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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第9章 勝負師たちの恩返し
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第5話 思い深き1回の攻守

『1回の表。2年3組の攻撃は、1番、ライト、山県。背番号6』

 本日の3組の先頭バッターは、今となっては3組唯一となってしまった女子選手。

 神部にとっては最も仲の良かったクラスメイトである。

 同じ女子野球科生であるため、2人で組んで練習する時はだいたい彼女と。何よりこの学校に来て最初に話したのも彼女とであり、最初の友達でもあり、それどころか親友。いきなりそれほどの大親友との対決である。

『(神部。容赦は無用)』

 バランス良く。不満ならしっかり首を振る。そう神部から指示を受けた宮島は、ひとまず自分の考えるベストサインを送る。

『(イ、インコース低め。ストレート)』

 思い切ったインコース攻め。神部が頷くと、宮島は思った以上にインコースへ寄ってミットを開いて構える。

『(そう、インコース低め。それも本気で当てる気でな)』

 こちらが本気であることを告げる、言わば宣戦布告の一球である。

 神部の心臓が高鳴る。しかしその鼓動を抑え込む。

 今ここでできることは、自分の信じた彼のミットをそれでも信じ続ける事。

 投球モーションへ。

「ボール」

 思いっきりの良すぎた投球はバッターの胸元を襲うストレート。あわばデッドボールの投球を、山県はしりもちを突く大きな回避行動をとって避ける。

 プレイボール直後の危険球。

 当てる気で出したサインとはいえ、当てる気はなかった宮島。

 火曜日。監督室まで一緒に行ってやった弱気な女子学生。

 今日。相手バッターの胸元をえぐる球を投げる強気な女子投手。

 2人の相反する神部にやや驚きを感じつつも、さも予定通りかのようにボールを投げ返す。

『(さぁ。宣戦布告は済んだ。ここからは抑え込みにいくぞ)』

 なおサインはインコースへのストレート。しかし神部の頷いた直後、構えるミットは初球よりやや真ん中寄り。

「ストライーク」

『122㎞/h』

 インコース高めストレート。浮いた高めのボール球に、山県は釣られて空振りワンストライク。

『(ふ~ん。初球に胸元行ったのに、2球目にはもう顔付近を振ってきたか。こいつ、神部に負けず劣らず肝っ玉が据わってるな。なら――)』

 アウトコースへ逃げる変化球のサイン。

『(その積極的な打撃スタイルを生かす。ボール球で三振を狙うぞ)』

 外へと逃げるスライダーのサイン。不満なら首を振るとは言ったものの、いざサインが出れば不満はでない。むしろまるで頭の中を読まれているかのように、満足のいく球種のサインが出される。

「ボール、ツー」

 ストライクゾーンから外れていく変化球が理想だったが、神部であれどそこまでの制球力はない。はっきり外れた変化球は、名手・宮島でも捕球できないワイルドピッチ。ランナーがいなかったのが幸いである。

「それくらいでOKだぞ。多少の暴投は捕るようにするから、思いっきり腕を振ってけ」

 宮島は球審から新しいボールを受け取って神部へ返球。受けた彼女は、左足を踏み出す位置にスパイクで軽く穴を掘る。

 宮島から言わせてもらえば暴投の1つや2つは構わない。それよりも暴投を恐れてベストピッチングができない方が遥かに問題はある。暴投はせいぜい最悪でも1、2点を失ったくらいで済む。だが委縮してベストピッチングができないと、それ以上の大型失点につながる可能性があるからだ。

『(そもそも、暴投は僕が止めればいいしな)』

 スリーボールにはしたくない。だが、甘い球を放ることはできない。

『(真ん中から内側に曲げようか)』

 インコースへのツーシームでツーストライクを取る算段だ。

 これなら痛打されない。裏をかけば見逃してくれるとの算段である。

「ストライク、ツー」

『(ナイピッチ。追い込んだっ)』

 厳しいコースのストライク。今のは手が出ない。

「球審。因みに今のはいっぱい?」

「あと横に半分くらい」

「ありがと」

 ついでにストライクゾーンの広さも聞いておく。主観としてはかなりギリギリいっぱいだったが、球審曰くまだボール半個分イン側に余裕があるとの事。今日の球審のストライクゾーンはやや広めのもよう。

