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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第8章 凱旋登板 天才投手・鶴見誠一郎
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第3話 鶴見と少年時代の痛み

 事業所、いわゆる企業では労働安全衛生法。学校では学校保健安全法に基づき、定期健康診断を行うことが義務付けられている。土佐野球専門学校はと言うと、非営利団体であるが会社には違いないため、教職員に対して健康診断を行っている。そしてそのついでと言う名目で、実質的にはその比率からそちらがメインになっているが、全学生の健康診断も行われている。

 身長・体重などと言ったものから、視力・聴力と言った感覚器官、さらにはX線診断や医師による触診や面談なども。もちろん女子に関して触診を行うのは、土佐野専附属病院の女医さんである。

 野球科以外の学生に関しては退屈なイベントであるが、野球科にとってはそうとも言えない。別にそれだけではないが、身長体重などは本人の了承の元に学校ホームページにて掲載され、プロスカウトの基準にもなるからだ。

 その一通りの健康診断を終えた夕方。もはや言わずもがな、宮島の部屋に集まった一同。

「みんな、身長体重はどうだった?」

「聞かないでほしい」

 血の気の少し引いた顔で健康診断カードを見ていた秋原は、誰も見てはいないのにすぐさま閉じて顔を上げる。

「身長、体重とかじゃろ? 173の70ジャストじゃったのぉ。去年に比べて体重が増えたで。宮島はどうなん?」

「172の80だから、僕も結構、体重が増えたな」

 男子2人は嬉々として体重増加について話す。その様子を「男子はいいなぁ」と羨ましく見ているのはもちろん秋原。

「新本はどうだったん?」

「身長165~」

「おぉ。伸びたのぉ」

「体重が、63.2キロ~」

「まぁまぁじゃのぉ」

 それを聞いてさらに悔しそうにする秋原。

「神部はどう?」

「身長は174になりました」

「「抜かれた?」」

 宮島・神城両名より少し低かった神部。しかし今となっては彼らを抜き去ったようで。

「で、体重が72.1なんで、去年に比べて約16キロ――」

 それを聞いて秋原は顔を明るくする。神部を「太った。食べすぎだぁ」と煽ってやりたい感情が湧き上がってきたが、

成長しました(・・・・・・)

「ほぉ、ほんとに凄い成長(・・)じゃのぉ」

「そう言えば、去年の神部なんて細かったもんなぁ。今となってはガッチリしてる(・・・・・・・)し」

「かんべぇ、凄い成長(・・)~」

 続く言葉に煽るのを辞めた。

 マネージメント科女子にとって体重増加は『太った』なのだが、野球科女子にしてみればスポーツ選手としての『成長』なのである。そこは明らかに感覚の違いだろうか。

「しかし16キロか……それだけ増えれば、あれだけ重く感じるわけだ」

「重く感じる? 何の事ですか?」

 もう数か月も前になることを思い出しながらつぶやいた宮島に、それを聞いた神部が不思議そうに疑問を問いかける。あれだけ重く感じると言うからには、彼女自身の重みを感じる瞬間があったと言う事。少なくとも彼女の記憶の中では見当たらない。当然である。その時、彼女には意識が無かったのである。

「えっと、なんでもない」

「?」

「かんべぇ~。こんなこともあろうかと、SDカードの中にバックアップが――」

「よ~し、よく白状したな、新本。おとなしくその携帯電話を渡すんだ」

 てっきりデータは消したと思っていた宮島だったが、携帯電話本体とSDカードの2枚体制だと分かった限りは何の手も講じないわけにはいかない。そんな新本は携帯電話を抱え、

「やだぁぁぁ」

「突貫」

「にゃあぁぁぁぁぁ」

 拒否する彼女を襲撃。押し倒してマウントポジションを取ると、携帯電話を奪取してSDカードのデータを消してしまう。なお、神城の携帯電話に送信したため、そちらにもバックアップがあるとか。

