第7話 複雑怪奇な珍プレー
5回の裏の2年1組の攻撃は、代打の鈴木がセンター前ヒットで出塁。しかし続く斎藤が6―4―3のダブルプレー。さらに2番の大津も打ち取られ、先頭出塁の甲斐なく無得点。
そして反撃を図りたい6回の表、2年4組の攻撃。
『6回の表。2年1組。選手の交代です。ピッチャー、鶴見に代わりまして――』
5回裏の代打によってベンチに引いた鶴見。代わりにマウンドに上がったのは、同じく左腕のリリーバー。
『宮嶋。背番号21』
「へぇ。左の鶴見に続いて、左の『みやじま』かぁ。左継投じゃのぉ」
そのコールに感想を述べる神城に、防具を外して打席に入る準備を整える宮島が指摘。
「神城。あいつは『みやしま』だぞ」
「そうなん? やっぱ、同姓だけあってそこはしっかり覚えとるんじゃのぉ」
「同姓って漢字違うし、あいつは『みやしま』で、僕は『みやじま』な」
「ややこしいのぉ」
「悪かったな」
1学年で野球科だけでも96人、全生徒だと1学年160人が2クラス。さらに教職員を含めるとさらに多くの人間がいる土佐野球専門学校。同姓で名前が被ったり、似たような苗字がいたりするのは珍しいことではない。
例えばまさしく今の宮島と宮嶋。1組外野手の斎藤と、3組投手の斉藤。さらに言えば1組監督と4組中継ぎの大森等々。事務員と4組投手の神部や、3組内野手と4組経営科の酒々井などもいるが、こちらはそれぞれ親戚。何はともあれ、よくあることなのだ。
「原井。ひとまず初ヒットでも打とうぜ」
防具を外し終え、今度はエルボーガードや打撃用プロテクターを付けながら、この回の先頭である原井に野次のような歓声でも送っておく。
グラウンドの方向から歓声が聞こえる。1組ベンチ裏の室内練習場。そこでは降板した鶴見が、マネージメント科生とクールダウンのキャッチボール中だった。
彼はつくづく思いをめぐらす。
小学校時代は一日に何百球も投げるなんてザラなこと。それも毎日のように投げ込んだ。仮に痛みがでようと、それは根性なるもので我慢して投げ続けた。それが自分の実力向上につながると信じて。
しかし元プロの指導者や、恩人たる医師の下で行う今の野球はまったく違う。今日の投げた数は、試合において約60球。軽めの球を放る投球練習やキャッチボールを含めても100球強と言ったところか。そして明日は登板がないどころか、練習すらも休みのオフ日。完全に体を休めろということである。
どうして同じ野球を教える場であるのにこうも違うのか。
指導者や周りの環境によってこうも違うものなのか。
それは以前から薄々意識していた思いなのだが、つい昨日、小学校時代のことを思い出していたことでその意識はさらに強くなる。
『(つくづく、この学校に来てよかったよ)』
6回の表の攻撃は、先頭の原井がショートのグラブを弾く一打で出塁。エラーにも見えるが、捕っても間に合わないとの判断でヒット。鶴見から引き継いだ参考記録の完全試合は早くも途切れる。
『8番、キャッチャー、宮島』
バッターはここで4組投手陣の女房役・宮島。ネクストバッターサークルには、左腕・宮嶋に対抗して右の三満が準備中。彼、そして続く神城に託すためにも、最低限ランナーを進める。可能ならば自らも出塁したい場面。
『(どうしようか。攻撃側目線だと流してランナーを進めるべし。ただ守備側目線にしてみれば、その逆を突いてインが妥当か?)』
守備体系はプルヒッター・宮島に対して引っ張り警戒シフト。むしろこのシフトを有効に生かすには、インを放って引っ張らせるべきだろう。
宮島は思考を張り巡らしながら狙い球を絞る。
『(それとも原井。動くか? 竹中の肩はそこそこいいぞ)』
ゴールデングラブこそ2組の西園寺に譲ったが、肩や送球技術・インサイドワークなど守備能力全体を見れば竹中の方が上。打撃もそこそこにこなす守備偏重型キャッチャーである。
『(ここはお任せします。読み打ちタイプの宮島くんにエンドランはきつそうです)』
グリーンライト&ノーサイン
バッテリーも手早くサインを交わしてミットを構える。
インか、アウトか。
「ストライーク」
初球はアウトコースのストレート。インに張っていた宮島は見逃しワンストライク。
『(これはどういう読みだ? とにかく内側警戒。流し打ち上等ってとこか?)』
ならば次に張るのはアウトコース。宮島は意識を外に傾け、球種はストレートの意識を持っておく。
