第7話 若きエース
今週は秋原の補佐のおかげで充実した練習ができた。そのため調整十分で迎えた翌日・土曜日。
前夜に秋原から『明日の試合は一緒に行こう』と誘われたのだが、いざ今朝になって彼女から『ごめんね。準備当番があって先乗りしないとダメだった。明日も当番だからいっしょに行けそうになさそう。その代わり、今度から学校は一緒に行こうね』と絵文字多数の女子らしいメールが来たため、結局はいつも通り1人で球場入りである。
「さすがに1人で球場入りは道中退屈だなぁ。誰かと一緒に来ればよかった」
とは言うものの、実際に誘ってはいるのである。しかし神城は早朝練習と称して既に球場入りしており、長宗我部は先発調整と早めに出て校内を走っていてお互いに不在。新本を誘うおうと思ってみたものの、そこまで交友のそこまで濃くない女子を誘うのは気が引けて断念したのだ。
そうして1人で球場まで向かっていると、学校本部棟の前に人影を見つけた。本日の試合日程などが掲載された掲示板をチェックしているもよう。この学校ではプロ野球関係者や、大学・企業の野球部スカウト、地元の野球好き、来年の新規入学希望者などがよく来るため、とりたてて珍しい光景ではない。
とはいえ、基本的にスカウトが見るのは入学したばかりの1年生ではなく、今年のドラフト候補生となる2年生。RPGでもあるまいしわざわざ声を掛ける必要もないだろうと無視して通り過ぎようとした宮島であったが、見覚えである顔であったために立ち止まり、そしてそちらの方へと歩み寄って行った。
「先輩。お久しぶりです」
「あ、たしか君はこの前の」
月曜日の夜。自動販売機でジュースをおごってもらい、さらに成長のためのアドバイスをくれたあの先輩である。
「はい。1年4組。宮島です」
「そういえば名前を聞き忘れていたね。宮島君か」
「先輩はこれから試合ですか?」
「うん。まぁね」
「勝てそうですか?」
「どうだろう。相手はあの4組だからね。そんなことより君たちはどうなんだい? 勝てそうかな?」
「はい。なにせこの1週間、自分たちに長所や短所をしっかりと見切って努力をしてきましたから。今回は勝てますよ」
「ふふふ。そっか。期待してるよ。もし試合が早く終わったら見させてもらおうかな」
挑戦的な笑みを浮かべる先輩。売り言葉に買い言葉で宮島も答える。
「ぜひ見に来てください」
「だったら早く試合を終わらせて見させてもらうとしますか。それじゃあ、そろそろ時間だし行くよ」
「はい、頑張ってください」
「君もね」
彼はそさくさと駆けて行く。
するとタイミングを読み切ったように行き違いにやって来たのは長曽我部。球場周辺を走り回っていたため汗まみれで真っ赤かと思いきや、むしろ顔面蒼白である。
「どうしたんだ。輝義?」
「おまっ、今、自分が話してた人、誰か知らねぇの?」
「2年1組の先輩じゃないの?そういえば名前聞き忘れたな」
「バカ。阪神の元ピッチャーで小牧長久選手だぞ」
「う、うそっ」
小牧長久。今から6年前に高卒でプロ入りした右腕投手。ルーキーイヤーから18勝を挙げる大活躍をし、未来を有望視された。しかし入団4年目のシーズン終了直前に肘を負傷。そのまま再起不能と診断され22歳にして引退。土佐野球専門学校講師の中では最年少の24歳。
通算成績は、防御率1.28、勝利数78、敗戦数11、QS率約9割5分である。
「神主、知らなかったのか……」
「知らなかった。さすがに選手の顔まで覚えてないし」
「2年1組って言うのは、2年1組の監督をしてるって意味だぞ。なんなら広川先生に聞いてみろよ」
「つーか、元阪神の選手多すぎない? 広川先生も元阪神だろ?」
「逆に元阪神って広川先生と小牧選手だけなんだけど。それにしても神主。野球知らな過ぎないか?」
「ヤクルトファンだし、関東出身だから阪神分からないし、そもそも僕はプロ野球が好きなわけじゃなくて、野球が好きなわけだし。そりゃあ、有名どころは分かるけど。それもだいたいの成績と守備位置くらいならともかく、顔はサッパリ」
野球を見る暇があったら自分で野球をしたいのが宮島である。
