第3話 神部の嫉妬?
午後の試験は実技試験。投手は1イニング、打者は4打席および展開によりプラスαでの勝負となる。もちろんそれ以外にも対戦中の守備も評価されるため、受験生は気を抜くことができない。
野球科生の協力はここまで。後はせいぜいマネージメント科協力者が受験生誘導に、そして審判養成科生が審判に駆り出されるくらい。そこで暇を持て余した野球科4人は、バックネット裏で教職員に混じって試験を見守る。
「私たちも1年前はこれを受けていたんですね」
「懐かしいなぁ。新本が満塁のピンチを招いて泣き出したこともあったし」
「他人の事はええけぇ、自分はどうじゃったん?」
「聞くな」
宮島の受験時打撃成績は、
第1打席 対立川(4組) 空振り三振
第2打席 対村上(2組野手) センターフライ
第3打席 対斉藤(3組) セカンドゴロ
第4打席 対不合格者 キャッチャーファールフライ
4打席ノーヒット。守備が評価されたか、もしくはアウトになったものの、その内容が評価されたか。いずれにせよ合否ボーダー上の受験生であった。
「そういう神城はどうだったんだよ」
「4打数2安打」
なかなかにいい成績であった。
「新本は知ってるとして、神部は?」
「私は1イニングを2安打。ゲッツー込みで、4人で終わらせました」
意外と優秀な人であった。
因みにここにいない人の成績は、長曽我部が1イニングを2失点。ストレートの速さを評価され入学決定。
鶴見が1イニングを2安打1四球でピンチを招きながら1失点。
こう見ると、満塁のピンチを招きながら無失点で切り抜けた新本は成績優秀。もっとも、その評価は彼女をリードしていた宮島に持っていかれたわけだが。
実技試験も淡々と進む中、1人の女子受験生が打席へ向かう。
「お、宮島。あれはお弟子さんじゃろぉ」
お弟子さんこと松島は右バッターボックスへ。コンパクトな構え。
相手は球速120キロを誇る左腕。いかに攻略していくかが期待されるが、
「ストライクバッターアウト」
「あれ? お弟子さん、バッティング苦手なん?」
「知らね。ただ、僕が中学の現役時代は6番センターだったかな」
「キャッチャーじゃないん?」
「僕が4番キャッチャー」
宮島も一般的な中学野球部では主砲を張れるレベルの強打者。それも僅差での主砲ではなく、周りから驚かれる次元での圧倒的な力量差での主砲だ。それがこの学校にて8番キャッチャー、打率も1割台でホームランはシーズンわずか1本なのだから、この学校のレベルの高さを伺い知ることができる。
「1、2年の時は僕がいたからキャッチャーはできなかったけど、あいつのキャッチャーとしての技量はかなり高いと思う。僕がマウンドに上がる時は、あいつが代わりにマスクを被ることもあったし」
「宮島さん、本人にはきつく言ってましたけど、かなり認めてるんですね」
「おそらく神部―松島のバッテリーで、女子野球界なら無双できる。それだけキャッチャーとしてのスキルは高い。本人には言うなよ。調子に乗るから」
「は、はい」
それとなく自分が褒められたことで気分が高揚する神部。『女子野球界なら』と言うところは引っかかったが、自分も男女混合の野球界で確実に通用するとは思っていないので、そこに関しての反論はできず。
なおその後の松島の打撃だが、大方は宮島の予想通り。3打席目こそ当たり損ねがファースト後方に落ちてラッキーヒットになるものの、それ以外はいずれもいいとこなしの凡退。あまりいい内容には思えない。
そんな打撃さっぱりで迎えた選手の総入れ替え。ここまでマスクを被ってきた巨漢の受験生に代わり、彼女がキャッチャーマスクを被ってグラウンドに姿を現す。
「なんだか、ピッチャーは不安そうだな」
「分かるんですか?」
「態度と視線でな」
新本が首から下げていた双眼鏡を借り、マウンド上のピッチャーを見てみる宮島。
不安そうな態度そのものは受験による緊張と説明できるが、彼女を追い掛ける視線は明らかに彼女に向けた不安感からだろう。
