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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第9章 勝負師たちの恩返し
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第7話 成長した私の翼

 神部自らのバットで3点を先制した直後、先頭に戻って三国は凡退しスリーアウト。続く3回の表、1年3組の攻撃は下位打線である7番・加村から始まる。

 その加村であるが、1回・2回と無失点の神部の前にサードゴロに打ち取られてワンアウト。順調に先頭を打ち取ってこの回も幸先良好かと思わせるが、打撃のあまり得意ではない8番・中山にしてやられる。

「ボール、フォア」

 少し力んだ神部は、カウント2―2から2球連続でワンバウンドさせる投球。フォアボールで出塁を許してしまう。

 そして2回の裏に続き、宮島にとってはむしろ本業の勝負が行われる。

『9番、ピッチャー、長曽我部』

 攻めるは長曽我部。守るは神部の力を借りる宮島。

 チームとしては次打者・神部が走者一掃打を放って圧勝したが、個人的勝負としては『敬遠』であり勝ち負けつかずといったところ。そしてここでの長曽我部の選択は。

『(さすがに投手(ここ)は送るか?)』

 長曽我部は早くも送りバントの構え。

『(ベストはゲッツー。ただ確率が高い範囲でベストは、フライや三振以上に2塁封殺。どう攻めるかな?)』

 単純に1塁ランナー・中山の足は長曽我部以上に速い。そういう理由でランナーを入れ替えたいところもあるが、もう1つに長曽我部は投手であり無理な走塁ができないこと。言わば足の速さ以上に走塁能力へリミッターがかかること。そしてランナーとして出ていると、攻撃中のキャッチボールができないため、次の4組の攻撃にとってはわずかながら利得があること。この2つが理由としてある。

『(高め。ストレートが定石かな?)』

『(宮島さん。ちょっとそれはどうでしょう?)』

『(え?)』

 首を横に振った神部だが、何を思ったかセットポジションへ。高めストレートに首を振られ、次なるサインは出していない。つまりまだノーサインなわけだが、神部の行動は。

「セーフ」

 1塁へと牽制球。

『(なるほどねぇ……ランナー注意か)』

 神部の警戒しているのはランナー。単独スチールか。バントエンドランやランエンドヒットか。いずれにせよランナーを動かしてくるのではないか。との判断。

『(けどなぁ、神部。お前、横に首振ってセットポジション。なんておかしな行動とったせいで、おそらくは警戒されてるぞ。まぁ、神部が外したいって言うなら外すけどな)』

 アウトコースへのピッチドアウト。

 神部はそのサインに頷くと、初球。

「ボール」

 やや高めに浮いたが、ボールは大きくアウトコースに外した宮島のミットへ。受けた宮島はすぐさま1塁へと牽制。

「セーフ」

『(余裕のセーフか。リードが大きかったのも、偽盗というよりは単なる第2リード。動かす気はないんじゃねぇの?)』

 次なるサインはアウトコースへのストレート。今度はストライクゾーン。しっかり頷いた神部はセットポジション。そこからクイックモーションで2球目。いつものようにしっかり前でリリースした投球。

『(まずいっ)』

 宮島は盗塁に備えて立てていた膝を落としつつ、ミットを地面に付けて捕球体勢に移る。しかし神部の投球はホームベース付近でワンバウンドすると、宮島の右肩をかすめてバックネットへ。

「やべっ」

 さすがの宮島も捕球できずにワイルドピッチ。当然ながら1塁ランナー・中山は2塁へとスタートを切る。急いでバックネットまで拾いに行った宮島は2塁へと偽投。とにかく無駄な3進は阻止する。

「球審」

 ボールを見せると、球審はタイムコール。神部に新しいボールを投げ渡し、宮島は宮島でボールボーイの方へとボールを投げておく。

「悪い、神部。捕れなかった」

「いえいえ、ワイルドピッチです」

「まぁ、気にせず投げて来い。次は止めるから」

 1回も1番・山県に対して暴投を投げている神部。結局、あれ以降も彼女は宮島を信用して思いっきり腕を振っていた。それゆえの今回の暴投でもあるわけだが、今回と前回は状況が違う。前回はランナー無しで実質ノーリスクだったが、今回はランナーの2進を許す結果となった。

『(すまん。神部。そりゃあ神部は自分の責任って言ってくれたし、今のは記録上はワイルドピッチにはなると思う。けど)』

 バントの構えを解いた長曽我部を横目に、次なるサインを出してミットをしっかり構える。

『(大暴投じゃなかった。ミットの届く範囲に投げられたのなら、それは実質的にパスボール。僕の責任だ)』

 投手がどう思っているかなんて関係ない。記録上どうかなんてのも関係ない。

 捕れない球ならともかく、捕ろうと思えば捕れた打球。捕っていればランナーを進めることもなかったし、投手のリズムを崩すこともない。ならばそれは宮島のミスであり、相手に流れを与えかねない痛恨の失敗をしたことになる。

