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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第9章 勝負師たちの恩返し
93/150

第2話 予告先発バッテリー

阪神タイガース 快勝!! (8/28)

負ける気せぇへん地元やし!!

明日も勝って、Vやねん!! タイガース!!

 結局、何の手出しもできないまま練習は終了。この時間ともなるとさすがにみんな散り散りになり始め、神城と新本はバスケ部の活動に。立川は今日発売のアニメのオープニングCDを買うと、自転車にまたがり市街地へ。一部、まだ練習すると言っている人もいるが、基本的にはここからは休憩である。

「さてと、僕はどうしようかな?」

 ロッカールームで制服に着替えた宮島。いちいち持って帰るにはかさばるキャッチャー用具は、球場の鍵付きロッカーに預け、最低限の道具やユニフォームを入れたカバンを肩から掛ける。

「みんな、お疲れ~」

「「「お疲れ~」」」「「「お疲れ様~」」」

 定番のあいさつをしておきロッカールームの外へ。

「ちょっと夕食には早いし、先に風呂でも入るかなぁ?」

 などと口に出しながら考えていると、見知った、もとい聞き知った声を掛けられる。

「かんちゃ~ん。お疲れ様~」

「おぅ、明菜もお疲れ。どうした? 球場に何か用?」

 秋原である。マネージメント科である彼女は野球科補佐もするが、マネージメント科としての授業や勉強もあるわけで、いつでも野球科生について回っているわけではない。そんな彼女がここにいると言う事は、何かしら用があるのだろうと推測。

「う~んと、新本さんと神部さんの肩のアイシングに来たんだけど~」

 と、特徴的なもったいぶるような言い方から、後ろにいた神部を指さす。

「珍しく神部さんが、かんちゃんに話があるって」

「神部が僕に? つっても珍しくないだろ」

「厳密に言うと、宮島キャプテンに話があるって」

「それは珍しい」

 今までいろんな話を聞いてきた。他クラスの時から投球を受けてくれ、スランプ克服に付き合ってくれ。このクラスに来てからも引き続きいろんな話をしてきたわけだが、いずれも宮島捕手、つまり宮島自身を相手にしていた。しかし今回は宮島ではなく『キャプテン』に話があるとの事。

「神部。長くなる?」

「その……少し長くなるかも、です」

「明菜。用が無かったら僕の部屋の風呂入れといて」

「は~い。お任せあれ。じゃあ、私は先に帰るね」

 宮島がカバンから鍵を出し、下投げで放り投げると右手でキャッチ。キーホルダーに指を入れ、回しながらその場を後にする。

「で、話って?」

「えっと――」

「っと、ここじゃまずいか? ミーティングルームに行こうか」

「あ、はい」

 迷いなくしゃべろうとしたことからして聞かれてまずい話ではなさそうだが、さりとてこうした人の通る場所で話すのはいかがなものか。おそらくはこの時間だと誰も使っていないだろうと予想して、宮島は神部を引き連れてミーティングルームへと来てみる。

 すると中は予想通り真っ暗。彼女と一緒に中へ入ると、一角だけ電気を付けてその灯りの下の椅子に腰かける。

「で、話って何?」

 先に座った宮島に続き、彼女も彼の隣の椅子に座る。

「その……」

 どうも言いにくそうにしている。目が泳ぎ気味で、手足も落ち着きがない。

 もし聞き手が神城なら「なんなん? はよしぃ?」ときつめに聞こえる柔らかい広島弁で言っていた事だろうが、宮島はピッチャーと言う自由な生物を扱う職業上、非常に辛抱強い。正しくはここにきて辛抱強くなった。

 それでも何も考えずにただ待ち続けられるほど大人ではない。

 俯き話しにくそうにする制服姿の神部を見つつ、

『(本当にさらしを巻いてないと胸デカいよなぁ。明菜とどっちがでかいんだろ?)』

 と、スケベな事を考えていたり、

『(ていうか、これでいて神部って結構可愛いんだよなぁ。普通の高校に行って、普通の女子やってたら、恋愛好景気なんだろうなぁ)』

 と、やはりそっち系のことを考えたり。バレンタインデーの時は反恋愛を掲げたものの、結局は年頃の男子である。

「はぁ、ふぅ」

 大きく息を吸い込み呼吸を整える。その様子に『(そろそろか?)』と聞く準備を整える。

「実は……」

「実は?」

「次の試合、3組とですよね?」

「たしかにそうだな」

 4組の学内リーグ戦は去年と同じく、1組 → 2組 → 3組 → 1組を土日に2試合ずつでのローテーション。雨天中止でずれたりすることもあるが、今年の試合はまだそうした中止はなく、順番通りなら次の土日は3組戦のはずである。

