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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第9章 勝負師たちの恩返し
99/150

第8話 好投か? それとも……

 3回の裏の4組の攻撃。寺本が凡退してワンアウトとなってから、3番・大野がヒットで出塁を果たす。ところが4番、5番と連続で打ち取られて無得点。相変わらず球速重視で制球が定まらない長曽我部だが、逆にその制球の悪さがバッターにデッドボールの恐怖を与え、ついでに的を絞らせないいい結果を生んでいる。また、大きくタイミングを外すスローカーブ、ストレートと同じ軌道で突然沈む縦スラといった変化球。それらの働きも大きい。

 両者・相手を意識して投球内容に悪さが垣間見え始めたわけだが、4回の表の3組の攻撃。神部も先頭を切ったわけだが、3番・和田部にヒットを放たれてノーヒットノーランが消滅。ベンチで新本がボコボコにされて半泣きだが、フィールドで戦う選手にとっては気にしている余裕はない。

『4番、ファースト、笠原』

 今日は控え主体のメンバーだが、唯一のレギュラー級がこの4番。1打席目はライトフライに打ち取ったが、余裕のあるアウトであったとは言えないものであった。

『(まだ一発を浴びても1点差。十分にセーフティリードではあるけども、ここでの追加点は点数以上の意味を持つ。せっかく0点で抑え続けているなら、最後まで0点で切り抜けたい)』

 相手に勢いを与えたくはない。

 その一心でサインを出す宮島に、ここまでストレート中心だった神部も快く了承はしてくれる。よほど笠原の並々ならないバッティングセンスを知っているのだろうが、それでも簡単に抑えられる相手じゃない。

「ファール」

 カウント2―2からの高め釣り球をファールボール。あまりストライク・ボールに頓着せず、ボール球でもスイングしている。

『(そういえば、最初の打席も抜けたボール球のストレートをライトフライだったな)』

 笠原の第1打席。カウント2―1からの4球目。抜けた高めのボール球。10人いれば6人は見逃すコース。3人はつい手が出てしまうくらいのコースだったが、笠原はさもストライクゾーンの球かのように、迷いなく弾き返したのである。

 つまり彼の『コースに頓着しない』は、ボール球を振らせることができるのではなく、ボール球を打ってくる。言わば、ストライクゾーンだけではなく、ボール球の扱いもより注意が必要と言う点ではバッテリーとしては苦しい点だ。

「ファール」

 1―2になってから、ボール球を間に挟みながら5球のファール。

『(10球目、か。球数も増えてきたし、そろそろ決めようぜ。神部)』

 宮島はサインを出すが、神部は頷きもせず、一旦、プレートを外した。そして帽子を取って額の汗を袖で拭う。

『(秋季キャンプやオフシーズン。そして春季キャンプ。先発転向に向けてトレーニングを積んできたから、おそらく5回まではいけると思ったけど、さすがに3組相手になると、体力(フィジカル)よりも精神力(メンタル)の方がもたないか?)』

 おそらく今の彼女は、心の疲れが身体に現れているのだろう。とすると、5回まで投げることのできる可能性は格段に下がる。それは疲れでの途中交代ではなく、集中力が切れた果てでのノックアウトで。

「ボール」

 10球目はアウトコースに外れてボール球。

『(まずいな。変に球数が増えると、広川さんに5回待たずして変えられるぞ)』

 広川は1試合90球までと制限を付けている。この制限は5回までならそう簡単に越えられる球数ではない。打ちこまれてアウトがとれない場合は、90球を越える前に投手交代(ノックアウト)となってしまう。ただ無失点でも、よほど粘られたり、ボール球が増えたりすれば90球のラインは越えかねない。

「高川くん。神部さんの現在の球数は?」

「えっと、今ので65球です。今日はややファールやボール球が多めみたいで」

「4回途中で65球。ちょっと多すぎますね」

 何より神部は元負傷者である。その怪我も完治し、身体に負担のかからない投球フォームに変えたそうだが、それでも心配ではある。

「本崎くん。急で悪いですが――」

「監督。本崎、ブルペンなぅ」

「じゃあ高川くん。本崎くんに伝言を。次の回の登板も頭に入れておいてほしいと」

「はい」

 高川は秋原に数取機を渡してブルペンへ。

『(宮島くん。一応、保険はかけさせてもらいますが、彼女を5回まで投げ切らせるという件。信じさせてもらいます)』

 フルカウントから宮島のサインが出る。それに目を疑いながら頷いた神部。セットポジションに入ると、1秒、2秒……と待ち、足を小さく上げた。

『(ランナー走った)』

 左の笠原で死角ができてはいるが、宮島の視野の隅でランナーがスタートを切ったのが見えた。ワンアウトながらカウントは3―2(フルカウント)であり、バッターは巧打力のある笠原。ボール球なら見逃しフォアボール。ストライクならヒッティングのランエンドヒット。