『(じゃあ、ラストは低めに変化球(スプリット)を沈めようか)』

 神部のテンポを上げるために、とにかく三振が欲しい宮島(キャッチャー)。しかし神部本人(ピッチャー)はそうとは限らないようで、今日初めて首を横に振る。

『(おや? スプリットじゃなくて?)』

『(すみません。そっちじゃないです)』

『(あ、悪い。こっちか)』

 カーブのサインも断られてようやく気付く。出したサインはストレート。

『(わがまま言ってごめんなさい)』

 神部はストレートでの三振が欲しいようである。

『(神部のストレートで三振を取るなら……ここか。アウトコースだと遅れ気味のタイミングでもライト方向に持っていかれかねないしな。けど――)』

 インコース高めにミットを構える。

『(3球目の変化球以外は全部インコース。慣れている分、危険ではあるか)』

 神部が投球モーションに入るなり中腰でインハイにミットを構える。平行カウントからの5球目は、

「ストライク、バッターアウト」

 1組の三村ならインコースを遅めのタイミングで捉えてセンター~ライトに運ぶ芸当を見せただろう。しかしそんなもの誰でもできるわけじゃない。山県はインハイのストレートに対応できず、そのバットは空を切った。

 神部は元チームメイトから三振を奪ったその右腕でガッツポーズ。

「はぁ。やっぱり凄いなぁ。友美ちゃんは。手も足もでなかった」

「そりゃあ、あいつも遊んでるわけじゃないからな」

 バットを持ち替えて感嘆を漏らす山県。

「友美ちゃん、まだ投げるなら伝えておいて」

「KOされない限り責任回数(5イニング)は投げるけど……何を?」

「次は打つ。って」

「伝えとく」

 快く宮島が伝言を引き受けると、山県はマウンド上の神部を少しだけ目で捉えてからベンチへと戻っていく。

『(ひとまず先頭は切った。あと14人。軽快に切っていこうか)』

 チームに対する宣戦布告代わりに先頭・山県を空振り三振。さらに2番、太田。

「しまっ――」

 甘く入った球を狙われた。打球は彼女の足元を抜けて二遊間を襲う打球。

 と、セカンド・横川が逆シングルキャッチ。ここから体勢を整えての送球が難しいと判断した彼は、ジャンプしながら1塁へと送球。ワンバウンドでの緩い送球は、限界いっぱいまで左腕を伸ばした大野のミットへ。

「アウトっ」

「ふぅ、横川さん。ありがとうございます」

 大野からの返球を受けながらお礼を言うと、好守を見せた彼は無言のサムズアップで答える。

 さらに続くは3番のキャッチャー・和田部。神部も何度かバッテリーを組んだことのある、言わば昔の相方。だが手加減はしない。いや、だからこそ手加減はしない。

 2―1からの3球目。インコースのストレートで和田部のバットをへし折り、キャッチャー後方の小ファールフライ。急いで振り返って打球を追いかける宮島は球審の足に引っかかってつまずき体勢を崩すも、無理やり踏ん張って寸前で頭から飛び込む。

「和田部」

 ノーバウンドで捕球したボールを、ピッチャーに渡しておけとバッターの和田部に向けてトス。

「アウト、チェンジ」

 初回の神部は3組打線を3者凡退に抑える。2度のファンプレーが飛び出す形にこそなったが、少なくとも危なげないピッチング。十分に順調な立ち上がり。及第点どころか『優』といったあたりか。

