最終話 生徒の成長 学校の成長
あの試合後のひと悶着は大森のおかげで丸く収まったわけだが、暴力未遂と言う件を咎められた鶴見。罰として『土佐野専の敷地内(敷地外のコンビニを除く)から出てはいけない』と言う謹慎処分を課されることに。もっとも本日先発の鶴見にとってはオフ日であったため、ほぼ無罪放免に近い。それを分かっているからこその大森監督の指示だろう。
さて、既に時間は3時。暇を持て余した新・ユニオンフォースwith鶴見は、土佐野専内の喫茶店でおやつタイム。そこで鶴見が事の次第をネタ程度に話してしまう。
「ふ~ん。そんな事があったんだね。まさか温厚な鶴見くんがそんなにキレたなんて」
ちょっとケンカ(?)があったとは噂で聞いていた秋原。その当事者が鶴見と聞いて驚いたもよう。
「いや。僕は少し驚いたくらいだったなぁ。いかにも怒りそうにない人が怒るって言うのは神部で慣れて――」
「宮島さんっ。しー、しー」
右手人差し指を口元に当てて秘密だと主張する神部。
宮島が言わんとしているその神部の秘密とは、去年の夏頃のこと。近所の高校球児に煽られた神部が、瞳孔ガン開き&荒い口調で(野球的な意味で)ケンカを買った話である。
「神部ってキレることあるん? 興味あるのぉ」
その神部によるジェスチャーも遅すぎ。ほぼ言い切った宮島の台詞を神城が拾い上げて膨らませ始める。
「わ、私だって人間です。怒ることくらいあります」
「怒ったらキャラ変わるよな。神部は」
「宮島さんっ」
「話をふくらましたいのか、ふくらましたくないのかどっちだよ」
一応、話はふくらましたくはないらしい。
神部は宮島的に怒ったとは違う『むくれた態度』で、注文していたレアチーズケーキを口に運ぶ。因みに野球科5人は皆それぞれケーキ&ジュースを注文したのだが、秋原はジュースだけ。7キロ増量がよほど気になっているようで。
「ねぇねぇ、とぅるみ~がメジャーに行きたいのって、怪我が怖いからぁ?」
それまでの話の経緯で気になったのであろう新本。レモンケーキで口をいっぱいにしながら聞く。
「メジャーだと1試合で100球を目途に交代。問題って言われてた中4日も、最近だと5日、6日って長くしていくのが検討されてるからね。個人的にはそれが理由。ちょっと昔の怪我の影響で、あまり球数を投げられないから、どんどん投げる日本風は合わないんだよね」
「え? 鶴見くんってまだ腕の怪我は完治してないの?」
「いいや。完治してるよ。ただちょっと精神的な、ね?」
「PTSDかぁ」
手術をした加賀田医師曰く、彼の腕は完治している。しかし球数を投げられないと言うのは、あまりに多くの球を投げていると「また壊れるのではないか」と言う不安に襲われてしまうためである。その彼の『多く』の目安となるのが100球あたりにあるのである。となると、その100球のラインを越えることは珍しくの無い日本の投手起用。彼が合わないと言うのも妥当な話である。
「じゃあ、とぅるみ~って、ぶっちゃけ日本に残る気はないの?」
「ない」
「即答~」
「土佐野専は国内でも変革者の位置づけだからいいけど、正直なところを言えばもう日本のスポーツには付き合い切れない。口を開けば根性、根性。まったくそれがないわけではないだろうけど、選手の体調管理には力を入れているメジャー一本だよ」
日本が根性論へと舵を切りかけたのは、元をたどれば1952年のヘルシンキオリンピック。その大会で日本選手団は惨敗を喫した。スポーツ大会にて国威発揚を図る日本は、選手強化のために勝利至上主義に動き始めた。そしてその花が開き、悪く言えば今後のスポーツ界に問題を起こす結果となったのが、1964年・東京オリンピック。金メダル16枚を獲得し、その結果から『根性論』が国に浸透し始めたのである。さらに元を辿れば日清、日露、第一次・第二次世界大戦と続いた戦時中の教訓や、それら戦後の貧しさへの耐えなどにも行きつくのだろう。
しかしそれらも、近年の豊かさや、医学の発展による根性論の否定などから、根性、根性の風潮も以前に比べて弱まりつつある。だが完全にその風潮が廃れたわけではない以上、その影響を受ける者は少なからずいる。それが今回は鶴見だったのだ。
「そっか」
宮島は彼の意見に納得を示し、反論するようなことはない。彼の過去が日本野球を切り捨てたのだ。そんな過去を知らない自分に、反論する権利などないと思ったのだ。
