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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第9章 勝負師たちの恩返し
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第6話 来た者VS去った者

 2回の表の神部。先頭の笠原をライトフライに切って取ったあと、5番の大倉をデッドボールで出塁させてしまう。しかし続く6番・加村をピッチャーゴロ。セカンドに転送し、1―6―3の併殺を完成させて無得点に抑えこむ。

「よし、この回もナイスピッチングだ」

「ありがとうございます」

 実はこの試合が開幕戦以来、2週間ぶりとなる宮島とのバッテリー。神部も本当に楽しそうにマウンドで好投を続け、イニング終わりに彼から声を掛けられると嬉々とする。

 その光景に広川は無表情を貫く。

『(かなり調子は良さそうですね。神部さんは去年、先発・ロングリリーフを含め、責任イニングとなる5イニングを投げ切ったことはない。彼女が先発として通用するにはそこの1点がクリアできるかどうか。今日はそれがクリアできそうな調子ですが……)』

 彼は神部から横にいる宮島に視線を移す。

『(この好投。あまり宮島くんの勲功だとは思いたくないですね。もちろんそれならそれで、宮島くんの評価しづらい能力を評価できる実績となるわけですが)』

 主に守備結果は投手力と野手の守備力で計ることができる。まともに打たれるも好守に救われて無失点なら、それは投手力ゆえの無失点とは言えない。逆に三者連続三振で無失点なら、それも守備力ゆえの無失点とも言えない。

 ただ見るだけならともかく、監督という選手やチーム力を計る必要のある立場では、そうした原因の解析も必須となるわけである。そこで評価しづらい分野となってくるのが、キャッチャーのリード力である。ゲームならまだしも、リアルのピッチャーは狙ったところに投げてくるとは限らない。そうした不確定要素のある中でリードはいかに算定したものか。そしてその不確定要素を念頭に入れ、潔く割り切った末に生み出された『ピッチャー主導リード』はどう評価したものか。

『(長久なんかはどう考えているのでしょうか? そのうち聞いてみましょう)』

 広川は考えるのを適当に切り上げて手を叩くと、無失点に盛り上がる選手たちの注目を集める。

「さぁ。せっかく無失点に抑えたんです。4番から始まるこの回。先制点を入れて流れを引き寄せましょう」

「「「はい」」」

 守備が終わればすぐにでも攻撃。時間に追われていない分、攻守交代はダッシュなどテキパキとはしてないが、それでもじっくり休む余裕があるかというとまた別の話である。

 ベンチに戻った宮島はマスクとヘルメットをベンチに置き、ついでにプロテクターも外してしまう。

「あれ? かんちゃん、打席に入る準備?」

「1人出ればネクスト。2人出れば打席。レガースは付けたままにするけど、長曽我部の調子を考えると、十分に回るからな。それに、防具付けたままは暑い」

「たしかにあれは暑いよね……」

 秋原も以前を思い出しながら頬を掻く。

 あれは去年の夏頃だったか。練習後に大汗をかいている宮島を見て、「キャッチャーってどれくらい暑いの?」と聞いてきた秋原。宮島の防具を付けさせてもらったのだが、暑苦しい上に宮島の汗臭かったとか。

「そう考えたらあの子って凄いよね。かんちゃんのお弟子さん。女子でキャッチャーって」

「そりゃあ、同じ野球部の男子と比べても身体能力は高かったし」

「でもその子よりかんちゃんの方が……」

「もちろん高い」

 きっと同じ野球部の男子とやらにとってみれば、宮島は化け物であったことだろう。だてに埼玉ナンバー2とは呼ばれていない。しかしその上にはナンバー1もいるわけで。

「まぁ、なんとかなるだろうよ。4組担任の小牧先生は教員3年目だし、体調管理はしっかりしてくれるだろうしな」

「よく知ってるね。他学年のことなのに。やっぱりお弟子さんは心配?」

「殴るぞ?」

「ごめん、ごめん。はい。ドリンク」

 ややツンっ気を見せる宮島をなだめ、用意しておいたスポーツドリンクを渡す。するとさすがに疲れていた宮島は、ツンっ気を抑えて勢いよく飲み始める。

 ちょうどそのころ始まった2回の裏。2年4組の攻撃。先頭は今季ホームランこそないものの、一発自体はある4番・三満。その三満に対して長曽我部は1回に引き続いてスピード重視の荒々しいピッチング。

