第4話 ラノベのお約束(スポーツエリートの場合)
4月1日。高校や大学などではもうしばらくしてから入学式が行われるようだが、土佐野専はこの日に入学式および1年生始業式が始まる。
さて、晴れの舞台となる入学式であるが、やはりこういう場面にて気を抜いてしまう学生はいるものである。
「うわぁぁ、遅刻~」
しっかり遅刻した野球科女子枠の新入生が全力で走ってくる。その一方、
「ふあぁぁぁ。新本の野郎。何が『今夜は寝かさないよ?』だよ。夜遅くまで人の部屋でゲームしてただけじゃねぇか」
新本のせいで眠れなかった宮島。担任の広川に「寝不足なんで、ちょっと二度寝してから行きます」と正直に話しての計画的遅刻登校。しかし堂々と遅刻するのも気が引けた彼は、急げば間に合いそうなのに気付いてやや早歩き。
そして2人の進路はある十字路で交錯する。
「あっ」
「あ……」
驚く1年女子野球科生と、寝ぼけてやや落ち着き気味の宮島。
2人が衝突――
「っと」←女子とはいえ反射神経抜群のスポーツエリート
「よっ」←寝ぼけているとはいえ反射神経抜群のスポーツエリート
しなかった。お互いに無駄に優れた反射神経を見せ、相手もお約束展開も回避したもよう。
「気を付けろよ~」
「はい。すみませ~ん」
普通の学校では甘酸っぱい学生生活の始まりを告げかねないイベントも、フィジカルエリート集団にかかれば条件反射で回避してしまうもの。
「そうか、もう2年生か。とは言っても、1年生と関わることはないだろうけど」
部活であれば上下関係も激しいだろうが、あいにく土佐野専のチームは学年ごとのクラス。部活ほどの上下関係はないと言える。それは上下関係の意識が付きづらい点で土佐野専の問題点であり、上級生の世話やしごき、イジメなどは起きづらい特徴もある。やはりどんな物事も一長一短なのだ。
「しかしどうせなら教えてあげればよかったかな? こっちの方が近いって」
1年生なら大した土地勘もないだろうし、あのままだと遅刻は必至だろうと思いつつ、自分は最短ルートを突っ切る。
なお、宮島健一。朝会に5分24秒遅刻。
予め広川に連絡していたため大事は無かったが、連絡を受けていなかった神部や秋原らは新年度早々病気かと慌てていたようで。
「かんぬ~、遅刻~」
「悪いな。昨夜、どこぞの誰かが、寝かしてくれなかったせいでな?」
「にゃっ⁉ 連れ込んだの?」
「いや、勝手に押し入ってきた」
「かんべぇぴ~んち。かんぬ~に積極的な彼女が現る~」
「な、なんで私のピンチなんですか?」
「どう考えても新本の流れじゃろぉ」
昨夜寝かせてくれなかったのは新本であり、別に連れ込んだわけではなく、呼び鈴を連打して突入してきたのは間違いない事実であり、それに関しては神城、神部、秋原と全員が理解している。逆に当の本人たる新本にその自覚はないようで。
「しっかし朝から大変だったなぁ」
「どうしたん? パンを加えた美少女とぶつかったん?」
「そうだなぁ。少女には違いないが、曲がり角でぶつかり――」
「隊長。その話を詳しく」
「そうになって避けた」
「面白みに欠ける」
話しの断片を聞いてロケットのように飛んできた立川。ロケットのように去って行った。
「きっと1年生だろうな。あれは」
「そっか。もう2年生なんだよね。私たち」
秋原が感慨深そうに天井を見上げる。
彼女はこう言っているが、もうとっくに2年生である。というのも土佐野専は中学卒業に合わせて入学式は4月1日だが、プロ野球春季キャンプや新人合同自主トレの邪魔にならない様、2年生の卒業式は12月上旬に行われている。そのため新入生は4月1日から1年生ながら、旧・1年生は卒業式の翌月頭、1月1日から新・2年生と、なかなかに不思議なことになっているのである。
「早いなぁ。もう折り返しだよ」
「明菜達は就活とか始まってるの?」
