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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第7章 分かつ絆 つながる絆
77/150

第7話 クリスマスは雨天中止

「ではみなさん。1年間お疲れ様でした」

「「「お疲れ様でしたぁぁぁぁぁ」」」

「これにてキャンプは終了。明日から休みです。みなさんしっかり体を休めつつ、自主トレは忘れないように。では解散。来年、また会いましょう」

 1ヶ月半にも及ぶ長い長い秋季キャンプがそうして終わった11月下旬。ここから土佐野専は翌年2月までの2ヶ月の間、長い冬期休暇(オフシーズン)に入る。一般的な学校ではよくある夏季休暇が無い土佐野専にとって、数少ない長期休暇である。

 この間に学生たちは、学校から完全解放される。そのため県外から来ている生徒は、普段帰れない故郷に帰ることも。一方で自主トレは欠かせないため、練習設備の整っている土佐野専に居続ける人も。

「明菜~」

「は~い?」

 冬期休暇開始を明日に備えた夜。

 宮島は秋原のひざまくら上で耳掃除をしてもらいつつ、神城・新本は川中島に出陣中。神部は本棚から野球関係の本を取り出して熟読中。明日が休みであろうが休みでなかろうが、そんなことはまったく気にしない一同である。

「ふと思ったんだよなぁ」

 宮島は秋原のお腹を指で突っつく。

「この柔らかいお腹で寝てみたいって」

「や、柔らかい?」

「うん。ひざまくらならぬ腹まくら」

 しこたま甘えてくる無垢な心を持つ宮島。ただその無垢さに傷つけられた秋原。素直に柔らかくて気持ちよさそうと言ったつもりだったが、彼女は少し太ったかもと気になった様子。

「あはは……そのうち、ね?」

 怒りはしないが苦笑い。むしろ甘えられたことが少し嬉しかったり。

「そう言えば、みんなは冬、どうする?」

「どうするってなんかするん?」

「実家には帰るのかなって」

 ひざまくらの上で問いかける宮島に、神城は上杉軍の陣形を崩しながら答える。

「長曽我部には、一緒に広島に帰るか~って聞かれたけど、面倒じゃけぇ帰らん」

「私も面倒だから学校にいる~」

 新本は手放し宣言。その間に直江兼続から攻撃を受け、その状態からの脱出に四苦八苦し始める。

「かんちゃんは?」

「僕は残ろうかな。自主トレの環境はこっちの方がいいし」

「みんな残るなら私も残ろうかな。帰るって言うなら、1人も寂しいし帰ろうかと思ったけど」

 それに引き続いて宮島、秋原も残留宣言。

「わ、私も残ります。それと、宮島さん。一緒に冬の間は自主トレしましょう」

 神部は期待に満ちた笑顔で提案。

「まったく。神部は宮島が大好きじゃのぉ。さっさと告白したらどうなん?」

「煽るな。おめぇをそんな子に育てた覚えはないぞ」

「宮島に育てられた覚えもないで?」

 ベリーショートコントを終えた2人の外で、神部はほんのり顔を赤らめる。最近は神城らの煽りにも耐性が付いてきたのだが、まだ完全にスルーできるほどではない。スルースキルを完全取得した暁には、「明菜~結婚してくれ~」「いいよ~」なんて、宮島―秋原のような軽々しい会話が成立するわけである。