 初球、いきなり体に当たりそうな152キロのストレートでワンボール。それでも長曽我部は恐れることなく右腕を振りおろし、その球速は維持されたまま。今度はキャッチャーミットをかすめてバックネットにまで達する。

「大荒れじゃのぉ。もっと力抜いたらえかろうに」

「こんな場面で力を抜けたら苦労しねぇだろ。あいつにとっては古巣との勝負だしな」

 足を組んで堂々としている神城に、宮島はツッコミを1ついれてやる。

 結局、長曽我部は荒れに荒れて、三満に対してストレートのフォアボール。

 これで先頭バッターが先制のランナーとして出塁。早くもチャンスメイクし、5番の天川が右バッターボックスに。

「うわぁ。本当に長曽我部くん、荒れてるね」

「球は速いけど、速いだけなんだよな」

 さらにその直後。ど真ん中に入った150キロオーバーのストレートを、天川がレフト前へ運んでしまう。フォアボール直後のストライクを狙った、果敢な初球攻撃でノーアウト1・2塁の大チャンスを作り出す。

「さて、打席に入る準備をしておこうか」

 ダブルプレーや牽制でランナーが死なない限り、宮島へと打席が回る状況。キャッチャー用レガースは付けたままで、バッティング用手袋とエルボーガードを身に着ける。打撃用レガースは付けられないが、ひとまず手元には置いておく。

「キャッチャーって大変じゃのぉ。レガース付けたり外したり」

「チェンジになった時にラストバッターだったり、ランナーだったりしたら面倒なんだよな。あとは先頭バッターの時も。状況的に審判も待ってくれるけどさ。神城もやる?」

「ええわ。めんどいけぇ。ほら、行きぃや。ネクストで」

 6番の横川はカウント1―0から一二塁間へのゴロ。セカンド酒々井が捕球するも2塁は間に合わず、1塁送球でアウト。ランナーはそれぞれ進塁を果たす。

「みんなさぁ、長曽我部荒れてるんだからもう少し待てばいいのによぉ」

「そりゃあ結果論じゃろぉ。天川みたいにヒットにできもするんじゃけぇ。そんなん言うとったら宮島のリード、ことあるごとにボロ叩きされるで?」

「分かってる。もうそこまで言うな」

 フォースプレーはないと、宮島はレガースを外し始める。

『(頼むぞ。富山。バッティングが下手なのは分かってるけど、先制点をなんとか)』

 期待を胸にネクストバッターサークルで素振りを繰り返す。

 右バッターボックスの富山。内野前進シフトであるため、軽い打球でも抜けてしまう状況である。しかしアウトコース低めのストレートを打ち損じて内野フライ。ピッチャー上空へのフライを、長曽我部に代わって酒々井が捕球し2アウト。

『(富山で1点を取れなかったか。仕方ないな。僕が先制点をたたき出してやる)』

 2アウト2、3塁。一打先制のチャンスで相まみえる。

『8番、キャッチャー、宮島。背番号27』

 長曽我部VS宮島の対決である。

『(さぁて、長曽我部。待ってたぜ)』

 長曽我部に向けて強い視線を向けてバットを構える宮島。

 すると長曽我部は唇を噛みながら初球。

「ボール」

『151㎞/h』

『(やっぱり、コントロールボロボロだな。際どい所ならまだしも、今のはっきり外れる配球に意味なんてないだろうよ)』

 ハッキリ外れるボール球に宮島は、長曽我部のコントロールが去年よりも悪くなっているという推測を確信に変える。

「ボール」

『(しかしこいつ、学習能力がねぇのか? つーか和田部も言ってやれよ。いくらピッチャー主導リードの僕でも、ここまでコントロールボロボロなら言ってやるぞ。リードなんて抑えて初めて意味がある結果論だぞ)』