「そう言う人いるけどさぁ。それでも、せめて自分の通う学校の先生くらいは覚えておけよ」
「なぁ、輝義。お前、中学校の時の学校の先生は全員、名前と顔は覚えてるか? 授業を受けたことのない先生も」
「馬鹿か? そんなもの覚えてるわけないだろ」
違和感全開で首をかしげる宮島。
「それはさておき、広川先生に聞くんだろ?」
「たしかに2年1組の監督は長久だな。あいつの右腕から投げ出される伸びのいいストレート、それにキレッキレの変化球は今も覚えているよ。本来なら今ごろエースだったのに。俺より後に入団しておきながら、俺より先に引退しやがって……あぁ、悪かった。それで長久がどうかしたんだ?」
試合の準備終了後。小牧長久選手と話した事など、あったことを順に追って広川に説明すると、あっさりと返答があった。
「実はこの前、グローブを持って練習していたみたいなんですけど故障しているんですよね?」
「あいつの事だ。復帰を目指して夜な夜な練習してるってとこじゃないかな? 再起不能とは言われてるけど、まったく希望が無いわけでもないからな」
広川は回顧しつつつぶやくと、立って聞いていた宮島の目を見た。
「まぁ本人に聞かないと真意は分からないけどな」
「はぁ……それでもう1つ。広川先生も僕らに可能性があると思いますか?」
「ある。プロになれるか否かは断言できないけど、プロとしての素質は断言する。現状が最下位の4組でも、仮にもプロ養成学校の1クラス。素質の無い奴は受験の時点で落としてるさ。俺や長久、それに他クラスの担任である元プロ野球選手が言っているんだ。それもレギュラーを張っていたレベルの。自信を持ってもいい」
ここにいるメンバーは同学年で見れば劣っている。しかしそれでも才能がないわけではないのだ。
高校1年生相当の年齢にして140キロを超える長曽我部。精神的な脆さや、体格や性別ゆえの非力さは否めないが、変化球・制球・牽制などの技術に長けている新本。パワータイプが多い一塁手としては地味だが、並はずれた堅守と巧打、そして快足を誇るリーディングヒッターの神城。そして実質リード力の一点突破でこの学校の入試を突破した宮島。
各々何かしら物足りない部分はあるが、その物足りない部分を克服するか、欠点を気にする必要がないまでに長所を伸ばせば、プロとしての道は必ず切り開かれるだろう。広川には確信があった。鍛えようでは現在首位の1組をも凌駕すると。
「さぁ、そろそろ試合に備えてウォーミングアップして来い」
「はい。行ってきます。それはそうと先生。未だにキャラを固定で来てないんですね。もうそろそろ1ヶ月なのに」
「シャラップ。先発マスクだぞ。練習へGO」
「は~い」
先発マスク――キャッチャーで先発と言われ、ブルペンで長曽我部と共に投球練習をしようとその場を後にする宮島。彼が居なくなったのを確認して広川はベンチに腰掛ける。
「……長久。お前、本当に復活できると思ってるのか。復活できるとして復活したいのか?」
広川は昔を、自分と小牧の現役時代を思い出す。
ある年の夏。高校野球で過去最高とまで騒がれていた名投手がいた。
『小牧長久』
大阪府の中堅校に通っていた彼は激戦の大阪府大会にて、名だたる強豪校を次々と撃破していった。連戦連投。投げれば試合前から勝ちだと言われるほどで、案の定、地区大会を1人で投げ抜き、その学校を初めての甲子園大会に導いた。
その勢いは甲子園の舞台ですら止まるところを知らなかった。各都道府県の代表をなぎ倒し、気付いた時には決勝に到達。決勝戦は10回の裏、平凡なセンターフライを味方が後逸してサヨナラランニングホームランとなったが、事実上の無失点。
その小牧はよほど野球が好きだったのだろう。
6球団競合の末にプロ入りしたあとも、毎日の練習を怠らなかった。
先発すればまず完投。先発の間が空いた時は志願登板をすることも度々あった。
それに対して疲れを見せる様子も不満も見せる様子も無くただただ楽しそうだった。
それが入団4年目の秋に崩壊する。
シーズン終了直前の試合。ちょうど広川も6番ライトで先発している試合だった。7回まで無失点に抑えていた小牧が、ワンアウト取ったところで急に肘を抑えてマウンドにうずくまったのだ。