『(低めのストライクっ)』

 笠原は神部の投じた11球目。低めのストライクの球をやや引っ張り意識でスイングに出る。しかしその球はバッター手元で沈んだ。

『(しまっ。スプリットっ)』

「ストライクバッターアウト」

 笠原、空振り三振。さらにキャッチャー手前でショートバウンドした球を、逆シングルで受けた宮島。右バッターボックスあたりまで飛び出してバッターと距離を置き、しゃがんだ神部の頭の上を通すように2塁へと送球。

「アウトっ」

 ランナーの足が遅かったのもあり余裕のアウト。三振ゲッツーでこの場を切り抜ける。

「み、宮島さん。ありがとうございます」

「いや。ランエンドヒットだったし、刺せて当然。今のは三振を取った神部の勲功。三振さえ取ってしまえば、2塁は実質自動アウトだ」

 好プレーを見せてなお、神部の気分を良くしてやろうと鼓舞する調子の宮島である。

『(ほんと、亭主関白ならぬ投手関白ですね。あと1イニング。それを見せてほしいところですが、先にもう一勝負ありますね。見せてもらいましょう)』



 4回の裏。4組の攻撃は6番・横川がセンター前ヒットで出塁。強行策の構えを見せる次打者・富山であったが、荒れ球の長曽我部が腰にデッドボールを与えてこちらも出塁。ノーアウト1・2塁とかなりの荒れようを見せてピンチを背負う。

「神部」

「はい?」

「お前は打たずに打席の隅に立ってろ。当てられるぞ」

「わ、分かりました。けど、追加点のチャンスを見逃すのは痛いですね……」

「そんなこと気にすんな。僕が返す」

 宮島は素振りをしながら打席へ向かう。

『8番、キャッチャー、宮島』

『(ノーアウト1・2塁。まさかこの場面で敬遠はないだろうよ)』

 打者・宮島 対 投手・長曽我部

 前打席での打撃結果およびイニング的に、実質的な1打席勝負である。

 長曽我部はキャッチャー・和田部のサインに首を振り、2つ目のサインに頷きセットポジションへ。

『(コースはインか真ん中狙い。ノーコンの長曽我部(・・・・)なら、終始待っていればいつかはここに来る。それとな、輝義(・・)――』

 ここまで試合中は『長曽我部』と呼んできた宮島が、心の内とはいえ『輝義』と以前の呼び方で呼ぶ。なぜなら今、マウンドにいるのは3組の長曽我部じゃない。

 クイックモーションからその剛腕を振り下ろす。放たれたそのボールは、150キロを超えるインコースストレート。

『(お前は弱小・4組で何を学んだっ? いくら下位打線だろうと、ストレート一本で抑え込めるほど土佐野専は甘かねぇぇぇぇ)』

 ストレート一本で勝負する、入学当初の1年4組・長曽我部相手。2年4組・宮島がバットを振り抜くと、乾いた音がグラウンドに響き渡った。

 きれいな放物線を描いたその打球は、左中間のフェンスに直撃。外野はバックホーム体勢の前進守備を敷いていたため、処理に時間がかかる。その間に足のある横川、富山は一気にホームへ。さらに足の遅い宮島までもが2塁どころか3塁まで到達。

 走者一掃のタイムリースリーベースで2点を追加。

『(今日の神部もストレート主体だったけど、長曽我部以上にはコントロールはあるし、ちょくちょく変化球は投げてるもんな。そこがお前と神部に生まれた結果の差だ。……山県にはほぼストレート一本だったけど)』

