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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第7章 分かつ絆 つながる絆
73/150

第3話 神部の嫉妬?

 午後の試験は実技試験。投手は1イニング、打者は4打席および展開によりプラスαでの勝負となる。もちろんそれ以外にも対戦中の守備も評価されるため、受験生は気を抜くことができない。

 野球科生の協力はここまで。後はせいぜいマネージメント科協力者が受験生誘導に、そして審判養成科生が審判に駆り出されるくらい。そこで暇を持て余した野球科4人は、バックネット裏で教職員に混じって試験を見守る。

「私たちも1年前はこれを受けていたんですね」

「懐かしいなぁ。新本が満塁のピンチを招いて泣き出したこともあったし」

他人(ひと)の事はええけぇ、自分はどうじゃったん?」

「聞くな」

 宮島の受験時打撃成績は、


 第1打席 対立川(4組) 空振り三振

 第2打席 対村上(2組野手) センターフライ

 第3打席 対斉藤(3組) セカンドゴロ

 第4打席 対不合格者 キャッチャーファールフライ


 4打席ノーヒット。守備が評価されたか、もしくはアウトになったものの、その内容が評価されたか。いずれにせよ合否ボーダー上の受験生であった。

「そういう神城はどうだったんだよ」

「4打数2安打」

 なかなかにいい成績であった。

「新本は知ってるとして、神部は?」

「私は1イニングを2安打。ゲッツー込みで、4人で終わらせました」

 意外と優秀な人であった。

 因みにここにいない人の成績は、長曽我部が1イニングを2失点。ストレートの速さを評価され入学決定。

 鶴見が1イニングを2安打1四球でピンチを招きながら1失点。

 こう見ると、満塁のピンチを招きながら無失点で切り抜けた新本は成績優秀。もっとも、その評価は彼女をリードしていた宮島に持っていかれたわけだが。

 実技試験も淡々と進む中、1人の女子受験生が打席へ向かう。

「お、宮島。あれはお弟子さんじゃろぉ」

 お弟子さんこと松島は右バッターボックスへ。コンパクトな構え。

 相手は球速120キロを誇る左腕。いかに攻略していくかが期待されるが、

「ストライクバッターアウト」

「あれ? お弟子さん、バッティング苦手なん?」

「知らね。ただ、僕が中学の現役時代は6番センターだったかな」

「キャッチャーじゃないん?」

「僕が4番キャッチャー」

 宮島も一般的な中学野球部では主砲を張れるレベルの強打者。それも僅差での主砲ではなく、周りから驚かれる次元での圧倒的な力量差での主砲だ。それがこの学校にて8番キャッチャー、打率も1割台でホームランはシーズンわずか1本なのだから、この学校のレベルの高さを伺い知ることができる。

「1、2年の時は僕がいたからキャッチャーはできなかったけど、あいつのキャッチャーとしての技量はかなり高いと思う。僕がマウンドに上がる時は、あいつが代わりにマスクを被ることもあったし」

「宮島さん、本人にはきつく言ってましたけど、かなり認めてるんですね」

「おそらく神部―松島のバッテリーで、女子野球界なら無双できる。それだけキャッチャーとしてのスキルは高い。本人には言うなよ。調子に乗るから」

「は、はい」

 それとなく自分が褒められたことで気分が高揚する神部。『女子野球界なら』と言うところは引っかかったが、自分も男女混合の野球界で確実に通用するとは思っていないので、そこに関しての反論はできず。

 なおその後の松島の打撃だが、大方は宮島の予想通り。3打席目こそ当たり損ねがファースト後方に落ちてラッキーヒットになるものの、それ以外はいずれもいいとこなしの凡退。あまりいい内容には思えない。

