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プロ野球への天道  作者: 日下田 弘谷
第6章 最下位争い
61/150

第8話 背水の陣

「ストライクスリー、バッターアウト、チェンジ」

『(くっ、フォ、フォーク)』

 最後は得意のフォークを振らせて空振り。ノーバンで捕ったため振り逃げはできず、空振り三振でチェンジだ。

「ナイスピッチ。立川」

「お褒めにあずかり、恐悦至極にごんずる(・・・・)

 正しくは『恐悦至極に存ずる』である。下手な敬礼をしながらマウンドを降りる立川。そして宮島はようやく9回の守備が終わったと、ベンチまでの帰り際にマスクを外した。その時だった。

「うわっ」

 急に目に光が飛び込んできた。

 なんだと思いながら右手で目元に陰を作り、光の差し込んできた方へと目を向ける。するとそこにあったのは、

「日が……」

「隊長。雨が、雨がやみました」

 薄暗い鼠色の雨雲を押しのけ、顔を覗かせた太陽。いつの間にやら雨は止んでおり、その代わりに日の光がグラウンドに降り注ぐ。後ろを振りかえれば、グラウンドにできた水たまりに光が反射し、非常にまぶしくも思える。

「止まない雨はありません。きっといつかは晴れる。今まで雨の降ってきた4組にとって、今日こそが日の目を見る時です」

 そこへと監督・広川が足を踏み出す。

「1年4組。最後の攻撃。今こそが、逆襲の時です」

「「「おぉぉぉぉぉぉ」」」

 広川の喝に盛り上がる1年4組の選手一同。そしてスタンドでは、

「延長戦に入ったら、最後の攻撃じゃないけどなぁ」

 長曽我部が余計な事を言っていた。



 9回の裏。1年4組として最後の攻撃が幕を開ける。

 この回の先頭バッターは3番の小崎から。クリーンアップを迎え撃つ3組は、守護神の三崎を投入。もちろんながら、この1点を抑えきる構えを取る。

 守護神の投入に、あと1点がさらに大きく見える。

 しかし今の4組にとってこのイニングは背水の陣。

 追い込まれた者ほど何をするか分からないものだ。

 先頭バッターの小崎は、初球、インコースのスライダーを迷いなく打ち返す。真芯で捉えた痛烈な打球は、センターへの弾丸ライナー。ただ飛んだ場所が悪かった。センターの守備範囲内。

 バックスクリーンにある2つの赤いランプ。その1つが点灯。ワンアウトだ。

『(あと2つ。ですが、まだ分かりません。一発が出れば同点です)』

 雨も止んだ。雲を見る限り、再び降り出すとは考えがたい。とにかく追いつきさえすれば、残り最大3イニングの猶予がある。

『4番、レフト、佐々木』

「よっし、こぉぉぉぉい」

 気合いを入れてバットを構える。気合いで打てるなら、いつも気合いを入れて打っている。だからこそ気合いを入れたから打てるわけではないと分かっている。しかし追い込まれつつあることも分かっているからこそ、意味がなくとも、苦し紛れでも、気合いを入れずにはいられない。

 ただ時にその無意味な気合いも意味を持つことがある。

 クローザーの三崎は、こちらも追い込まれたその状況だからこそ、感化されて気合いが入る。ところが大きすぎる気合いは、別の問題を生む。

「ボール、フォアボール」

 ピッチャーには力強さ以上に、ボールをコントロールする繊細さが問われる。あまりにパワーピッチングにこだわると、それを欠かしてしまうのだ。

「タイム。ランナー、寺本」

 ワンアウトから出た大事な同点のランナー。広川は佐々木に代わって、俊足の寺本を代走へと送ってチャンス拡大を図る。

『5番、サード、三満』

 ゲッツーの瞬間に1年が終わる。ランナーが出たからこその緊張感が、4組の選手たちの間に蔓延する。

 隙あらば2塁を狙う。そんな意思が見える大きなリードの寺本。三崎はもちろん牽制球を放って制する。ところが寺本はギリギリのタイミングで1塁に戻ってセーフ。刺せそうで刺せない。そんなギリギリの絶妙なリードだ。