 3回0/3を投げて5失点。大炎上に監督・田端はもちろんマウンドへ。

『(まぁ、それもあるけど、元女房役だからな。考えそうなことは良く分かる。どうせ、変化球に首振ってストレート投げたんだろ? あいつ)』

 長曽我部に代わって河嶋がマウンドへ。9番の神部は大きく点差が開いたため、ホームベースから離れて立ち、打ち気を一切見せず見逃し三振。続く三国がライトに犠牲フライを放ち、宮島の生還で1点追加。これで6―0となり、長曽我部の最終成績は3回0/3を6失点。防御率換算で18.0と散々たる成績である。

 一方で、宮島曰くここまで真ん中にボールが集まっている神部。4回、被安打1、無失点、2四死球と好投を続けている。ただ結果的に抑えているに他ならず、コントロールが時折甘いのは問題ではある。

 5番から始まるこの回の攻撃は、先頭の大倉に甘く入ったスライダーをレフト前に運ばれてヒットを許してノーアウト1塁。続く加村の三遊間への打球は、|富山≪ショート≫が逆シングルからの2塁ジャンピングスロー。併殺はならずも、2塁封殺でランナー入れ替わって1アウト1塁に。

『(あぶねぇ。サンキュー、富山。助かった。たしか、明菜が言うには、イニング始めで66球。既に10球くらい投げてるから、降板の目安まであと少しか)』

 この回もここまで打者2人対して11球を投じている。ボール球とファールの多さゆえだが、この試合通じて77球とかなり多目である。さすがの広川も打者との対戦中に目安に達したからと替えはしないが、90球は投球制限ではなく目安。言わば大戦終了時点で88球、89球と90に達していなくても、目安付近として変えられる可能性がある。

『(ひとまず打線は7、8、9。できればダブルプレーを狙っていこう)』

 正直、無駄球を使う余裕はない。さくっとアウトを取ってこの回を終えてしまおうと考える。

 7番、右の酒々井に対し、サインはインコースに切れ込むツーシーム。

「ボール」

 インコースにわずかにボール1つ分外れてワンボール。ボール先行カウントとなってしまう。

『(まずいな。このままじゃ)』

 アウトコース低めにスライダー。左へ右へと振り分けていくサインに、神部もここは頷いた。ストレート押しだった神部も気が変わったのか、ここにきてやや変化球が増えてきている。

『(いや、ここは少し外すぎるか。もう少し内)』

 最初はアウトコースいっぱいに構えていたが、やや内に寄ってミットを構える。そこめがけて投じられた神部のスライダーは、

「まずっ、抜けた」

 ど真ん中に入るスライダー。酒々井はタイミングを合わせてレフト前へと打ち返し、ワンアウト1・2塁とチャンス拡大。

「タイム」

 この流れに危険を感じた宮島はすぐさまタイムを要求し、マウンドへと駆け寄る。

「すまん。神部。ちょっと勝負を急いだ」

「勝負を急いだって、急ぐようなことは……あっ、代打」

 神部がふと相手ベンチのネクストバッターサークルを見ると、ピッチャー・河嶋の打順には、この試合、スタメンを外れている昨年度本塁打王のバーナード。

「それもあるけど……そのさ、ちょっと球数のことで」

「球数? 広川先生って、何球くらい目安なんですか?」

「90くらいらしい」

「そう言われたら私、かなり投げてる気が……でも、宮島さん。それで打たれちゃったら、結局球数かさんじゃいますし、しっかり1人1人を抑えていきましょう?」

「あぁ。悪かった。神部。しっかり頼むな」

「はい」

 このピンチに神部を落ち着かせる気だったが、なんだかんだで自分が落ち着かされた宮島。こういうとこもピッチャー主導じゃいかんなぁ。と、ちょっとしたジョークを心の内で言いながら定位置へ。

 しかしこれで神部も宮島も平常心は取り戻した。

 続く8番・中山にはボール球も有効活用し、5球でショートへのインフィールドフライ。

『(さて、そろそろ目安だろうけど広川さんは……動かない。よし。こいつをラストバッターにしようぜ)』

『(最後の最後。一番面倒なバッターとの勝負、ですね)』

 神部―宮島バッテリー。球数的にも最後となるであろう敵を迎える。

『2年3組、選手の交代です。9番、河嶋に代わりまして、バーナード』

 バーナードが左打席。

『(アッパースイングのバーナードは低め厳禁。高め中心。分かってるよな?)』

『(高めストレート。了解です)』

 頷いた神部はクイックモーションで第一球。

『(あっ)』

『(おまっ)』

 神部の投球はインコース低めへ。

「ストライーク」

 初球は読みが外れたのか、バーナードは見逃しワンストライク。

『(っぶねぇ。いきなりコントロールミスか。気持ちは分かるけど)』

 アッパースイングは高めが有効、低めが厳禁である。ただアッパースイング以外の相手には低めに集めるべしというのが野球の常識。それに慣れたピッチャーには、高めに投げることにわずかながら勇気がいるのである。