 相変わらずボールがぶれ続ける。

 いくらどうせ針の穴を通すコントロールなんてない。だったらピッチャーに気持ちよく投げてほしい。という思いを持つ宮島でも、ここまで無視はしない。そもそも貧打の宮島を歩かせる意味は――

「ボール」

『(あっ、あいつ。まさかっ)』

 宮島が気付いた。この3連続ボールはノーコンゆえのものではない。つまり、

「ボール、フォア」

 得点圏打率3割の宮島を歩かせる。

 敬遠である。

『(長曽我部……マジかよ)』

『(悪い、神主。俺、3組の一員なんだ)』

 好敵手との全力勝負を望んだ宮島。

 しかし長曽我部はチームの勝利を選び、宮島との勝負を避けた。

「ふっ」

 期待が裏切られた。だが、同時に期待に応えられた。

『(チームの勝利を第一に考える。エースの心、忘れてねぇじゃねぇか)』

 全力勝負を避ける。

 それが彼なりの全力勝負。

 そして、

『9番、ピッチャー、神部。背番号48』

 バッターは9番の神部。彼女はゆっくりと右バッターボックスへ。その光景に3組一同は首をかしげる。練習で右バッターボックスに入ることはあったが、それでも本来は左バッター。しかし本番である今試合は逆打席。

 彼女は心の内で宣言した。

 元気に成長した自らの翼を見せると。

 先発(エース)を目指した彼女が、その一環として得た、『右打席』と言う名の翼。

 それをここで見せる。

 ランナー満塁であるため、盗塁を気にしなくてもいい場面。長曽我部はワインドアップモーションから神部に向けて一投。

「ボール」

『154㎞/h』

 アウトコースに外れるボール球。振りかけた神部のバットが止まる。

 間に合わなかったわけじゃない。これは、

『(見えてる)』

 和田部はボール球にバットを止めた(・・・)神部を見る。

 ピッチャーである彼女にとっては本職ではないバッティング。しかし彼女の目には154キロにもなるストレートが見えている。別にこの学校では珍しいことではないが、思いのほか宮島の敬遠は愚策だったのでは? との気の迷いも浮かぶ。

「ストライーク」

 アウトコースのストレートに空振り。ただバットがボールの2つ上を通っただけで、タイミング自体はジャスト。振り遅れてはいない。

 ストレート1本での勝負は危険と見た和田部。迷いなくスローカーブのサイン。長曽我部の持ち球はスローカーブの縦スラだが、縦スラはランナーが3塁にいる場面で使うにはリスクが高すぎる。

 平行カウント1―1からの3球目。抜いて投げたスローカーブはアウトコースへ。長宗我部の速い球に張っていた神部は、タイミングを外されながらバットに当てる。打球は1塁側スタンドに飛び込むファールボール。

 これで追い込まれるも、メリハリのある緩急に対して柔軟なバッティングを見せる。これでバッテリーも攻めにくくはなるが、神部有利とは一概には言えない。

 150キロオーバーのストレートか。かなりの球速差があるスローカーブか。

 先ほどは対応できたからいいが、次も対応できるとは限らない。それもスローカーブに対応できるかではなく、ストレートに対応できるか。頭ではどう思っていようと、意識の底ではスローカーブを意識せざるをえない。その深層心理がコンマ何秒といった世界での繊細作業(バッティング)に影響を与える可能性もある。

『(ツーストライク……)』

「すみません。タイム」

「タイム」

 ストレートかスローカーブかという二択。そして追い込まれたことで、後がないという緊張感。それに耐え切れず、タイムを掛けて打席を外す。とりあえずいずれにせよ、当てさえすれば三振は回避できる。バットを短く持とうと左手の位置を変えた――ところで止める。