 それにも関わらず大きなリードを取る寺本。積極走塁の意識は変わらない。

 マウンドの三崎はクイックモーションで投球。背を向ける1塁ランナーは見えないが、だからこそ気になる。

「ボール」

 アウトコースいっぱいを狙ったストレートは、外に外れてワンボール。

 返球を受けた三崎。帽子を外して額の汗を袖で拭う。

「クローザーなのにメンタル弱すぎ~」

「新本さん。あながちその指摘は間違っていませんが、こうとも考えられますよ。メンタルが弱くてもクローザーのできる、大きなメリットがある。と」

 度々炎上していた新本が言える台詞ではないのだが、広川はあえてそこにはツッコまない。

「ボール、ツー」

 2球目も高めに変化球が外れる。

「プロの大舞台や高校野球の甲子園大会では、ミスした選手が馬鹿にされたり、非難されたりすることは珍しくありません。ですが、ミスは時に誇るべきものになる。なにせ、大舞台でミスするためには、その大舞台に立たなくてはならないんですから。それに変にミスを続けるとレギュラーやベンチ入りから外されます。ゆえにミスの多さの裏には大きな武器があるとも考えられます。もちろんミスは無いに越したことはないですが」

 例えば国際大会や甲子園大会でのエラー。多くの国民が注目する中でミスをしたのは恥じることかもしれないが、そもそも下手ではその舞台にすら立てない。実力があるからこそ、その舞台に立ち、エラーをすることができたとも考えられる。

 さらにリーグ戦でもミスの蓄積は必ずしも悪いものではない。三振のシーズン記録上位十傑は、1軍でレギュラーを張っていたレベルの選手、中にはホームラン王も名を連ね、通算三振数ともなれば、超有名な伝説級の選手も多くいる。

 ついでに言えば、敗戦投手、与四死球の通算最多記録を持っている投手は、同時に勝利、奪三振の通算最多記録を誇る超レジェンド級投手。

 必ずしも 好選手=失敗のない選手 という図式は成り立たないのだ。

「ボール、フォアボール」

 寺本の挑発に負けた三崎は、5番の三満にストレートのフォアボール。

 広川は球審に代打・大野を告げてベンチへと戻ってくる。

「確かに、今の三崎くんは非常に崩れています。ですが彼にはとんでもない特徴がある。高川くんは知っていますか?」

 情報解析にかけてはマネージメント科主席の高川。彼はメガネを押し上げながら頷く。

「正直、三崎はメンタル的に弱い点が挙げられます。相手の挑発にはすぐ乗るし、少し足の速いランナーが1塁に出れば、ボールが非常に荒れます。ただ――」

 バッタボックスの方から木が砕ける音がした。ハッとして一同が試合に目を向けると、大野のバットは粉々に砕かれ、打球はピッチャーマウンド上空。インフィールドフライ宣告後、三崎はそこから引いてセカンド・中山に処理を任せる。

「ランナーを得点圏に置いた場面。得点圏被打率に関しては、土佐野専トップクラスの数値を叩きだしています」

「クラッチヒッターならぬ、クラッチピッチャーですね」

 広川はまたベンチから足を出す。

「タイム、代打・天川」

 ツーアウト・1・2塁。

 前園に代えて大野、横川に代えて天川と、後のない4組は代打攻勢。さらに8番・宮島が入るはずのネクストバッターサークルには、打撃の上手い小村が待機。一応、宮島は同点延長に備えてプロテクター・レガースを付けたままだが、このようでは代打かゲームセットの二択。いずれにせよ宮島はここまでだろう。

