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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第6章 最下位争い
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第9話 1年リーグ戦閉幕

 初めてのリーグ戦は全試合消化。そこで長曽我部の提案で、忘年会ならぬ『忘シーズン会』が行われることとなった。会場はもちろん宮島の部屋。いつもの5人に鶴見、神部らも加えてのすき焼き。材料は秋原が近くの業務用スーパーで調達済み。去年までは食べ放題の店が近くにあったようだが、すぐに潰れてしまったとか。理由は言うまでもない。

「神部、遅いなぁ」

「やっぱりかんちゃん、気になる?」

「そ、そりゃあ少しはな」

「少し?」

「す、こ、しっ」

 メールは送っておいたのだが、彼女にしては意外に返信が無い。やはり宮島としては彼女の容態が心配なのだ。マウンドから降りる直前の球。球速自体は出ていたし、それほど大怪我ではないと思っているのだが。

「あ、秋原さん。僕も手伝うよ」

「鶴見くんはいいから。お客さんは座ってて」

 不安な表情を浮かべる宮島の前で秋原が準備をしていると、突然にインターホンが鳴る。

「は~い」

「待て、新本。僕が出る」

「にゅ?」

 いつもは飛び出す新本にそのまま任せるはずが、今日は彼女を制して宮島自ら対応する。この時間、このタイミング。間違いないとみていいだろう。

 意味ありげな微笑みを浮かべる秋原の横を抜けて玄関へ。鍵はかけていなかったので、ゆっくりとドアを開けてみる。

「こんばんは」

 そこにいたのは神部。普段通りの地味でもなく派手でもないため、かえって特徴なく地味になってしまっている姿の彼女。別に右腕を吊っている、肩にギプスの類を入れているなどそうした感じはない。宮島は心の中で「大怪我じゃないな」と大いに安心しながら、彼女を部屋へと招き入れる。

 あえて怪我のことには触れない。気にこそなるが、必要ならば彼女から話してくるだろうし、仮に話してくれずとも、怪我情報は復帰予想期間のみだが、土佐野専のホームページにて掲示される。

 一番彼女の様子を気にしていた宮島自身が何も聞かない。それを見た他のメンバーも、長曽我部すら彼女の怪我の状況には触れない。

「「「いらっしゃ~い」」」

 それどころか明るい声で彼女を迎える。

「お、おじゃまします」

 それが彼女にとっては想定外だったのだろう。声を詰まらせながらの返事。どこにいようか戸惑っていたが、少し考えて宮島の隣、ベッドに腰掛ける。

 するとやや静かだった部屋の中。長曽我部と鶴見は他愛もない野球の技術談義を、神城と新本は次なる『虎牢関の戦い〈鬼畜レベル〉』をいかに攻略するかを、ゲームの説明書片手に相談し始める。秋原は相変わらず1人で準備中。彼ら彼女ら、空気を読むことくらい身に着けているのである。

 宮島も意識して彼女から視線を外し、テレビの画面を注視していた。

 しばらくはそれを続けていた一同。長曽我部・鶴見は高めストレートの有効活用について、神城・新本は奇襲攻撃を成功させる方法について話しはじめたあたりで、神部が隣にいる宮島の左手を握った。

 急な事に、一応は健全な男子である宮島の心臓が跳ね上がる。

「み、宮島さん。ありがとうございました」

「な、何が?」

「あの後に病院に行ったら、軽傷だとは言われました。けど、あれ以降を投げ続けていればどこかで重傷化していた可能性があったとも」

 神部が恐れた顔で言う一方で、大きな鍋を運んできた秋原は首をかしげる。

「重傷化って、回旋腱板断裂かいせんけんばんだんれつとか、肩峰下(けんぽうか)インピンジメント症候群とか?」

「えっと、あまり詳しい事は……」

 秋原の言うような怪我になったかどうかは、怪我する前に食い止めたために不明である。しかし現在の怪我は軽い炎症で、1~2週ほど完全安静にすればすぐ投げられるようになる。と言うのが、土佐野球専門学校附属病院(通称・土佐野専病院)の加賀田先生の診断結果である。