 そんな打撃さっぱりで迎えた選手の総入れ替え。ここまでマスクを被ってきた巨漢の受験生に代わり、彼女がキャッチャーマスクを被ってグラウンドに姿を現す。

「なんだか、ピッチャーは不安そうだな」

「分かるんですか?」

「態度と視線でな」

 新本が首から下げていた双眼鏡を借り、マウンド上のピッチャーを見てみる宮島。

 不安そうな態度そのものは受験による緊張と説明できるが、彼女を追い掛ける視線は明らかに彼女に向けた不安感からだろう。

 しゃがんだ彼女に向け、マウンド上の右ピッチャー。大きく振りかぶり、足を上げての投球練習第一投。

 宮島らが今まで見てきた受験生の中で、最も速い高めストレート。それを彼女がミットの真芯でしっかり捕球した。

『136㎞/h』

「は、速いですね……」

「午前中の受験生データでは、あいつが現時点で受験生最速じゃけぇのぉ」

「でも~、4月頃のテルテルってもっと速かったよね」

「あいつは超規格外じゃけぇのぉ」

「3組の林さんが、たしか試験で135キロ出したそうなんで、おそらくあれくらいが一般的な上限なんでしょうか?」

 長曽我部が入学試験で出した球速は最速144キロと言われている。そして次に速い球を投げたのは、神部の言う3組・林泯台。最速135キロをマークし、そこから1、2キロ間隔で他投手の最速記録が続くため、やはり新入生の最速は130中盤くらいが標準と考えるのが妥当なところ。あくまでも宮島世代の入学試験最速は、1人の外れ値が叩きだしたものである。

 そんな球速に目を向ける3人だったが、宮島は別の所に目を向けていた。

「表情が変わった」

「え? 何がですか」

「ピッチャーの表情。おそらくは、全力を難なく受けられたことに驚いているんだろうな。さしずめ、中学の時に捕ってくれる奴がいなかったんだろうよ」

 曰く中学時代の長曽我部も一時期直面していたそうだが、速球派投手の大きな問題点。その速すぎる球を誰も捕れないこと。さらにコントロールもそれほどでもないとなるとなおさらで、彼も同じくその問題を抱えていたのだろう。そして不安の中、いかにもか弱そうな女子に放った全力ストレートを、彼女は真芯でしっかり受けた。

 キャッチャーは強肩が注目されがちだが、ピッチャーからの信頼を得る。と言う点で重要なのはキャッチング。荒れ球を後ろに逸らさず捕ってくれると言うのは、それだけで大きなものである。

 既定の投球数が終わると、松島はマウンドへと走って上がる。初めて組むバッテリーでサイン交換の手間があるため、これについては珍しい事ではない。しかしそのバッテリーの醸し出す雰囲気は異常であった。

「分かるなぁ。ピッチャー主導リードなんて言っても戸惑われるし。僕の時もほとんどのピッチャーがあたふたしてたし、新本に至っては『リードして』って言ってきたからな」

 唯一、地味な左腕がピッチャー主導リードを理解し、変化球主体でと要望してきたものだが、そんなすんなりいったのは彼だけであった。因みにその彼の名は言うまでもない。現・1年1組のエース様である。

「さて、そろそろ帰るか。疲れたしな」

「見ないんですか?」

「見ねぇよ」

 彼はそのまま無愛想な表情でカバンを持ち上げると、ゲートをくぐってスタンドから消えて行った。

「どうしたんでしょう?」

「お弟子さんが通用せんような気がして怖いんじゃろうなぁ。そんな気にせんでええと思うけど」



 土曜日の試験も終了。明確な点数が出されるわけではないこの入試。見落としや、実力の再確認も兼ねて明日も試験が行われるとのこと。もっとも本日の試験協力者は、明日は休みであるため、宮島らにとってはさほど関係のない話である。

 その夜。宮島の部屋。

「なんなんじゃろうなぁ」

 神城はゲームをしながら部屋を見回す。

 隣に座ってゲームを共同プレー中なのは女子、新本。

 暖かいお茶を準備しているのは、女子、秋原。

 ストレッチをしている女子、神部。

 それを手伝うは男子、宮島。

 男子2人・女子3人。

「もはや野球専門学校じゃないのぉ。男っ気薄すぎじゃろぉ」

 これも筋肉野郎とDカップ女子のトレードにより、新・ユニオンフォースとなってしまったがゆえのことなのだが、それにしても女子が集まりすぎなのは不思議な話である。

「しろろ~ん。右翼無理ぃぃぃぃ」

「分かったけぇさっさと引きんさい。守備拠点で抑えてくれれば、その間にこっちの戦線を押し込むけぇ」

 ふと嘆く新本に、神城は的確な指示を出してゲームへと戻る。やっているのはいつもの戦国モノゲーム。ステージは『戸石城の戦い』で、難易度は周回特典の『超鬼畜』と、ほぼ裏ステージのようなものである。