「3組、私の古巣なんです」

「知ってる。輝義――長曽我部とのトレード移籍だろ。ウチのメンバーもあいつと対決できるってウキウキしてるし。中にはあいつをぶっ潰す。なんて敵意むき出しの奴も」

「そう……ですか」

『(あ、やべっ。禁句だったか?)』

 神部の反応を見るに、ちょっと余計なことを言いすぎた予感。表情には出さずとも内心動揺していたが、神部は少し詰まっただけで話し続ける。

「その、私、3組の人たち。去年までのチームメイトだったみんなに、恩返ししたいなって思ってまして」

「なるほどねぇ」

 なんとなく意味を察する。

 恩返し。額面通り考えれば今までお世話になった分、試合に勝たせてあげるという八百長だが、ここは額面通りに受け取る場面じゃない。その本質は、前のクラスメイトたちと本気で勝負すること。その全力勝負でもって恩返しとする。ということ。

 世間的に見れば恩を仇で返す行為。しかし勝負に生きる者にとってみれば、移籍先でも頑張っていることを伝える究極の恩返し。彼女は勝負師として恩返しがしたいのである。

「で、僕にどうしろと?」

「3組戦に先発したいんです。先発として、成長した姿を見せたいんです」

「僕に言うなよ。オーダー決める権限があるのは監督だし、キャプテンでも口出しすらできないぞ。広川さんに直談判しろよ」

 あいにくキャプテンと言ってもチームのまとめ役程度の立ち位置。扇の要たるキャッチャーであるため、グラウンドでは守備の権限もある程度譲渡はされているが、言い換えればグラウンドから離れてしまえば権限などまったくないのである。

「直接言おうとは思ったんですけど……その、心細くて」

 この1人で監督に相談をするのが心細いと言っている少女が、マウンド上では瞳孔ガン開きでパワフルピッチングをしている女子最強投手とのことである。宮島も彼女に会ったのがこれで初めてなら、にわかに信じがたいことであっただろう。

「心細いって、お前もやっぱ女子なのな」

「うぅぅ、酷いです。真剣なんですよぉ?」

 立場的に言い返せない神部は、悔しそうにもやや弱った目で彼を睨みつける。そんな防御力激減状態でか弱い女の子っぽい態度が宮島を煽るわけだが、ここは彼も真面目に受け答えるべき場所。

「だったら一緒に監督室の前まで行ってやるから、広川さんには直接言えよ」

 つくづく世話焼きな性分である。

 諦めて立ちあがった宮島は、彼女を待たずに歩いて行き部屋の電気を消す。さすがに練習後で疲れており、さっさと風呂に入りたいところ。ここまで話を聞いただけでもなかなかにじれったく思っており、できれば早く帰りたかったのである。

 そうして部屋を出ようとした彼の袖を彼女がさりげなく掴む。それほど心細いのである。宮島もその手を振り払いはせず、気付かない様子を装いながら監督室前まで。距離はそれほどない。せいぜい10メートルくらいか。

 宮島が無言で指さすと、ゆっくり彼女がドアに近づく。しかしそれでも距離は2メートル強ほどあり、ノックするには少し遠い距離。彼が彼女の背中を物理的にも精神的にも押してやると、意を決した彼女はやや強めにノック。