「僕はあの時、何もしてねぇよ。お前に話をしたのは、柴田と田端さんだ」

「けど、タイムを掛けて田端監督を呼んだのは宮島さんですよね?」

「そりゃ、まぁ……」

 柴田より先にタイムを掛けたのは宮島。と言うのもあの時、神部の投げ方がおかしいと気付いた宮島は、リリース直後にも関わらず打席を外しに行っていたのである。結果的にボールではあったが最悪、失投ホームランコースを捨てるようなことをしていたことになる。もちろん柴田(キャッチャー)はボールを捕る動作が残っていたが、宮島は打撃を実質放棄。それがタイムを早く掛けられた理由である。

「でも、本当にそれだけだぞ」

 一方でタイムを掛けただけと言う宮島の主張もまたその通り。降りるように説得したのは柴田と田端である。それでも神部は彼の手を離さず、むしろより強く握る。

「いいんです。私が宮島さんに感謝したいから感謝するんです」

 実際のところは『敵なのにタイムを掛けてくれたこと』に感謝したい神部。が、口下手な彼女はそれがすんなりと出てこず、完全にタイミングを逸してしまっている。

「そ、そう言われると返しようがなぁ」

 怪我の功名。非論理的な感情論がかえって宮島を言いくるめることになった。

 すると自分の感謝が伝わったことで嬉しくてたまらない神部は、野球をしている時の姿からは想像できない笑みを浮かべ始める。

「さぁて、じゃあ和やかな空気になったところで、そろそろ食べ始める?」

「そうしようか」

「はい」

 宮島と神部も秋原の意見に同調。

 何やらしている合間に秋原と神城と時々新本が準備しており、もういつでも食べ始められる状況。いつもは机1つが真ん中に置かれているのだが、今日は神城がわざわざ自室から机を持って来ているため、くっつけてやや広め。そこに各々のポジションへと着席。

 秋原は最も台所に近い側。彼女から見て左手には、手前から神城・新本・鶴見。右手には宮島・神部。向かい合う形で長曽我部と、やや窮屈だがすぐに気にならなくなるだろう。なぜかと言えば……

「はい、おーぷ~ん。食べりぃ~」

「「「いただきま~す」」」

 気分で言ってみた秋原の不慣れな方言に気付かず、第1次すき焼き戦争勃発。

「えっと……みんなライスはどうすると?」

 神城の取った肉を奪う新本。彼女に「いつもの」と返された秋原は、いつもの量(どんぶりに山盛り)をよそって手渡す。さらに宮島・神城・長曽我部にも「いつも通り」と要求され、いつも通りの量(どんぶり超山盛り)で返す。

「鶴見くんと神部さんはどうする?」

「それじゃあ、そうだね。気持ち多目でお願いできるかな?」

「は~い」

「ありがと」

 秋原は鶴見の要望の気持ち多目(どんぶりやや山盛り)を手渡し、神部は「新本さんと同じでお願いします」とのことでその通り。なお秋原自身は並盛(世間的に普通の茶碗に、世間的に常識なレベルで並盛)である。やはり野球科は異常なのである。

 さらに個人個人の要望通りに準備していた飲み物も配り、秋原はようやく自身の食事のために一呼吸つく。

「いろいろやってもらった身で言うのもどうかと思うけど、秋原さんも大変だね。やっぱり少しくらい手伝った方がよかったかな?」

「いいの、いいの。私って世話好きな人だから。お礼はプロで成功してくれたらいいよ」

「明菜もつくづく世話好きだよなぁ」

「健一くんがそれを言うのかい?」

「宮島さんがそれを言いますか?」

「主にお前らのせいでなっ」

「いや、かんちゃん、結構自分から動いてるよね?」

 他クラスの人に世話をやいたのは、頼まれたからやったのは宮島の言う通り。しかし自クラスの人に世話をやいたのは、むしろ秋原の言う通り。そもそも今日の神部の件も、本来は柴田に任せておけばいいところであった。自分から動いたことに値するだろう。

 宮島の自意識の無さに呆れながら、ゆっくりと食事を始める秋原。腹の減った7人はかれこれ3分くらいは食事に集中していたが、やや腹も満たされると、むしろ食べながらのおしゃべりに移行して来る。