 最近、より戦友として仲良くなってきた神城―新本コンビを目にしつつ、宮島は神部の背中を押してやる。

 寝間着に軽い上着を羽織った彼女が部屋に来たのは「風呂上りのストレッチを手伝ってほしい」との理由で、今からわずか5分前。まだ彼女の体は暖かく、乾ききっていない髪からはキツすぎない、自然な甘い匂いが漂ってくる。もしもこの場に女っ気に飢えた長曽我部がいれば、耐え切れずに神部に飛びつこうとする→秋原(柔道経験4年)が介入→投げ飛ばす→下の階(立川)から苦情が来る。のコンボが見られただろう。

 そしてそんな彼女の匂いを気にせずにいられないのは、彼女の背中を押してストレッチを手伝っている宮島。気にしないようにテレビ画面に意識を向けるも、「気にしまい。気にしまい」と言う思いがかえって気にさせてしまう。

『(うぅぅ、結構キツイなぁ)』

 火照った彼女の顔は一段と可愛らしく思わせ、何より涼しい、むしろやや肌寒さも感じる秋の夜。温かみを感じる今の彼女に抱きつけば、さぞ気持ちいいだろう。と、男の純粋な発想力をフル稼働させられる。

『(い、いつから土佐野専はこんな女っ気のある学校になったんだ。僕の若い時はなぁ――)』

 若い時(本人的に入学直後)の宮島周辺。

 長曽我部←筋肉野郎  神城←広島弁男

 秋原←Dカップ女子  新本←野球バカ(女子)

『(あ、あれ? 大して変わってねぇや)』

 前々から女子がいたのは紛れもない事実。ただ比率が変わっただけの問題である。

 あれこれ考えている宮島。それが奇しくも神部から意識を外すことになったのだが、そうした矢先、運悪く意識を戻すことが起きてしまう。

「宮島さん」

「な、何か?」

「今日来た入学希望の女の子の事なんですけど、お師匠様って……」

「あぁ~あれはなぁ……」

 宮島は神部の背中を押しながら、横目で天井を見上げる。

「別に大したことはしてねぇよ。ピッチャーとコミュニケーションが取れないって言ってたから、ピッチャー主導リードを伝授しただけのこと」

「だけ、ですか?」

「元を辿れば野球に引き込んだのも僕だけど、『お師匠様』って言われ始めたのとは話が別で……」

 宮島は神部の女の子らしい匂いと温かみ、色気のある見た目、さらには強硬な詰め寄り姿勢と5感のうち4感で訴えかけられ、健全な男子たる宮島はしどろもどろ。そこへ秋原が湯呑みとに急須、お茶葉、それとホットミルク入りのマグカップを持ってくる。

「かんちゃんも大変だね。神部さんに言い寄られて」

 宮島は神部に説明しつつ、秋原の言葉にため息まじりの行動で相槌。するとその様子を感じ取った秋原が即座に救援活動開始。

「神部さんもかんちゃんの事を根ほり葉ほり聞いちゃって。やっぱり、あの子がこの学校に入ったら、かんちゃんを神部さんからさらってくかもしれないからかな?」

 問う秋原に、神部は火照って桃色になっていた顔を、より赤くしていき、体温もどんどん上がっていく。

「ち、違います。そうじゃなくて、いえ、少しはそう言う気持ちもないとは言えませんけど、で、でもそういうことじゃなくて、あの」

「神部さん、可愛い~」

 秋原は街中で見つけた猫を抱き上げる感覚で、あたふたしている神部に抱きつく。

「か~んべさん。せっかく4組にまで移籍してきたんだし、素直になってもいいと思うよ? 思い切ってかんちゃんに言っちゃえばぁ?」

「そ、そんな気持ちないです。だから違います」

「へぇ? そんな気持ちって、どんな気持ち?」

 反射的に『そんな気持ち』なんて返した神部だが、よくよく考えれば秋原は、『素直になってもいい』と言っただけで、それ以上の事は何も言っていない。これは完全に神部の先走りである。

