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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第7章 分かつ絆 つながる絆
71/150

第1話 男女平等と男女差別

 ユニフォームに着替えての秋季キャンプ初日。休み明けのため、ひとまずみんな揃ってストレッチ中なのだが、やはり宮島は気になってしまう。

「「「い~ち、に~い」」」

 まだ肩の故障に関する制限が解けていないため、それほど負荷は掛けられない神部。彼女の背中を押すだけの動作なのだが、妙に接近するその動作には戸惑いを隠せない。事もないが、辛うじて隠せている程度。

 新本はそれほど女っ気がないため当初から気にならず。秋原はその手の意識より、マッサージの気持ちよさが勝ったため、いつのまにやら慣れてしまっていた。しかし対神部は慣れる要素が見当たらない。

「よ~し、交代。ザッツチェンジ」

 自ら中心での指揮を買って出た立川。天川と組みながら全員に指示を飛ばす。

「宮島さん。交代です」

「う、うん」

 今度は宮島が座って神部が押す番。

『(待て、待て、待て。たしかやったことあるぞ。神部とはストレッチしたことあるぞ)』

 よくよく考えれば、神部が泣きついて来た時にストレッチはしたことがあるような気がする。だがあの時はいかに神部を復活させるか。に意識が注がれており、雑念が入り込む余地などなかったのだろう。

「せぇ~の」

 立川の指示に合わせて神部が押してくる。

「い~ち、に~い」

 耳元から発せられる甲高い彼女の声。以前まで聞こえていた、筋肉野郎の野太い声とは月とすっぽんである。また押す力もパワフルな以前に対し、本日は弱すぎず強すぎずとかなり穏やか。胸にはさらしが巻いてあるため、大きな胸が接する。なんてことがないのが幸いだろうか。

「かんべぇ、気合い入ってる~」

「そうじゃなぁ。待ちに待った4組合流じゃけぇなぁ」

 4組のユニフォーム着た彼女を眺めながら神城がつぶやく。

「それはそうともっと力いれてええで? 弱すぎるけぇ」

「えいっ」

「体重かけぇや」

「ていっ」

「うげっ」

 新本にのしかかられ、一気に力をかけられる神城の体が面白いように曲がる。

「おぉぉぉ、やわらか~い」

「いや、外れた、外れたぁぁぁぁ」

 小学生の言う「死にかけた」くらい話を盛っており、阪神ファンの「ファンを辞める」くらい嘘であり、関節はまったく外れる様相を呈してはいないのだが、あの暴れようは相当痛いようである。

「4組って元気ですね」

「そ、そうだね」

 まるで他人事のような言い草。実際、一瞬の安堵から裏切り行為を働いたヤツは宮島的に他人なわけであり、彼も午前中は口聞いてやらないと神城を突っぱねる心構え。ただ、午後からはその心構えは解除されるもよう。

 第一、宮島にはそれ以前の問題がある。

「い~ちぃ、に~いぃ」

 力いっぱい背中を押してくる神部。2人の顔同士は接近中。顔を合わせているわけではないため問題ないかと思いきや、掛け声の度に、彼の耳に生暖かい息がかかってくるわけで。

『(くぅぅぅ。健全な男子学生にはきつすぎる仕打ちだろ、これっ)』

 隣の新本は女っ気皆無、色気壊滅、男っ気全開、野球バカと、女子よりは男子っぽいが、対する神部は、女っ気全開、色気臨界点、男っ気控えめ、ハイパーグレイテストキングコング野球バカと、女子力の凄い子である。やはり新本と神部は次元が違うのである。

『(誰だよ。いつもコイツと組んでたやつ。そいつ、尊敬するぞ。マジで)』

 3組の時も、きっと一緒にストレッチをしていた奴は大変だったに違いないと推測する宮島だが、実はまったくと言っていいほどそんなことはない。なにせ、旧1年3組は女子2人である。

 そのストレッチの間、『男子の健全な欲望』と言う悪魔と、『理性』と言う天使が第2次宮島脳内大戦を繰り広げていると、

「OK、終わり~。ストレッチ終了~」

 立川が発したヲタダム宣言により、第2次宮島脳内大戦は、理性連合国が欲望枢軸国を全面降伏させ終戦。立ち上がった宮島は足元をふらつかせるふりをして彼女から離れると、こちらも足元がおぼつかない神城と目が合う。

