最終話 絆と夢と、そしてお金
1月1日。
今年のドラフト指名を願うため、秋原の提案で初詣に行くことに。
時折、見覚えのある顔がありながら、基本的には付近の住人と思わしき人たちでごったがえしていた。
「なんだか私、浮いてない?」
「「「全然」」」
「みんな、すごく笑い堪えてない?」
さて、いつもの5人で初詣に来たわけであるが、宮島、神城、新本、神部の4人は、動きやすそうな格好。ただ秋原だけが浴衣姿。彼女も本当は新本や神部にも浴衣を着させるつもりだったのだが、野球バカの2人はそんなもの持っているわけがなかった。正しくは実家にあるそうだが、その実家があるのは新本が大阪、神部が長野。持ってくるわけにいかず、仮に持ってこられても、成長著しい現状でサイズが合うかどうかも怪しい。
「いやいや。堪えてないから。うん。似合ってる」
「かんちゃん。凄く笑ってるね」
花柄の散りばめられた白基調の浴衣。彼女のメリハリがある体のラインがしっかり浮かび、いつも以上に扇情的に映る。ただ少しお腹の膨らみも浮かび上がっているのは問題だろうか。
「いいからお参りにいこうで」
「行く~」
新本は神城の手を取ってすっ飛んでいく。
「仲良くなったなぁ。あの2人」
「私たちも行く?」
しれっと手を出す秋原。新本のように手を繋いで行こうということなのだろうが、宮島はしっかり目視した上でそれを無視。そさくさと歩いて行ってしまう。
「み、宮島さ~ん。待ってくださ~い」
「かんちゃん、分かって無視したよね?」
神部と秋原は彼を追う。ちょうど人が途切れていたらしく、お賽銭箱の前は無人。神城・新本に続いて横に並んだ他の3人。予め話していた94円をそれぞれ、お賽銭箱の中へ。その金額は、野球(89)に御縁(5円)がありますように。と言う意味を込めて、2つの数字を足したもの。89+5で895円も案にあったのが、学生には少々高すぎる厳しい額であるため却下となったのだ。
二礼二拍一礼すると、宮島と言う意味ではなく、本物の神主が大麻を5人の頭の上で振る。
『(頼むけぇ、プロ行かしてぇよぉ?)』
『(プ~ロ、プ~ロ)』
『(野球の神様にも頼んだけど、あんたにも頼むぜ。順位は問わないから)』
『(女子初のプロ野球選手。お願いします)』
『(就職、決まりますように)』
野球科4人はプロ入り、マネージメント科の秋原は一般企業への内定がもらえるようにしっかり祈る。
以前、野球の神様しか信じていない。と言っていた宮島、神城だが、いざこうした時になって他の神様に祈ってしまうのは、初詣しかり、クリスマスしかり、様々な宗教文化がさりげなく入り混じっている日本らしい光景だ。
ひとまずお参りが終わると、頭を上げ、神主さんにそれとなく一礼してからその場を離れる。
「あ、そう言えば鶴見には明けましておめでとうのあいさつした?」
宮島が閃いたように問いかけると、神城は首を振り、神部は首をかしげながら新本に目線を向ける。
「してな~い。今からする~」
変化球の教え合いの結果として鶴見と最も仲のいい新本。彼女は携帯電話を出すと、素早い操作で鶴見の電話番号を呼び出して電話をかける。と、その横で秋原が7時半を指す腕時計を見て疑問に思う。
「あれ? たしかアメリカって……」
しかしまったく気付かない新本はそのまま電話を繋ぐ。
『(もしもし。新本さん、どうしたのかな?)』
電話に出た鶴見は何があったのか分からないような、何気ない電話の出方。そんな彼に新本が大きく息を吸い込み、
「トゥルミ~。ハッピ~ニュ~イヤぁぁぁぁ」
新年のあいさつ。と、鶴見は少し何の事か分からず黙り込んだ。が、すぐに気付く。
『あぁ、確かに日本ではもう新年だったね。あけましておめでとう』
「うにゅ? 日本では?」
電話から音が漏れていたため、それを聞いていた新本以外の野球科3人も訳が分からない様子だが、秋原は確信を得たようで。
「やっぱり時差、だね。アメリカではまだ年を越してないはず……」
もちろん宮島らがいるのは日本。一方で鶴見がいるのはアメリカ。日本との時差はアメリカ本土で地域により13~16時間、アラスカで17時間、ハワイで18時間となっている。つまり最も年明けに近いエリアでも、現在は12月31日18時半なのである。なお、鶴見がいるのは東部時間が適用されるフロリダのため、まさしく大晦日の18時半である。