野球科生の就職活動は普段の練習や試合、入団テスト。そして合格発表にあたるのがドラフト会議や、独立リーグ・社会人野球部からの合格通知なのだが、審判養成科、経営科、マネージメント科はもちろん異なる。
「人によってはもう内定が出てるらしいね。中高生は3年生の9月から、大学生は今年から3回生の3月に繰り下げられたらしいけど、ウチ、正式な『学校』じゃないから」
極端な話、1年生の時点で就職活動ができるのだ。とっても都合のいい機関である。
そのデメリットとしては高校卒業の資格がないので、卒業しても学歴は中卒。大学進学には高卒認定を取る必要があるくらいだろうか。
それでも凄い人は凄いようで、高川は既に東証一部上場のIT企業に内定を受けているとか。なお最終学歴は厳密には中卒である。
「そっかぁ。みんな大変だなぁ」
「かんちゃんは堂々としてるけど、プロ指名かからなかったら大変だよ?」
「そうだなぁ。どうしようかな。独立リーグか、社会人か、大学進学か。もしくは鶴見と一緒にアメリカ行こうかな? みんなはどうする?」
もちろんアメリカといってもMLBではなく、独立リーグやマイナーリーグからの挑戦ということである。
「私は女子プロから入団テストの実質免除もらってるんですけど、独立リーグに行くか悩んでます」
「私は女子プロか独立~。でもかんべぇみたいに免除はない……」
「神部は規格外じゃけぇのぉ」
なにせ男子と力勝負できているような規格外女子である。女子同士なら向かうところ敵なしであろう。
「神城はどうするんだ?」
「そうじゃのぉ。ぶっちゃけ、何球団か上位指名を確約してくれたんじゃけど、もしダメじゃったらコネで社会人じゃのぉ」
「コネってどんな?」
「神城商事」
親の七光りである。
「いいなぁ。みんなは行く先がだいたい決まってて。僕、特にコネらしいコネもないし、指名の確約なんてもらってないし」
結局のところ宮島もスカウトからの接触もあり、「興味がある」とは言ってもらえたのだが指名確約とまではいっていない。それも『投手主導リード』と言う一風変わった武器がある一方でその威力が測りにくく、それ以外の能力もキャッチング以外は心もとないという点が影響しているのだろう。
「ま、まだこれからだと思いますよ? プロ野球のニュースを見ていると、どこも正捕手の後釜に悩んでいるみたいですし、球団によっては正捕手らしい正捕手もいないみたいですし」
「だろうけど、心配ではあるなぁ。鶴見みたいに日米を天秤にかけられるのが羨ましい」
「う~んと、練習、付き合いますよ?」
ペナントレース開幕に備えてしっかり体を作った彼は、夕食を取り、さらに入浴後、いつものようにベッドへ寝転がって読書を始めようとする。ついでに静かすぎるのを好まない彼は、これもいつものようにテレビを付けておく。ラジオでもいいのだが、あいにくその読書のお供は数か月前に故障し、修理のかいなく廃棄になられたのである。
今日の帰りに土佐野専附属図書館で借りた本。独立リーグを舞台にした、赤字球団の立て直しと言う経済小説だ。経済・経営には興味がないが野球に釣られて借りてしまうのは、彼が根っからの野球好きだからだろうか。
今日はどこぞで天気が崩れただの、交通渋滞がひどかっただの。そうしたアナウンサーのコメントも、彼にとってはBGMのようなもの。適当に聞き流しながら読書を続ける。そうして時間にして30数分。小説では所属選手の契約更改と言ったところで、ふと耳に残る台詞が飛び込んできた。
『――土佐野専の鶴見投手――』
「?」
驚いた様子でもなく、本は手に寝転がったままでゆっくり顔を向ける。
テレビ画面の映像はもう数か月前になる成田空港。まさしく自分がテレビに出ているが、カメラとは偶然に目が合ったくらいで、とりたてて興味を示していないように見える。当時の自分はとてもカメラが気になったものだが、傍から見ればそうでもなかったようだ。