『(くっ、大変じゃのぉ。宮島も……)』

『(この裏切り者め。相応の報いだぞ)』

 宮島はフリのためすぐに立ち直るも、神城はよほど痛かったのか、足が生まれたての小鹿のように震えている。

 とにもかくにも、これで軽いウォーミングアップは完了。基本的にストレッチの組み合わせのままでキャッチボールに移る。それぞれは久しぶりではないが久しい気もする練習に、それぞれグラウンドに散って開始。

 しかしマネージメント科医学担当教員兼土佐野専病院院長・加賀田より、投球制限と言う名の準ドクターストップが掛けられた神部。秋季キャンプに入ってもそれは継続。マウンド―本塁間よりも少し短いであろう距離で、宮島と神部はフォームを確認する目的の軽いキャッチボール。この距離での山なり投球は、新本のように意図して抜いていない限りは見られない軌道だ。

「それにしても神部って結構、体幹が良さそうだなぁ」

「そうですか?」

 時間にして5分。ゆったりキャッチボールだからこそ分かった。他の人と比べても体に安定感がある。男子世界で通用する優れた投球センスはここにも理由があるのだろう。

「体幹がええって言うよりは、体の左右のバランスがええんじゃろぉ」

 気分転換に左投げグローブを付けた神城。同じく左で投げている新本とキャッチボールをしながら話へと入ってくる。

「今やっとるこの練習もそうじゃけど、右と左を均等に使うと、体のバランスが良くなるけぇのぉ」

「ふ~ん。じゃあ、神部って前々から左で投げたりしてたのか?」

 無視するかと思いきや、神城の言葉に反応を示す宮島。午前中は口を聞いてやらないと言う、裏切り者に対する粛清の決意は呆気なく崩れ去った。

「い、いいえ。遊び以外はやってないです……」

「あれ?」

 神城の予想が外れたようで、宮島が煽る目的でわざと大きいリアクションを取りながら彼の方を向いてみる。すると、別に予想が外れたと言うわけではなかった様子。

「僕も神部もそうなんじゃけど、右投げ左打ちじゃけぇなぁ。投げるんと打つんとでは細かいところは違うんかもしれんし、投打の機会の差で体がアンバランスになるかもしれん。けど、投げる時は右が軸足、打つ時は左が軸足って言うのは変わらんけぇ。なんぼピッチャーでも、打撃練習くらいはしとったじゃろぉ」

「は、はい。ハーフスピードで打ちごろのコースを打つくらいなら」

 右投げと左打ち。それぞれ動作における軸足は異なる。さらに腰の回転も右投げが反時計回りであるのに対し、左打ちは時計回り。そうなると投げる時と打つ時はそれぞれ、右投げ右打ちおよび左投げ左打ち以上に異なる筋肉を使うわけで、自然と体のバランスが整ってくるのである。

「じゃけぇ体幹がええように見えるんよ。まぁ、打つ時と投げる時で使う筋肉もまた違うけぇのぉ。右投げ左打ちだけじゃなくて、時には左投げとか右打ちとかで、まだ使ってない筋肉を使うとええで?」

「はい。参考にします」

「なるほどなぁ。僕も久しぶりに逆でやってみるかな?」

 宮島も時折、左投げや左打ちはやっていたが、ここ最近は忘れていたように思える。神城・神部と違い、放っておけば体のバランスが偏りがちな右投げ右打ちであるため、特に注意すべきであろう。

 そう考えれば右投げ左打ちは、野手として守れるポジションが多く、左打ちの利を生かせる。そんな直接的な理由以外にもメリットがあるようにも見える。しかし宮島にとってはひとつの懸念事項があった。

「神部って、2年生ではどうしたい?」

「どうしたいって何がですか?」

 突然の神部に対する質問。明らかに言葉足らずな質問内容に、神部はとっさに聞き返した。

「起用法。決めるのは広川さんだけどさ」

「起用法ですかぁ……」

 現在、土佐野専における投手事情(暫定)は長曽我部が抜けたことにより、

〈先発〉友田

〈中継ぎ〉本崎・大森・塩原・藤山・新本

〈抑え〉立川

〈新規参入〉神部

 となっている。土佐野専は原則として土日の2連戦で1カードのため、先発は2枚必要となる。よってもう1人の先発ピッチャーを用意する必要があり、今後、投手起用法変更が100%行われると言ってもいい。

「私は……」

 彼女は手にしたボールを握りしめて見つめる。

 宮島にそれを言ったからと言って、その通りになるとは限らない。が、自分の回答次第で、彼女の希望にめがけたアドバイスをしてくれるかもしれない。自らをあのスランプから立ち直らせてくれた過去がそれを裏付ける。