「そう言えば、タイトルってどうなったんだろ? 発表とかないのかな?」

「えっと、待ってね~」

 宮島の疑問に秋原はタブレットを取り出してネット検索。もちろん目的は土佐野専のホームページである。

「あ、全部決まってる。早いなぁ。じゃあ、発表します」

「「「いぇぇぇ~い」」」

「まずは投手部門」

 その宣言に長曽我部・新本・神部は身構える。が、鶴見は落ち着いた様子でジュースをひと飲み。それもそのはずである。

「最多勝、最優秀防御率、最多奪三振、最優秀勝率の投手四冠・鶴見くん」

 圧倒的であった。

「最多セーブ、1組・鹿島くん。最優秀中継ぎ、3組・三崎くん。以上」

 やはり勝利が条件となる部門は1組の圧倒。辛うじて最優秀中継ぎに3組が食い込む形であった。その結果に鶴見を除く投手3人は落胆。メジャー注目投手に勝てるとは思っていなかったが、これほどまでとは残念にも思うだろう。

「続いて野手部門」

「「「いぇぇぇ~い」」」

 答えるのは宮島・神城と、隣の部屋から壁越しに三国。

「首位打者、神城くん。最多本塁打、3組・バーナードくん。最多打点、1組・三村くん」

 神城は右手を突き上げる。

「最多安打、2組・大谷くん。最高出塁率・盗塁王、揃って神城くん」

 恐怖のリーディングヒッター爆誕。

 結果、ここにいた野球科6人中2人で、全12タイトル中7タイトルを獲得。意外とエリート集団だったようである。

 なおそれに引き続き行われたベストナイン・ゴールデングラブだが、


〈ベストナイン〉

投手:鶴見  捕手:西園寺(2組)

一塁手:三村(1組) 二塁手:仁科(3組) 三塁手:大谷(2組) 遊撃手:大津(1組)

外野手:斎藤(1組) 村上(2組) バーナード(3組)


〈ゴールデングラブ〉

投手:鶴見  捕手:西園寺(2組)

一塁手:神城  二塁手:竹田(2組) 三塁手:大谷(2組) 遊撃手:前園(4組)

外野手:斎藤(1組) 小松(1組) 加村(3組)


 宮島・新本・長曽我部・神部の4人、揃って爆死。

「やっぱりベストナインとれんかったのぉ。三村には勝てんけぇ仕方ないのぉ」

 1組・三村はタイトルこそ神城より少ないが、打率2位、本塁打2位、安打数2位、出塁率3位と、タイトルを取れなかった成績も良好。総合的に見れば神城より上と教員は判断したのだろう。

 そんな彼を讃えるような事を言う神城だったが、

「贅沢な」

「神城、殺す」

「肉、もらった~」

「そういうの好きじゃないです」

 無タイトル4人からバッシングの嵐。

「ち、違うんで? そう言う意味じゃなくてのぉ」

「贅沢」「殺す」「もうひとつ肉もらったぁ」「好きじゃないです」

「贅沢とは違うけぇ。長宗我部は殺すとか言いなさんな。新本は肉を取らんで。それと神部のが地味に一番グサリと来るけぇやめぇや」

「神城くん。私、神城くんをそんな子に育てた覚えはないよ?」

「秋原に育てられた覚えもないっ」

 島津家・釣り野伏せに引っかかった竜造寺四天王並に総被弾中の神城。その2つ横でB9(ベストナイン)GG(ゴールデングラブ)含めてタイトル6つの鶴見は、安全にお食事中。

「わ、私だって今年のは本気じゃないです。宮島さん相手だと投げやすさが違いますし、宮島さんと組めば私だって最優秀防御率くらいは取れます」

「いやいや。俺、神主と組んでるけど、最優秀防御率取れるほど改善はしないだろうと思うけどなぁ」

「まったくもってその通りだけど、輝義に言われると腹が立つなぁ」

 宮島本人もキャッチングには自信があるし、投手主導リードは投手に投げやすく思ってもらうための手段である。しかしながら、最優秀防御率を鶴見から取ることができるほどの効果があるとは思ってはいない。