「はい。どうぞ」

「失礼します」

 宮島は廊下の壁に腕組みしてもたれかかると、彼女に「頑張れよ」と無言の目線を向けておく。

 そうして彼女が入って扉が閉まると、中の音はほぼ聞こえなくなった。かすかには聞こえるのだが、具体的な内容はまったく分からないほどである。

 暇を持て余した宮島。有名なJポップを脳内再生しながら待っていると、ふとドアが開いて神部が顔をのぞかせる。

「あのぉ、宮島さん」

「終わった?」

「いえ、宮島さんも……」

「はい?」

 なぜ神部の先発依頼の件で自身も呼ばれなければならないのか。まったく理由が分からないわけだが、監督たる広川が言うのだから拒否する理由もない。

「失礼します」

 中に入ってみると、広川が真剣なまなざしでこちらを見ていた。

「広川さん。僕が呼ばれた理由はなんでしょう?」

 広川が何かを言う前。宮島が先手を打って問いかける。すると、

「実は神部さんから先ほど依頼があったのです。内容は……知っていますね」

「先発登板依頼、ですね」

「はい。そしてそれに付随するものとして、宮島くんとのバッテリーも同時に」

「神部ぇ……」

 呆れ口調で隣の彼女を見てみると、どうも恥ずかしがるような態度で俯き視線。そこから彼の様相を伺うように視線を向けるのだから、はっきり見えはしないがやや上目づかい。

「さて。神部さんの先発に関しては拒否するつもりはありません。古巣である3組を相手にして戦う。これはきっと彼女にとっていい経験になるからです。そして宮島くんに問いたいのはここからです」

「宮島くん。神部さんとのバッテリー。どうしますか?」

「僕は監督から組めと言われた人と組むだけです」

「そうですか。ではもう1つ、質問をしましょう」

 広川は仕切り直し、彼へと強い目つきを向ける。

「長曽我部くんと勝負したいですか?」

「て、輝義と?」

「はい。3組戦。それは神部さんが古巣の3組と戦うと同時に、4組は元チームメイトと戦うことになるであろう試合です。現在、3組は対1組戦、2組戦共に、第2カードにて長曽我部くんを先発させています。ですから第2カードでの先発は濃厚でしょう」

 説明して広川はもう一度彼に視線を向けた。

「さて、改めて聞きます。宮島くん。長曽我部くんとの対決。希望しますか?」

「……します。あいつは僕にとって一番の親友でした。でも、敵となった今は一番の好敵手です。そいつと戦いたくない理由はない」

「なるほど……では、ここで2人に通達します。神部さんは土曜日の第1カードはオフとしてベンチを外れ、第2カードに備えて肩を作ってください」

「はい」

「そして宮島くんは両試合ベンチ入り。ただし第1カードはベンチスタートで、試合展開によって終盤からの途中出場。第2カードは先発してもらいます」

「分かりました」

 日曜日。対3組戦第2カード。宮島―神部の先発バッテリーが決定した。

「神部さん。以上です」

「ありがとうございます」

 彼女はお辞儀し、振り返って部屋を後にしようとし、宮島もそれに続こうとした。しかし。

「宮島くん。少し話をいいでしょうか」

「え? はい」

「神部さんは、席を外してください」

「は、はい。では失礼します」

「神部。先に帰っといて」

「はい。それじゃあ宮島さん。また後で」

 部屋を出る前。もう一度律儀にお辞儀した神部は、ドアを開けて外に出ると、閉める前にまた会釈。音をさせないよう静かにドアを閉めた。

「……」

「……」

 神部がいなくなり、広川・宮島だけになった監督室。広川は神部の足音が遠のいていくのを確認し、少し時を置いて話し始めた。

「神部さんのことですが――」

 それを頭に始まった彼の話。きっと神部がいれば何か言ってきそうな内容だが、宮島はそのことをすんなり受け入れる。

「――ということなのです」

「なるほど。分かりました」

「この件。内密にお願いします」

「広川さんの頼みなら。しかし……」

 宮島はその堅苦しく重い空気を、話題を逸らすことで吹き飛ばす。

「開幕戦で1組に勝ったことで今年はいける。って言う気がしたんですが、2週間を終わって3位タイ。昨季後半の追い上げでも自信が付いたんですけど、あまり順位が上がりませんね」

 今の4組についての話題である。

 昨シーズン後半。だいたい4組が初勝利を収めてからだが、そこからは怒涛の快進撃で3位以上を猛追。その時期に限って言えば4クラスでも上位に入る成績を残した。さらには今季開幕戦では昨シーズン優勝の1組を下して好スタートを切った。成績から見れば4組は実力が付いているのだが、あまり順位は良くないのである。