しゃがんだ彼女に向け、マウンド上の右ピッチャー。大きく振りかぶり、足を上げての投球練習第一投。
宮島らが今まで見てきた受験生の中で、最も速い高めストレート。それを彼女がミットの真芯でしっかり捕球した。
『136㎞/h』
「は、速いですね……」
「午前中の受験生データでは、あいつが現時点で受験生最速じゃけぇのぉ」
「でも~、4月頃のテルテルってもっと速かったよね」
「あいつは超規格外じゃけぇのぉ」
「3組の林さんが、たしか試験で135キロ出したそうなんで、おそらくあれくらいが一般的な上限なんでしょうか?」
長曽我部が入学試験で出した球速は最速144キロと言われている。そして次に速い球を投げたのは、神部の言う3組・林泯台。最速135キロをマークし、そこから1、2キロ間隔で他投手の最速記録が続くため、やはり新入生の最速は130中盤くらいが標準と考えるのが妥当なところ。あくまでも宮島世代の入学試験最速は、1人の外れ値が叩きだしたものである。
そんな球速に目を向ける3人だったが、宮島は別の所に目を向けていた。
「表情が変わった」
「え? 何がですか」
「ピッチャーの表情。おそらくは、全力を難なく受けられたことに驚いているんだろうな。さしずめ、中学の時に捕ってくれる奴がいなかったんだろうよ」
曰く中学時代の長曽我部も一時期直面していたそうだが、速球派投手の大きな問題点。その速すぎる球を誰も捕れないこと。さらにコントロールもそれほどでもないとなるとなおさらで、彼も同じくその問題を抱えていたのだろう。そして不安の中、いかにもか弱そうな女子に放った全力ストレートを、彼女は真芯でしっかり受けた。
キャッチャーは強肩が注目されがちだが、ピッチャーからの信頼を得る。と言う点で重要なのはキャッチング。荒れ球を後ろに逸らさず捕ってくれると言うのは、それだけで大きなものである。
既定の投球数が終わると、松島はマウンドへと走って上がる。初めて組むバッテリーでサイン交換の手間があるため、これについては珍しい事ではない。しかしそのバッテリーの醸し出す雰囲気は異常であった。
「分かるなぁ。ピッチャー主導リードなんて言っても戸惑われるし。僕の時もほとんどのピッチャーがあたふたしてたし、新本に至っては『リードして』って言ってきたからな」
唯一、地味な左腕がピッチャー主導リードを理解し、変化球主体でと要望してきたものだが、そんなすんなりいったのは彼だけであった。因みにその彼の名は言うまでもない。現・1年1組のエース様である。
「さて、そろそろ帰るか。疲れたしな」
「見ないんですか?」
「見ねぇよ」
彼はそのまま無愛想な表情でカバンを持ち上げると、ゲートをくぐってスタンドから消えて行った。
「どうしたんでしょう?」
「お弟子さんが通用せんような気がして怖いんじゃろうなぁ。そんな気にせんでええと思うけど」
土曜日の試験も終了。明確な点数が出されるわけではないこの入試。見落としや、実力の再確認も兼ねて明日も試験が行われるとのこと。もっとも本日の試験協力者は、明日は休みであるため、宮島らにとってはさほど関係のない話である。
その夜。宮島の部屋。
「なんなんじゃろうなぁ」
神城はゲームをしながら部屋を見回す。
隣に座ってゲームを共同プレー中なのは女子、新本。
暖かいお茶を準備しているのは、女子、秋原。
ストレッチをしている女子、神部。
それを手伝うは男子、宮島。
男子2人・女子3人。
「もはや野球専門学校じゃないのぉ。男っ気薄すぎじゃろぉ」
これも筋肉野郎とDカップ女子のトレードにより、新・ユニオンフォースとなってしまったがゆえのことなのだが、それにしても女子が集まりすぎなのは不思議な話である。
「しろろ~ん。右翼無理ぃぃぃぃ」
「分かったけぇさっさと引きんさい。守備拠点で抑えてくれれば、その間にこっちの戦線を押し込むけぇ」