「そ、その……こ、恋心とか……」

 後半やや小さな声でつぶやいた神部だが、耳聡くそれを拾い上げた秋原がどんどん追い込んでいく。

「へぇ、やっぱり神部さんも女の子なんだね~」

「あうぅぅぅ」

 よほど恥ずかしかったのか神部は、どんどん顔を赤らめていった挙句に、頭をふらつかせた末に倒れてしまう。

「あ、倒れた」

「あぁ、ちょっとやりすぎちゃった、かなぁ? 神部さん、のぼせちゃった」

「ただでさえ風呂上りだもんなぁ」

 秋原も少し後悔。どうしようかな? と考えた後に宮島へ視線を向ける。

「えっと……起きるまでベッドに寝かせとく?」

「寝かせるの?」

「だって、ここで寝かせるわけにはいかないよね?」

 カーペットを敷いてあるとはいえ、ここで寝させるには少し寒いだろう。

「いや、ベッドで寝たら寝たで、僕は今夜どうすればいいんだよ?」

 宮島の問いかけに、秋原は掛け時計で時間を確認。

「寝るのっていつも11時前後でしょ? それくらいになっても起きなかったら、無理やり起こして帰るから」

『(それはそれで問題なんだよなぁ)』

 と言うのも、神部が11時まで寝ていたと仮定。秋原が起こして部屋に連れ帰ったとして、宮島がグッスリ布団で寝られるかと言えばそれは別の話。その直後に寝るとなると、神部の体温で程よく暖まり、いい匂いのする布団で寝なければならないわけで、それはそれで男子としては興奮して寝にくいことこの上ない。

 ただ彼女の話の筋は通っており、そちら方面では反論できず。また一方で素直な話をすれば秋原なら分かってくれようが、以降、変に意識する日々が1年間続くことになると思うと、その代償は非常に大きい。

「仕方ないなぁ」

 それだけのリスクを背負うことはできず、しぶしぶながら了承。すると秋原は微笑み、

「じゃあ、お願いね?」

 おかしなことを言ってきた。

「お願いって何が?」

「神部さんをベッドに運んで?」

「なんで僕が?」

 自分を指さし、

「非力」

 新本を指さし、

「非力」

 と続けて言う。神部は女子らしくないたくましい体つきで、割と体重はある方。秋原や新本では抱えられないだろう。

「神城」

「宮島の方が腕力はあるじゃろぉ」

「わ、分かったよ」

 神部の意識が飛んでいるのが唯一の救い。もっとも意識があれば運んでやる必要もないだろうが。

 宮島は心拍数が跳ね上がるのを悟られぬよう呼吸を整えつつ、神部の首やや下側に右腕を、脚の下に左腕を入れる。その体勢は彼女と顔がかなり近づき、下手をすれば宮島も血圧が上がりきって倒れそうになりかねない。

『(マズイ。これはマズイ。緊急事態宣言だ。これは)』

 宮島脳内国議会。緊急事態宣言が発令され、小宮島が脳内で右往左往。

『(いい匂いだし、可愛いし、柔らかいし、温かいし。耐えろ、耐えろ宮島。ノーアウト満塁ほどのピンチじゃないっ)』

 ノーアウト2・3塁でカウント3―0くらいのピンチである。なお、次のバッターは全打席ホームラン中の4番のもよう。

 さらに持ち上げようとした瞬間、彼女の大きな胸が宮島の胸に接触。ボール、フォアボールで、ノーアウト満塁級のピンチに変わる。

「さ、さっさとやるぞ」

「うん。さっさとやって?」

 ごまかすようにわざわざ秋原に確認を取り、持ち上げようと力を入れる。と、

『(あ、あれ?)』

 気付いた。

「かんちゃん? どうしたの?」

「お、お……」

「お?」

「重い……」

 簡単に持ち上げられるかと思った宮島だったが、予想外に重かったようである。土佐野専の公式情報では56キロ。ただしこれは入学直後のものであり、言わば6か月も前のもの。あれから大量の食事やトレーニングを重ねており、彼女もいろいろ成長しているのである。

