第8話 代打攻勢
複雑怪奇な珍プレーで1点を返した2年4組。
この1点差から離されたくないため、ここで新戦力を投入。
『7回の裏。2年4組、選手の交代です。ピッチャー、藤山に代わりまして、神部。背番号48』
3組勝利の方程式・神部友美 学内リーグ戦にて4組として初陣
まだ真新しい4組の帽子にユニフォーム。まるで1年生のようなまっさらな気持ちで、マウンド上で深呼吸。吸い込む空気はもちろんのこと、3組時代と変わらないはず。しかしまったく違うように感じる。
自らの背中を守ってくれる守備陣。その顔は去年とまったく違う者。彼らを、そして自分を率いる指揮官も違う。そして、
「神部。投球練習、しっかり足場確認な」
受けてくれるキャッチャーも今までとは違う。
投げたい球を好きに投げさせてくれる。多少の暴投ならば捕ってしまう。
弱肩で、フィールディング自体はいいわけではなく、バッティングも悪く鈍足。選手としては頼りない事この上ないが、投げやすさと言う面では他のキャッチャーと一線を画す。
セットポジションの構えを取る神部。ここまでは去年と変わらない。しかし、左足を上げるなり体を小さくひねるリトルトルネード投法。そこから体の柔軟性を生かし、球の出所の見えにくい投球フォームからリリース。
ボールは右バッター視点でアウトコース低めへ。コントロールこそぶれたものの、今まで以上にスピードの乗ったストレートがミットに突き刺さる。
その後も2球、3球と投げていくが、普段と比べると制球が定まらない。ただ球質自体はいいようであり、制球も『普段と比べて』であって、言うなれば友田+αと言ったところ。及第点である。
既定の投球数を終えた宮島。2塁送球の練習の後にマウンドへ。
「神部」
「はい」
「今日の気分は?」
「気分、ですか? 上々です」
「あぁ……そういうことじゃなくてだなぁ」
よくよく考えれば、試合において神部―宮島バッテリーは初。春季キャンプ中にあった練習試合では、いずれも神部―小村のバッテリーであった。
「僕、投手主導リードなの知ってるよな」
「はい、知ってます」
「ストレートの気分とか、変化球の気分とか。何を投げたくないとか。配球の希望って話なんだけど。何かある?」
「す、すみません」
「いいから。何か要望は?」
宮島としても初々しいことこの上ない。この学校に入ってすぐの時も、投手陣は投手主導リードなんて体験したことがなかった。ゆえにこうしたやり取りも日常茶飯事だったのである。
「特に何を投げたいって言うのはないんで、バランス良く」
「OK。不満があったら容赦なく首振れよ」
「はい」
さらしを巻いた事でつつましくなった彼女の胸。そこを「頑張れよ」と言う意味を込めてミットで叩く。よほど感触がなかったのか、彼は特に気付いて焦ることも無くホームへと駆けていく。
そして叩かれた彼女もその鼓舞で気持ちが軽くなった。緊張することなんてない。自分から離れていく背番号27。彼を追ってわざわざ最下位クラスまで来た。その自分の判断が誤りなわけないと強く思い信じる。
この回の先頭バッター、5番の板島が左バッターボックスへ。宮島もその場にしゃがみ、神部もプレートに足を掛ける。
「プレイ」
準備は整った。球審が正面を指さしプレイ再開宣告。
神部にとっては夢にまで見た宮島とのバッテリーが実現する。
『(初めては慣れないかもしれないけど、上手く適応してくれよ。無理なら僕がリードしてもいいしな)』
せめて初球くらいは何を投げたいか聞きたかった宮島。ただ彼は彼女の思考を自分なりに推測。
『(ストレート。低めに思いっきり、来い)』
『(はい。了解です)』
元気に頷きセットポジションへ。
左足を上げ、小さく体をひねる。こうすると胴体にボールは隠れるが、体に負担はない。
上げた左足を前に踏み込み、ひねったその反動を開放。しかしまだその右手は、ボールは体に隠れている。男子には真似できない、女子だからこその柔軟性。だからこそできる、出どころの見えない投球フォーム。女子の才能を生かした投球は、
『(ここだ。神部)』
今、彼女の右手から放たれた。
「ストライーク」
『124㎞/h』
「ひゃ、ひゃく、124⁉」