ふと嘆く新本に、神城は的確な指示を出してゲームへと戻る。やっているのはいつもの戦国モノゲーム。ステージは『戸石城の戦い』で、難易度は周回特典の『超鬼畜』と、ほぼ裏ステージのようなものである。
最近、より戦友として仲良くなってきた神城―新本コンビを目にしつつ、宮島は神部の背中を押してやる。
寝間着に軽い上着を羽織った彼女が部屋に来たのは「風呂上りのストレッチを手伝ってほしい」との理由で、今からわずか5分前。まだ彼女の体は暖かく、乾ききっていない髪からはキツすぎない、自然な甘い匂いが漂ってくる。もしもこの場に女っ気に飢えた長曽我部がいれば、耐え切れずに神部に飛びつこうとする→秋原(柔道経験4年)が介入→投げ飛ばす→下の階(立川)から苦情が来る。のコンボが見られただろう。
そしてそんな彼女の匂いを気にせずにいられないのは、彼女の背中を押してストレッチを手伝っている宮島。気にしないようにテレビ画面に意識を向けるも、「気にしまい。気にしまい」と言う思いがかえって気にさせてしまう。
『(うぅぅ、結構キツイなぁ)』
火照った彼女の顔は一段と可愛らしく思わせ、何より涼しい、むしろやや肌寒さも感じる秋の夜。温かみを感じる今の彼女に抱きつけば、さぞ気持ちいいだろう。と、男の純粋な発想力をフル稼働させられる。
『(い、いつから土佐野専はこんな女っ気のある学校になったんだ。僕の若い時はなぁ――)』
若い時(本人的に入学直後)の宮島周辺。
長曽我部←筋肉野郎 神城←広島弁男
秋原←Dカップ女子 新本←野球バカ(女子)
『(あ、あれ? 大して変わってねぇや)』
前々から女子がいたのは紛れもない事実。ただ比率が変わっただけの問題である。
あれこれ考えている宮島。それが奇しくも神部から意識を外すことになったのだが、そうした矢先、運悪く意識を戻すことが起きてしまう。
「宮島さん」
「な、何か?」
「今日来た入学希望の女の子の事なんですけど、お師匠様って……」
「あぁ~あれはなぁ……」
宮島は神部の背中を押しながら、横目で天井を見上げる。
「別に大したことはしてねぇよ。ピッチャーとコミュニケーションが取れないって言ってたから、ピッチャー主導リードを伝授しただけのこと」
「だけ、ですか?」
「元を辿れば野球に引き込んだのも僕だけど、『お師匠様』って言われ始めたのとは話が別で……」
宮島は神部の女の子らしい匂いと温かみ、色気のある見た目、さらには強硬な詰め寄り姿勢と5感のうち4感で訴えかけられ、健全な男子たる宮島はしどろもどろ。そこへ秋原が湯呑みとに急須、お茶葉、それとホットミルク入りのマグカップを持ってくる。
「かんちゃんも大変だね。神部さんに言い寄られて」
宮島は神部に説明しつつ、秋原の言葉にため息まじりの行動で相槌。するとその様子を感じ取った秋原が即座に救援活動開始。
「神部さんもかんちゃんの事を根ほり葉ほり聞いちゃって。やっぱり、あの子がこの学校に入ったら、かんちゃんを神部さんからさらってくかもしれないからかな?」
問う秋原に、神部は火照って桃色になっていた顔を、より赤くしていき、体温もどんどん上がっていく。
「ち、違います。そうじゃなくて、いえ、少しはそう言う気持ちもないとは言えませんけど、で、でもそういうことじゃなくて、あの」
「神部さん、可愛い~」
秋原は街中で見つけた猫を抱き上げる感覚で、あたふたしている神部に抱きつく。
「か~んべさん。せっかく4組にまで移籍してきたんだし、素直になってもいいと思うよ? 思い切ってかんちゃんに言っちゃえばぁ?」
「そ、そんな気持ちないです。だから違います」
「へぇ? そんな気持ちって、どんな気持ち?」
反射的に『そんな気持ち』なんて返した神部だが、よくよく考えれば秋原は、『素直になってもいい』と言っただけで、それ以上の事は何も言っていない。これは完全に神部の先走りである。
「そ、その……こ、恋心とか……」
