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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第8章 凱旋登板 天才投手・鶴見誠一郎
80/150

第1話 天才男子 天才女子

 鶴見が帰国してから2日。後片付けや体内時計の修正と言う名の時差ボケ回復もやや済んだその日。宮島の部屋にて約束通り、土産話でも聞かせてやることに。

 そこに集まったのは、部屋の主・宮島に、秋原、神城、土産話(はな)よりもお土産(だんご)に興味のある新本。そして新しく4組のメンバーとなった神部の5人。長宗我部もいていいのかもしれないが、あいにく彼はまだ広島帰省中である。

「つくづく凄いとしか言えなかったね。特に体の大きさが――」

「ふ~ん。やっぱりスイングとかも?」

 アメリカでの生活以上に野球の話が気になった一同。食事や文化よりも先に野球の話から入る。そうしていると、

「とぅるみ~。お土産は?」

 正座して前に手を突き前のめり。好奇心全開の幼い雰囲気を醸し出す新本が鶴見に詰め寄る。

「ははは。忘れずともしっかり買ってきたよ。ほら、どうぞ」

 鶴見が指さす先にあった紙袋。それへと新本が飛びつく。が、それを見て疑問に思う。

「とぅるみ~。この紙袋、『東京国際空港』って書いてあるよぉ?」

「うん。実は、日本に着いてすぐに売店で飲み物や軽食を買ったんだけど、カバンに入らなくなっちゃってね。そこで紙袋をもらって、代わりにカバンへ入れてたお土産を詰めたんだ」

「なるほどぉ~」

 と、言いながら中からお菓子の箱を出す。そこには『ハワイ土産』と『クッキー』の文字があった……日本語で。

「とぅるみ~。お土産の箱が日本語だよぉ?」

「前半はフロリダ。後半はハワイだったんだ。それでハワイでお土産を買ったんだけど、やっぱりハワイは日本人観光客が多いからかな。日本語のお土産ばっかりだったよ。それに僕、英語はあまり得意じゃないし。変なものを買っちゃいけないから、それにしたんだ」

「なるほどぉ~。ありがと~」

「どういたしまして」

 飛んで跳ねて嬉しそうにしている新本は、そのままお茶を取りに台所まで行ってしまう。その間に秋原が新本の置いて行った箱の裏を確認。

「あぁ~」

「どうかしたかな?」

「なんでもないけど……うん。なんでもない」

 淀みのなさそうな笑顔を返してくる鶴見。他人から見れば清流・四万十川並に清らかな笑顔だったが、理由を知る秋原にしてみれば土石流並に濁っていた事だろう。

『(裏の製造地に日本の住所が書いてあるんだけど……)』

 以下、種明かしである。


× 飲み物と軽食でカバンに入らなくなった。そこで紙袋を羽田でもらった。

× ハワイにも行っており、そこで買った。


 鶴見が帰ってきたのはアメリカ合衆国・フロリダ発の飛行機。彼はハワイに行ってなどしておらず、いたのはフロリダ州。観光がてら仲のいい選手に連れ出してもらいもしたが、それでもせいぜいニューヨーク程度である。つまりこういうことである。