『(頼む。神部。僕のミスを消してくれ)』

 どれだけランナーを出そうと、どこまで進まれようと、ホームベースさえ踏まれなければ点数にならない。それが野球だ。

 2塁ランナーを背負った神部は、さらにその気迫を増す。

「ストライーク」

 ヒッティングに切り替えた長曽我部相手に、アウトローにワンバウンドさせるスライダーで空振りワンストライク。

『(その調子、その調子)』

 カウント2―1とようやくのストライク。また球審にボールの交替を要求し、新しいボールを受け取って投げ渡す。

『(見逃しなら様子見って事も考えられただろうけど、空振りってことはヒッティングに切り替えたと見て間違いない。なら注意すべきは内野の頭を越されること。仮に進塁打になったとしても、ワンアウト2塁からツーアウト3塁なら守備側の大勝利だ)』

 次なるサインも低めの変化球。ただこのサインに不満だったのか、神部はまたも首振り。

『(う~ん。今日の神部にはよく首を振られるなぁ)』

 それだけ自分の投げたい球を厳選してくれている証拠ではあるのだが、長いサイン交換はピッチャーのリズムを崩すため、可能ならば厳選させずに好きな球をなげさせたいところ。

 2度目のサイン。アウトコースのストレートに頷いた神部。セットポジションから宮島の構えたミットめがけて右腕を振り降ろす。

『(まずい。真ん中に入った)』

 アウトコースのストレート。しかしそれがややシュート回転してど真ん中へ。その球を長曽我部はきれいに流し打ち。横川が飛びつくも、打球はそのグラブの先を抜けていく。

 神部に先制の走者一掃を放たれた長曽我部が、今度は自らのバットで神部に仕返しを果たした。ように思えるが、まだそう思うのは早い。

 長曽我部がやや手を抜いて走っているのを見抜いたライト・天川。捕球するなり1塁へと送球。元々、バックホーム体勢&対ピッチャーシフトでやや前進守備を敷いていた外野陣であるうえ、天川は『超』が付く強肩。矢のような送球は大野のファーストミットへ一直線。

「アウトっ」

 間一髪と言わせすらしない余裕のアウト。

 1アウト1・3塁のピンチ拡大となるかと思われたその打球を、わずか数秒のプレーで2アウト3塁と変える。

 神部が「ナイスプレー」とウインクしながら右手を天川(ライト)に向けて突き出すと、横髪を後ろに流すような手つきでカッコつけ。なお、天川は短髪である。

『(ツーアウトランナー3塁でバッターは……)』

 球審がホームベース上の土を払うのを待ち、右手の小指・人差し指を立ててキツネを作りアウトカウント確認。

『1番、ライト、山県』

「約束通り、打たせてもらうからね。友美ちゃん」

 柔らかい口調での宣戦布告。しかしその表情は決して柔らかくなどない。敵意と闘争心に満ちた強い表情。

『(神部。どの球で勝負したい? どうせ3点はお前のバットで取った点だし、あげてもいいぞ。あげないに越したことはないけど)』

 今日の神部はバランスと言ってはいたが、ややストレート好みな感じのした宮島。ためしにインコースへのストレートを要求してみると、一発で頷く。

『(打ち気を生かして、ボールになる変化球で引っ掛けさせたいけど……神部の希望なら仕方ない。さぁ。思い切ってこい)』

 ツーアウトランナー3塁。盗塁・スクイズの類は考えられないため、神部は大きく足を上げ、体をひねったいつものリトルトルネード投法。反動を付けた一投は、構えたコースよりもやや高めに浮いたストレート。打ち気にはやる山県は果敢に初球攻撃を試みるが、

「ファール」

 詰まらされてバックネットへのファールボール。

『(真後ろに飛べばタイミングが合っているとは言うけど、こいつは逆に合ってないな)』

 1組・三村のようにインコースを流せれば話は別だが、インコースは体の前のポイントにて引っ張りタイミングで打つのが基本。今のはバットの根元に当たっており、さらに真後ろにいったということはセンター返しのタイミング。インを捌くには少し遅い。

『(1打席目から、これだけ内を攻めてまだタイミングが合わないか。こいつのバッティングがそうでもないのか。それとも――)』

 この山県。宮島の去年の記憶では、男子に比べると劣るところもあるがとりたてて打撃が悪いタイプであった印象はない。なによりこの試合で1番に抜擢されている点。神部が先発に至ったように、山県も神部先発を見越して1番に抜擢された可能性もあるが、それでも1番に立たせるだけの最低限の力量はあるということ。