「ボール」
アウトコースへのシュートが外れてワンボール。
『(やっぱり外側か。原井は……動きそうにない。単独強行策か)』
ランナーがスタート。そのタイミングで宮島がヒッティングに出ればランエンドヒットの完成だが、今日の原井はやや消極的か。ランナーは大事にしたいようで。
『(そろそろ勝負行こうか。アウトコース狙い。抜けたら一気に三塁まで行けよ)』
狙いはアウトコース一本。
その宮島の読みに、相手方の宮嶋―竹中バッテリーの選択は、
『(アウトコース。待ち球っ)』
宮島の読み通り。それも球種までバッチリ。想定していたタイミングで、ライト方向へと弾き返す。
『(よし、抜けろっ)』
ファースト・三村のグローブの先を抜ける打球。それを回り込んでセカンド・板島がシングルハンドでキャッチ。
『(くそっ。捕られた。けどこのタイミングなら進塁打に――)』
最低限の仕事は果たしたと思った宮島だったが、土佐野専はそんなに甘くない。本来ならば高校野球でエースを張っていたであろうフィジカルエリートが、野手に専念してやっているのが土佐野専なのである。
セカンドの板島は体の勢いは殺さず、反時計回転しながら2塁へジャンピングサイドスロー。その送球をショート・大津が2塁ベースを踏みながら捕球。ゲッツー崩しを敢行する原井をジャンプで避け、地面に降りる前に肩だけで1塁へ送球。
「マジかよっ」
「アウトっ」
4―6―3のダブルプレー。ノーアウト1塁。さらに言えばそこから進塁打もほぼ確定と言った打球を飛ばしたにも関わらず、ダブルプレーでチャンスが潰える。
「う~ん。やっちゃったなぁ」
1塁を駆け抜けた後、ヘルメットを外し、天を仰ぎながらベンチへ戻る。
大エースの鶴見も降板した直後。原井も出塁を果たして流れを掴みかけたわけだが、このゲッツーで間違いなく流れは逃してしまった。
「ゲッツーは仕方ないで。僕ら上位がなんとかしちゃるけぇ。失点の方はなんとかせぇよ」
「切り替えていきましょう。まだイニングは6回です」
「かんちゃん。落ち込むのは早いよ」
そんな彼だが、ネクストに入った神城、広川、秋原からは励ましの声。
これから1組は今季の勝利の方程式に入るだろう。しかし諦めるのはまだ早い。
むしろ今年の4組は違うというのを見せつけるいい機会である。
責任イニングを終えて2年1組開幕投手の友田も降板。後を継いだ左腕・藤山も得意の高速スライダーを武器に3番・伊与田を見逃し三振。前打席、友田相手にソロホームランを放った4番・三村も空振り三振。5番・坂谷もセンターフライに抑えて三者凡退。前年度は地味だった藤山だが、秋季キャンプ、オフの自主トレ、春季キャンプを経てレベルアップを果たしている。
『2年1組、選手の交代です。ピッチャー、宮嶋に代わりまして城ヶ崎。背番号54』
7回の表。神城、小崎、大川と左が続く上位打線相手に、1組は左のサイドスローセットアッパー・城ヶ崎を投入。
この打順をしのげば、後は大きな場面が来る予定のない1組。本気で抑え込む算段のようである。
「今日は左相手ばっかりじゃのぉ」
1、2打席目・鶴見、3打席目・城ヶ崎とサウスポーとの対決が続く左打ちの神城は愚痴をこぼしながら打席へ。本人曰く右でも問題なく打てるのだが、足を生かす上では左が圧倒的有利であり、利き腕を引き手にした方が打てるとのこと。
『(たしか城ヶ崎の得意球は外に逃げるスライダー。サイドハンドから外のスライダーって、左バッターには厳しいクロスファイアじゃのぉ)』
4組にも左サイドで得意球スライダーの大森、オーバーだが左で高速スライダーの得意な藤山など、左殺しの投手は多い。そのため彼ら相手の打撃練習で慣れはあるが、やはり1組の投手はレベルが違う。
「ボール」
アウトコースに外れるボール球。プレートの1塁側いっぱいの立ち位置から、さらに1塁寄りのリリースポイントとなるサイドスロー。そこから反対方向のコースに飛び込んでくる球は、角度が付いていて打ちにくい事この上ない。
『(これだとスライダーは打てんじゃろぉ)』
マウンド上の城ヶ崎は2球目。思いっきり伸ばした左サイドから、神城のインコースへチェンジアップを放る。クロスファイアを警戒しているであろう神城相手に、その裏をかいた投球。しかし神城は逆にクロスファイアは捨てていた。