「あの……いったい何なんですか?」

「その、あれだ。ストレッチの時に、背中合わせて持ち上げるやつ。あれで神部がずっしり感じたってだけだ。うん。それ」

 それに関しては神部も意識がある時の出来事であり、別に恥ずかしくもなんともないことのため、包み隠さず言ってしまう。

「そういうことだったんですかぁ」

 てっきり新本とのやりとりで不審がられるかとも思ったが、彼女はすんなり彼の言葉を受け取って事なきを得る。

「もちろん。私だって成長しているんです。宮島さん達と、全力でプレーできるように、せめて体だけでも大きくならないと」

「きぃぃぃ、何。16キロも増えたのに成長したって。私も7キロ成長したって言いたいぃぃぃ……あっ」

「「「あっ」」」


『〈緊急速報〉秋原明菜 1年で7キロ太る』


 彼女は去年、野球科女子勢がパクパク食べるのに釣られてデザートに手を出したり、痩せようと中途半端に野球科勢とトレーニングした結果、腹が減って食べてしまったり。

 要するに食べ過ぎて太ったのである。

「その、なんだ? 僕はその、明菜のお腹好きだぞ。柔らかいし」

「嬉しくなぁぁぁぁい」

 相変わらず新本に馬乗りになったまま気休めを口にする宮島に、秋原は頭を抱えて素直な感想。

「太っても可愛いからいいと思う~」

「痩せてる新本さんに言われてもなぁ」

「ウチの猫ちゃんほどじゃないとおもうけど可愛い~」

「新本って猫飼っとったん?」

 不思議な比較をする新本に、神城がやや興味深そうな反応。

「飼ってるよ~。愛称はメッセ」

「なんか嫌な気がするんじゃけど、『愛称は』ってことは、フルネームがあるん?」

「えっとね、メッセン――」

「「やっぱりか」」「やっぱりですか?」「あ、やっぱり」

 助っ人外国人の名前をネコに付ける女子がいるらしい。

「昔は鳥も飼ってたんだけど逃げちゃった」

「そうなん?」

「うん。ゴールデンウィークにおじいちゃんの家から帰ったら、いつの間にか。せっかく高い鳥かご買ったのにぃ」

「それも嫌な気がするんじゃけど、名前は?」

「グリーンウェ――」

「なんでだよ」「名前が悪すぎじゃろぉ」「やっぱりですか?」「新本さんの思考が読めてきた」

 おそらく逃げた理由は「彼女に飼われるのをやめろ」と言う神のお告げであろう。

「あ、犬ちゃんも飼ってたんだけど、近所の人と喧嘩してたなぁ。名前はアリア――」

「「「もういい」」です(けぇ)」

 きっとその喧嘩をしていた人の名前は、『入る』に『来る』と書くに違いない。

 新本のペット談話と言う名の虎の助っ人列伝はほどほどに切っておいて、話を元に戻してしまう。

「長曽我部や鶴見は?」

「さぁ? 多分、ホームページに載ってるんじゃない? ウチ、妙に情報が早いし」

 鶴見はともかくとして、あれだけ敵宣言をしておきながら、やはり長曽我部が気になるのであろう宮島。秋原は意味ありげに微笑みつつ、宮島のノートパソコンを起動。作っておいたマイアカウントでログインすると、土佐野専のホームページを開く。

「う~んと、さすがウチの学校は早い。健康診断の結果は終わり次第更新だって」

 更新と言っても、公開されるのは身長と体重のデータのみ。それも本人が了承している場合に限られるが、野球科は公開承認率100%であり全員のデータが閲覧できる。

 閲覧のためのユーザーIDおよびパスワードを入力。ページを開くと、『2年生』と『1年生』のボタンが表示。

「へぇ、1年生ももう見られるんじゃのぉ」

「まだだよ。押しても未公開って出るし」

 ただ設定があるだけのもよう。2年生のボタンを押し、まずは長曽我部。間違って4組を押しそうになるも、3組のページを開く。その中から『長曽我部輝義』を探してクリックすると、プロフィールが表示される。

