第5話 メジャー級左腕
ついにプロへとつながる2年目のペナントレースが開幕。
第1カードは1組VS4組、2組VS3組の試合。
去年の4組はここから止まるところを知らない連敗を喫し、ついには落ちこぼれのレッテルをも張られた。しかしそれはあくまでも『去年』のこと。『今年』の4組は去年の4組じゃない。
そろそろスターティングラインナップの発表かと思われた頃。それまで神部と去年の4組について話をしていた宮島がふと気付いた。
「あれ? 先生は?」
ベンチ内を見回すと広川の姿はない。
「立川副隊長」
「はっ。何か用件でございますか?」
前列のベンチに座った宮島は後ろを振り向き、そこにいた立川に問いかける。すると彼は胸に右手を当ててやや視線は下気味。まるで主の接する執事のような構え。
「先生見た?」
「球場入りした際にボスの姿は御見受け致した。それとメンバー表交換にも出てはおられたが……」
「いない、か」
トイレかとも考えるが、思い返せば長い間いない気がする。この時間にトイレ以外でベンチ不在なのは珍しい。
「ちょっと探してくるか」
「隊長殿。私も参りましょう」
「じゃあ、トイレでも探しといて。そこ探したら戻ってきていいから」
「はっ。お任せあれ」
魔術師だのなんだと言っていた去年に比べ、またほんのりキャラが変わっている。また何か新しいアニメにはまったのであろう立川は、宮島に向けて軽く頭を下げて指示通りに男子トイレへ。
「さてと、じゃあ、僕も探してくる」
「あ、宮島さん。私も探します」
「いや、いい。なんとなく想像はつく」
一応、立川にはトイレへ探しに行かせたが、宮島自身はだいたいどこにいるか見当がついていた。
ベンチ裏の廊下からしばらくいったあたり。選手ロッカールームや、ミーティングルームのあるあたりのとある一室。
『(やっぱりここか)』
電気が付いていることから予想がついた。
「どうぞ」
ノックしてみると中から広川の声。
「失礼します」
そのドアを開ける。その中には小さな冷蔵庫やテレビなどのちょっとした備品と、ほとんど何もない事務机がひとつ。そして壁に今試合のオーダーが書かれたホワイトボードがあるくらいか。ホーム側のそれはもう少し充実しているのだが、ここはアウェー側の監督室である。
「宮島くんですか? 何かありましたか?」
読んでいた本をその場に置く。動体視力のいい宮島だったが、いったいどのような本だったのか、表紙を読み取ることはできず。
「もうそろそろ試合が始まるんですけど……」
「なるほど。確かにその時間帯ですね」
広川は掛け時計をチェックして頷くと、足元に置いていたカバンにその本をしまう。
「呼んでくれて、ありがとうございます」
広川は電気を消して宮島と共に部屋の外へ。そして扉に鍵を掛ける。
そんな中、特に興味はなかったが、暇だったので聞いてみる。
「何の本を読んでいたんですか?」
「ウチの図書館で借りた本です。経営管理の、いわゆるビジネス書と言うものですね」
「経営? 広川さんは組織経営に興味があるんですか?」
「経営と言うとお金の話かと思うかもしれませんが、野球のチームやクラスだってある種の組織です。となると監督である私は組織経営の知識も必要になるわけです。いわゆる人的管理というものですね」
経営資源と呼ばれるものは『ヒト』『モノ』『カネ』の3つ。ここに近年では『情報』が入り4つとなり、さらに『時間』も重要なのではないかと言われている。広川の言う経営管理とは、その中でも『ヒト』の管理に注目したものである。
「もちろんそれだけではないですけど」
「と、言うと?」
「さて。ちょうどベンチに着きましたし、話はここまでにしましょう」
当たり障りのないところだけざっくり話され、深く聞こうとすると、タイミングも悪く打ち切られてしまった。そもそも雑談であったため、だからといって何か問題があったとか、不審がるような要因になるわけでもないが。
「おぅ、友田。少しサインの打ち合わせでもしようか」
そうして帰ってくると、既にスターティングラインナップの発表が始まっていた頃だった。現在は4組の発表も終わり、1組の発表も下位打線といったあたり。
なお、電光掲示板に表示された先攻の2年4組のオーダーは、
1番 センター 神城