○ 帰国するまでお土産を忘れており、あわてて羽田で購入した。


 新本ひかり。まんまと鶴見に騙される。

 嬉しそうに冷蔵庫から麦茶、食器棚からマイマグカップを持ってくる新本。なぜ宮島の部屋に新本のマグカップがあるかは今更の話である。

「鶴見さん。やっぱり、メジャーと日本だとボールって違いますか?」

「え? あ、そうだね」

 神部に問われて意識をお土産からお土産話の方へと戻す。

「サイズや重さに大きな違いはないけど、前評判通り、滑りやすいって言うのは感じたかな?」

「へぇ」

 野球バカとしては、本場たるアメリカのベースボールには興味がある。神部は宮島や神城以上に身を乗り出して鶴見の話に食い入る。

「特に変化球に関しては――」

『(だったら私のピッチングは――)』

『(じゃあ、リードする時はそこがカギになるか)』

『(話を聞く限りだと、打てんこともなさそうじゃのぉ)』

 神部はピッチャー目線で、宮島はキャッチャー目線で、神城はバッター目線で話を受け取る。

 そう話が弾んでくるあたりで、秋原が入れたばかりの暖かいお茶を無言で彼の前に差し出す。

「ありがとう」

「いいえ」

 左手で掴みつつ、右手で支えて一飲み。野球一筋の人間にしては、そうした格好も様にはなっている。

「しかしこうして話していると、本当に懐かしく思うね。たった2ヶ月前なのに」

「そんなに懐かしいか?」

「そんなに懐かしいよ。秋原さんのさりげない気遣いとか、新本さんのお菓子にかぶりつくさまとか。あとは神城くんの広島弁に、神部さんの制服(ブレザー)姿とか」

「わ、私の制服(ブレザー)姿って」

「みんな普段着なのに、神部さんだけ学校の制服って、そりゃあ、ねぇ」

「あ、あまりファッションとか分からないので、これが無難かなって……」

 中のシャツは日によって変えてはいるようだが、上に学校の紺色ブレザーを羽織ってごまかしている。下も冬であっても学校のスカート。いくら神部のファッションセンスが壊滅的であれ、同レベルの新本ですら普段着は持っている。もっとも今着ているものは黒地に金の虎が描かれた、女子らしからぬパワフルな服だが。

「まぁ、制服は意外にも過ごしやすいからね。僕は神部さんの恰好、すごく可愛くて似合ってると思うよ」

「可愛っ――」

「やっぱりアメリカ美女より、大和撫子の方がよかったん?」

「僕は昔から、野球はベースボール派だけど、女性は大和撫子(ニホン)派だけど? そもそも僕が彼女に告白したところで、健一くんには勝てないよ」

「鶴見もそういうスタンスなのな」

「あれま。神部さんはわたわたしてるけど、健一くんは何の反応もなしかい?」

「そりゃあ、神城や新本あたりに、神部の恋人ってちょくちょく煽られてるしな。僕も冗談10割で明菜に求婚しまくってるし、そこのところは耐性がな。なっ、明菜」

「だね。この前は確か4、5日前だったかなぁ? 結婚式場はどこにするかって話したかなぁ」

 秋原もその件をサラッと口にする。

「えぇ、何この集団。少なくともまっとうな男女の集団じゃないよ。男子校や女子校のノリみたいだ」

「いや、男子校や女子校でそのノリなんは、もっとまっとうじゃねかろう」

 なぜに男子同士・女子同士間で結婚式場はどこにするかを話す必要があるのか。

「男子校のノリみたいって、鶴見は男子校卒だっけ?」

「いいや。共学」

「そりゃそうじゃろぉ。『男子校みたい』で男子校卒じゃったら、『女子校みたい』とも言っとるんじゃけぇ、女子校卒になるで?」

 まぁまぁ神城の主張も正論なのだが、そもそも男子校に行ってすらない人が男子校のノリが分かるのかどうか。そこは少々謎である。

「そう言えば、あまりみんなの小中学校の話って聞かないよな」

「そうじゃのぉ。確か、秋原は転勤族で、新本は中高一貫中退。神部は女子野球部がある高校目指して勉強と野球ばっかり。とは聞いたけどのぉ」

 要するに女子勢の過去は聞いたが、男子勢は過去が不透明な様子。ついでに言えば秋原も転勤族と言う事以外は、あまり過去について口を開かない。もっともな事を言えば、過去がどうであるかなどせいぜい話のネタ程度であり、とりたてて友人関係に必須なものではないが。

「そうは言っても僕は、普通に高知の田舎の小学校を卒業して、田舎の中学校を卒業して、この学校に入ったってくらいしか話のネタはないよ。高知と言っても、ここからは遠いから地元とは言い難いし」

「野球の方はどうじゃったん?」

 その話を神城が切り出すと、ややため息気味に息を吐く。もちろんここまでしゃべりっぱなしであったため、一呼吸を置く意味もあったのだろう。いつのまにやら秋原が入れ直していたお茶を再び飲み切る。

「別に大したことはしてないよ。全国大会に行ったわけでもないし、日本代表に選ばれたわけでもないし」

「そもそも全国に行った奴の方が少ないじゃろぉ。この中で全国に行った人っておるん?」

 野球科が5人いて誰1人手を挙げない。

「僕はたしか、中学で県のベスト4まで行ったのが最高だったと思うけど、新本や神部は?」

「私は中学の地区予選の決勝が最高~」

「私は小学校はともかく、中学校は……」

 となると全国に行ったのはこの場にいないことに。

 今は羽田土産のクッキーを口いっぱいに詰めている新本。彼女の全国行きをを阻止したのが現チームメイトの三国。要するに奴は新本を破って全国に行っているようである。

「ま、話すだけ無駄な話さ。別の話でもしようか」

「少し興味があるんですけど……」

「僕が退屈なもんでね」

 鶴見はそう言って過去の話を切って話を元に戻す。彼の昔の野球時代の話を聞きたそうにしていた神部だったが、やはりメジャーの話の方が面白いのか。それから約2時間も盛り上がり続けた。