 そこに疑問を持った宮島が広川にさりげなく話題を振ってみると、彼はカバンの中を探り始める。

「この学校はあくまでも『野球教育』が中心ですので、勝敗は考えなくてもいいですよ。ただ一応は宮島くんの疑問を解いておくと、昨シーズン後半戦に関しては他クラスが順位をほぼ確定したことで勝利を度外視し始めた。対して4組は『勝利』が一番の『経験』として勝利を追い続けていた。その結果です。そして」

 広川はカバンから経営管理の本を取り出すと彼に見せつける。

「ランチェスターの法則。ご存じですか?」

「たしかサッカーのチームでありましたよね? それの関係で?」

「それはマンチェスターです。私が言っているのはランチェスター。戦争に関する法則なのですが、経営管理にも置き換えられます。もっとも私も、ここ最近勉強したばかりなので正しい使い方かどうかは分かりませんが……強者と弱者にはそれぞれ戦い方があるのです。強者はその豊富な力や資源を使い、広い戦場に分散して戦争を行うこと。1割の場所で負けても9割の場所で勝てばいい。ということですね」

「どこかで負けても他で勝つと」

「そういうことです。対して弱者は一点突破。戦力を集中し、狭い戦場で強者を撃破する。という戦い方です。さて、では1組と4組に置き換えましょう」

 広川は立ち上がると、近くにあったホワイトボードの前で本からペンに持ち替える。

「豊富な力や資源を持つ、個々で言う資源とは人的資源。言わば選手ですね。それを持ちうる1組は、仮に開幕戦で負けても他で勝てばいい。対して4組はそうして戦力分散した1組の開幕戦を狙い打ち撃破した。しかしそこへ戦力集中した4組はずるずると他で負けてしまっているわけです」

 1組と4組の関係性を描きながら宮島の方へと向き直る。

「4組は1試合集中で1組を倒す実力はありますが、リーグ戦でコンスタントに勝ちを重ねる実力はない。1組は1、2試合負けてしまうかもしれないが、他でコンスタントに勝ちを重ねる」

 言わば重要となるのが2番手の力。4組主力は1組を打ち破る力を持つが、4組控えは1組を破る力を持ちえない。4組は勝とうと思うと特定の試合に力を尽くす必要があり、その結果、他の試合で勝てなくなってしまう。もちろんまったく勝てないわけでもないが、その確率は格段に下がる。

「と言ったところでしょうか」

「てっきり1組の実力に追いついた。と思ったんですけど、まだ勝てないレベルなんですね……」

「努力しているのは4組だけじゃありません。4組の皆が昔の1組に追いついた時には、既に今の1組はその先へ。今の1組に将来追いついた時も、既に将来の1組はさらにその先にいることでしょう。本当の事を言えば1組と4組は、実力的には1組の圧勝です」

「本当にズバッと言いますね。広川さん」

「君に嘘を言っても仕方がないと思ってましたが、違いましたか?」

「できればズバッと本当の事を言ってほしい性格(タイプ)ですね」

 なんだかんだ言いながらも、広川の正直な発言は間違っていなかったということである。

「しかし落ち込むことはないですよ。1組は即戦力、4組は素材型。4組は結果をすぐ出すよりも、何かしらに特化した選手が多い。成長のタイプが違いますからね。元4組の長曽我部くんは学年最速。今は野手ですが前園くんは、制球力以外はかなりのものを持つ投手。逆に友田くんは粗削りながらもその類稀な打撃センスに関して定評がありました。そして宮島くん。キャッチャー主導が一般的な日本では珍しく、評価の分かれる投手主導リード。結果は出せずとも力を持つ選手は多いです。何も即戦力としてプロになる必要はありません。黄金の素材型になったっていいんです」

「小牧先生みたいなこと言いますね。去年の同じころに同じような話を聞いた気がしますよ」

「あれは私が長久に言った事を、長久がそのまま宮島くんに言ったんです。実際に聞いていないので、詳しくは分かりませんがね」

 広川はホワイトボードの字をきれいに消して席へと戻る。

「さて。もう一度言っておくと、土佐野専では勝敗を考えなくても構いません。もし勝敗を考えていれば、あのようなこと(・・・・・・・)は決してしませんよ」

「それもそうですね」

「というわけで、あの件(・・・)

「内密に、ですよね。大丈夫です」

「お願いしますよ」

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