「続け、続け、あ、ま、か、わぁぁぁぁ」

 スタンドには、雨は止んでいるが開いた傘を振り回して応援の長曽我部。相変わらず、東京の某球団の様な応援である。

 素振りを2回。右打席に入り、深呼吸してから構える。

 あと1人と追い込んだ三崎。追い込まれた天川に対し、クイックモーションからの初球。

「ストライーク」

『140㎞/h』

 アウトコース高めへとストレートが決まる。

 彼の過去最高球速は142キロ。球速もそうだが、ピンチになってから球のキレが変わった。

「ボール」

 2球目はアウトローへと逃げるスライダー。タイミングが合わず潔く見送った天川だったが、球審の判定は幸運にもボール。ストライクだと判断した天川にとって、ここは嬉しい誤算であった。

 三崎は柴田のサインにタイミングを合わせながら2塁牽制。間を取る目的で刺す気はなかったこともあり、これはアウトにできず。

 一呼吸おいてから3球目。天川は三崎の投球モーションに合わせ、バットと脚を引き、そしてグリップを握る手に力を入れる。

 三崎の手からボールが離れる。投球はインコースへのハーフスピード。そこから手前に曲がってくるインシュートを、思いっきり引っ叩く。打球はフェアゾーンへ転がり、勢いよく三遊間へ。サードの山県が飛びつくも届かず。代わりに上島が逆シングルで打球をもぎ取る。

『(サードは、無理っ)』

 サードは山県が塁から大きく離れており、ピッチャー・三崎のカバーも間に合わず、そもそも2塁ランナーが俊足の寺本。間に合わない。そして1塁もそこそこ足の速い天川が迫っており、刺すのは難しい。

『(ならっ――)』

 無理のある姿勢。このままでは投げられないと判断した上島は、ジャンプしながら逆方向にある2塁へと送球。つまり、足の速くない1塁ランナー・三満を殺す。

 セカンドの中山が送球を受ける。三満が2塁に滑り込む。

 ほぼ同時。

 その判定は――

「セーフ、セーフ」

 セカンドの足が送球を受けた瞬間、わずかに2塁から離れた。審判はそれを見逃さず、両手を横へと開いた。

「「「繋がったぁぁぁぁ」」」

 沸き起こる4組の大歓声。

 その歓声を背に、広川がグラウンドへと姿を現す。ツーアウト満塁のこのチャンス。宮島に代わって代打を送るのである。もちろん送るのは、既にネクストへと入っている小村。

「タイム。代打――」

「待ってや、監督」

 代打を告げようとした監督を小村が制する。

「小村くん? 何かありましたか?」

「み~やん。集中力、切らしてへんな?」

 小村は彼に背中を向けたまま問いかける。

「そりゃあ、同点で延長戦の可能性もあったし」

「やったら、み~やんが打席に立ちぃや」

「え?」

 宮島が目を丸くする。

「小村くん? どういうことですか?」

 審判に少し待ってくれるように合図してから、広川は小村へと問いかける。

「監督。この学校に入学した直後。投手14人、野手10人っちゅう、投手過剰やった。さらに負け続けるチームの中で、点を取られる投手陣と、点を取れない野手陣の間でケンカも度々あった。けどその中で、多くの投手陣を1人で抱え込みながら、扇のかなめをやっとったやつがおったんや」

 そこでようやく宮島へと向きかえる小村。

「最初は投手やったから、み~やんの苦労もたくさん見てきた。そして、今、捕手やから、その苦労も実感してる。投手も8人に減りながら、さらには捕手も2人体制になりながらでも、すごくキャッチャーは大変なんや。やから分かる。これ以上の苦労をみ~やんは背負ってたんやって。そして分かったんや」