後半やや小さな声でつぶやいた神部だが、耳聡くそれを拾い上げた秋原がどんどん追い込んでいく。
「へぇ、やっぱり神部さんも女の子なんだね~」
「あうぅぅぅ」
よほど恥ずかしかったのか神部は、どんどん顔を赤らめていった挙句に、頭をふらつかせた末に倒れてしまう。
「あ、倒れた」
「あぁ、ちょっとやりすぎちゃった、かなぁ? 神部さん、のぼせちゃった」
「ただでさえ風呂上りだもんなぁ」
秋原も少し後悔。どうしようかな? と考えた後に宮島へ視線を向ける。
「えっと……起きるまでベッドに寝かせとく?」
「寝かせるの?」
「だって、ここで寝かせるわけにはいかないよね?」
カーペットを敷いてあるとはいえ、ここで寝させるには少し寒いだろう。
「いや、ベッドで寝たら寝たで、僕は今夜どうすればいいんだよ?」
宮島の問いかけに、秋原は掛け時計で時間を確認。
「寝るのっていつも11時前後でしょ? それくらいになっても起きなかったら、無理やり起こして帰るから」
『(それはそれで問題なんだよなぁ)』
と言うのも、神部が11時まで寝ていたと仮定。秋原が起こして部屋に連れ帰ったとして、宮島がグッスリ布団で寝られるかと言えばそれは別の話。その直後に寝るとなると、神部の体温で程よく暖まり、いい匂いのする布団で寝なければならないわけで、それはそれで男子としては興奮して寝にくいことこの上ない。
ただ彼女の話の筋は通っており、そちら方面では反論できず。また一方で素直な話をすれば秋原なら分かってくれようが、以降、変に意識する日々が1年間続くことになると思うと、その代償は非常に大きい。
「仕方ないなぁ」
それだけのリスクを背負うことはできず、しぶしぶながら了承。すると秋原は微笑み、
「じゃあ、お願いね?」
おかしなことを言ってきた。
「お願いって何が?」
「神部さんをベッドに運んで?」
「なんで僕が?」
自分を指さし、
「非力」
新本を指さし、
「非力」
と続けて言う。神部は女子らしくないたくましい体つきで、割と体重はある方。秋原や新本では抱えられないだろう。
「神城」
「宮島の方が腕力はあるじゃろぉ」
「わ、分かったよ」
神部の意識が飛んでいるのが唯一の救い。もっとも意識があれば運んでやる必要もないだろうが。
宮島は心拍数が跳ね上がるのを悟られぬよう呼吸を整えつつ、神部の首やや下側に右腕を、脚の下に左腕を入れる。その体勢は彼女と顔がかなり近づき、下手をすれば宮島も血圧が上がりきって倒れそうになりかねない。
『(マズイ。これはマズイ。緊急事態宣言だ。これは)』
宮島脳内国議会。緊急事態宣言が発令され、小宮島が脳内で右往左往。
『(いい匂いだし、可愛いし、柔らかいし、温かいし。耐えろ、耐えろ宮島。ノーアウト満塁ほどのピンチじゃないっ)』
ノーアウト2・3塁でカウント3―0くらいのピンチである。なお、次のバッターは全打席ホームラン中の4番のもよう。
さらに持ち上げようとした瞬間、彼女の大きな胸が宮島の胸に接触。ボール、フォアボールで、ノーアウト満塁級のピンチに変わる。
「さ、さっさとやるぞ」
「うん。さっさとやって?」
ごまかすようにわざわざ秋原に確認を取り、持ち上げようと力を入れる。と、
『(あ、あれ?)』
気付いた。
「かんちゃん? どうしたの?」
「お、お……」
「お?」
「重い……」
簡単に持ち上げられるかと思った宮島だったが、予想外に重かったようである。土佐野専の公式情報では56キロ。ただしこれは入学直後のものであり、言わば6か月も前のもの。あれから大量の食事やトレーニングを重ねており、彼女もいろいろ成長しているのである。
『(負けられるかっ。僕だって半年、トレーニングしてきたんだっ)』
宮島は意地で体に力を入れて彼女を持ち上げる。
「か、かんちゃん? 生まれたての小鹿以上に足がプルプルしてるんだけど」
「い、行ける~」
なんとか数十センチ持ち上げ、彼女をベッドの上に乗せる。