高校時代における過密スケジュールでの連戦連投。プロに入って監督やコーチの知らないところで行っていた自主トレに、自分の体をいたわらない志願登板。球団や首脳陣は十分すぎるほどに、むしろ過剰なまでに親身になって体調管理に気を使っていたが、当の本人が自覚していなかったことが大きな問題であった。
それらによって壊した肘は再起不能。仮に復活しても前のようなピッチングどころか、高校野球の地区大会ですら通用するかどうかと言われるほど。小牧は球団が「怪我が治ると信じている。どうかいてくれないか」と願うも、「球団に迷惑はかけられない」と引退を決意。
そうした事実を知っている広川にとっては、肘が復活したとして、もし奇跡的に現役時代並になったとしても、果たして彼が楽しく野球ができるかが心配だったのだ。
怪我を恐れて全力投球ができないのでは。
結果、プロで通用しなくなっているのではないか。
そうなると彼が今、野球が好きだとしても、その気持ちが冷めてしまうのではないか。
1人の野球ファンとして、そして元チームメイトとして、彼がそのようになってしまうのは心地よいものではない。
外野グラウンドで試合前のウォーミングアップをしているプロを目指す少年少女たちを見ながらただただ願う。
『(納得する引退を迎えられた俺だからの考えかもしれないけど、長久には選手を育てる喜びを覚えてほしい。自分がプレーする楽しさより、育てる楽しさを。そして頼む)』
広川の願いはこの一言に凝縮される。
『(どうか、野球を嫌いにはならないでくれ)』
1年4組のスターティングメンバーが発表される。
1番 ファースト 神城
2番 ショート 原井
3番 サード 鳥居
4番 レフト 三国
5番 ライト 天川
6番 セカンド 横川
7番 センター 寺本
8番 キャッチャー 宮島
9番 ピッチャー 長曽我部
4組は打順こそ違うものの守備位置は開幕戦と同じメンバーで、一方でこちらも開幕戦と同じメンバーの1組と激突する。以前は16点差で大敗した相手。だがあの時の自分たちとはもはや違う自分たち。今日こそは勝つと気持ちを強く持つ。
「さぁ、輝義。ちょっとブルペンで投球練習しようか」
先攻は4組。1組打線をなんとか抑え込むために一秒たりとも無駄にできない。
はずにも関わらず……
「Cだろ」
「Dじゃないか?」
「いやいや。お前は希望的観測しすぎ。Bと読んだ」
「「「さすがにそれはねぇわぁ」」」
長曽我部および男子十数名。宮島や神城他数名を除きほぼ野球科の男子全員がベンチの隅に固まって何やら話をしていたのである。内容からして少なくとも試合に関係したものであるとは思えない。
「おい。輝義。さっさと投球練習に行くぞ」
「おぉ、神主。いいところに。神主って秋原と仲良いよな」
「明菜と?」
聞き返すと男子数名から歓声が上がる。下の名前で呼んでいることに驚いたのだ。
「まぁ、仲良いと言えば仲良いかな」
「それじゃあ話が早い。すごく重要な話なんだが……」
「なんだよ。そんな神妙な顔して」
まさか何か秋原関連で問題が起きたのかと宮島も目を細めるが、長宗我部は腑抜けた声で聞いた。
「秋原の胸って何カップ?」
「さぁ、投球練習行くぞ」
「待て、神主。投球練習なんかよりももっと大切な話なんだ」
長曽我部の耳を引っ張りながらブルペンに連行しようとする宮島。彼を男子数名が食い止める。
「まぁまぁまぁ。宮島様。冷静に」
「そうですよ。神様」
崇めるのは結構だが、その言い方は逆に癇に障る宮島。
「あのなぁ、試合前になんつう話してんだよ」
「待て待てって神主。耳をつねるな。新本がAだって事は分かってるんだ。次は秋原で」
「何言ってんだ、お前」
「じゃあ聞いてみるぞ。新本がB以上だと思う人」
誰も手を上げない。
「Aだと思う。むしろ男子の胸筋の方がでかいんじゃね? って思う人」
全員が手を上げた。満場一致、ただし棄権した宮島を除く。
「お前ら仲良いのな。1週間前には野手派と投手派に分かれてケンカ寸前だったのに」
「何それ? 何の話だ?」