「長曽我部さんは何も分かってないです。宮島さんは違うんです。3組の柴田さんや和田部さんもいいキャッチャーですけど、宮島さんは何か違うんです」

「こいつはそれほどのキャッチャーとは思えないけどなぁ」

「お前は僕の何を知ってるんだ?」

「そうです。長曽我部さんは宮島さんの何を知ってるんですか」

「いや、神部は神部で僕の何を知ってるんだ?」

 真っ向から「それほどじゃない」と言われるのもどうかと思うが、信者のように崇めてくる神部にも違和感を覚えずにはいられない。

 長曽我部はいつもどおり、神部は彼女らしからぬ強気でお互いに火花を散らす。

 細めた鋭い目つきで、彼女の大きな目を睨みつける。そしてしばし観察したのち、彼は意を決して口を開いた。

「そこまで言うなら見せてもらおうじゃないか」

「分かりました。見せてやります。私と宮島さんの本気を」

「いや、勝手に僕を巻き込むなよ」

 長曽我部と神部の間で何かの誓いをかわす。

 そこでふと鶴見が気になる。

「しかし、見せてもらおうって……どうする気なんだい?」

「いいから見ておけって」



 土佐野専野球科はリーグ戦が終了すると、10日程度の中期休暇に入る。リーグ戦の疲労を取ると同時に、秋季キャンプに備えて調子を整える意味があるのだ。その間に入学希望者に関する事務手続きを始めとし、教員の手が空いている間に様々な行事や事務仕事、さらに設備のメンテナンスなどを行う。それで生徒を動かしては休みの意味がないため、普通の生徒であれば関係のない行事ばかりだが。

 休みすぎて筋力が落ちてしまうため、最低限の練習をする必要はある。かといって休まなくては休みの意味がなく、秋季キャンプでばててしまう。そのため肉体的にも、精神的にも最低限の休みが必要なのだ。

 そうしてひらめいた秋原。少しみんなで遠出してみようということになったのである。そこで宮島、神城、長曽我部、新本、神部、鶴見の6人に声をかけて実行に移した。なおその回答は、

宮島:「どうせ暇だし」

神城:「暇じゃけぇええよ?」

長曽我部「その日は用事が……」

新本:「いく~」

神部:「ぜひ、ご一緒させてください」

鶴見:「ごめん。フットサル部の活動があってね」

 と言うわけで、長曽我部・鶴見を除く5人での遠出である。

 ついでに些細な事だが、外出する朝の事。

「ぱらりら、ぱらりら~」

 なぜかヘルメット姿の新本が原付で現れ、そしてUターンして帰った後、今度は徒歩でやってくる謎行動を見せた。おそらく免許を取ったため、自慢がてら見せつけたかっただけである。

 9時半ごろに学校を出発。それから2時間半ほど、ゲームセンターやバッティングセンターで遊びつくすと言う散財っぷり。因みにバッティングセンターでは、新本が140キロ、神部が150キロを簡単に弾き返すと言う、他のお客さんドン引きなバッティングを見せつけもした。

 そして昼はと言うと、どこか見覚えのある河川敷にマットを広げ、そこで昼食タイムとなった。ここまで大きな荷物を持ってきた理由でもあるわけだが、わざわざここである必要性もないように思えるわけだが、そこは風流というものだろう。

 秋原はリュックサックから3重の大きな弁当箱を取り出す。さらに神部もリュックから同じサイズのものを。

「デカッ」

「大けぇのぉ」

「にゃにゃっ」

 秋原・神部の2人は大きなリュックを背負ってきており、神城が「それって何なん?」と聞いた時は「お昼」と返されたのみ。実際にそれを見たのはここが初めてだ。

「いやぁ。本当に重かったんだよ。ここにいる人って、みんなよく食べるから」

「どう見ても、男子2人、女子3人の量じゃないのぉ」

 その男子2人、女子3人の内訳は、大食漢の男子2人、一般男子以上の食欲を持つ女子2人、そして普通の女子1人である。

「はい、どうぞ」

「「おぉぉぉぉ」」「ほぉ、凄いのぉ」

 秋原が3段の弁当箱を広げてその中身が明らかになると同時に、男子2人と新本から歓声が上がる。

「「いただきま~す」」

 と、早速割り箸を取って我先にと食べ始める宮島と新本。出遅れた神城は、秋原に割り箸をとってもらいながら、横の宮島に目を向ける。

「なんか、体育祭の小学生みたいじゃなぁ。逆に秋原と神部は親じゃのぉ」

「男の子は女の子に比べて成長が遅いって言うもんね。体も心も」

「新本も子供じゃし、僕ってそんな子供っぽいじゃろうか?」

「新本さんは元の性格? 神城くんはそこまででもないかな? でも、かんちゃんって、割と子供っぽいと思うよ?」

 秋原の感想に「ほぉ?」と興味深そうな相槌を打つ神城。神部は「そうですか?」と疑る感じで、宮島は「マジか?」と箸を止め、新本は食べ続ける。四者四様の反応を見せるなか、秋原は割り箸を2つに割って、おにぎりを自分の紙皿に取り分ける。