ベンチにいた秋原も目を丸くしてベンチから身を乗り出す。
女子プロ野球の公式最高球速は125キロ。神部が出したその球速は、女子プロ最速にわずか1キロと迫る快速球。それもまだ彼女は弱冠16歳の、普通であれば高校2年生になったばかり。
男子に鶴見なら、女子に神部あり
男女の両天才がこの試合でそのベールを脱いだ。
『(いい調子だぞ。神部)』
引き続き宮島がサインを送り、それに頷く。
「去年の120オーバーで凄いとは思ってたけど、まさか124なんて……」
「実質的な日本最速、だろう」
ベンチ裏から出てきた高川が、投球モーションに入ろうとする彼女を見つめる。
「球の出所が見えにくいフォーム。かなりバッター寄りのリリースポイント。そして何より――」
「ファール」
インコースからストライクゾーンに食い込むフロントドア・ツーシーム。板島は詰まらせながらファールにする。
「優れたコントロールと変化球。速球派の124ではなく、様々な技術を持ち合わせた本格派の124キロ。フォームやリリーポイントの技術を駆使し、緩急を付けることで、その体感球速は悠々と女子最速を越える……と、思う」
やや最後の最後で説得力を台無しにするワードを付けてしまったが、高川の賞賛する神部。カウント0―2からスプリットを投球。宮島のキャッチングを信じ、低めいっぱいを思い切って突いた投球は完全にバッターの体勢を崩し、思い通りのバッティングはさせない。辛うじてバットに当てられたものの、打球はショート・前園の真正面。難なく処理してワンアウト。
「野球は本当に馬鹿げていますね」
その光景に広川もつい口を開く。しかもその内容は野球をバカにするようなものだった。
「160キロ。打って投げての二刀流。無敗のエース。どれも数年前ならマンガのような出来事。いえ、マンガですらやれば馬鹿にされるような話です。ですが、いずれも日本プロ野球でやってのけた人物がいる。創作に現実が追いつく。それを体現したような話です」
彼もベンチから身を乗り出し試合に集中する。
「彼女ならやってくれるかもしれません。男子社会で女子が奮闘する。そんな創作でしかありえない妄想を、いつか私たちの目の前で現実に」
快刀乱麻・神部友美。7番の竹中に配球を読まれるも、ボールのキレで押し切りセカンド真正面のゴロ。さらに8番・小松には少々粘られるも、変化球にしこたま目を慣れさせた挙句、高めのストレートで振り遅れの空振り三振。
「っしゃあ」
男子世界に不釣り合いな甲高い声で雄叫びを上げつつマウンドを降りる。
「よし神部、ナイスピッチ」
マウンドから3塁側ベンチを結んだ動線上。ファールラインを越えたあたりで宮島が待ち受ける。彼がミットを目の前に突き出しているところを、
「宮島さんこそ、ナイスリードです」
グローブでハイタッチ。
初めての宮島とのバッテリー。結局は首を振らなかったが、「容赦なく首を振れ」と言われていただけに、それでも好きな球を投げさせてもらった思いは強い。そしてその不満の無さから、今まででこれ以上ないほどまでに気持ちよく投げることができた。
「お疲れ様でした。ナイスピッチングでしたよ」
「ありがとうございます。けど、宮島さんのおかげです。それで好投ができました」
「なるほど。じゃあ、今後も彼と組みたいですか?」
「ぜひ」
「そう、ですか……秋原さん。彼女はこのイニングで降板です。アイシングを」
「はい。神部さん。クールダウンのキャッチボールが終わってからアイシングね」
神部は秋原、そしてキャッチボール相手として高川を引き連れてベンチ裏へと引き上げていく。その3人がいなくなったのを確認してから、広川は宮島を呼ぶ。
「宮島くん」
「今回で交代とかですか?」
「打席が回れば代打で引いてもらいますが、回らなければもう1イニングお願いします」
「はい」
宮島が先んじて質問してきたためそれに答え、続いて表情を変えて問いかける。
「で、それとは別の話で神部さんの事なんですが……本当に相性がいいみたいですね」
「あいつ、僕を追って4組に移籍したらしいですし。普段は秋原たちと、ストーカーって言って弄ってますよ。ただ、僕のことを投げやすいって言ってくれますし、投手主導リードの僕からしてみればありがたい限りです」