「話は戻して……僕はいいけど、新本と神城は?」

「僕もええよ。どうせ先約はないけぇ」

「私もいいよ~」

「じゃあ、私も補佐ポジションで加わろうかな?」

「だったら、後は鶴見でも誘ってみるか?」

 宮島・神部・長曽我部・新本、そしてマネージャーとして秋原。この5人だけではなく、そこに鶴見も誘ってみようと考えた宮島だったが、

「とぅるみ~ってアメリカじゃなかったぁ?」

「マジか」「そうなん?」「そうなの?」「そうなんですか?」

 四者四様の反応を見せる中、新本が直江兼続の対処をしながら頷く。

「メジャーの球団に誘われたって言ってたぁ。たしか、明日準備して、明後日がスライド」

「フライトじゃろぉ」

「同義語」

「どう考えても異義語じゃろぉ」

 要するに鶴見はメジャー球団に誘われて、自主トレのためにアメリカに行く予定。そのフライトは明後日とのことである。

「じゃあ、この5人で自主トレか」

「内容はどうするん?」

「あまり本格的な事はできないだろうな。寒い時に無茶はできないし。ボールを使うのは軽いキャッチボールや、ティーバッティングくらいに抑えていこう」

「えぇ、ボール受けてほしいです……」

「冬季は筋力トレーニングとか、体幹トレーニングとかにしよう。温水プールやジムを使ってさ。だいたい、寒いと左手(こっち)が痛いんだって」

 彼はボールを受ける手を出す。なにせ使うボールは硬球で、スピードは女子の神部ですら120キロ。いくら温暖な高知とはいえ冬の寒さにその球は、痛みが走って仕方がない。多少の理由ならしぶとく頼んできた神部であろうが、彼がそう言えば諦めざるを得ない。ここは潔く引き下がった。

「と、言う事だ。明日からやる?」

「明日は休みでええじゃろぉ。キャンプも終わったばかりじゃけぇのぉ。明後日からやろうや」

「よし。じゃあ、明後日の朝8時。(ここ)の前に集合な」



「うぅ、やっぱ寒いなぁ」

 朝8時10分。早速、新本が寝坊によって遅刻し、10分遅れで自主トレを開始。

 てっきり体を動かすのは4人だけだと思っていた野球科一同だが、宮島に「柔らかいお腹」と言われたのがよほど気に障ったのか、秋原もトレーニングに加わると宣言。神部に借りたさらしを胸に巻いて加わる。

「かんべぇは元々だけどぉ~、あきにゃんはわざわざさらし巻かなくてよかったんじゃないのぉ? 邪魔になるほど動かないと思うし~」

 貧乳の新本は、嫉妬なわけでもなく素直な質問。彼女は女子のたしなみでスポーツブラこそしているものの、本人としては面倒くさいと思っているほどである。

「えっとね、邪魔にはならないと思うけど、変に動いちゃうとまずいんだよね。激しく動かすと、クーパー靭帯って言う胸の靭帯が切れちゃって、垂れやすくな――」

「あのさぁ、明菜。男子の目も気にしようや」

「い、医学の質問だから。恥ずかしい事は言ってないからっ」

「ふすぅ、巨乳だからって生意気。所詮は脂肪の塊のクセに」

「えっと、今のって新本さんから聞いてたような……」

 同じく大きい派の人間である神部は、それとなく秋原の援護へ。強力な援軍を得た秋原は、らしくなく胸を張って大反撃。

「残念でしたぁぁ。若い時の胸は乳腺密度が高いから、脂肪の塊ってわけじゃないですぅぅぅ」

「若い時はって事は、歳を取ったらどうなるの?」

「い、今は若いからいいのっ」

 なお返り討ちにあうもよう。

 因みに若い時の胸は乳腺密度が高く、脂肪の塊と言うわけではない。と言うのは苦し紛れの発言ではなく、あながち間違いでもない話。一方で新本の「歳を取ったら?」と言う問いに関しては、もちろん個人差はあるが、一般的には乳腺密度は低下。まさしく脂肪の塊となってしまうことも。

「だからさぁ……」

「女子が多いのも考えもんじゃのぉ」

「あの……なんなら私を男子として見てくれてもいいですよ?」

「「無理」」

「で、ですよね。ごめんなさい」

 野球をしている間は男子だろうが女子だろうが一緒であるが、野球から離れた場所で男女を同一視せよと言うのはとても難しい話である。こうなると長曽我部が抜けたことは恐ろしく大きかったように思えてしまう。

「鶴見がいてくれたらなぁ」

「今朝出発みたいじゃったけぇのぉ」

「大きい荷物持ってましたよね。鶴見さん」

 今朝方、練習場に来るまでの間に、偶然に鶴見と出会った5人。曰くこれから高知空港を経由し、東京国際空港から日本を出国するとのこと。新本のおみやげ要求も聞きつつ、タクシーに乗り込んでいたのである。

「「「はぁ」」」

 なんだかんだいいつつも男子2人に混ざる女子・神部。昔から野球部と言う男子社会で生きてきただけに、空気に馴染むのは不得意ではないようである。

「因みに長曽我部はいつ出立?」

「高知駅から早朝の高速バスで帰るって()うたのぉ」

「そっか。じゃあ今から誘うのも無理か」

 毎朝このガールズトークを聞かねばならんのか。と、肩を落とす2人。そこで神部が手を叩いて全員の注目を集める。

「さぁ、早くトレーニングを始めましょう」

 男子2人はその彼女の積極性にハッとし、胸の大きさに関して論争を繰り広げていたコンビも水を差されて停戦。男女で割れつつあった自主トレグループを一気に元に戻してしまう。神部の女子らしからぬ気迫の成す技だ。