「こうしてみるのは初めてじゃのぉ」

 秋原の肩に手を乗せてもたれかかり、神城が覗き込む。続いて宮島、神部、新本もパソコン画面に集中。

「名前に顔写真。出身都道府県に守備位置、投打。身長、体重に大怪我の経歴。いろんなことまで出るんだなぁ」

「怪我と言ってもよっぽど大きいのだけみたいですね。宮島さんが熱中症で倒れたとか、私が右肩を壊したってのは出てなかったですし」

「ふ~ん……って神部。お前、僕のページ見たのかよ」

「それは、その……はい……」

「「「ストーカー」」じゃのぉ」

「ひ、否定できないかもです」

 宮島、神城、新本から集中砲火を浴びて、気まずそうにする神部だが、そこで秋原がいつもの通りの冷静ツッコミ。

「ねぇ。みんな、今、何やってるか分かる?」

 公開情報とはいえ、他人のプロフィールを見ている所である。

「それはそうと、長曽我部はどうじゃったん?」

 痛い所を突かれた神城は、その突きを強引に受け流して画面を指さす。

「185センチの83キロ。結構重いのぉ」

「あいつ筋肉野郎だからなぁ。それより明菜。鶴見はどう?」

 敵に寝返った長曽我部を見続けるのは精神が耐えられないようで、宮島がすぐに秋原へと指示を出す。秋原は2年1組のページから『鶴見誠一郎』を選択。

「ひゃ、192センチって高っ」

 秋原が目を丸くしてその画面を見つめる。

 土佐野専野球科において、男子で身長が最も低いのは宮島の171.8センチ(本人は先ほど172と発言)であり、その身長の平均は180強に集中する。その中で192と言えばかなりの数字であると言えるだろう。

「体重は87キロ。結構重めじゃのぉ」

 スクロールしていき、下の方まで行った時、新本が気になる物を見つける。

「待って、待って。あきにゃん。そこ~」

 彼女が指さした先。

『怪我の経歴:小4・左上腕骨疲労骨折』

「ひ、疲労骨折ぅ?」

 秋原が驚き大きな声を挙げる。

「あ、明菜? 疲労骨折そんなにヤバいのか?」

「程度にもよるけど、ものによっては後遺症が残るよ。ただ鶴見くんが今現在、問題なくプレーできているってことは、軽度の怪我だったのかな?」

 そう宮島に説明した上で秋原は悩むように画面を見つめる。

『(小学校4年生で疲労骨折って……いったい何をやったの?)』



 健康診断の後、本人の希望があれば医師との面談が行われる。といっても、好き好んで面談に行く人はなかなかいない。生徒でも行くのは少数で、昨年に怪我をした人が軽く見せる程度。神部も行ってはみたものの、5分足らずで診察終了であった。

 夕方ともなるとさらに人は少なくなり、その内容も医学系専攻のマネージメント科生が質問に来たり、痩せるためにはどうするべきかと聞いて来たり。とにかく他愛もないものばかりである。

「はい。次の人~」

 加賀田医師は今しがた、貧乳に悩む生徒に対し、「しっかり栄養を取って、しっかり睡眠を取りなさい」とそれっぽい事を言って追い払ったところ。声掛けして誰もこなければそれでもいいのだが、まだ暇人がいたようで。

「失礼しま~す」

「おや。誠一郎くん。何かあった?」

 何やら馴れ馴れしく下の名前で呼ぶ加賀田だが、鶴見もそれを取り立てて気にする様子もない。

「ちょっと肘の様子が気になって……」

「ふ~ん」

 加賀田は鶴見へ顔は向けたまま。しかし目はパソコンの画面へと向け、彼のカルテを表示させる。

「痛みは?」

「痛みだとか違和感はないんですけど、不安で……」

「そっか……どうする?」

 検査室の方を指さす加賀田に鶴見は聞き返す。

「検査ですか?」

「うん。健康診断だから保険効かないけど。いい?」

「いくらですか?」

「X線だから5000円くらい?」

「あっ、左腕が痛いです」

「はいはい。じゃあ、主要病は『左上腕骨疲労骨折の疑い』でいい?」

 健康診断なら保険適用外で5000円のところを、急に左肘痛を訴えて3割負担&学校保険によりタダで乗り切る策士・鶴見。

 加賀田はパソコンで簡単に検査の指示を出すと、再び検査室の方を指さす。

「廊下を出て右。行って、終わったら帰ってきて」

「はい」

 返事をした鶴見は持って来ていた小さなカバンを手に持ち診察室を後にする。

 鶴見が出て行き加賀田以外誰もいなくなった診察室。その中で彼はパソコンの画面に表示された、何年も前の鶴見のカルテを凝視する。

『1)左上腕骨疲労骨折  治ゆ』

「一応は治ってるはずだし……精神的なものかな」


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