 台風の通り道になっていることや、四国山地に湿った風があたることで雲ができやすいこと。これらから雨も凄い高知県だが、基本的には南日本らしく暖かく温暖な気候である。

 2月1日。

 沖縄、鹿児島、宮崎などでプロ野球チームによるキャンプが開催。そしてここ高知県でも、土佐野球専門学校が長い2ヶ月の冬期休暇(オフシーズン)を終えて春季キャンプが始まった。

 まずは初日であるため、軽くウォーミングアップから。かと思いきや、プロを目指す集団である土佐野専野球科。オフシーズンも手を抜かずに練習をしていたため、春季キャンプ開始から本気に近い練習を始めていた。

 さて、それから2日ほど経ったある日。

「すげぇのぉ」

「何が?」

 野手の一部は午前の練習がやや押したため、少し遅めの昼休憩。その一員であった宮島はお昼に焼肉定食を食べて戻ってきたわけだが、ベンチに来て見ると神城が感心しながらグラウンドを見つめていた。

「今、ピッチャーがバッティング練習しとるんじゃけど……見てみ?」

 マウンドにいたのは桜田。肩が十分にはできていないこの時期に投手を酷使するわけにいかないため、プロ経験のそこそこある桜田が自らマウンドに上がったとの事。それは別に大した問題ではないのだが、

「おっ?」

「すごいじゃろ?」

 投げているのはハーフスピードを甘いコースにだが、神部はきれいなフォームでレフト方向に弾き返し続けている。

「右打ちに転向したのは秋季キャンプからなのに、よぉあんなに打てるのぉ。才能の塊じゃなぁ」

「才能もあるだろうけど、神部は昨季末から肩を壊して投球禁止だったからな。ほぼ野手メニューで練習してたし、そこはしっかり練習したんだろ」

 もちろんしっかり練習していたことは覚えている。野手練習でも送球に関しては少々制限を掛けたしもしたが、それだけに肩に影響がない、もしくは少ないものにはしっかり取り組んでいた。特に走り込みを中心とした下半身強化や、体幹やインナーマッスルのトレーニング、そしてバッティングや、捕球限定の守備練習など。その成果がこれである。

「おっ、ええバッティング」

「これはいった」

 やや内に入った球を振り抜くと、打球はきれいに舞い上がりレフトポール際へ。やや切れるかどうかは怪しかったが、それでもスタンドへと入ってしまう。

「この球場で入れるなんてすげぇのぉ」

「両翼100メートルだもんな。割とライナー性だったし、フェンスの高さもあるから、飛距離は110ってとこ?」

「じゃろうなぁ。女子プロなんて、ラッキーゾーン&金属で毎年1、2本。時には0本なんてこともあるのに、神部は木製でこれじゃけぇのぉ」

「神部も最近はガタイが良くなってきたからなぁ」

「じゃなぁ」

 スタイルではなくガタイが良くなっているあたり、もう神部の女子らしさはあるようでないようで。しかしまだ胸の大きさや、可愛げのある顔と言う最後の砦はあるような。

 その後は柵越えこそないものの、時折外野の定位置やや後方への打球を飛ばしたり、ヒット性を続けたり。快音は響かせ続ける。

「このままじゃったら9番キャッチャー宮島になるかもしれんのぉ。友田はバットコントロールこそボロボロじゃけど、長打力は上位を打てるレベルじゃけぇのぉ」

「さすがにそれはない。ピッチャーに負担は掛けられないし、怪我のリスクだって負わせるわけにはいかないし。上に繋げるための打順ならまだしも、土佐野専はそれはやらねぇって」

「冗談に決まっとるじゃろぉ。何を本気にしょーん?」

 それほど宮島も意識しているということなのだろう。

 彼の昨シーズンの打率は1割台でホームランは1本。得点圏打率3割越えは期待できるところだが、プロになるにはもう少し常時で打てるだけの技術がほしいところだ。

「ありがとうございました」

 快音を響かせていた神部はラストボールを打つと、ヘルメットを取って桜田へ丁寧に一礼。礼儀は忘れずにした後、後ろで見ていた小崎からアドバイスをもらう。

 恐怖の切り込み隊長・神城や主砲・佐々木、代打の切り札・大野、ベアハンドの守備巧者・前園らに比べると影の薄い小崎だが、これでも巧打力・長打力・走塁能力・守備力・送球能力と揃った、弱点の無い選手である。