 そんな彼女の喝によってついに自主トレ開始。

 冬の練習と言えばマラソンのような走り込みを思い浮かべるが、サッカーのように常に動いているわけではない野球に必要なのは、持久力ではなくむしろ瞬発力。ランニングは体を温めるくらいにしておき、とにかく30メートル程度の短距離ダッシュを行う。もちろんしっかり間に休息を挟むのは忘れない。

「GO」

 宮島が手を叩くと同時に、5人が一斉スタート。速いのはやはり盗塁王の神城。それに続くは超特急・新本ひかり。さらに宮島、神部と続くが、宮島は自分のタイミングでスタートしたため少し前に出ているだけ。むしろ神部の方がやや足は速い。そしてその後ろをゆっくりついてくるのは秋原。

「み、みんな、足、速すぎぃぃ」

「そりゃあそうじゃろぉ」

「野球科だも~ん」

「昔からずっと野球してますから」

「一応、野球エリート集団だぞ。自分で言うのもなんだが」

 土佐野球専門学校の学生は、男子であれば全国の強豪校から誘いが来たレベル。女子は高校野球の規則上、誘いが来ることはまずないが、高校野球の同世代レベルで言えば上~中レベルには属する集団だ。特に神部なんかは、男子世界でも十分に通用する逸材である。

「秋原は運動音痴じゃのぉ」

「あ、あまり運動してないし。だからみんなと、一緒に、練習しようか、と」

「いきなりハードル高すぎじゃろぉ」

 普段運動していない人が、いきなり野球エリートとの練習。あまりにもレベルに差がありすぎである。

「あのぉ、秋原さん。少し休んではどうかと」

「う、うん。少し休むね。さ、さすがに疲れちゃった」

 30メートル10本。総距離にして全力300メートルを走りきった秋原はここでリタイア。曰く他4人はウォーミングアップがてらあと10本走るとか。

『(やっぱりみんな、体力凄すぎるよ)』

 生物学的に差がある男子とならまだしも、同性の女子にも圧倒的運動能力の差を見せられた秋原。グラウンドの芝生の上に寝転がり、空を見上げながら一休み。白い雲と寒そうな青い空。その雲の合間を縫うように飛んでいく飛行機が目に入る。

「鶴見くん、アメリカかぁ。日本以外で自主トレなんて、本当にいろんな人がいるんだね」

 今頃、あの飛行機に乗っているのかなと想像を膨らませる秋原。


 なお、現在の鶴見。

「お、お客さん、どうしました?」

「やっちゃったぁぁぁ。持ち金全部ドルに替えてたぁぁぁぁ」

 まだ飛行機に乗っていなかったようである。

 しかも飛行場にてタクシーを降りようとした鶴見だったが、持ち金を全部ドルに替えてしまっていたと言う凡ミス。日本国内にも関わらず、1円も持っていない大ボーンヘッドエラーであった。

「はぁ、お客さん。待っててあげるから、日本円に替えてきて」

 頭を抱えて呆れる30前後のドライバーに、急いで日本円の調達に行こうとした鶴見。そこでふと思い出す。

「あ、携帯でピッてできます?」

 電子マネーで乗り切ったもよう。


「明菜ぁ。終わったぞ~」

 ずっと寝転び空を見上げていた秋原に、30メートルほど遠くから宮島に声が掛けられる。跳ぶようにして起き上がった彼女は、早歩きで彼達の元へ。

「やっぱ全力続けるのはキツイけど、ほんとうにこんなんでええん?」

「しっかり水分補給してからもう2、3セットくらいすれば十分だと思うよ? 一応、医学的にはこれでいいはず」

 さすがの自称・野球エリートたちも、全力短距離ダッシュ20本は疲れたようで、肩で息をしながら1塁ベンチへと戻る。ここでしっかり水分補給と体を休ませる。

「レペティショントレーニング。以前、話したと思うけど、それのこと。大きく体に負荷を掛ける代わりに、しっかり休むってトレーニングで、スピード重視の白筋を鍛える方法だね。一般的には、1、2日休ませるといいって言うよね」