 わずか15歳の彼女にとって、ここがターニングポイントとなる可能性もある。プロのスカウトから注目の集まる2年目に向け、彼女は決断した。

「私は、抜けた長曽我部さんの穴を埋めます。4組のエースになります」

「え、エースぅぅ?」

「こ、これは大きく出たのぉ」

「ふにゃぁ~」

 先発・中継ぎ・抑えの選択をさせたつもりが、解答はまさかの『エース』であった。

 神部は1年3組で勝利の方程式の一角としてシーズンを投げ切った好投手。対する4組投手陣は、せいぜい最下位チームの投手陣。しかしそのメンツは、本当なら日本高校球界で名を挙げていたであろうレベルの好投手だらけ。女子の必死の努力を軽々飛び越えて行く男子相手に、エースの座を奪い取るのはそう簡単ではない。

「私、たかだか15歳程度の女子です。すごく生意気かもしれませんけど――」

 ボールから顔を上げる神部。その目はいつもマウンドで見せる、決意に満ちた目だった。

「女子でもやれば男子の中で戦えるって証明したいんです。日本球界の歴史をひとつ、私の手で作りたいんです」

「なんか、大きい話になってきたのぉ」

 来年の起用法の話が、かれこれ日本球界の歴史を作ると言う話になってしまっていた。ただ宮島は、見逃し三振を奪った時の様な策士の微笑み。

「面白いじゃん。そういうの僕も好きだな」

 そして神部に向けてサムズアップ。

「2人でやってやろうじゃん。今日からチームメイトだしなっ」

「はい。よろしくお願いします」



 やる気を出した神部であるが、すぐに大きく動き出せるわけではなかった。何よりも右肩の故障持ちである点が、彼女の練習を制限したのである。

 そこでまず宮島が指摘したのは、先発転向に当たっての問題点の存在であった。

 それはピッチングではない。

「本崎。任せた」

「さすが総大将。拙者にお任せくださるとは、やはり目の付け所が違う――」

「それはいいから」

 本崎を引っ張り出してマウンドに立たせる。別に彼のピッチングフォームが理想的で、参考になるとかそういう意味ではない。

「本崎さん。よろしく願いします」

「あれ? 神部?」

 宮島から借りたヘルメットを被り、打席に入るのは神部。

「本崎。神部は肩の負傷で、投げられないんだ。そこで打撃練習をしようと思ったんだが――」

「なんだよ~。なんだかんだ言ってただの打撃投手かよ。やってらんね――」

「どうせなら、長曽我部の穴を埋める次期エースに打撃投手を頼もうと思ったんだ」

「そうならそうと言ってくれればいいではないか。まったく、総大将のお、ちゃ、め、さん」

 なぜ立川しかり本崎しかり、アニメ同好会の人間はこうもイラッと来るしゃべり方なのだろうか。小牧や天川がそうしたしゃべり方でない以上、大方、立川が原因となった局地的なものであろうが。

「ただ、神部はピッチャーだからな。当てるなよ」

「ふっ。やはりエースは手を抜かない。相手が誰であろうとインコースへ強気にビシビシ――」

「エースならコースを限定しても打たせないだろうから大丈夫だろうけど」

「よし、任せるんだ、総大将。アウトコース勝負だ」

「凄いな。本当にエース級だ」

 詳しくは、(元)エース(の長曽我部)級(の手のひら返し)である。

「さぁ、入りたまえ」

「神部。本崎のしゃべり方にイラッとくるかもしれないけど、できるならピッチャー返しで当てちゃっていいから」

「は、はい」

 神部は右バッターボックスへと入りバットを構える。

 神部は左打ちであるが、これが宮島の提案である。エース、つまり先発転向するにあたり生まれる問題点とは、右投げ左打ちであることなのだ。

 先発転向すると打席に立つ必要性が出てくるわけだが、そこでピッチャーとしては利き手を保護することが必要になってくる。右投げ右打ちは利き腕を体で隠しており、またスイング時に右手が左手の陰になっているため、利き手にボールを当てにくい。逆に言えば、右投げ左打ちには腕や手にボールをぶつける可能性が出てくるのである。

 高校野球であれば右投げ左打ちのピッチャーも珍しくないが、あれは投手に投打両方で活躍を期待しているためやむを得ず、プロの右投げ左打ちも、ほとんどが中継ぎ・抑え、もしくはDHのあるパリーグの選手だ。

 実際に日本プロ野球セリーグの先発経験ピッチャー(2014年シーズン)全80人中、右投げ左打ち・左投げ右打ち・両打ちの選手はわずか6人。先発数が10を超えた選手はおらず、最も多い投手でも先発回数7である。