投球はかなり低く、自身に当たるほどではないがインコースにはっきり外れる球。本来ならば打つべきコースではないが、
『(ボール球を打ってはいけないルールなんて――)』
ワンバウンドした球。それを体を開きながら足元で捉える。
『(――ないっ)』
痛烈な打球は一二塁間を破った。
追い込まれてのスライダーを警戒した神城。ボール球だろうが、ワンバウンドだろうが、浅いカウントの内に打てる球は打ってしまう。
「ほぉ、やりますね。あれは神城くんにしかできない芸当ですね。さて、小崎くん。どうせランナー神城くん、バッター小崎くんならゲッツーはないです。手加減無用です。もちろん神城くんも」
『(任せんさい)』
『(了解です)』
『2番、ライト、小崎』
ノーアウトで俊足の神城を1塁にランナーを置いて、こちらも俊足の小崎。
セットポジションの城ヶ崎。左の彼と対面する神城は、露骨に挑発するような巨大リード。さすがに無視することのできずに1塁へと牽制をするが、その大きなリードにも関わらず余裕の帰塁。昨シーズン盗塁王の判断力は伊達ではない。
『(少しでも油断を見せたら、広島らしい機動力野球を見せたるけぇのぉ)』
クイックモーション始動。神城はその瞬間にスタートを切る。
「ボール」
アウトコース高めへとウエスト。キャッチャー・竹中はすぐに神城の動きを確認するが、その時には1塁へと滑り込んでいたところ。ピッチャーを揺さぶるための偽盗である。本当に走らないならばそれでいいが、いちいちそれをされては、ピッチャーもキャッチャーも精神がすり減らされる。
2球目。相変わらずの大きなリードを取る神城に牽制球。しつこい牽制であるが、刺せる気配もなく、神城のリードも変わらず、果たして効果があるのか怪しい所。
クイックモーションでの投球を開始すると、神城は再びの偽盗。
「ボール」
インコースへのストレート。大きく外れてツーボール。
よほど盗塁王・神城のゆさぶりが効いているのか、まったくストライクが入らない。
このままでは同点のランナーすらも出すことになってしまう。その緊張感がバッテリーの間に漂い始める。
これ以上無駄なボール球を投げたくない。サインを交わしての3球目。
今度は牽制を挟まずに投球。もちろん神城は偽盗のスタート。2メートル前後出てからやや戻る。しかし、
『(打ったっ)』
再スタート。やや甘めに入ってしまったストレートを、小崎は引っ張りタイミングで打ち抜いた。痛烈な打球は一二塁間を低いゴロで破る。
偽盗で戻りかけてスタートの遅れた神城だが、彼の足ならば十分すぎる。2塁を蹴ってノンストップで3塁へ。その動きを見たライト・斎藤が3塁に向けて低球道の送球。何もなければ刺せたかもしれないが、それをセカンドの板島が強引にカット。神城は悠々と3塁へと滑り込む。
「あれ? カットしちゃったね」
「そりゃあな。タイミング的には刺せた可能性も無いではないけど、確実には刺せなかった。一方で直に3塁に放らせれば、送球間に小崎までもが2塁に行きかねない。一打同点を防ぐためには妥当な判断だろうな」
空になってしまったドリンクサーバにスポーツドリンクを入れつつ、プレーに疑問を呈した秋原。彼女に宮島が解説を入れる。
「ただ、今のはやっちまったかもな。1塁に小崎、3塁に神城。やろうと思えば小崎を走らせて2・3塁は作れる」
「小崎くんを殺しにいく可能性は?」
「小崎を刺しにいけば、神城がホームスチールを仕掛けると思う。去年もたしか2回か。神城はその形でのホームスチールを決めてるしな」
「1点覚悟なら?」
「それなら否定はできないけど……ここの1点はあげていい1点じゃないと思うけどなぁ」
何せ現在控えている2年4組リリーバー。
左殺しの左サイド・大森に、昨シーズン勝利の方程式、塩原、新本、立川と言った4人。長曽我部の移籍で本崎が先発に回ったのは痛手だが、代わりに元3組勝利の方程式・神部が中継ぎに加わることに。今季は先発を欠いた代わりに中継ぎがかなり充実していると言っていいだろう。つまり『先発投手』での勝負は終わった終盤戦。ここからはリリーバーがモノを言うわけで、1組にとっては厳しい展開となることが予想されるのだ。
『3番、ファースト、大川』