「ちょっと待て、明菜。それって明日、明後日は練習をやるなと?」

 少し無茶な話である。むしろそんなことをすれば、筋力が付くどころか劣化しそうなものである。

「練習をやるな。とは言ってないよ。部位を変えるんだよ。今日は足、明日は腕、みたいにね。『超回復』って聞いた事ないかなぁ? トレーニングで休んだ後、結果として休む前より筋力が増える現象の事。それってしっかり休めればいいけど、休む前に負荷をかけちゃうと、せっかくできた筋肉が壊れちゃうんだよね」

「それってつまり、しっかり休んでその『超回復』で筋力を付けるってことですか?」

「そういうこと。ただ、あまり休んじゃうと、みんなの思ってる通り、元に戻っちゃうけどね。適度な休みはトレーニングの一環だけど、休みすぎはサボりと同じってこと」

 しかしそうした事を言われてもいまいちしっくりこない一同。ただでさえ土佐野専に来た時でさえ、練習量の少なさに驚いたものである。曰くそれは練習の質が高いがゆえなのだが、秋原はさらにその練習量を下げようと言うのである。

 その不安げな様子に気付いた秋原は提案。

「レペティションした後は、体幹トレーニングでもする? ゴムバンドとか、メディシンボールとか使って」

 今日は足。明日は腕とすると、空き時間はそれ以外の事をするといいだろう。なればその間にしっかり体幹トレーニングや、コンディション調整などを行うのがいいだろう。

『(う~ん。今度、加賀田先生にでも相談してみようかなぁ? 私、そこまでプロでもないし……)』

 ここまでなんやかんや言ってきたが、あいにくその道のプロではない秋原。皆の体調を預かる身として、自身が無いのか加賀田医師への相談を検討。彼女の頭の片隅で「そんな、なんでもかんでも聞くなよ……」とため息を吐きつつ、「まぁ、いいけどね」と小さく笑いする彼の姿が浮かぶ。



 秋原の作った大枠のトレーニングメニューに、加賀田医師およびその他マネージメント科教員が修正を加えた、新冬季トレーニングメニュー。さらに投手、野手で微妙に差を付けたりしつつ、それを淡々とこなしていく野球科4人。

 そうしたトレーニングに慣れてきた12月下旬。

「クリスマスだね~」

 テレビでやっているクリスマス特集を見ながら、感嘆気味につぶやく秋原。と、

「え? 今年のクリスマスって大雨洪水警報で去年に引き続き中止だろ?」

 彼女のいない宮島。

「ついでに暴風警報も出とったなぁ」

 こちらも彼女のいない神城。

「雷警報も出そうですよね」

 曰く野球が永遠の恋人の神部。

「ハロー警報も出る~」

 波浪警報の『波浪』を英語圏のあいさつだと勘違いしている、彼氏不在の新本も。みんな揃ってクリスマスは警報発令により中止だと言い張る。

「こ、この調子だと、バレンタインとか凄そう……」

「バレンタイン? なんだそれは?」

「お菓子屋の陰謀じゃろぉ」

「ホームラン王ですか?」

「監督~」

「あ、これはバレンタイン中止の予感」

 土佐野専にはクリスマスもバレンタインもないそうである。なお七夕では広川が持ち込んだ笹の葉に、野球科全員が我先に『プロに行けますように』と短冊を吊るしていたが、あれはなんの問題もないらしい。

「絶対、鶴見だって鬼の形相でそういうぞ」

「えぇぇ、あんな穏健な鶴見くんがそんなこと言う?」

「新本、電話」

「は~い」

 新本は電話を取り出し鶴見へと電話をかける。ついでに周りのみんなにも聞こえるように、電話はスピーカーモードへ。

「そんなことないと思うけどなぁ」

「だって鶴見だって絶対、その手のイベントは蚊帳の外のタイプだし」

「しれっと失礼な事言ったよね」

 電話がつながる音。

「トゥルミ~、新も――」

『ハッピーメリークリス――』

 すぐに電話を切った。

「あ、アメリカはバッチリキリスト圏だもんね……」

「「「本場のクリスマスだからセーフ」」」

「じゃあ、なんで切ったの?」

 曰く、彼女とベタベタしたり、『にゃ~ん』したりしている日本型クリスマスは許さないが、本場の宗教的意味合いを持ったクリスマスは仏のごとき広い心で許すそうである。なお、なぜ電話を切ったのかは不明である。