「そうですか。ありがとうございます」
「嫉妬ですか? 恋でもしましたか?」
「大人をからかうんじゃありません。そもそも私は妻帯者です」
言い過ぎの彼に軽く怒っておくと、その後は腕組みして黙り込む。
『(宮島くんへの大きな信頼。これはいいんですが……心配ですね)』
8回の表、もはや1点差で勝っているだけの1組はセットアッパー・鹿島をマウンドに送る。
その鹿島だが、押せ押せムードの4組を抑え込めない。
先頭バッター、5番の鳥居。カウント1―2から3球連続でファールして粘った7球目。ややアウトコースに外れたボール球を、きれいに流し打ちでライト前に運ぶ。
「さて、ここは寺本くんに任せたいですが、少し早いでしょうか。タイム。審判、代走に富山」
広川は今後の守備の事を考え、代走に俊足堅守の内野手・富山を起用。
『(さぁ、前園くん。君の成長したバッティング、見せてもらいますよ。ただでさえ守備の上手い君です。打撃も良くなれば、プロからの誘いは間違いなしです)』
もちろんバントなんてケチケチしたことしない。強行策一本。
あわよくばこの回で勝負を決めてしまう算段だ。
「ボール」
1塁ランナー富山の足を警戒してか、バッテリーは初球をストレートで外す。
これだけプレッシャーをかけられれば、代走を出した意味があったというもの。
マウンド上の鹿島は2球目を投げる前に執拗に牽制を始める。初球は極力気にしない様はしていたが、投球後の動きを見て気にせずにはいられなくなったのだろう。
その足が精神力をすり減らす中、鹿島の足が上がった。
警戒心の合間を縫って、富山がスタートを切る。
『(走った)』
キャッチャーの竹中はすぐさま送球体勢に。しかし、
『(ストレートっ)』
盗塁警戒でストレート重視にしたのが裏目に出た。その球に張っていた前園が、流し打ちタイミングでヒッティング。打球はセカンドの2塁ベースカバーで口を開けた一二塁間を破っていく。スタートを切っていた富山はそのまま3塁へ。前園は1塁でストップ。
ランエンドヒットが決まった。
2年4組。偶然の奇襲攻撃でノーアウト1・3塁と大きなチャンスを作り出す。
『(ナイスバッティングです。さて、ノーアウト1・3塁。ここで切り札でもいいのですが、まだ追い込まれては無い以上、こちらを切りましょう)』
「タイム。代打、三国」
原井に代わってピンチヒッターに長打のある三国。
「大野くん。次、お願いします」
「はい」
次は宮島の打順だが、ここでネクストバッターサークルには大野が入る。
「まずないと思いますが……宮島くん。気は抜かないように」
「分かってます」
仮にトリプルプレーなんて起きようものなら、宮島は8回の裏の守備がある。そのため九分九厘守備が無いと分かっていても、一厘の事態を考えて気は抜かない。
3塁に富山、1塁に前園を置いて代打の三国が左バッターボックス。ここまで鶴見、宮嶋らに抑え込まれていた4組打線が大爆発の兆しを見せる。
しかし1組だって簡単に逆転を許すわけにはいかない。カウント2―1からの4球目。高めのストレートを打ち上げさせ、ピッチャー上空へのフライ。これをショートの大津が捕球してワンアウト。
『(これでワンアウト1・3塁。ゲッツーでピンチを無得点に抑えこめるようになった。けど、勝利に燃ゆる4組がさせると思いますか?)』
「タイム、代打、大野」
『4組、選手の交代です。8番、宮島に代わりまして、大野。背番号3』
代打の切り札を打席に送って勝負をかける。
「宮島くん。お疲れ様です」
「どうも。じゃあ、小村。後は任せたぜ」
「おぅ。ワイに任せときぃや」
ようやく重労働と緊張から解放された宮島。ネクストバッターサークルに入った小村に声をかけると、プロテクターやレガースを外したのちにクールダウンのためにベンチ裏へ引き上げていく。
「さすがにこの状況、マウンドに行きますか」
竹中はタイムを掛けてマウンドに上がる。大野を歩かせて小村勝負か。しかしそうなると、小村でゲッツーを取らなければ神城との勝負になる。
「さぁて、どういう選択をとるでしょう――」
「きゃあぁぁぁぁぁ」
「ちょっと、かんちゃん。なんで返事も待たずにドア開けようとするの?」