「新本。ちょっと貸して」
電話を借りた宮島は、そのまま鶴見と電話。
「ハロー、ミスターツルミ。英語は上手くなった?」
『通訳さんがいるからまったく』
「あっそ。まぁ、英語は本文じゃねぇしな。野球はどうよ?」
『いやぁ、本当に凄いよ。体つきからして凄いし、何より野球が豪快だよね。打撃も守備も。それに、練習が意外にキツイね。慣れない環境って言うのもあるかもだけど』
「へぇ、やっぱり日米じゃぁ違うかぁ」
『そうだね。なんでこの人が野手やってるの? って思う人も多いし。日本だとピッチャーやらせるのに』
「あ、だったらついでに、アメリカのキャッチャーって――」
つい野球談議で盛り上がる2人だったが、それを邪魔する様に新本が宮島の服の袖を引っ張る。
「かんぬ~。まだぁぁ?」
「すまん。鶴見。新本が駄々こねてるから、帰国してからみやげ話に聞かせてくれ」
『はいはい。了解』
鶴見に断っておいてから新本に携帯電話を返すと、彼女は嬉々として鶴見と会話を続ける。もし彼女が犬だったなら、今頃プロペラのごとく尻尾が回っていた事だろう。
「ねぇ、かんちゃん? 国際電話って電話料金凄かったような気がするけど……」
「……知らん」
長々と電話する新本とその先の鶴見を心配しつつ、秋原の問いかけをバッサリと切ってしまう。
「さ~て、宮島さん。帰って練習しましょう」
「え? 元日から練習するの?」
急に練習を提案する神部に秋原は目を丸くする。しかしその提案を予測していた宮島は2つ返事。
「もちろんだろ? 神様に祈っただけじゃプロ入りできないって。才能持って、努力して、その上で神頼みだからな」
「そうじゃなぁ。神様に祈ってプロ行けるなら、誰も練習せんけぇのぉ」
「あぁ、私も練習するぅ。じゃあ、トゥルミ~。おみやげ忘れないでねぇ?」
『は~い、はい。さて、僕も年明け前にもう少し練習しようかな?』
所変わって埼玉県。
誰もいない寂れた神社。そこで1人の女子中学生が少ないお小遣いをお賽銭に入れて、静かに手を合わて目を閉じる。鳥の鳴き声が少しするくらい。あえて言うなら遠くから車の音もするが。
彼女は目を開けた後にポケットの中から小さな手紙を取り出し、本殿の方へ開いて向ける。
送り主は土佐野球専門学校で、受取人の名は松島彩香。その手紙には『女子枠 合格』との表記があった。
「これで4月から私も土佐野球専門学校の生徒。お師匠様。待っててくださいね」
さらに時を同じくして広島県。
こちらも誰もいない山中の小さな神社。高い身長にしっかり鍛えられた筋肉。非常にがたいのいい男子が両手を合わせて目を閉じる。彼の頭の上には薄汚れた野球帽。しかし、次に彼が目を開けると、その帽子を外して真新しい帽子を被る。
「チームメイトを裏切ってまで移籍した新たなチーム……」
長曽我部輝義。神様の前で帽子を変え、決意を新たにする。
「今度は新たな球友と共に、旧友たちを叩き潰すっ」
そして約半日後。現地時間にして7時のアメリカ合衆国・フロリダ州。
鶴見は5円が無かったため、5セントをお賽銭箱へ。と言っても神社ではなく、神社を模した小さな神棚の前。そこには、巫女さんの恰好をしたアニメキャラのフィギュアが立っていたり、秋葉原と書かれた20センチ程度の掛け軸が掛けてあったり。とにかく混沌としている。
アメリカに遠征中の鶴見は、とあるメジャーリーガーの別荘にホームステイ。そのメジャーリーガーと言うのがアニメを理由にした親日家。そのため日本の宗教文化とオタク文化が混ざり合ったリトル神社があるのだ。
ただ、アメリカに神社があるのかどうか、あってもどこにあるのか知らない鶴見は、その程度は気にせず手を合わせて拝む。
『無事にメジャー入りできますように』
2年生と1年生、日本国・高知県、埼玉県、広島県に、アメリカ合衆国・フロリダ州。
学年と土地を越えて様々な思いが入り乱れる新年であったが、水面下でもう1つの戦いが進行した。