「まずおかしいじゃろぉ。クリスマスって言うのは、イエス=キリストの生誕を祝う、由緒あるキリスト教の祭りなんで? なぜに、カップルの日みたいになっとんな」

「まったくだ。要するに何かしらにかこつけて騒ぎたいだけなんだよ。これだから日本人って奴は……」

「かんちゃん。自分の国籍は言える?」

「まったくです。ただただ騒ぎたいだけで、クリスマスを祝う気なんてないんです。何が『ハッピー』ですか。絶対にそんなこと、日本人が思ってないです」

 秋原の冷静なツッコミを挟みつつ、神部までもが強めの毒を吐き始める。

「しろろ~ん。日本の流れに対抗して、ここはいつもどおりゲームする~。大坂夏の陣~」

「冬なのにあえて夏の陣を選択する神経、気にいった。やってやるけぇのぉ」

 1Pコントローラを新本に取られた神城は、意気揚々と2Pコントローラを手にテレビの前へ座り込む。

「よし。だったら、僕は来年度に備えてデータ解析でも手を出してみようか。初歩的な事は高川に習ったからな」

「あ、宮島さん。私も一緒にやります」

 そして宮島は自分のノートパソコンを立ち上げ、データベースと表計算ソフトを起動。情報処理バカの高川に習った方法で、神部と共にため込んでいたデータから情報解析を始める。

 その2組に呆れた秋原はひとまずキッチンへ。お茶を入れ、カップ片手に部屋へと戻ってくる。と、大局的に状況を見てふと気付いた。

「新本、右翼から進軍な」

「しろろ~ん。左はお任せする~」

 男子・神城と、女子・新本の戦国モノゲームの協力プレー。

「こっちをX軸に取って、これをY軸……で、いいのかな?」

「これと、これで統計取ったら面白そうじゃないですか?」

 並んでパソコンの前に座り、画面を指さし合う男子・宮島と女子・神部。

『(あれ? なんだかんだで男女のコンビに分かれてる?)』

 この組み合わせになるのはいつものことで珍しくないのだが、ただ今までの反日本型クリスマスの流れから、こうした光景になるのはどうも滑稽である。

『(カップルじゃないから、みんな的にはいいのかな?)』

 お茶をすすりながらほほえましく眺める。

 異性っ気しかないグループで、まったく異性っ気を出さない2コンビ。とやかく言いながらも結局は男女のグループ成立である。

『(でも、なんにせよ、神部さんが4組に馴染んでよかった)』

 最も危惧するべき事態は、完全に友人グループが固定化したクラスへの新入生。彼女がどこのグループにも入り込めず、結果として孤立してしまう事。以前から宮島と交友があったために危険性は低かったが、『もし』が偶然にも起きてしまうのはまずかった。

『(長曽我部くんも上手くやってるといいけどなぁ)』


 なお、宮島部屋の真下。立川部屋。

「……あのアニメはちょっと声優陣が配役ミスかと」

 名前も顔も年齢も知らぬネット仲間と、来季春のアニメについて掲示板にて批評中。

 こちらが本当に女っ気のない、男1人のクリスマスである。

 そうして1人寂しく自分の意見を書き込んでいると、インターホンの音が室内に鳴る。

「へいへい」

 大量のマンガが入った段ボールでつまずきかけつつも玄関へ。

「はいはいどなた~?」

「マスター=タチカワ。ピザとジュースを買ってまいった。一緒に食さぬだろうか?」

「むっ、本崎氏。ぜひ一緒させてもらおう」

 女っ気のない男、1人増える。

「なお、天川氏も近くのスーパーにて買い出し中にて」

「よくやった。本崎氏には『風神』、天川氏には『雷神』の称号を与えよう」

「はっ。ありがたき幸せ。きっと天川氏もお喜びになるでしょう」

 女っ気のないオタクトリオの夜は長い。


彼女のいない男たちにとってみれば、

クリスマスやバレンタインは雨天中止になってほしい存在かもしれない

しかしそうしたイベントにこそ、

友人との絆も問われるのではなかろうか

(by日下田弘谷/哲学的な何か)

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