『(神部が凄いのか)』

 男子相手に正面からやりあっている時点で分かるが、もう同性では攻略できるレベルではないということか。

「ストライーク」

 インコース攻めから一転。ド真ん中からアウトコース低めに沈むスライダー。これにタイミングが崩された山県は見逃しツーストライク。

『(順調、順調。ラストは、どうする?)』

 インコース低めのスプリット。三振を狙ったその配球も、神部には首を振られる。

『(やっぱ、ランナー3塁で低めに沈めるのは怖いか? だったら高めのストレートで三振を取るか?)』

 なら、もう少し変化球で緩いタイミングに合わせてやりたいところだが。神部にその気はない様子。2球目こそは変化球を用いたものの、ストレートでケリをつけたいようで。

『(神部、お前。直球バカになりつつある気がするな。せっかくいい変化球を持ってるんだから、上手く使えばいいのに)』

 神部の持ち球は、カーブ、スライダー、スプリット、チェンジアップ、ツーシーム。それらを有効に使えばもう少し抑えられそうな気もするが、好きな球を投げさせて気分を良くしてやっているため、あれだけの球質を維持できているというのも一考。

「ボール」

 高めを狙ったストレートは予定よりも高く浮いてボール球。結果としては意味なく外した形となり、次の配球の布石ともしづらい。

『(次はどうするよ? またストレート?)』

『(はい。それでお願いします)』

『(マジかよ。そりゃあ、1点くらいあげてもいいけどさぁ)』

 宮島もここぞと言う時にはキャッチャー主導リードに切り替えることもある。だが、今日に関しては切り替えられない。

『(ここぞって場面だからこそ、神部の意思を貫き通してやりたいっ)』

 高めに外した前球に対し、次は思いっきり低め膝元へのストレート。セットポジションの神部はリトルトルネードから第4球。

『(まずい。またボールが真ん中に入った)』

 甘いコースへのストレート。その絶好球を山県はきれいに弾き返した。

 打球は痛烈なピッチャー返し。神部は条件反射で体は避けながらも、グローブを付けた左手を打球に差し出す。しかしその会心打は、フィールディングは中の上である神部でも捕球はできず。彼女のグローブを弾いてしまう。その勢いよく弾かれた打球は、真正面に弾き返されてホーム手前へ。

「あっ、殺せる」

 と、気付いた宮島。目の前に転がるボールに飛び出して素手で拾うと、迷わず1塁へと的確な送球。ファーストとバッターランナーが重なる心配も無く、危なげなく送球された球はファースト・大野のミットに収まった。

「アウト、チェンジ」

 センター前ヒットが神部の好反射でピッチャー強襲に。そのピッチャー強襲は宮島の好フィールディングでキャッチャーゴロに変わり、この回もなんとか無失点。

「ふぅ。宮島さん、助かりました」

「なぁに。ナイスピッチ。ついでに天川にも感謝しとけよ。ライトゴロ決めたあの肩に」

「はい」

 いつものように、神部と宮島はグローブとミットでハイタッチしてベンチに引き揚げる。

「ナイスピッチです。いい調子ですね」

「いいぞ、ナイスピッチ」

「ナイスピッチ~」

 広川に引き続き、神部に賞賛の声を送る一同。全員、あることを言わないようにしているのだが、新本とかいうアホが余計なことを言ってしまう。

「かんべぇすご~い。ここまでノーヒットノーランだよ~」

「みんな。新本は処刑な」

「「「へい」」」

「にゃっ?」

 塁に出したのはフォアボールで2人。唯一のヒット性である長曽我部のライト前も、天川の対戦車ライフルが潰してライトゴロ。結果としてここまでノーヒットである。

 なお完全試合やノーヒットノーランの類は、ベンチ内で絶対に話題にしてはいけないという暗黙の了解があるのだが、それを新本はしれっと破ったのである。以前、「明日も勝つ」と口走ったこともあるわけで、どうも彼女は余計な事をいいたい性質のようだ。

「ただ、おそらくノーヒットノーランは無理でしたね。新本が言おうと言わまいと」

「その心は?」

 広川の横を通り抜ける瞬間、彼にそう伝えておくと、視線を変えずに聞き返される。

「この回、全体的に球が真ん中に集まり気味なのと、今日の神部はストレート好みみたいです」

「なるほど。長曽我部くんみたいにストレート押しできるほど球威があればいいですが、神部さんのストレートはあくまでも、変化球ありきですからね。リリーフの準備はどう思いますか?」

「約束はできませんけど、責任回数は投げ切らせて見せます」

「分かりました。では5回まで。お願いします」


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