2番 ライト 小崎
3番 ファースト 大川
4番 レフト 佐々木
5番 サード 鳥居
6番 ショート 前園
7番 セカンド 原井
8番 キャッチャー 宮島
9番 ピッチャー 友田
去年と比べて微妙に違うオーダー。
長曽我部が抜けたため、元2番手ローテの友田がエースに。神城がファーストから、足を生かしてセンターに移り、センターの小崎がライトへ。空いたファーストには長打のある大川が入る。
対して本拠地球場で4組を迎え撃つ2年1組。
1番 ライト 斎藤
2番 ショート 大津
3番 レフト 伊与田
4番 ファースト 三村
5番 サード 坂谷
6番 セカンド 板島
7番 キャッチャー 竹中
8番 センター 小松
ベストナイン、ゴールデングラブ獲得者を4人が名を連ねる野手陣。主軸を張るのは、土佐野専最強打者の三村。さらに中堅を担うのは、内野守備巧者・神城に対し、外野守備巧者と呼ばれる小松。扇の要は、ゴールデングラブこそ逃したものの、打てる守備型捕手の竹中。そして忘れてはいけない人がもう1人。
『9番、ピッチャー、鶴見。背番号、14』
土佐野専1年リーグ投手四冠を獲得。昨季オフにはメジャーの合同トレーニングに呼ばれ、さらに成長したとも。曰く春季キャンプ中に行われたプロ2軍との練習試合では、3回を1安打無失点。たかだか16歳にして、2軍とはいえプロ相手にそれだけの成績を残せたのである。アマチュア最強左腕の名は伊達ではない。
「やっぱ、予告先発の通りじゃのぉ。今年も鶴見がエースなんか」
「聞いた話によると、今季は基本的には中継ぎ・抑えに回るらしい。感覚を失わないように月1くらいで先発はするみたいだけど」
ベンチ前で素振りをしながら打席に入る準備を整える神城。宮島は前々に本人から聞いていたことを答えつつ、友田とサインの打ち合わせを続ける。
『1番、センター、神城。背番号6』
1回の表、2年4組の攻撃は神城から。
首位打者VSアメリカ帰りの投手四冠 第1ラウンド
キャッチャーの竹中とサインを交わした鶴見。右足を引きながら胸前で構えていた両手を大きく振り上げる。背筋を伸ばし、腕も伸ばし、両手を遥か頭上まで掲げたワインドアップモーション。左足に体重を乗せ、両手を降りしつつ、引いていた右足を上げる。前に踏み込み思いきった体重移動から左腕を振り出した。
「ストライーク」
『146㎞/h』
アウトコースいっぱいへのストレート。渡米前の公式戦最速は141キロだったが、今の球速表示は146キロ。アメリカでかなりの実力を身に着けたようである。
『(伸びもよぉなったのぉ)』
神城は一旦打席を外して気持ちを整理させる。
『(けど、鶴見の真骨頂は豊富な変化球じゃけぇのぉ。ストレートでこんなに伸びとんじゃけぇ、変化球はどうなっとんかのぉ?)』
宮島なら鶴見の投球練習に付き合わされているかと思い、春季キャンプ中に聞いたこともある。しかし鶴見の帰国以降、投球練習に付き合ったことはないとのこと。2軍との練習試合も、一切の映像データが残っていなかったため、まったくもってのノーデータである。
『(とりあえず、ファールで逃げながら球、見させてもらうかのぉ)』
プロですら苦戦した球をファール打ちするのは簡単ではないが、神城だってプロから注目されるバットコントロールの持ち主。まったく歯が立たないわけではないだろう。
「ボール」
アウトコースへの緩い球が逃げて行き、外れてワンボール。
『(新本直伝のスローカーブ。この緩急は厳しいのぉ)』
球速差40キロ。神城ならファールで逃げもできるが、他の選手にはそれも難しいはずである。なんにせよ、この試合における苦戦は必至である。
平行カウントからの3球目。
「ストライク、ツー」
インハイのストレート。ボールかと思い見逃したが、ストライクを取られて追い込まれる。
『(相変わらずコントロールもええし。そりゃあ、メジャーから注目されるのぉ)』
たしかに球速自体は150も越えないが、140台中盤のストレートや、鋭く曲がる変化球を、際どいコースに放る制球力。そしてピンチにも動じない精神力。それらはどう見ても16歳のそれではない。
カウント1―2と追い込まれた。ここから警戒すべきは鶴見のウィニングショット。
『(鶴見の得意球って言うたら、スライダーとフォーク)』