それから切り替わったのはアメリカ合同自主トレーニングの様子。詳しい投球は映っていないが、遠目からの投球練習の光景。現役メジャーリーガーと雑談をする様子や、大きなステーキに驚いて他の選手に笑われている夕食のシーンなど。とにかく様々な映像が流される。さらにメジャースカウトを名乗る黒人による評価、対して『某日本球団のスカウト』と言う人物のコメントなど。もはや鶴見特集である。
そしてその特集映像はこうして終わる。鶴見誠一郎と言う天才投手は日本球界に行くべきか、アメリカ球界に行くべきか。
映像の後は元プロ選手が「日本で実績を積んでからでも遅くはない」、コメンテーターが「日本球界で見たい」などと意見。鶴見としてはつくづく自分が注目される人間になったのだと実感させられる。もちろんバレンタインデーのチョコでなんとなくは察していたが、テレビでの報道はさらにそれを強くする。
ただそれよりもしみじみと思う事がある。
「天才投手、か……」
本を持っていた手を横に投げだし天井を見上げる。
そしてその脳裏に焼き付き幾度となく思い出す記憶――
始まりは唐突だった。地元・高知では近年の都市への人口集中や少子化で、子供の数が大きく減少。鶴見の通っていた地区も例外ではなかった。
それでも鶴見はクラスメイトの友達と遊び程度のサッカーをして楽しんでいたが、その時は2年生の夏に訪れる。なんでも少年野球の大会があるのだが、大怪我で選手が足りなくなったとのことであった。
数の少ない地方の学校。かれこれ近所からの頼みで、今までやった事のない『野球』をやってみることになったのである。
練習時間は数時間。ルールもあまり知らない中、初めての試合は9番ライト。
だがそんな9番ライトに味方は目を丸くすることになる。
最初こそフライを捕れずに後ろに逸らすも、2回目からは難なく捕球。さらに2回にもわたるライトゴロを決め、打っては1打席目三振も、2打席目は早くもヒットを放つ。走塁が分からずサラッと牽制死したが、その才能の片鱗を見せた。
いい思い出である。もしそこで良く知らない誰かが怪我をしなければ、鶴見はきっとサッカー部に行っていたことに。それならまだしも、サッカー部すらまともに組めない田舎では、文化系の部活に留まっていたかもしれない。それが今となってはメジャーから注目される大投手である。優れた才能は人生を変えた。
だがもしその才能が無ければ、あの苦しみも味わうことはなかっただろう……
言わずもがな野球の天才と言われた鶴見少年。
2年生にしてピッチャーとしての特訓が始まった。昔からプロ野球を見ていたことで、野球は詳しいらしい誰かの父親が、「こうして投げろ」「あぁして投げろ」と指導。それで上手くはなっていき、その実力は地元で少し有名になる程度に。
そうなれば田舎の少年野球部の名を背負い、毎回の大会で連戦連投。そのたびに親からも褒められ、チームメイトからも賞賛され、とにかく嬉しかった。しかし――
大会で決勝点となる押し出しフォアボールを出した鶴見。体力および根性不足と考えた監督から100球を越える投げ込み指示を受け、それに従った。その結果。
左上腕骨疲労骨折
彼を野球の天才として期待されていた親と監督は、知り合いの診療所へ無理に紹介状をもらって大学病院へ。そこの整形外科医である加賀田医師が親の剣幕に戸惑いつつ、処置はサクッと済ませてしまう。しばらくのリハビリの末に後遺症無く完全復活を遂げたが、その後すぐにその野球部を辞めてしまった。
『(今思うと……)』
とにかくあの監督の顔が思い浮かぶ。そして穏健な彼ですらそれを殴りたくなる。それは宮島が長曽我部を殴るツッコミの様なアレではなく、それこそ本気で殺す気の思い切ったものである。
復活した直後だった。怪我をさせて反省するかと思いきや、自分が悪いと思われた。お前が悪いと責任転嫁。挙句の果てには早くも次の大会に出させようとしたり、それに備えて長期の練習をさせたり。