「はうぅぅぅぅ」
そこで力の抜けた宮島は、新本に似た気の抜けた声で崩れ落ちる。ついでに宮島は、神部の首下、脚下から腕を抜くのを忘れたまま、頭をベッドの上へ。
「あぁぁぁ、疲れたぁぁぁ。布団、気持ちぃぃぃ」
ほどよい温かみと、柔らかさ、いい匂いがし、リズムよく上下する動きはゆりかごのごとく。
「えっと、かんちゃん?」
未解体の扇風機を部屋の隅から引っ張り出した秋原は、電源を入れながら気まずそうに頬をかきながら宮島に告げる。
「寝てる場所、神部さんのお腹の上」
「へ?」
驚いて起きてみると、たしかに彼女のお腹の上。
だてにほどよい温かみ(体温)と、(女子のお腹の)柔らかさ、(ボディソープの)いい匂い、(呼吸で)リズムよく上下などしていない。
「な、なんで今になって言った?」
「なんでって、すぐに言ったつもりだったけど……」
彼が神部の腹の上に倒れ込んでから、秋原が伝えるまで5秒。これ以上早く言えと言うのも、どだい無理な話である。
急いで彼女の首と脚から腕を抜き、照れ隠しで急いで180度回転。彼女に背を向ける。
「お、お疲れ様?」
「どうも……」
彼女の腹の代わりにテーブルの上に伏せた宮島。秋原は暖かいお茶を入れる予定だったが、冷蔵庫から持って来ていた冷たいお茶を湯呑みに入れて差し出す。
「かんちゃん?」
「今度はテーブルだぞ。頭がおかしくなってなければ」
この冷たさと、堅さと、安定感はテーブルで間違いないだろうと頬で確信。
「う~んとね、神部さんね、かんちゃんに恩義感じてたみたいだし、あれくらいならやっても許してくれると思うよ?」
「僕が気にするわっ」
気付いていない内はそのまま寝てしまいたい心地よさだったが、今となっては寝られるわけがない。
「それともうひとつ」
「次は何?」
「あれ」
秋原が自分を見る宮島の目線、その反対側を指さす。そこに彼が目を向けると、
「激写。新本ひかりは見たっ」
「よ~し、新本。その携帯電話をおとなしくこっちによこすんだ」
先ほどの一連の行動をパパラッチ・新本が撮影していたようである。
「やだぁ」
「突貫」
「にゃあぁぁぁぁ」
新本のマウントポジションを取り、携帯電話を奪取しようとする宮島。彼を見つめつつ、いい感じに扇風機の向きを調整するのは秋原。
「新本さん相手だとかんちゃんもあんな感じなんだけどねぇ。やっぱり神部さんだと違うのかなぁ?」
最初は真っ赤だった彼女の顔も、落ち着いて来たのか次第に赤みが引いて行き、呼吸も規則的に、そして穏やかになっていく。
「う~ん、寝ちゃいそうかな?」
「マジで?」
携帯電話を奪い取り、主記憶からの削除に成功した宮島。補助記憶のSDカードにそのデータが残っているとは知らずに携帯電話を返し、秋原の隣へと腰かける。
「うわぁ、本当に寝ちゃって……る?」
「起こしちゃダメだよ?」
まだ寝ているわけではなさそうだが、寝落ちるのも時間の問題だろう。
「寝ちゃったかぁ」
「何かダメな事でも?」
「いや、別にないけどさ……」
「本当に?」
「本当にない」
大ありである。
神部は完全にグッスリ。それから11時前に秋原が起こして連れ帰ったのだが、その後の話。
毛布を被った宮島は、ベッドの上を落ちない程度に転がり回る。
『(うわぁ、すげぇほんのり暖けぇ。めっちゃいい匂いがするぅ)』
それが布団を干していて付いたお日様の暖かさや、シーツを洗った際についた洗剤や柔軟剤の匂いならよかったのだが、あいにくそれは神部の体による暖かさと、彼女のお風呂におけるシャンプー&ボディソープの匂い。たちが悪いのは、直に彼女のそれを実感してしまった事。意識するたびにその恥ずかしさと同時に、男子的興奮が襲ってくる。
『(寝にくすぎだろぉぉぉ)』
宮島健一 就寝時間 午前1時31分
起床時間 午前7時12分(新本・インターホン連打により強制起床)
疲れた体には短すぎる5時間41分の睡眠時間であった。