厳密にはスライダー・フォークの他に、カーブ、スプリット、宮島式縦スライダーなどがあるが、外に逃げる球or沈む球の二択であることには違いない。
鶴見の成長具合と言う手の内を知るために、ここからが神城の本気の勝負。バットはいつも通りの長さに持つが、ファール打ちに意識を集中させる。
背筋を伸ばしたワインドアップモーションからの4球目。左腕から放たれた投球はインコースいっぱい。神城は気持ち振り遅れ気味で3塁方向へのファールにしようとするが、
「くっ」
手元に食い込む変化球。軽く芯を外したつもりが、バットの根元に衝突。弱い部分に大きな負荷のかかったバットは、根元から砕けて2つに割れる。
『(な、何なん。今の球。見たことないで?)』
自分で折れたバットを拾い上げ、回収に来たマネージメント科・冬崎に渡し、自らはベンチに置いてある予備のマイバットを取りに行く。
「宮島。鶴見ってシュートかなんかって投げとったっけ?」
「シュート系って言うと、左のインに食い込む球だろ? ツーシームとカットボールは投球練習で投げてたと思うけど? そうは言っても芯を外して打たせる程度で、三振を取れる球じゃなかったと」
「そんなこたぁなかろう。今の、やろうと思えば三振取れるで?」
「そんなに曲がった?」
「ほんと、宮島は耳がええのぉ」
皮肉気味に独り言をつぶやいたはずが、しっかり拾われてしまう。神城は新しい自分のバットに滑り止めのスプレーを吹きかけ、素振りを何回かしながら打席へと向かう。
『(冗談きついで。あれで芯を外す球なんて言うたら、三振を狙う球はどんなんなんな)』
『(今のカッターを折りながらとはいえ、ファールにするなんてさすが神城くんだね)』
常軌を逸した変化球を見せられた神城。
その常軌を逸した変化球をファールにされた鶴見。
お互いがお互いの技に高いレベルを覚え始める。
因みに鶴見が先ほど放ったボールはカットボール。基本的にカットボールと言うと、変化は利き腕方向に曲がるスライダー・カーブ系統。しかし鶴見はそれを、『メジャーリーガーの変化球特集』なる雑誌の特集を見て取得。その結果、メジャーでは『カットボール』に含まれる、シュート変化のカットボール、通称・リカットボールを取得したのだ。
そして、今まではただ雑誌で見て覚えた球だった。だがしかし。
『(でもやっぱり、もう少し練習が必要かな?)』
今の鶴見のカットボールは、特集を組まれていた本人から教わったまさしく直伝。彼にとってはひとつの切り札である。
『(何投げてくるんな。あんなんまで投げられたら、さすがの僕でもカットできんで?)』
以前、カウントは1―2。ファールを挟んでの5球目。
『(球数が多くなりそうだし――)』
『(来るっ)』
振りかぶり、右足を上げた鶴見。彼の左腕に注目する。
『(この球で決めるっ)』
放たれた一球はアウトコースいっぱいへのボール。せめてファールにすべく神城がバットを出すも、その球はどんどん外へと逃げて行く。
『(しまっ、止まらんっ)』
「ストライクスリー」
外へのスライダー。当てに行った神城だったが、投球は振り出したバットのわずか先。ボールをワンバウンドで前に落とした竹中。神城が振り逃げのスタートを切ったため、すかさず拾って1塁へ送球。神城もダメ元スタートであったため間に合わず。
「アウトっ」
1塁審判のアウトコールをもって三振成立。
一本間の1/3ほど走ったところでアウトになった神城は、バットを手放す暇もなくベンチへと引き上げる。
「しろろんが三振って、とぅるみ~、凄いピッチャーになったね」
「化けもんじゃろぉ。あんなん。さっさとここ辞めて、メジャー行ったらどうなん。そんなにメジャーがええんなら、はよ日本から出てけぇや」
中学以前は自らが地元で有名な野球少年。ここに入ってからはそうでもなくなり、本当に凄い選手を敵に味方に見るようになったが、それでもせいぜい同級生間の誤差。怪物レベルの存在を感じたことはないが、今ここで神城はその存在をはっきりと認識した。
『(強豪校に立ち向かう弱小校って、こんな感じなんじゃろぉなぁ)』
高校野球を知らない彼にとって初めての感覚であった。
その後の2年4組の攻撃。