「神部、ナイスピッチ」

「ありがとうございます。ナイスキャッチです」

 初回にして砂まみれの宮島。彼女に礼を言われるが、ここは照れ4割、本音6割の返答。

「なぁに。ピッチャーが頑張ってんなら、それを支えてやるのが女房役の仕事だしな。それと伝言。山県か。あいつが、『次は打つ』と」

「山県さんが……」

 そんな明確な敵意を向けられたのがややショックだったのか。やや口調が弱くなる神部だが、彼女の肩を宮島がミットで叩く。

「もう親友だと思わない方がいいかもな。今日からは、共に競い合い高め合う『好敵手』(ライバル)だ」

「はい」

「さて、ここからは旧・4組の戦いだ」

 宮島は自身が去ったグラウンドへ振り返る。

 相手のベンチからグラウンドから出てくる先発ピッチャー。彼は見慣れた4組のユニフォームではなく、3組のユニフォームに身を包んでいる。

『(2年3組・長曽我部輝義。僕らがお前の剛速球を打ち砕いてやる)』



 投球練習の間はやや肩慣らし&足場確認の緩い投球。そして、

『1回の裏、2年4組の攻撃は、1番、レフト、三国』

 神城のセンター転向&それにともなう小崎のライト転向でポジションを追われた、去年の2番バッター・三国が先頭バッター。野手の少なかった入学直後は4番を張っており、一発がある。タイプとしては2組の3番バッター・村上のような選手か。

「プレイ」

 試合再開。

 サインを交換した長曽我部はワインドアップからの初球。

「ボール」

『155㎞/h』

 大きく外れるもいきなり155キロをマークする。

「は、速い。宮島さん。長曽我部さんって、あんなに速かったんですか?」

「お前がそれを言うか?」

 16歳の男子で155キロを投げる長曽我部もずば抜けているが、16歳の女子で124キロを投げる神部も十分に規格外である。

「正直に言うとあいつ、非公式なら去年でもうMAX154は出してる」

「去年で154?」

「でもコントロールがめちゃくちゃ悪くなるから、試合ではコントロール重視。MAXは151だし、スピードレンジで言えば140台中後半くらいになるように抑えてはいた。去年まではな」

 宮島は確信を得る。

「あいつ、リミッター外したな?」

 コントロールを無視した球速重視に転向したのであろう。それならばあの規格外の球速にも納得がいく。

「じゃあ、長曽我部さんも今年からついに本気を?」

「まぁ、球速的にはな。だがな――」

 快音が響く。

 今まで宮島と話していた神部がハッと試合に目を向ける。

 甘く入った153キロを捉えた三国は、ボールをライト前に運んだ。

「力だけで抑え込めるほど土佐野球専門学校は甘くない」

 少しくらい速くても、速さだけでは打ちこまれる。

 それが入学時点で140オーバーを出しながら、長曽我部が他クラスに打ち込まれていた理由である。あくまでも球速は武器の1つでしかなく、武器なんて結局は使い方次第。どんなによく切れる刀でも、中遠距離射撃戦ではまったく意味を成さないように。

 ノーアウト1塁。いきなりの先制のチャンスから、2番の俊足・寺本はセーフティバントを敢行。長宗我部の強肩によって1塁で殺されるが、この間にランナー・三国は2塁へ。結果としては送りバントが成功してチャンス拡大。

「意表を突いたと思ったんですけど……」

「僕も意表を突いていたとは思う。けど、今のは長曽我部が一枚上手だったな。コントロールミスかもしれないけど」

 寺本がバントしたのは高めのストレート。それによって打球はややライナー性になり、1塁送球が間に合った。

『(所詮、リードなんて結果論。今のだって和田部の予想通りだろうが、長曽我部のコントロールミスだろうが、要はナイスリードだ。だが、いくらなんでもあんなノーコンはやべぇぞ)』

 ひとまずここまで対1、2組戦は先発として結果を残しているだろうが、長曽我部を良く知る4組打線を抑え込めるのか。それが彼の今の投球スタイルの真価を問うこととなるだろう。

 さらに先発出場中の代打の神様・大野。3―0からの4球目をセンター方向に弾き返す。これで三国が帰って1点――と、思いきや、

 ショートの中山が飛びついてキャッチ。ついでに空いた右手で近くにあった2塁ベースを叩く。

「アウトっ」

 2塁審判はショート中山を指さし、続いて三国の飛び出した2塁ベースも指さしアウトコール。

「マジかよ。運悪いな」

「長曽我部さんも三者凡退。投手戦になりそうですね」

「馬鹿言え。お前の調子と長曽我部の調子は、同じ三者凡退でも段違いだ」

 神部は確かに2度のファインプレーが飛び出したが、実力で抑え込んだ感がある。対する長曽我部はショート・中山のファインプレーや運で抑え込んだ感が否めない。

「神部はまだ捉まってない。でも長曽我部はもう捉まってる。結果が出るのは時間の、いやイニングの問題だ。さぁ、神部。行こうか。2回の守備だ」

「はい」


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