年は明けたが以前、冬期休暇の土佐野球専門学校。自主トレや事務手続き、さらには売店や食堂、病院が生活基盤となっている関係で、教職員は完全な休みではない。それでもいつもに比べれば教員としての仕事がない分、負担で言えば非常に軽いのだが、マネージメント科棟の大会議室。そこに集まった学園長および主要教員、さらには事務員と言った幹部たちは、かなり堅苦しい暗い表情をしていた。
総務、営業、人事、経理、物品管理など、様々な部署、野球科、審判養成科、マネージメント科に経営科などからも今期のまとめ、および来季の方針などが報告されるのだが、営業・経理部門合同の話になった途端に、空気は一気に最下層まで落ち込んだ。
「なるほど……あまりいい傾向ではない、か」
教員としては来期で3年目に入る、土佐野専監督陣では古株に位置される小牧は、手元の資料を手にため息を漏らす。
彼は一応、新本と同じ中高一貫校を卒業してこそいるのだが、ほぼ学業は捨てて野球に費やした生徒。そのためあいにく頭はさっぱりでこの手の資料は苦手だったのだが、さすがにこれだけの時を経れば多少の耐性はつくようだ。
「はい。私たちも様々な企業を回ってはいるのですが……」
営業部長である中年の男が気まずそうに頭をかいて説明。
「あまり協賛金の集まり方は良くないですね」
土佐野専の主だった収入は、学費・入学金、および発行物品の販売などによる雑収入があるが、それ以上に大きいのが企業や個人からの寄付金、協賛金、パンフレットなどの広告収入などである。今ここで問題となっているのは、その大部分を占める協賛金の類が去年度よりも少ないことにある。
「すみません。野球科からも」
来期は1年1組担任が決まっている、2年4組担任・平原が手を上げる。国立大学を卒業してプロに入った内野手であり、文武両道を体現したような人間である。
「今季の新入生ですが、去年度に比べれば小粒感が否めません。いえ、去年度が鶴見、三村、大谷、村上に長曽我部。そして女子にして一般枠に食いこんだ神部と、当たり年だったことも否定はできませんが、それにしても受験生全体のレベルは落ちているかと」
「平原さん。実は知り合いの高校スカウトに聞いた話なのですが」
そこへと教員経験は浅いが、情報を持っている広川が話へと入ってくる。
「有力な学生は高校野球に流れていると言ううわさが。さらに、経年によって土佐野専の注目度が落ち込み、一度はこちらに集まりかけた注目が、高校野球に戻りつつあると」
「そっか。広川君の知り合いがそんなことを……」
言ってしまえば、『目新しさ』によってブランド力を誇っていた土佐野専。プロダクトサイクルにおける導入期・成長期が一気に来たものの、年が経つにつれて、そのブランド力が急激に低下。成熟期をあっという間に通り過ぎて衰退期に入りかけているのである。
「それでもひとまず、しばらくは大丈夫かと。何より日本屈指の大企業十社からの大規模投資がありますゆえ。ただ、それに頼りすぎるのも問題かと思われます。実績が出せなければ、いつ縁を切られるか」
日本屈指の大企業。それは日本にわずか12しかないプロ球団を所有する企業団。そこからの投資が得られるのは、経営上かなりありがたい。しかしながら、有力な学生が流出している現在、今後も安定してプロ級の選手を輩出できるかどうかは怪しい。
土佐野専は大きな問題に直面した。
それは『組織経営』と言う、非営利団体であれ、『営利』を無視はできないゆえの問題点であった。
新2年生達のプロの舞台へのラストスパート。
新1年生達の、新たな挑戦へのプロローグ。
そして土佐野専経営陣による学園の存亡を賭けたマネーゲーム。
様々な思惑や問題が交錯する新たな勝負の1年が幕開く。
土佐野球専門学校は非営利団体です。と、言うと勘違いされがちなのですが、
非営利団体=利益を出してはいけない
ではないんですよね。正しくは
非営利団体=利益を最優先してはいけない=利益を出しても構わない
です。そもそも、赤字だと団体が運営できないし、規模も拡大できないですし。
と言うわけで、ここからややお金の話も出てくることになるかと
まぁ、『経営』タグを付けるほどじゃないですけどね