『(ほんと、殺してやりたい。あの時、加賀田先生がいなければ)』
対して思い浮かぶは、元某大学病院の整形外科医で、現土佐野専附属病院の加賀田医師。彼がいなければどうなっていたかと思う。その加賀田曰く「いやいや。少しヒビが入っていた程度だし、あれくらいなら誰でも治せるよ? 別にありがたがられるほどじゃないよ」らしいが、鶴見にとっては野球生命的な意味で命の恩人ではある。
天才投手・鶴見誠一郎。
決して彼の道は平たんではなかった。
小学校後半から中学にかけては酷使と怪我を恐れ、入ったのは遠くにあった社会人のクラブチーム。そこでは大人たちが優しくしてくれたり、無理しない程度で試合に出させてくれたり。いろいろ便宜を図ってくれた。
そして中学校を卒業してからは、元プロ野球選手による指導、命の恩人たる加賀田医師を筆頭としたマネージメント科のバックアップ体制、酷使や怪我を避ける指導者意識を兼ね揃えた土佐野球専門学校。
少なくとも「プロの試合を見た」程度の雑な知識。根性論や連戦連投なんかとは比べものにならない好待遇である。
もし彼のここまでの飛躍があったことに理由を付けるなれば、それは今まで支えてくれた親、怪我から救ってくれた加賀田医師、社会人クラブチームの優しい大人たち、土佐野専の指導者に、一緒にプロを目指すチームメイトや、度々投球練習に付き合ってくれた宮島。そうした人たちの力があったのは他ならない。
だがそれでも絶対に思わない。恨みは感じても感謝は覚えない。
『(あいつは、絶対に許さない)』
ペナントレース開幕前夜。
宮島の部屋ではいつも以上に騒がしい戦いが繰り広げられていた。
「しろろ~ん。そろそろ海峡を渡るから援護」
「任せんさい。エイラート、アイゼンハワー、朝霧回せばええじゃろぉ」
「敵多いからもう一声」
「あぁもぅ、こっちも戦線厳しいんで? 仕方ないのぉ。後方待機のシャルルドゴール、長門あたりでなんとか手ぇ打ってぇや」
「OK。渡ってしまえば、ティガーとチハで敵基地は抑えられるっ」
曰くネット販売で買ってきた戦略シミュレーションゲーム。
新本指揮官の操るティガー(ドイツ)とチハ(日本)は日独伊三国軍事同盟という過去を考えるに、まったくもってないでもない組み合わせ。しかし神城指揮官操る海軍、エイラート(イスラエル)、アイゼンハワー(アメリカ)、シャルルドゴール(フランス)、朝霧・長門(日本)は何をやったらそうなるのか不明な組み合わせである。そもそも敵はどこの勢力なのか。
「はよ、せぇよ。こっちは実質、大和とタイコンデロガくらいしかないんじゃけぇ」
「あと少し……渡った。奇襲開始ぃぃぃ」
「よっしゃ。じゃあ、護衛艦は引かすけぇのぉ。逆襲開始ぃぃぃ」
新本は敵国本土に強襲揚陸艇を用いて上陸。基地に奇襲を仕掛ける。
一方の神城は元々自身の率いていた2艦に加え、護衛に回していた5艦、さらに補給中であった3艦を加えて敵軍掃討作戦の開始。
「げ、元気ですね。開幕前に緊張なんてないんでしょうか?」
「緊張しても仕方ないからなぁ。あ、もう少し手前」
「は~い」
熱い陸戦・海戦を繰り広げる神城・新本の一方、布団の上では宮島が秋原のひざまくら上で耳掃除。
「ただ明日が2年生としての初陣か」
「厳密には違いますけどね」
「リーグ戦としてな?」
正しくは春季キャンプ中、四国にある社会人野球チームや、高知県でキャンプを張っていたプロ球団二軍などと練習試合を行っていた土佐野専2年生各クラス。結果はなかなかいい勝負をしたり、散々たるものだったり。簡潔に言えば、とにかく圧勝はなかった。と言ったところである。
「しかし、あいつ大丈夫かな?」
「『あいつ』って、誰ですか?」
「ストーカー2号」
「お弟子さんですか? 因みに、私は1号じゃないです。多分」
しれっとストーカー1号疑惑を否定するが、宮島はその疑惑を確信に替えており、今更とやかく言っても焼け石に水状態である。