一発のある大川が左バッターボックス。この大川を最後に、打順は佐々木、鳥居、前園と右打者が続く。原井、宮島および9番のピッチャー・藤山には代打もあろうが、小村・天川・大野と右の代打も揃っている。左ピッチャーとしての優位性もここまでだ。
ただノーアウト1・3塁。打者・大川は左対左で不利とはいえ、4組サイドからそれば何かしらの結果は残したい場面だ。
『(せめて1アウト2・3塁。ゲッツー以外で1点が入れば及第点でしょうか)』
3塁ランナーの神城はやや抑え気味だが、小崎はやや大きめリード。その彼を牽制するためにファーストは1塁に付かねばならず、結果として一二塁間は大きく口を開けるシフトに。守りにくいシフト。しかし1塁を空ければ、2塁を簡単に盗まれかねず、それは同点のランナーを得点圏にやることに他ならない。
1点を恐れて2点目の可能性を増やすか。
2点目を恐れて1点の可能性を増やすか。
前門の虎、後門の狼とも言うべき判断の難しいところ。
「ボール」
初球はアウトコース高めに外れるボール球。意図的にウエストしたわけではなく、コントロールミスのすっぽ抜け。3者連続でボール先行スタートと良く言えば慎重に、悪く言えば消極的な配球である。
「ストライーク」
2球目のアウトコースのストレート。大川はそのコースを待っていたようで振りにいったが、変化球に張っていたようで振り遅れて空振り。
神城や小崎と同じく追い込まれる前に勝負を決めたい大川。次のストライクが打者サイドからしては勝負球である。
追い込みたい城ヶ崎の3球目は、
『(うっ)』
切り札をここで使ってきた。外へのスライダー。早いタイミングで気付けた大川は、体勢を崩しながらもバットに当てる。打球は、
「タッチアップ」
「んっ、行ける、かのぉ?」
パワーで持っていた浅いセンターフライ。俊足の神城は一応、3塁ベースに付いてタッチアップの構え。1塁の小崎は落球に備えて一二塁間中ほどでハーフウェイ。
『(神部さんはどう読む?)』
今日の4組方の3塁コーチは、普段の桜田が病欠のため代理で営業部・神部祐太郎元外野手。
『(捕った)』
神城はスタート。1歩2歩は進むが、
「ストップ、ストップ」
『(じゃろぉなぁ)』
すぐに立ち止まる。仮に彼がGOと言っても止まる気だったが、元プロの判断の太鼓判が付けば自信もつくものである。
「因みに、今の、君なら行けたかな?」
「無理じゃろぉなぁ。時に、友美の方の神部と神部さんはどういう関係なん?」
「一応は6親等か7親等くらいだったかなぁ?」
「遠いのぉ」
「そりゃあ、友美も俺をあまり知らなかったくらいだし」
「しかし、親族から2人スポーツエリートのぉ。そういう家系なん?」
「代々勉強家系。その反動で時々プロ級が」
「よぉ分からん家系じゃのぉ」
「失礼な」
楽しく雑談を交わしながら間を持たせる。
「さて、監督からの指示は――」
『(ゴロゴーじゃのぉ)』
神部祐太郎が神城に声掛けしてサインを見させる。それを受けた神城はその指示を受け取り了承。
『4番、レフト、佐々木』
1アウトと変わり、ランナーは依然、3塁に神城、1塁に小崎の俊足コンビ。バッターは主砲の佐々木とかなり恵まれた状況。さらに左の城ヶ崎に対して、ここから右が続く展開。逆に言えばここで1点を取れなければかなり苦しい。
「1点、1点さえ取れば逆転への勢いがつきます。頼みます。主砲の力を見せてください」
広川も強くこの1点を願う。
教育至上主義の土佐野専。しかし開幕大型連敗の1年目に対し、開幕勝利で迎えればきっと皆のいい経験になると判断した広川。現在、ブルペンでは新・リリーバーの神部に、右アンダー塩原とセットアッパーが準備中。勝ちにいく準備は万全。あとは点を奪うのみ。
「ボール」
2球連続のボールでカウント2―0。ゲッツーで無得点チェンジが見えてきたためか、または外のスライダーが使えないためか。やや投球に乱れが見え始める。
『(頼むで。外野の定位置にでもあげてくれたら、この足で帰っちゃるけぇのぉ)』
『(外野を抜けたら、一気に同点のホームを踏んでやるっ)』
ランナーの期待が佐々木に集まる。
3球目。
「ストライーク」
インコース低めに沈むスライダーを空振り。
『(ふ~ん。ランナーが3塁にいて、よう低めに投げられるのぉ。宮島ほどじゃないにせよ、竹中もキャッチングがええんか。それかもしくは、虎穴に入らずんば虎児を得ず。ってとこかのぉ)』