「だって、よく私に甘えてくるでしょ?」

「いやいや、明菜。マッサージしてもらうくらいだろ?」

 首を振って反論して来る宮島は、自分が子供だと認めたくない様子。

「耳掃除してあげてるし、ひざまくらしてあげてるし、そのまま寝ちゃうこともあるし。私としては、新本さん以上に子供っぽいと思うよ?」

「はい……」

 事実を突き付けられた宮島、敗北。

「でも意外でした。そりゃあ、オンオフで性格違うなぁとは思ってましたけど」

「みんなは野球してる時のかんちゃんが普通だもんね。私にとってはプライベートのかんちゃんの方が普通だけど」

「神部たちが負担掛けすぎて、その反動で秋原に甘えとんじゃろぉ」

 ぐぅの根も出ない神城の意見に、宮島に続いて神部も撃沈。

 投手陣にとって宮島が女房役である。ただ、女房もたまには休むべき。と意見した秋原に対し、以前、宮島が「(自分の事を)代わりに考えてくれる女房役がいる」と言ったことがある。秋原はその時、自分の事だと推測し、実際に宮島からしてみればまさしくそう言う意味だったのだが、つまるところ投手陣にとって宮島は甘える存在であり、そこで散々甘えられて得た大きな反動で宮島が甘えるのが秋原なのである。

 この手の話で盛り上がりかける新本を除く4人だったが、秋原としてはそれ以上に気になることがあったため、タイミングを見て話しを打ち切る。

「そう言えばかんちゃん。どうだった?」

弁当(これ)のこと?」

「うん。例えば卵焼きとか」

「あぁ。味も絶妙でかなりおいしかったなぁ」

 嘘ではない本音のそれっぽい表現で秋原を賞賛。すると彼女は、

「だって、よかったね。神部さん」

「は、はい」

 神部はやや頬を赤らめながら肯定。すると宮島はまたも驚愕。

「え? これって神部が作ったの?」

「はい。ほとんどは秋原さんですけど、少しは私が……」

「かんちゃん何か不満? 別に神部さんが作ってもよかろうもん」

「ほんとうに秋原は博多弁にはまっとんじゃなぁ」

 可愛らしい声の「よかろうもん」に広島弁でコメント追加の神城。それはよそに置いておき、宮島は少し戸惑い。

「いやぁ……神部って料理上手いのな。てっきり野球バカかと」

「上手いってほどじゃ。中学の家庭科で習ったくらいです」

 謙遜しているかのような発言だが、神部の料理の腕はさっぱり。包丁は問題なく使えるし、米は炊けるし、卵焼きや味噌汁も作ることはできる。しかしせいぜいその程度であり、まさしく中学校の家庭科レベル。土佐野専では1人暮らしなのだが、学食があるため自炊はまったくと言っていいほどせず。しても麺類を湯がいたり、肉を適当に焼いたりと、それこそ『男の料理』のような雑なものにとどまる。

 一緒に料理をした秋原はそれを知っているが、意地悪な彼女はここぞとばかりに神部を煽りにかかる。

「謙遜しなくてもいいんだよ~。かんちゃんにアピールできたよ~」

「そ、そんなつもりじゃ……」

「かんちゃんも料理できる女の子好きでしょ? よかったじゃん。かんちゃんのお嫁さんになれるよ?」

「はうぅぅぅ」

「あのなぁ、明菜」

 ため息を漏らして呆れを表現。と、秋原は「冗談、冗談」と手を振って釈明。それでようやく落ち着き、神部も胸をなでおろす。

「しかし、神部が料理できるとはなぁ」

「いえ、本当に家庭科レベルですよ? それ以外はサッパリで……」

「サッパリって、塩と砂糖を間違いないだけマシじゃろぉ」

「あのさぁ、神城くん。塩と砂糖を間違えるって、漫画じゃないんだから……」

「そうじゃなぁ。あはは……」

「あ、さては神城くん、やった経験あるね」

 目線を逸らして苦笑い。これは確実に経験がある口だ。

「僕は素直に凄いと思う。これがまさか、以前ここで殺す目をした神部のやったものとは――」

「み、宮島さん。それはなしです。忘れてください」

「何、何? 2人だけの秘密?」

 今となってはかなり前になる話。実はこの河川敷は、神部と初めて2人で出かけたあの場所であった。神城こそ宮島が神部とデートらしき何かを行ったことは知っているが、彼もせいぜい知るのはそこまで。何があったかはまったく知らない。