「4組らしいんだよなぁ」
「よ、4組、ですか……」
なんとなく意味を察した程度の神部の一方、他のメンバーはと言うと、
「それは……大変」
「本当に大丈夫なんかのぉ。宮島でもきつかったんじゃろぉ?」
「私だったらやだ~」
秋原は気の毒そうな顔を浮かべ、敵国領の占領に成功した神城&新本も気休めではなく本心から口にする。やはり外から暗黒期間を見ていた者と、暗黒期間を実際に体験した者では意識が違うのである。
「あいつなら大丈夫かなぁ。って思いもあるけど、ちょっと心配なんだよなぁ」
「宮島さん、下級生の心配ができるようになったって、つい最近までわが身だった割に余裕ですね」
まるで自分たちはもう暗黒期間は抜けました。と言いたそうな、人を心配する宮島の余裕を見た神部。素直にそう返してみるが、どうもこういう子を煽りたくなる空気がユニオンフォースにはあるのだろう。
「神部さん、かんちゃんがお弟子さんの心配をしてるからって、もしかして嫉妬?」
「そ、そういうわけじゃないです。ただ本心から――」
やや照れて否定する神部に、
「かんべぇ、かわゆ~い」
新本、突貫。
彼女に抱きつき、大きな胸に顔をうずめ始める。
「に、新本さんっ?」
「かんべぇのそういうツンデレっ気が好き~」
「つ、ツンデレじゃないですからぁぁ」
「それと、この大きい胸はずるい~」
「ほどほどにせぇよ~」
胸に顔をうずめたり、彼女の頬に自分の頬を擦りつけたり。可愛いものに対する素直な愛情表現をする新本に、神城はゲームのコントローラーを2つ同時に持って同時操作しながら声をかけておく。外交や兵器の修復と言ったいわゆる戦後処理で簡単なようだが、かなり器用な真似である。
「どちらかと言うと、かんちゃんの方がツンデレじゃない?」
「僕のどこが?」
「長曽我部くんとかにはツンケンしてるけど、私にはデレッデレじゃない?」
「それ、ツンデレって言わなくね?」
秋原に対してデレデレなのは否定しないらしい。仮に否定したところで、「明菜のひざまくらなぅ」という状況では説得力もないわけだが。
「それを言ったら神城だってツンデレだろ?」
「僕のどこがツンデレなんな?」
「普段は朗らかだけど、そうやってすぐ怒るだろ?」
「怒っとるように聞こえるのは広島弁の特徴じゃけぇ仕方ないじゃろぉ」
「じゃあ、私も福岡県民だからよかろうもん」
「せやったら私もそう~」
謎の広島弁&博多弁&関西弁トリオ。
「そういやぁ、宮島と神部は方言聞かんのぉ」
「僕は割と東京寄りだし、あまり特定の方言の影響は受けなかったなぁ」
「私も前まで時々長野っぽかったですけど、ここに来る時に直しました。方言のせいで会話できないなんてなると大変なんで」
「問題ないじゃろぉ。僕も広島弁がちゃんと通じとるけぇのぉ」
「どこが?」
入学当初から一緒にいる宮島が反論。というのも神城の入学直後の広島弁は宮島には時折理解できず。広島出身でやや標準語の長曽我部に通訳してもらったこともあるほど。別に広島弁が通じているわけではなく、神城の広島弁が薄まった&周りが慣れたことに理由はあるわけで。
「世界は関西弁でできてるんやぁ~」
「それはない」
「じゃあ博多弁でできとぉ」
「それもない」
「広島弁で――」
「もっとない」
方言トリオに対して埼玉県民・宮島が3連続ツッコミの応酬。
「それはそうと明菜。明日の先発は?」
「急だね」
「お前らが野球談議から話を逸らしたからな」
「えっとね~、4組が友田くん。1組が鶴見くん」
「いきなり、か」
4組は友田が予告先発。1組はアメリカ帰りの鶴見が凱旋登板予定。
「アメリカ帰りの実力。期待じゃのぉ」
「とぅるみ~の力、みてみた~い」
「ですね。私もピッチャーとして興味はあります」
嬉々とする野球科3人。しかし宮島は表情に出さずに少し考える。
『(あいつ、いったいどんなことになってんだ?)』