2番の小崎は2―2の平行カウントから、低めフォークで空振り三振。3番の大川に至ってはストレート・カットボール・スライダーの3球で空振り三振。2年4組上位打線も、3者連続三振で打ち取られてしまう。
「さすがアメリカ帰り。そう簡単じゃねぇよな」
マウンドを降りながら満足そうな笑みを浮かべてくる鶴見に、宮島は敵意識満載の視線を向けてグラウンドに足を踏み出す。
「だったら見せてやるよ。日本の力をなっ」
「鶴見くんも日本生まれ、日本育ちだけどね?」
いつもの秋原によるツッコミは聞こえない。
都合のいい耳である。
さて、立ち上がり超良好の鶴見に対して、4組先発の友田は良好とは言い難い。
1番の斎藤をショートゴロに打ち取り、出だしの良さは見えたが、2番の大津にはピッチャー足元を襲うセンター前ヒットを許す。そして3番の伊与田の打球は一二塁間。横っ飛びで捕球した原井がカバーに入った友田に送球し、セカンドゴロに打ち取ることに成功。ツーアウトとなるが、ランナーは2塁への進塁を許す結果に。
足の速い大津を2塁に置いて、バッターは去年の打点王。
『4番、ファースト、三村。背番号6』
タイトルこそ打点王くらいだが、打率・本塁打は学内2位の成績。
リーディングヒッターと言えば神城、ホームランバッターと言えば3組・バーナードだが、最強打者と言えばこの三村東輝。それほど強力なバッターである。
彼は右打席に入るなり、体の正面で力を抜いてバットを構える。昔の伝説級・プロ野球選手を彷彿とさせる神主打法だ。
『(どうせ1塁は空いてるし、歩かせる前提で勝負しようか)』
5番の坂谷もかなり強力なバッターであるため、歩かせることにも迷いは生じる。しかしこの状況で三村勝負か、それとも1塁を埋めて坂谷勝負かと言えば、間違いなくそこは後者であろう。
宮島は際どいアウトコースのストレートを要求。とにかくストレートを欲して痛打されるのは最もまずい。それをするくらいならフォアボールを出しても構わない。
「ボール」
要求していたコースよりも遥かにアウトコース。大きく外れてワンボール。
『(いい、いい。それでOKだ)』
ボールを返して次なる配球。当てる気でインコースを要求してもいいが、一歩間違えば一発を食らいかねない。ならばアウトコースなのだろうが、ずっとアウトコースに投げていては思いっきり張られる可能性もある。
『(もういっちょう、ストレートを同じコースへ)』
宮島の要求だったが、ここは友田が首振り。
『(じゃあ、シュートでも投げて詰まらせるか? インコース)』
2回目のサインには頷いた。
友田からの了承を得た宮島は、セットポジションと同時にインコース低めいっぱいへと構える。歩かせることも視野に入れている以上、当てても仕方ない。ベストは詰まらせて打ち取ること。
マウンド上の友田。もはやバッター・三村の陰に体半分隠れた宮島へ向け、シュートの回転をかけながらボールをリリース。
『(よし。少し高いけどいいコース。ここからシュートすれば、簡単に長打にはできない)』
もちろん振ってくれればだが、打ち取れることを確信するコース。それに手を出そうとする三村だが、明らかに振り遅れている。
『(よし。インコースに後ろのポイント。これは差し込まれた)』
インは前、アウトは後ろで捉えるのが野球の常識。三村のその打撃は、完全なインを完全に後ろで捉えて差し込まれている。
『(打ち取ったぁぁぁ)』
確信を得るが、そこからだった。
三村は自由足である左足を外側にスライドさせ体を開きつつ、無理なくボールをバットに乗せたまま前まで持っていく。そしてそこから――振り切った。
「うそっ。今のを運ぶかっ」
詰まらせたはずのボールを右中間まで持っていかれた。
このままでは先制点を許してしまう。そう誰もが思ったが、今年のセンターは去年よりも速いセンターである。そしてその以前の俊足センターはライトに。俊足右中間コンビが打球を追う。
「センターぁぁぁぁぁ」
「任せ」
小崎は後逸に備えてバックアップへ。神城は彼を信用して打球へと突っ込む。
ボールが落ちる。その瞬間、地面とボールとの間にグローブが差し込まれた。
「審判」
「アウトぉぉぉぉ」
頭から飛び込んだダイビングキャッチ。
ボールの捕球を近くにいた2塁審にアピールしアウト。
新センターがチームの危機を救った。