『(でも、低めでワンストライクはとれた。偶然にせよ必然にせよ、ストライクはストライクだ。しっかりそれを生かさせもらおう)』

 低めに落とすスプリット。得意球である低めを意識づけさせた状態で、低めの変化球を振らせてやる。いくら低めとは言え、ワンバウンドさせればそうは打てないだろう。もっとも4組・K氏のようにボール球をヒットにしてしまう打者も中にいるが。

「ファール」

 そしてこのバーナード。ヒットにはしないがバットには当ててきた。3塁側スタンドに飛び込むファールボール。

『(よし。じゃああとはここかな? 3球勝負だ)』

 勝負を急いでいるわけじゃない。無駄球を使って、逆に狙いを悟られたくはない。カウント0―2と言う圧倒的投手有利カウントで相手に心理的圧迫を与え、そして短期決戦で考える時間を潰してしまう。

 アウトコース高め。三振を狙ったこのコースでケリを付ける。

『(いきます。宮島さん)』

 小さく上げた足。さらに動作の小さくなったクイックトルネードから、左足を踏み込みラストボール。宮島の構えたミットを信じて投じた一投。

『(低い。少し甘いぞ)』

 低めではないがアウトコース真ん中。要求コースから少しぶれたその投球に対し、バーナードはアッパースイングで一閃。

「あっ、いった」

 レフト方向への一撃に、神部は確信して振り返る。あと1人で責任回数を投げ終えることができた。ひいてはその結果が先発完全転向に繋がるかとも思われたが、最後の最後でしてやられた。

 その高く舞い上がる打球を見送りつつ肩を落とす。と、打球を追っていたレフト・三国が振り返ると手を挙げる。

「えっ? 伸びない?」

 スタンドに入った。そう彼女が思った打球は、フェンス1メートル手前で待ち受けていた三国のグローブの中へ。

「アウト、チェンジ」

「お、抑えた……、抑えた、抑えたぁぁぁ」

 神部にとってはこの学校への入学以来、初めて5イニングを投げ切った瞬間。両手でガッツポーズをし、アッパーカットするような右手ガッツポーズも続く。マウンド上では大興奮の一方、ひとまず仕事に一区切りをつけた宮島は、マスクを外してため息のような深呼吸。

「ふぅ。最後までヒヤヒヤさせやがるぜ。あいつ」

 最終的には5回を被安打3、2四死球で無失点の好投であり、成績だけを見れば先発ピッチャーとしては及第点どころか合格点である。

 神部は内野陣にナイスピッチと歓迎されているが、疲れた宮島は一足先に引き上げる。

「お疲れ様でした。宮島くん。君の目から見て、神部さんはどうでしたか?」

「正直にですか?」

「正直にです」

「古巣・3組との初対戦っていう特殊な状況だったからかもしれないですけど、成績はともかく、内容的には先発させるのは怖いですね」

「たしかにベンチで見ている限りでも、神部さんはやや安定感に欠けていたように思えます。成績こそ神部さんと長曽我部くんで大きく差はでましたが、それほど差はなかったかと」

「その小さな差が大きかったのと運も味方に付けたところはありますけど、仮に次もあのピッチングなら好投できるとは思えないです」

「そうですか……また火曜日にでも、詳しく聞かせてもらっても?」

「はい」

 神部がそろそろ帰ってきたため、内容上、話を終わらせてしまう。そしてマスクやヘルメットを外し、スポーツドリンク片手に一休みしようとしていた宮島のところに、話題を変えた広川がさらに話しかける。

「時に宮島くん。ここで神部さんは交代ですが、宮島くんはどうしますか?」

「出ろと言われたら出ますけど、代えてほしいです。もう胃が悪くなりそうで」

 超個性派投手14人と組んでいたことのある宮島にしては意外な一言である。その宮島が代えてくれと言うのだから、広川も拒否する気はまったく無い。すぐに小村へと6回からキャッチャーをするように指示を出した。


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