3塁にいる状況。このまま打ってくれなければ、このまま解説をしているしかなくなる。とにかくこの足でホームを踏みたい。強く願う4球目。
高めに浮いたストレートを叩いた佐々木。
その打球はレフトへの大きな飛球に。
「よし」
神城は3塁を踏んで再びタッチアップの構え。
まず抜けるであろう打球。だがこの距離なら3塁ランナーは捕られてからのスタートは遅くない。万が一のタッチアップに備えて3塁に付く。対して1塁ランナー小崎はホームを一気につくべく、万が一は起きないと言う考えの元に勝負に出る。
「ん?」
その時、外野歴の長い神部祐太郎が気付く。
「まずい。バックだっ。打球が失速してる」
大きなジェスチャーでランナーを戻す。
2塁を回った小崎はその指示にすぐさま1塁へ直帰。
祐太郎の読み通り、打球は急にフェンス手前で失速。
「GO」
レフトがフェンス寸前で捕球すると同時に神城はスタート。
『(このタイミングなら間に合――)』
悠々とホームを陥れるかと思われた。
が、神城はその視界に捉えた。
1塁ランナーコーチが2塁を指さしている。
そうである。あの時、
2塁を回った小崎は、(神部祐太郎の)その指示にすぐさま1塁へ『直帰』
つまり2塁を踏み直して戻っていない。
キャッチャー・竹中は2塁を指さしている。
2塁アウトが早いか。それとも神城の生還が早いか。
「ボールセカンっ」
「うわぁぁぁ。やめてぇぇぇぇ」
レフト―ショートと中継され、2塁ベース上のセカンドへ送球が迫る。そこへ猛然と走ってくる小崎。
「1点、とどけぇぇぇ」
そしてホームへ突っ込む神城。
小崎は「滑り込むより走り抜ける方が早い」理論を信じ、2塁ベースを駆け抜ける判断。小崎の足、2塁への送球到達が重なり、その直後に神城がホームベースを踏んだ。
「は、判定は?」
全員の視線が2塁審判に集中する。そんな中、オーバーランした小崎にセカンドがタッチ。
「アウトぉぉ」
2塁審判の手が上がる。
当たり前である。2塁ベースを駆け抜けるなどそうあることではない。
しかしここは事情が違う。
球審が2塁審を指さし確認。
「2塁ベースのアピールはどうなんだ?」
すると2塁審判は2塁ベースを指さしてセーフコール。続いて小崎を指さしてアウトコール。それで頷いた球審は改めて告げる。
「スコアーザラン」
スリーアウト成立。しかし1点は入った。
「えっと、広川さん? どういうことですか?」
守備に行くべき宮島だが、先ほどのプレーが気になり広川に問いかける。
「つまりこういうことです。先のプレーは小崎くんが2塁を踏み忘れていたので、2塁でのアピールが早いか、神城くんの生還が早いかのタイムプレーとなっていたんです。そして小崎くんですが、仮に2塁でセーフになっても1塁でアウトになります」
「1塁、リタッチしてないですもんね」
「はい」
よって小崎がランナーとして生きるためには、2塁を踏み直し、そしてまた1塁に戻る必要があるのだが、そんな時間などまったくない。
「ですから『2塁でのアピールプレーでアウトにならない』に賭けて走り抜けたんです。仮にその後、1塁でのアピールアウト、もしくはタッチアウトになっても、神城くんならその間に生還できますからね。そしてその思惑通りアピールプレーではアウトにならず、そのわずかに稼いだ時間差での神城くんの生還が認められた」
言うなれば先ほどの判定。2塁のアピール成立なら1点は認められず、不成立なら神城生還後のタッチアウトでスリーアウトのため、1点は認められる。と言うタイムプレー。
そこで重要となったのが2塁のアピールは成立か不成立か。
その2塁審判の判定は、小崎の2塁到達が間に合い2塁アピールプレー不成立。小崎はオーバーランでタッチされスリーアウトだが、その前に神城が生還。よって1点が認められた。ということだ。
「小崎くんの好判断と言えば好判断ですね。まさか2塁を走り抜けるとは」
「おぉぉぉ、すげぇぜ。小崎様、マジ神」
「もっとも、2塁を踏んで戻っていればツーアウト1塁だったんですが……」
「こらぁぁ、小崎。反省しろぉぉぉ」
からの宮島の痛烈な変わり身である。
「えっと、広川さん、いったい何が起きたん?」
そしてこちらも状況が呑み込めていない神城が帰ってくる。さすがに説明するのが面倒になった広川は、端的に的を射た一言。
「複雑怪奇な珍プレーで1点です」
そのうちオマケで解説します