「いや、待て。まだ開けてない。いや、少し開けたけど全然見えないから。完全にセーフ」
ベンチ裏の廊下から音が反響して大声が聞こえてくる。
「セーフじゃなぁぁぁい。今回はセーフだったからいいけど、アウトだったらどうするのぉぉ」
「待て、話せば分かる」
「問答無用っ」
「ぎゃああぁぁ」
「……いったい何をやってるんでしょうか?」
大した問題ではないからわざわざ見には行かないが、少し騒ぎにはなっている様子。
因みに何が起こったかというと……
①宮島がアイシングのために秋原を探して女子ロッカーをノック&返事を聞かずに即開け
②中では神部が上半身裸
③秋原が即座に制したことで、宮島が神部の裸を見ることは回避
④しかし秋原激怒
⑤宮島、落ち着かせようと犬養毅
⑥秋原(柔道経験4年)により投げられる(怪我を考慮して変則型の内股)
やや和むやり取りが裏であったかどうかはさておき、表では試合が問題なく進む。竹中と鹿島の話も終わり、集まっていた内野手が散っていく。
「わ、私は別に宮島さんになら裸くらい見られても……」
「そりゃあ、私も本音を言えばそうだけど……」
「マジで?」
「なんて言うわけないです。アニメじゃないんですから」「って言うと思った? この、スケベ」
「ちょっとお静かに」
「「すみませ~ん」」
さすがにうるさく感じた広川は、廊下に顔を出して騒がしいメンバーを制す。
ようやく静かになり落ち着いてきた頃。止まっていた試合が動き出す。
2塁は空いており敬遠の可能性が無いわけでもないが、サインを出した竹中は座ったままでミットを構える。ここから座ったまま敬遠なんてこともまだ否定できないところ。
「ボール」
初球はボール球。しかしインコースに外した変化球は敬遠としてのボールではなく、勝負しに行ったボール球だ。
打席を一旦外した大野。構えを解いてマウンドの鹿島を見つめ、深呼吸で心を落ち着けてからまた構えなおす。ここでせめて同点に追いついておきたい。そうすればまだ勝利への希望も見えてくるものである。
2球目。
「ファール」
アウトコースストレート。それを打ち損じてバックネットに叩きつけるファールボール。
『(お願いします。せめて、せめて1点を)』
広川が期待に満ちた目を彼へと向ける。
広川だけではない。ベンチのメンバーも、2人のランナーも。
サインを交わし終えての3球目。やや高めのボール球。それを大野はバットの芯で捉えて弾き返す。
打球はピッチャーの足元を襲い二遊間へ。
その打球にバックホームは間に合わないと見た富山はホームに向けて突っ込む。
打球の行く末は――
「「「ぬ~け~たぁぁぁぁ」」」
飛び込んだショート・大津。彼のグラブを弾き、センターへと抜けていく。
「よしっ」
富山は同点のホームをしっかりと踏む。前~中盤に取られた2点を、8回裏にして取り返した。さらに1塁ランナーの前園は、グラブに弾かれ方向の変わった打球、そしてセンターの動きを見て、処理するには時間がかかると判断。2塁を蹴って3塁へ。センターの小松が捕球後、3塁へと好送球を見せるも間に合わない。
代打・大野のタイムリーヒット。1塁の前園も3塁に進み、同点としてなお1アウト1・3塁とチャンスが続く。
「タイム。1塁の代走に寺本。代打に小村」
さらに選手交代。ヒットで出塁した大野に俊足・寺本。そして引いた宮島の代わりの捕手およびピッチャー・神部の代打として小村を打席に送る。
『(なんとか同点に追いつきました。勝ち越しのための1点。どう奪いましょうか?)』
スクイズもないではない。しかし小村のバント技術を考えるに、それよりもヒッティングの方が得点に対する期待は高そうである。そして何より8回の攻撃は9番のピッチャーから。そこに代打が送られるとすると、代打+上位打線と1組強力打撃陣が終盤の相手となるのは想像に容易い。つまり、
『(確実に1点を取るよりも、リスクを賭してでも大量得点を狙いましょう。そのための寺本くんです)』
彼の足ならば外野の間を抜ければ1点。それどころか外野の正面からやや逸れてしまえば、一気に帰ってきかねない。そこに託す。
『(お任せします。ベンチで立っているだけの私にはこれしか言えませんが……期待していますよ)』