 3塁ランナー・三満。2塁ランナー・天川。1塁ランナー・宮島。

 宮島は敬遠ではあるが、なんにせよ彼らが自分のために先制点を挙げようとして、必死で回してくれたこの打席。三振しない。そんな小さいことを気にする場じゃない。

『(私は9番バッター。本職はピッチャーであり、投げるのが仕事……でも)』

 バットを長く持ち直して打席に足を踏み入れる。

『(私だって1人のバッターです)』

 三振をしてもいい。そんなことより点を挙げることだけを考える。

 できるのはとにかく思い切ってバットを振るだけ。

「プレイ」

 プレイ再開宣告。予めサイン交換を済ませていた長曽我部が振りかぶる。

『(私だけ、足でまといになんかに――)』

 長曽我部の全力投球はインコースへのストレート。相変わらず速い球だが、一心不乱にバットを振り下ろす。

『(なりたく、ないっ)』

 真芯にボールが当たる。

 その瞬間に感触はない。しかし直後、乾いた木の音と同時に、気持ちのいい感触が手に伝わってくる。

「いった」

「うそっ?」

 打ち返したボールはレフトへ一直線。その打球を見ながら、神部はきれいなバット投げをして1塁へスタート。投げた長曽我部も驚愕の顔で振り返る。

『(入るな、切れろっ)』

 ポール際の打球。レフトが間に合わないと分かっているからこそ、長曽我部にはファールになると望むしかない。

『(届け。届け)』

 彼女はその際どい打球を走りながら見続ける。

「いけぇぇぇぇぇぇ」

 彼女の叫びがグラウンドに響き渡る。

 攻め手・守り手。双方からの願いを受けた打球は、

「フェア、フェア」

 フェンス直撃。あと30センチ高ければグランドスラムの会心打。

 スタートを切っていた三満は、神部の投げ捨てたバットを拾いながら悠々先制のホームイン。3塁コーチ・桜田は左腕を高速回転させて2塁ランナー・天川に本塁突入指示。さらにその後ろには、2塁を回った1塁ランナー・宮島。

 桜田・宮島共に打球を確認。みるとフェンスに直撃した打球は不規則に跳ね返り、レフトが処理に戸惑っている。

『『(いけるっ)』』

「GO」

『(当然っ)』

 桜田のGOサイン。天川に続いて宮島も3塁を蹴った。その間に打球はついにレフト・加村に処理され、深くまで追ったショート・中山へ中継。その中山は2塁に神部が滑り込むのを視界の隅に捉えつつ、宮島を刺そうとバックホーム。

『(邪魔すんな、和田部。ぶっ飛ばすぞっ)』

 ホームを塞ぐようにブロックする和田部。本来はホームの一角を空けなければならないのだが、よほど必死なのか空けていない。つまり、

『(タックルされても文句ねぇよなぁぁぁぁ)』

 宮島はホームを塞いだ相手キャッチャー・和田部に強行突入。スライディングではそのブロックを崩せないと見るやいなや、タックルでそのブロックを崩しにかかる。

 2人が激突。

 体重に速度を得た宮島は和田部を突き飛ばし、勢いそのままにホームベースをタッチ。ボールは体勢を崩した2人の元に遅れてくると、誰も捕るものがいないため後ろに逸れる。しかしホームバックアップに長曽我部が回っていたため、神部は3塁には行けない。

「セーフ、セーフ」

 球審の腕が開く。

「っしゃああああ」

 2塁ベース上で神部が右腕を突き上げる。

 ツーアウト満塁から、神部の走者一掃タイムリーツーベースで3点を先制である。

 湧き上がる4組選手陣の中、タックルした張本人ながら、和田部が身体を起こすのに宮島が手を貸す。

「球審。ぶっちゃけ、今のって守備妨害? 走塁妨害」

「ブロックが早い。走塁妨害。だけど……」

 宮島の問いに答えながらも、球審は帽子の上から頭を抑える。

「だからってあまり過激なプレーはやめてよ。判定するこっちの身にもなれって。走塁妨害はちゃんと取るから」

「走塁線塞いでんだからぶっ飛ばすしかないだろ。そもそも、走塁妨害、取ってくれねぇじゃん。この前なんてウチの神城がさぁ――」

「はいはい。俺はちゃんと取るから早くベンチに戻って」

「じゃあ今のって、ホーム踏んだからセーフ?」

「走塁妨害でセーフ。だから帰れ。しつこい」

 あまりやりすぎると、むしゃくしゃした彼に退場宣告されかねない。ひとまず言質は取っておき、ついでに悪気のない上っ面だけの謝罪も和田部にしておき、三満・天川らと共にベンチに引き揚げる。


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