 要するに右腕保護のため、右打席に挑戦するのが宮島の提案。特に神部も拒絶することなく受け入れる。打てる投手は打線に穴を作らずありがたいが、本業は投げることである。

 ただ打席転向はそう簡単なものではない。

『(やっぱりそう簡単には打てないかぁ)』

 宮島はボールを受けながら少し落胆。

 彼女は右打ちの経験があったようで、構えやスイングに違和感はなかった。しかし打てるかどうかはまた別の話。時折チップするものの、フェアグラウンドにはあまり飛ばない。

「全然打てんのぉ。神部は左打ちに適性があったんじゃろうなぁ」

「適正って言うと、効き目とか?」

「そうじゃなぁ」

 ベンチに腰かけて休んでいる神城に、秋原がスポーツドリンクを手渡しながら話しかける。

「ざっくりいうと、適性を決めるのは、目、足、手の3つじゃなぁ。目は秋原の言うたように効き目。右目だと右が見やすく左が見えづらい。左目だとその逆。じゃけぇ、右が効き目の人は、右にピッチャーがくる左打席が適正。左が効き目の人は右打席じゃなぁ」

「足と手って言うのは?」

「足は利き足を軸足とするか。自由な足とするか、じゃなぁ。利き足にすればそれだけ安定するじゃろうけど、自由な足にしたら、いろんなコースに対応できる。みたいなことよ。で、腕はグリップを握る時、下の手がバットコントロールをする引き手、で上は押し込む手なんじゃけど、要は小回りの利く手でバットコントロールをするか、パワーのある手で押し込むか、って話じゃなぁ」

「じゃあ、目は明確な右左の適性があるけど……」

「足と腕は本人のプレースタイルや感覚次第じゃなぁ」

 そうしている合間も神部はまともに打球を飛ばすこともできず。しかし結果こそ打ち損じであるが、次第にスイングに慣れが見えてくる。もちろん本崎が投げているのはストレート一本の甘いコースであり、同一投手が投げているのだから、リズムが合ってくるのも必然。バッティングセンターで快音を飛ばしているのに近い状況だ。それでもやはり人間の投げる球。そもそもそれほどバッティング練習のしない投手が、1年間投手に専念したエリートからこれだけ打てれば十分すぎる。

 と、その時。

「あ、打っとぉ」

「秋原は最近、博多弁にでもはまっとるん?」

「う~んと、お母さんとの電話で、時折出る博多弁が面白かったから?」

 広島弁の神城が特に郷土色が濃いが、長曽我部も広島県広島市出身。宮島は埼玉県さいたま市、新本が大阪府豊中市。秋原は九州内の転勤族ながら、出身中学は福岡県福岡市。神部は長野県上田市と、超多国籍集団の土佐野球専門学校である。

「って。そうじゃなくて、神部さん、打ち始めたね」

「じゃなぁ。えっと打てとるわけじゃないんじゃけど、打っとる方じゃなぁ」

 さきほどセンター前に綺麗に返したかと思うと、次は三塁線を破る痛烈な当たり。やや調子が出始め、これからだと言うところで、宮島からストップがかかる。いくら投球ほど肩に負担が無いとはいえ、重いバットを振り回すのはわずかながら負担はかかるのだ。その負担が小さなものでも、それが蓄積されれば肩の状況を悪化させかねない。

 それが自ら分かっている彼女は、投げてくれた本崎に一礼して打席を外す。本崎・宮島も用は済んだと切り上げようとしたが、天川が「自分にも打たせろ」と要求してきたため、練習がてら付き合う事に。

 そのため宮島に「先に戻ってて」と言われ、ひとまず先にベンチへと戻ってくる。

「神部さん。お疲れ様」

「あ、ありがとうございます」

 スポーツドリンクとタオルを受け取った神部。ベンチにヘルメットを脱いで置くと、秋原の横に腰かけて一休み。そこで休憩がてら、秋原を挟んで反対側にいる神城へ話をしてみる。