小村は広川からのサインを受けると、左手でピッチャーを制し、足場を整えながら思考を巡らせる。
『(1塁に寺本。3塁には前園。どっちも足の速いランナーや。そして次が神城なんやったら、みーやんならセーフティスクイズ敢行もありやろう。守備体系もスクイズ警戒のバックホームシフトって言うよりは、セカンド経由でゲッツー取る体系やしな)』
よく状況を確認しながらバットを構える。
『(けど監督がスクイズでも、スクイズを考えての待てでもない。指示がノーサインってこと。そしてバントの下手なワイを打席に送ったってことは――そういうことやな)』
初球。ファーストストライクを欲して甘く入ったところを小村が振り抜くと、打球はレフトポールわずか左へ叩き込まれる。
『(打って走者を一掃せぇってことやな。要はヒッティング一択や)』
強行策しかここはない。次にストライクが入ればスリーバントとなるツーストライク。それでも広川はなおノーサイン。迷わない。
『(こうなったらワイにできるのは――)』
ピッチャー・鹿島の第2球は低めの投球。ややボールくさい気も否めないが、ゲッツーが欲しいこの場面。自身ならここを投げると予想した待ち球。見逃しはしない。
『(積極的に打っていくだけや――っ‼)』
手元でボールが沈んでいく。
『(まさか、ランナーがいる場面で低めに沈む球っ⁉)』
辛うじてバットに当てるが、打球はショート真正面へと転々。
『(うそやん。みーやん以外に低めに投げさす度胸あるキャッチャーおるんかい)』
小村は今こそキャッチャーだが、昔、キャッチャーが宮島1人体制時代はピッチャー。ランナー3塁で低めワンバウンドを容赦なく投げさせてくる宮島はよく知っているからこそ、その配球に驚きを隠せない。なお、
『(っぶねぇ。打ってくれてよかったぁ。結果オーライ)』
ショートゴロに打ち取れたことで一安心の竹中。早い話がコントロールミスである。
ショート・大津が片手シングルで捕球後、足場を整えている暇はないと判断。体をひねりながら2塁へサイドでジャンピングスロー。いくら俊足の寺本といえど2塁は間に合わず封殺。受けたセカンド・板島は1塁へ転送。しかし打球の勢いが弱く、処理に若干ながら時間がかかったことに救われた。
「セーフ」
1塁は小村が間に合いセーフ。そして、
「ホームイン」
このゲッツー崩れの間に3塁ランナー・前園が生還。
この回、勝利の方程式・鹿島を打ち崩して2点を挙げて大逆転。
「よしっ」
広川は大きくガッツポーズ。生還してきた前園とハイタッチ。その上で神城を送り出す。
「神城くん。真価が問われるのはこれからです。ダメ押しを叩きだしましょう」
「はい」
今日は鶴見の前に2打数0安打だが、鶴見が降りてからは1打数1安打の神城。この打席、果たして鹿島相手にヒットを放つことができるのか――
『(よっゆ~)』
というのは愚問である。アウトコース低めのボール球を華麗にレフト前へと流し打ち。神城は出塁を果たしてツーアウト1・2塁。
『2番、ライト、小崎』
ここで5ツールプレイヤー・小崎が左バッターボックス。
度重なる代打・代走の攻勢に打線が爆発。上位打線も負けてはいられないと、神城に続いて小崎まで好打撃を見せる。ただしヒットを放ったわけではなく、相手が動揺してコントロールが乱れつつあることに気付き、神城ばりの粘りで9球投げさせてのフォアボールを選ぶ。
「よぉし。続きましょう。一気に試合を決めてしまいましょうっ」
「ふげっ」
テンションが上がり出す広川の前で大川がセンターフライで凡退。前の打席はノーアウト1・3塁で犠牲フライにならない浅い飛球だったわけだが、今回は『ツーアウトでなければ』犠牲フライが成立していたであろう大飛球。因みに今はツーアウトである。
「野球あるある~」
「新本さん。悲しくなるので言わないでください。分かってますから」
犠牲フライが欲しい場面でそんなフライが打てないのに、ツーアウトから飛距離十分の大飛球。多くのプロ野球ファンが頭を抱えたことのあるであろうプレーである。
『(ただ、勝利のための最低限は果たしました。一応、あとは抑えるだけです)』