前日に先発しており日曜日はオフだった長曽我部はもちろんそのことを知らず、首をかしげる。
「俺たち、なんだかんだで仲良いからな」
「Yes, we are friends」
「ケンカするほど仲がいい」
本当に1週間前のケンカはいったいなんだったのかと思う連中。
女子の胸のサイズで仲良くなれる彼らは、やはりオスである。
宮島はそんな彼らに仲間内での敵対心がないことに安心感を持ちつつも、試合前であるのに緊張感がないことに危機感も持っていた。
「いや、いや。待て。そうじゃなかった。そう言う問題じゃなくて、人の話を聞けよ。オイ」
「けど、秋原に関してはみんなでCかDかで意見が割れてるんだ」
「知らねぇよ。だから人の話を聞けって」
とにかく今は試合の事で頭がいっぱいの宮島。普段であればその手の話にも多少は乗ったであろうが、今は乗る気が無い。
「俺はさっきからDって言ってるのによぉ」
「そんなことないだろ。Cだって」
「Dだよ、D」
C派とD派の2勢力にきれいに分かれている。長宗我部はD派。
「だってほら、秋原の胸って手に収まりがたいような……」
「だからお前の変態思考は興味ない」
「神主。秋原の胸って触ったことない? 偶然つまずいて押し倒しちゃった拍子にムニュとか」
「なんてベタなアニメ?」
あいにく押し倒して胸を触ったことも、着替え中の裸を覗いた事も、紆余曲折あってキスしたことも、曲がり角で出会いがしらにぶつかったこともない。彼女に触れたことと言えばせいぜいマッサージの時。それも宮島から触れたのではなく、秋原から触れたというのが正しい表現である。
「面白くねぇなぁ」
「悪かったな。面白くない人間で」
「そんな事より、秋原がCかDかの議論を」
「だからするな。練習があるんだよ」
その議論が白熱しかけたあたりで、胸がCっぽいようなDっぽいようなと言われている張本人がその集団に近づいてくる。彼女は細かい事に関しては聞こえてなかったようで、特に紅潮するようなこともない。
「ねぇ、何の話? CとかDって」
しかしアルファベットは聞こえていたようである。
当然、話の内容を秋原に言うわけにもいかず、男子陣は何も答えない。
「怪しいなぁ。かんちゃん。何の話してたの?」
「僕に聞かれても困る。まぁ、長曽我部に断片的に聞いた話だと、なんでも女子のむ――」
本当の事を言おうとした宮島。そんな彼を長曽我部は肩を掴んで背後へと隠す。
「なんて?『ジョシノム』って?」
「違う、違う。あれだ……あの……『上位の』って言ったんだ」
「上位?」
苦し紛れによく似た言葉をまさにその話をしているかのように告げた。
「そうなんだよ。交流戦の上位予想をしてたんだって。そろそろプロ野球、交流戦が始まるだろ?」
「うわぁ……見苦――」
「や、野球の好きなメンツだからつい盛り上がっちゃって」
宮島が何かを言おうとすると、より大きな声を重ねて封じる。
「そう、俺たち野球好き」
「野球に恋して一生を終えるぜ」
「野球しか目に入らねぇ」
「嘘つけ。野球以外に女子のむ――」
「「「俺たち、4組野球科」」」
徹底的に隠す気らしい。秋原は疑り深そうな目で彼らをみつめる。
「へぇ。で、CとかDって?」
「そりゃあ、カープとドラゴンズだよ。秋原さん」
突然の質問にもチームメイトが切り返し、なんとかごまかせたと思って安堵する長曽我部。しかし彼女の追撃は油断できなかった。
「へぇ。じゃあ、少し前の会話が聞こえてたんだけど、AとかBって?」
新本の胸のサイズの話も聞こえていた様子。
「Bはバファローズで、Aは、Aは……」
鋭い切り返しを見せたチームメイトも『A』で始まるチーム名が思いつかずに口ごもる。そこで長曽我部が助け船を出した。
「お、お前、Dがドラゴンズと思って話してたのか? DはDeNAだろ。Aがドラゴンズだって。愛知のAで」
A=愛知 B=バファローズ C=カープ D=DeNA
一貫性が無い。無茶苦茶である。
「ふ~ん」
半目で冷たく睨まれ、男子一同非常にその場にいづらく感じ始める。
「な、なぁ、神主。そういえば俺たち、投球練習しないとな」
「投球練習なんかよりも大事な話じゃなかったのか?」