 そのためここで地元高校野球部の練習に混じり、強豪校の選手に煽られた神部が瞳孔ガン開きで勝負を挑んだ挙句、宮島のリード込みで抑え込んでしまった。と言うのは、ここにいるメンバーでは、当事者たる2人しか知らないことである。

「いや、な? 今から3、4か月前か――むぐっ」

「わぁぁぁぁ、わぁぁぁぁ」

 指折り何か月前か数える宮島の口を、神部がありきたりな声を出しながら手でふさぐ。

「今から3か月前で、神部と宮島の秘密って言うたら……あっ」

「ヘイヘイヘイ、ピッチャーびびってるぅ」

「いや、ピッチャーは神部じゃろぉ」

「私もいる~」

 なんとなく気づきかけた神城も、神部は宮島の口を封じたままで野球バカらしいセリフを吐いて抑えこむ。

 その仲のいい宮島と神部の光景を、事の発端を担った秋原は笑いつつながめる。

「こんな楽しいのに、鶴見くんも長曽我部くんも来れないなんて残念だね」

「そうじゃなぁ。ただ、鶴見はフットサル部じゃし、仕方ないじゃろぉ。僕と新本も明日はバスケの予定じゃけぇのぉ」

 部活の話が出始め、あれから2ヶ月以上。今となっては部活数もかなり増えており、土佐野球専門学校野球部なんて言う、いかにも強そうな部活まで存在する。なお所属者は野球科以外であり、それほど強いわけではないとか。

「別にいいだろ。どうせ、普段だってそんな感じだし」

「ダメですぅぅぅぅ。あれは、私と宮島さんだけの秘密です」

「本当に何したんな?」

「いったい、何しとったと?」

「何したんや~?」

 神城のナチュラル広島弁、秋原の不自然な博多弁、新本の珍しい関西弁と西日本の誇る3方言での集中砲火。

「な、なんでもないですからぁぁぁ」

 神部はそこを長野方言ではなく標準語で否定する。

「それくらい言ってもよかろうもん」

「明菜も言ってるしいいじゃん」

「だ~め~で~す~」

 より騒がしくなる4人。時々話には入る新本が、1人で弁当の好きなおかずを独占しているのに気付くのはしばらく後になる。

「分かった、分かった。もう言わないから離せ」

「本当ですか?」

「言わねぇよ。3人もこの話は触れんな」

 言質を得た神部は、ようやく宮島から手を離す。さらに宮島から言われたこともあり、秋原と神城も「それなら仕方ない」と諦めてそれ以上は聞かない。ただ、おしゃべりな秋原は、神奈川にある某球団の昔の継投策のように、新たな話題を次々に引っ張り出す。

「それにしても神部さん、本当にこの空気に馴染んちゃったよね。前までは借りてきた猫だったのに」

「それは……な、慣れちゃいますし」

「もう、これは長曽我部がいらんじゃろぉ。神部を含めてユニオンフォースでいいんじゃないん?」

「いらないな」

「いらな~い」

「はい。長曽我部くん、クビ~」

 今回の遠出を欠席した長曽我部は、ユニオンフォースの4人による欠席裁判の結果、クビが決定。

「み、みんな、そんなに簡単に決めちゃっていいんですか?」

 あわてる神部に、神城は宮島の背後から彼女へと釈明。

「みんな冗談で言うとんじゃけぇ。誰も本気にはしとらんで。仲ええけぇ、冗談でこういう事言えるんよ」

 皆が笑っているが、その本心はもちろん、長曽我部をこの友人グループから追い出すつもりなどまったくない。あくまでも話のネタとして言ってるだけなのだ。

 時に、日本にはこのような言葉が存在する。


『嘘から出た真』


因みに日下田は、料理で塩と砂糖を間違えたことがあります

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