『(負けられるかっ。僕だって半年、トレーニングしてきたんだっ)』

 宮島は意地で体に力を入れて彼女を持ち上げる。

「か、かんちゃん? 生まれたての小鹿以上に足がプルプルしてるんだけど」

「い、行ける~」

 なんとか数十センチ持ち上げ、彼女をベッドの上に乗せる。

「はうぅぅぅぅ」

 そこで力の抜けた宮島は、新本に似た気の抜けた声で崩れ落ちる。ついでに宮島は、神部の首下、脚下から腕を抜くのを忘れたまま、頭をベッドの上へ。

「あぁぁぁ、疲れたぁぁぁ。布団、気持ちぃぃぃ」

 ほどよい温かみと、柔らかさ、いい匂いがし、リズムよく上下する動きはゆりかごのごとく。

「えっと、かんちゃん?」

 未解体の扇風機を部屋の隅から引っ張り出した秋原は、電源を入れながら気まずそうに頬をかきながら宮島に告げる。

「寝てる場所、神部さんのお腹の上」

「へ?」

 驚いて起きてみると、たしかに彼女のお腹の上。

 だてにほどよい温かみ(体温)と、(女子のお腹の)柔らかさ、(ボディソープの)いい匂い、(呼吸で)リズムよく上下などしていない。

「な、なんで今になって言った?」

「なんでって、すぐに言ったつもりだったけど……」

 彼が神部の腹の上に倒れ込んでから、秋原が伝えるまで5秒。これ以上早く言えと言うのも、どだい無理な話である。

 急いで彼女の首と脚から腕を抜き、照れ隠しで急いで180度回転。彼女に背を向ける。

「お、お疲れ様?」

「どうも……」

 彼女の腹の代わりにテーブルの上に伏せた宮島。秋原は暖かいお茶を入れる予定だったが、冷蔵庫から持って来ていた冷たいお茶を湯呑みに入れて差し出す。

「かんちゃん?」

「今度はテーブルだぞ。頭がおかしくなってなければ」

 この冷たさと、堅さと、安定感はテーブルで間違いないだろうと頬で確信。

「う~んとね、神部さんね、かんちゃんに恩義感じてたみたいだし、あれくらいならやっても許してくれると思うよ?」

「僕が気にするわっ」

 気付いていない内はそのまま寝てしまいたい心地よさだったが、今となっては寝られるわけがない。

「それともうひとつ」

「次は何?」

「あれ」

 秋原が自分を見る宮島の目線、その反対側を指さす。そこに彼が目を向けると、

「激写。新本ひかりは見たっ」

「よ~し、新本。その携帯電話をおとなしくこっちによこすんだ」

 先ほどの一連の行動をパパラッチ・新本が撮影していたようである。

「やだぁ」

「突貫」

「にゃあぁぁぁぁ」

 新本のマウントポジションを取り、携帯電話を奪取しようとする宮島。彼を見つめつつ、いい感じに扇風機の向きを調整するのは秋原。

「新本さん相手だとかんちゃんもあんな感じなんだけどねぇ。やっぱり神部さんだと違うのかなぁ?」

 最初は真っ赤だった彼女の顔も、落ち着いて来たのか次第に赤みが引いて行き、呼吸も規則的に、そして穏やかになっていく。

「う~ん、寝ちゃいそうかな?」

「マジで?」

 携帯電話を奪い取り、主記憶からの削除に成功した宮島。補助記憶のSDカードにそのデータが残っているとは知らずに携帯電話を返し、秋原の隣へと腰かける。

「うわぁ、本当に寝ちゃって……る?」

「起こしちゃダメだよ?」

 まだ寝ているわけではなさそうだが、寝落ちるのも時間の問題だろう。

「寝ちゃったかぁ」

「何かダメな事でも?」

「いや、別にないけどさ……」

「本当に?」

「本当にない」

 大ありである。

 神部は完全にグッスリ。それから11時前に秋原が起こして連れ帰ったのだが、その後の話。

 毛布を被った宮島は、ベッドの上を落ちない程度に転がり回る。

『(うわぁ、すげぇほんのり暖けぇ。めっちゃいい匂いがするぅ)』

 それが布団を干していて付いたお日様の暖かさや、シーツを洗った際についた洗剤や柔軟剤の匂いならよかったのだが、あいにくそれは神部の体による暖かさと、彼女のお風呂におけるシャンプー&ボディソープの匂い。たちが悪いのは、直に彼女のそれを実感してしまった事。意識するたびにその恥ずかしさと同時に、男子的興奮が襲ってくる。

『(寝にくすぎだろぉぉぉ)』

 宮島健一 就寝時間 午前1時31分

      起床時間 午前7時12分(新本・インターホン連打により強制起床)

 疲れた体には短すぎる5時間41分の睡眠時間であった。


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