「ありがとうございます」

「どういたしまして」

 小崎にも礼をした彼女は、バットの握る位置を試行錯誤しながらベンチへと戻ってくる。おそらくはそこについてアドバイスをもらったのだろう。

「ええバッティングじゃったなぁ」

「神城さん。ありがとうございます」

「因みに愛しの宮島もおるで?」

「い、愛しって……」

 気恥ずかしくなって顔を赤くするが、運動中で体温が上がっていることもありさほど赤くなって見えない。一方で宮島は慣れた様子でとりたててリアクションもとらず、ベンチに腰かけたままで彼女の顔を見上げる。

「ほんと、神部ってバッティングいいのな」

「あ、ありがとうございます」

 桜田、小崎、神城と立て続けに礼を言ったわけだが、やはりと言うべきか。宮島へのお礼がもっとも大きく元気な声。それを表すように、やや照れ顔だったものが、気持ちのいいほど明るい表情へと変わる。

「そうじゃのぉ。宮島も焦っとったで?」

「焦るか、バカ。いくらいっても投手と野手じゃ違うからな」

 やや強めの口調で怒ってくる宮島。つい先ほどの冗談に対する本気の反論も含め、彼の焦りが感じ取れる。別に女子を見下しているわけではないのだが、深層心理に女子に負けられない。という思いは少なからずあるのだろう。

「神城。午後って全体練習はあったっけ?」

「全体練習言うたら、3時から投内野連携の予定じゃろぉ」

「3時か」

 時計を見ると1時半。

「神部、行くか?」

 すると親指でブルペンの方向を指さす。もちろん神部としては嬉しいことこの上ないのだが、ただ一方で疑問も。

「でも、いいんですか? 宮島さんの練習グループって、お昼休み遅れたんですよね?」

「本気の投げ込みじゃなくて軽くな。投球フォームチェックくらいの。昼食べてすぐ動くのもなんだし、軽く体を動かそうと思ってな」

「じゃあ、お願いします」

 嬉々としてブルペンに向かう神部と、その後ろをミット片手に付いていく宮島。その2人の背中を神城はベンチで休みながら見送る。

「宮島も大変じゃのぉ。なんぼ可愛い女子の相手じゃって言うても、そう度々気ぃ使わんといけんのは精神すり減らすのぉ」

「そうかなぁ?」

 独り言のようにつぶやいた神城の元へ、宮島・神部の代わりにやってきたのは秋原。左肩からクーラーボックスを掛けていることからして、ベンチの飲み物や氷の補給に来たと推測できるわけだが。

「さっき2人とすれ違ったけど、かんちゃん、満更でもない表情だったよ?」

「宮島も神部の事が好きなんかなぁ?」

「長曽我部くんがいなくなって、正直のところ寂しいんじゃない? かんちゃん、あれでいてまだ幼いところあるから」

「その割にはガンガン引っ張るところはあるんよなぁ」

「以前に話さなかったっけ? かんちゃんって基本的には周りから頼られるタイプの人なんだろうけど、そのままだとどっかでパンクしちゃうんだよね。去年のシーズン終盤みたいに、1人で抱え込んじゃったり。だからその反動が所々に出てるのかもね。例えば私に対しては甘えっぱなしでしょ?」

「自軍投手陣はもとより、キャプテンとしてチーム全体、それに加えて他クラスの投手陣の様子も見とるくらいじゃけぇのぉ。そりゃあ、誰かに甘えんとやっとられんのぉ」

 神城も野手キャプテンをやっているが、宮島が野手でキャプテンのため、投手キャプテンの立川に比べても何かをやっているというわけではない。

「ほんとうだよ。かんちゃん、これからも私がちゃんと支えてあげないと」

「秋原。その言い方、宮島と結婚でもする気なん?」

「かんちゃんとなら満更でもないかな?」

 笑顔で返す秋原。

 果たしてこの笑顔。いつもの冗談なのか。それとも本気なのか。

 それを知るのは彼女のみである。


蛍が丘高校野球部の再挑戦しかり、

プロ野球への天道しかり、

孤高のマウンドの三好慶しかり、

かれこれ『ブレザー姿』がでてきます

これはブレザー姿が好きなわけではなく、

日下田は小中高とブレザーの学校だったんです

一度、リアルセーラー服を見てみたいなぁ

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