「じゃあ、鶴見とバッテリーを組むことは100%ないな。僕もさすがにメジャーは行かないだろうし」
「そうだね。そうなると、実際にバッテリーを組んだのは1回だけ、か」
「1回? いつか組んだっけ?」
「覚えてないかな? 入学試験の時。と言っても、僕も健一くんの名前は知らなくて、『投手主導リード』って記憶だけを頼りに気付いたんだけどね」
そんな超個性的リードをするキャッチャーの事。鶴見は入学試験で組んだキャッチャーを覚えていたが、宮島はどうも難しい顔。
「悪いけど、あまり覚えてないなぁ。覚えてるのは、手間のかかったコレくらいだし」
唯一覚えている人物。当時はノーアウト満塁のピンチを招いてマウンド上で大泣きし、今はケーキを口に詰め込んでジュースで流し込んでいる新本を指さす。
「ピッチャーが組むのは1人だけど、キャッチャーが組むのは何人もだからね。仕方ないさ」
「しかし、昔に組んでいたか。後にも先にも、この超メジャー級と組むのはあれだけ。それも覚えてないとはなぁ」
「あの時の僕は地味だったからね」
現・2年3組監督の田端元投手が鶴見受験生の素質を見抜き、現2年1組監督の大森元捕手が、その説明を受けて素質に納得。その過程を経て即戦力クラスたる1年1組に入った鶴見だが、4月後期はまだしも、入学時点の彼は投手よりも野手の方がいいのでは? と言うレベルの地味投手であった。
「これも怪我の不安もなく、ノビノビと野球ができるようになったのが大きいかな」
「ノビノビしすぎじゃろぉ。なんぼ上手ぉなんっとんな」
「まったくだね。ただ本当に思うのは、この学校に来てよかったよ。それだけは間違いないさ」
平日、夜。多くの生徒が夕食を終え、風呂に入るなり、友人と寝る前に遊ぶなり、各々自分の時間を過ごしているであろう頃合い。もちろん夜勤の教職員や警備員以外も業務は終了しているはずである。
が、広川はその自らの時間を割いてまで図書館にいた。
趣味ではなく仕事の一環。それも残業と言うわけではなく、自主的な調べものであった。
元プロ野球選手である広川が読んでいる本は、野球の教則本でもなければ、過去のデータでもない。はたまたスポーツ医学でもなければ、野球統計に関するものでもない。
ここ1、2ヶ月と、暇さえあれば読んでいる経営管理の本であった。
宮島に話した、監督としての人的管理。それもある。しかしむしろそれはサブ的なものであった。それよりも欲していた知識がある。
『(なんとか、土佐野専が軌道に乗る方法を……)』
土佐野球専門学校。その学校の経営管理に関する知識である。
そんなこと、営業や総務、経理など事務の人間に任せておけばいい。それどころかこの学校にはスポーツ経営科と言う、大学の経済学部クラスの授業が行われる学科もある。そこの教員は、有名大学の経済学部卒、元一流企業幹部やエリート営業マン、さらには経営学修士(MBA)取得者だっている。わざわざ今まで野球しかやってこなかった広川がやらずとも、彼らならばきっと広川以上の意見をひねり出すだろう。
だが、それでも彼は黙ってはいたくなかった。
薄学だからこそ見えるものがあるのではないか。野球科教員だから言えることがあるのではないか。そして、実際は事務員や経営科教員も気付いている、『必殺の切り札』があるのではないか。それをとにかく探していた。
すると手に取ったある本の中。中ほどのページで手が止まる。
『(変革における利害関係者、ですか)』
何やら興味深そうな内容である。さらに読み進めようとしたが、そんな彼へと声が掛けられる。
「あのぉ、すみません。そろそろ閉館なんですが……」
マネージメント科所属の図書委員である。
「あ、こちらこそすみません。この本、貸出手続きするので、もう少しだけお待ちを」
机の上に置いていたカバンを肩から掛けてカウンターへ。教職員証を使って自動貸出手続きを済ませると、自分に声をかけてきた図書委員に会釈して図書館の外へ。
『(さ~て、何かいい方法が見つかるといいですけど)』
これにて第8話は終了です
一応、しばらくしてからオマケ(複雑怪奇な珍プレー・解説)
を投稿しようかと思っていますが、
本文としてはひとまず区切りですね
<次回予告>
4組・神部VS3組打線/3組・長曽我部VS4組打線
2人の移籍者が古巣に恩返しの登板です