「神城さん。私のバッティング。どうでした?」

「ん~? ええんじゃないん? 別におかしいところはなかったし、後は慣れの問題じゃろぉ」

 神城も特段凝視して見ていたわけでもない。それでも特におかしいところは見当たらなかったため、素直にそう答えてしまう。

「ピッチャーは元々、運動神経のええ人がなるけぇのぉ。神部もバッティングへの適応が早そうじゃなぁ。中学以前とか、上位打っとったりしてなぁ」

「神部さんって、中学校以前ってどうだったの?」

「野球ですか?」

「うん」

 趣味の話は以前したことがあったが、野球の話はしたことがなかった。秋原はふと暇つぶしに聞いてみることに。

「少年野球時代は4番でエースでした」

「ほぉ。やるのぉ」

「女子って、男子に比べて成長が早いもんねぇ。体も心も。それだからかなぁ?」

「ただ、中学校はあまり……」

 と、中学校の話に関してはどうも歯切れが悪い。

「その、なんだか中学校の時はまともに試合に出してもらえなくて……」

「どうしたん? すごいのがおったとか?」

「う~ん。神部さんクラスだと、平凡な男子だと勝てなさそうだもんね」

 超エリート野球少年が集まる土佐野専で、まともに本格派としてピッチャーができているレベルである。平凡な男子では歯が立たないだろう。だとすると、例えば鶴見級・長曽我部級のピッチャーがおり、その陰に隠れてしまったと考えるのが普通である。しかし、

「中学の監督、グラウンドは女人禁制の硬い人だったんです」

「あぁ~なるほど。おるなぁ。そういう人」

「封建主義って言うんだっけ? ちょっと違うかな?」

「一応、校長先生が手を回してくれて野球部には入れて、練習もできたんですけど、試合は練習試合に何回かのみで」

 その練習試合に出したのも、あくまで校長に問われた時の言い訳のためであったのは、神部の知るところではない。受け入れ自体はしたものの、女人禁制には変わりなかったのである。

「それを思い出すと、ここはすごく居心地がいいですよね。男子も女子も、同じ目線で見てくれて」

「それはそれで厳しいじゃろぉけどな」

 女子枠と言う形で女子を特別視しているが、入ってしまえば男女差別はない。もちろん特別視もしない。いくら男子と女子で生物学的才能の差があろうと、実力がすべて。いくら身体的不利な女子が100の努力を重ねて10の実力を得たとしても、10の努力で100の実力を得てしまう身体的有利な男子が評価される。

 神城の言う「厳しい」とはそう言う事。身体的特徴を考慮して結果が平等になるように評価すれば、その評価方法自体が差別となる。一方で評価方法から差別を無くせば、身体的特徴と言う不平等が生まれる。元々2つの間に『差』が存在する以上、差別を無くそうと動くことは、それ自体が差別にもなりうるのである。

「もしかしたら、男子と女子で差別されてた頃の方がよかったかもしれんで? 誰も女子じゃけぇと甘い目で見てくれんけぇのぉ」

 新本は最近こそ投球が安定しているが、入学直後はマウンド上で泣かされるほどに滅多打ちを受けている。他クラスの1組・榛原、2組・白鳥、小浜、3組・山県など野手陣も、容赦ないインコース攻めや、時にはデッドボール。守備時もゲッツー崩しなど、怪我させることに迷いのないプレーを受けている。

 そこで「女子相手に可哀想」「女子の傷は一生もの」なんて反論すれば、「じゃあグラウンドから出て行け」と返されるのが関の山。でも彼女たちはそんな事を言わない。

「いいんです。甘い目で見てほしくないから、この学校に来たんです」

 怪我をする覚悟はできている。散々な目に合う覚悟もできている。

 ただ野球が好きで、上手くなりたくて、男子に勝ちたい。

 その思いただひとつ。

 むしろその男子から容赦なく受ける手加減の無いプレーは、「自分たち女子に、本気で立ち向かってくれている」と、そうした感謝すら覚える。

 世間で行われているような、男女平等を訴えつつ、女性の保護・権利を主張するような、都合のいいことをしたりはしない。ただただ完全なる男女平等社会にて全力を持って男子を打ち砕くのみ。

「むしろ、男女平等の方が楽しいです」

「そうなん?」

「はい。だって、完全男女平等社会で男子に勝つことは、本当に実力で男子に勝ったことになりますから」

 男子を押しのけ一般枠で入学。実力で3組の勝利の方程式に食い込み、タイトルこそ取れずとも、1年屈指のセットアッパーと成長した神部。この学校における唯一の男女差別制度たる『女子枠』の恩恵すら受けていない彼女だからこそ分かる優越感がそこにある。

「それじゃあ、神城さん、秋原さん。お疲れ様でした。私、これから病院で加賀田先生に肩の様子を見せてから、あとは午後から走り込みでもします」

「頑張るのぉ」

 道具を片付け始めながら午後の予定を語る神部に、神城は関心の声を素直に漏らす。と、神部は笑顔を浮かべながら右手でガッツポーズ。

「男の子たちに負ける気はありませんから」


平等と差別は難しいものです

そもそも前提条件が違うものを平等に扱おうとすると、

そこに形を変えた差別が必ず生まれますからね

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