「馬鹿言え。試合前の投球練習より大事な事があるかよ。いや無い」
長曽我部の顔は非常に強張っている。それほど秋原の視線が辛いのだ。
そんな長曽我部を含めた男子勢に聞いても無駄だと感じた秋原は、男子勢の中で最も仲のいい人物に詳細を聞いてみることにした。
「かんちゃん。本当は何の話してたの?」
「えっとだなぁ……」
さりげなく横目で長曽我部の顔を見ると「言わないで」と懇願する表情が写った。
「悪い、明菜。ほとんど聞き流してたし、こいつらの輪に入ったのも明菜が来た少し前だからあまり分かんないんだ」
そう宮島が言ってみると、それまで半目だった秋原の目がゆっくり開いて行き、緊張を解いて肩の力を抜いた。
「そっかぁ。かんちゃんがそう言うなら信じる」
「そう言ってもらえると助かる」
長曽我部の嘘は信じず疑っていたものの、宮島の嘘はあっさりと信じる秋原。彼女は左手でグラウンドを指さして大声で喝を入れる。
「はいはい。お話もいいけど、今は試合前だからね。みんな早く準備」
「「「はい」」」
この場から逃げ出す口実を得た男子はそこからが早かった。これ以上ないまでの俊敏な動きで試合の準備を始めたのだ。
「さてと、それじゃあ神主。俺たちも行こうか」
「そうだな。じゃあ明菜。行って来る」
「うん。試合の後はマッサージしてあげるから頑張ってね。かんちゃん」
「本当に仲良いなぁ。2人とも」
恋人かと思うほど仲のいい2人に、長曽我部は肩を落としてつぶやいた。彼はグローブを手にゆっくりとブルペンに歩いて行き、その後ろを宮島は追おうとする。と、そこで秋原が彼の腕を掴んだ。
「かんちゃん。耳貸して?」
「ん?」
宮島が彼女に耳を向けると、背伸びをして彼の耳の位置まで口元を持っていく。傍からキスに見えないように、手を口元に付けて内緒話アピールも忘れない。
「それで、何の話だったの?」
「そんなに気になる?」
「気になるよ~。男子達がみんなであんなに盛り上がってたんだもん。教えてくれないってなると、余計に気になるよ?」
宮島は揺れこそしないがそこそこに大きい彼女のそれを眺める。
「で~なんだったの~?」
「いやぁ、馬鹿とは、むしろスーパーグレートギガンテス馬鹿と言えど仲間は裏切れない」
「そっかぁ。だったらいい。仲間を大事にするのは大切だもんね。でも1つだけ本当の事を聞かせてほしいなぁ」
「何を?」
「悪口?」
「これは信じてもいい。悪口はではない」
彼女は彼の目をみつめたのちに笑顔で頷いた。
「うん。分かった」
「それとごめんな。さっき聞いてないみたいな嘘ついて」
「いいよ、別に。仲間は裏切れないって言う理由だし、そのあと本当の事を言ってくれたんだもん。私、かんちゃんのそういうところが好きだよ?」
「明菜。あまり好き好き言うな。男子相手に言ってると勘違いされるぞ?」
「勘違いしない人にしか言わないもん。かんちゃんとか。かんちゃんなら勘違いしないでしょ?」
「まぁな」
彼女は強く彼の背中を叩いてブルペンへ送り出す。
「じゃあ改めて、頑張ってね」
「おぅ。試合後はお願いな」
「任せてよ」
ハイタッチして分かれる2人。すると今度はまた別の人物に行く手を塞がれる。さきほどの秋原CorD討論に参加せず、遠くでずっと笑みを浮かべていた恒例の傍観者Aもとい神城である。
「宮島って、『かんちゃん』って呼ばれとるのな」
「うらやましいか?」
「いいや。てか、中学時代は僕も『かんちゃん』じゃけん」
「ここ1ヶ月の天気予報くらいどうでもいい情報だな」
「ここ1ヶ月の天気予報は人によって重要じゃろう。夏休みの宿題で日記を最終日にまとめてやる時に、天気が分からんかったら困る」
「少なくとも今の僕にはいらぬ情報」
過度にかかわってくる神城の帽子を奪うと、あっち行けと遠くに放り投げる。それを追ってベンチの奥まで走っていく姿は、ボールを追い掛ける犬の如し。
「お~い、まだか、神主。時間が無いんだから早くしろ~」
「誰のせいだと思ってんだ。バカ野郎」
宮島は遠くの曲がり角から顔を出して文句を言う先発ピッチャーに罵詈雑言を吹っかけ、頭をかきながらブルペンへと向かった。