞いてきた。
「……あの、もしかしたら……と思ったのですが、イクト君は伝説の女アレルギー勇者イクト様の生まれ変わりなのではないでしょうか?」
ミンティアには、オレの前世が女アレルギー勇者だと分かっているようだ。オレが返答に困っていると、ミンティアは話を続けた。
「……私、ずっと自分の前世の夢を見るんです。女アレルギー勇者イクト様のパートナー聖女になるはずだった前世の私……前世の私とパートナーにならなかったばかりに、イクト様は女アレルギーで天に召されてしまった。私がもっと積極的に勇者様にお声をかけることが出来たら、勇者様を死なせずに済んだのにって……」
ミンティアは、前世の自分について後悔している様子。
「あれ? もっと積極的に……って、オレ前世でミンティアと遭遇していたっけ?」
「私の前世は、ハロー神殿の巫女として働いていたようなのです。本当は、ハロー神殿に勇者様がいらした時に積極的に声をおかけして、勇者様の女アレルギー治療役をしなくてはいけなかったのですが……」
「ああ、そういえばエリスが紹介したい巫女がいるって言っていたような……それがミンティアだったのか」
「ええ、神官であるエリスさんには早くメンバーに加わるようにと促されていたのですが。もうその頃には勇者様はハーレムを完全構築されていて、私の入る隙間がなかったんです。私……あの頃は今よりも気が弱くて……。勇気を出して私が声をかけようとした瞬間、勇者様は光に包まれて異世界に帰ってしまって……それっきり」
「ハロー神殿で1度現実世界に強制送還されたことがあったっけ……。あの時に、ミンティアと出会いそびれていたのか」
「ソウルメイトとして、今度こそお役に立ってみせます。2人で頑張って世界を平和にしましょう!」
ミンティアは、聖女特有の美しい顔で微笑んだ。
オレも彼女を見つめて、「こちらこそよろしく!」と、改めて挨拶をした。
胸がドキドキときめいているのを、ミンティアに気づかないようにしながら。