 小村はヘルメットを脱いでバットをケースに入れる。

「み~やんが、一番、チームの事を思い、初勝利を目指してたのやって」

 その上で広川へと視線を向ける。

「この場面。打席に立つのは自分やない。み~やんや」

「小村……」

「小村くん……」

 宮島と広川の2人が彼の名をつぶやく。それへと続く声があった。

「行ってくるのだ。隊長」

「GO、GO、かんぬ~」

 立川、新本を筆頭に現・投手陣たち。

「お前が立つなら文句ねぇぜ。キャプテン」

「ほら、ほら、みんなも言ってるよ~」

 前園、小崎ら元・投手陣。

 捕手1人体制下で苦心しながら支え、そして今も支える信頼の厚い現旧投手陣。彼らからの後押しを受ける。

「仕方ありません。行ってきなさい。宮島くん」

「い、いいんですか?」

「監督命令です。この試合、決めてきなさい」

「はいっ」

 付けていたレガースやプロテクターを脱ぎ捨て、バッティンググローブを付け、自分のバットを手にグラウンドへと足を踏み出す。

「かんちゃん、ファイトっ」

「行ってくる」

「これで貸し借り無しやな」

「ば~か。この程度で返せる貸しだと思うな。半年前からの利子も返せ」

「ひえぇ」

 秋原の声援を背に、ついでに小村に借金取り立てをしておいてバッターボックスへ。

『8番、キャッチャー、宮島』

 代打はない。4組内でいったいどのようなやり取りがあったのか。それは3組の選手たちには知る由もない。だがいずれにしても言えることは1つ。

 この場面が勝利を分けるポイントになる。

「プレイ」

 広川がタイムを掛けていたため、球審のプレイ宣告で試合再開。

 4組最後の抵抗に追い込まれた守護神・三崎。正捕手・柴田とサインをかわす。

 いったい宮島はどこの球を待っているのか。プルヒッターの宮島相手だと、危険なコースは内側だが、張られていれば外が危険で、その場合は逆に内が安全である。つまりほぼ賭け。

 まずは初球。

「ファール」

 インコースへの139キロストレート。宮島はバットの根元で捉え、バックネットへのファールとする。

 宮島は外に張れば内、内に張れば外を潔く見逃すバッター。つまり今のは内に張っていたのである。場合によってはサヨナラとなりかねない状況であった配球。

「ボール」

 一呼吸置こうとアウトコースに変化球で外し、平行カウント。今のはハッキリ外したため、早々にボールと判断された。内外、どちらに張っていたのか、バッテリーには読めず。

 続くサイン。少し考えたバッテリーは、アウトコースのスライダーでバットを振らせる算段。

 三崎の投球はサイン通り。外へと逃げるスライダー。これを宮島は、

「ボール」

「スイング」

「ノースイング」

 ハーフスイング。球審のボールコールに続いて柴田がハーフスイング判定要求も、1塁審はノースイングのジャッジ。

 ただこれで読めた。今の宮島は外に張っていた。

 そしてカウントはバッティングカウント。打者有利だけに、自分の得意なコースで勝負したい。

 ならばと次の投球はアウトコース。保険をかけて、球種は低めに沈めるスプリット。

 これを宮島はバットの先に当ててカット。2―2と追い込まれてしまう。

『(追い込んだ。これで宮島は読み打ちが使えない)』

 宮島ルートから神部攻略法(ただし感覚的なもの)を得ている4組。逆に神部ルートから、宮島は読み打ちタイプだと言う情報も柴田は仕入れている。それを知った彼は勝利を確信する。宮島が打ち取られれば、その瞬間にゲームセット。4組の最下位が確定する。つまり現在の宮島は、純粋な9回裏ツーアウトツーストライク以上に追い込まれている。そんな状況下で、読み打ちなんてリスキーなことはできないと判断したのだ。

 1球勝負と確信。苦手なアウトコースの意識が強いとみて、配球はインコースいっぱい。バッターの得意なコースを突いて三振を取ると言う、キャッチャーにとっては最高の頭脳の勝利を描く。

 三崎が大きく足を上げて第5球目を放る。コースはインコース低め。球種はストレート。そのボールは何物にも妨げられることなく、柴田のミットに飛び込んだ。

「ボール」

 インコース低めギリギリに外れるボール球。球審によってはストライクを取るであろうコースを見切った。いや、見逃した。

『(ば、馬鹿な。追い込まれてなお、読み打ちだと?)』

 選球眼に優れた神城でも今の球はカットしようと手を出す。しかし宮島は手を出さなかった。そもそもインコースには張っていなかったとしか考えられない。

『(嘘だろ。こんな状況でも読み打ちして来るのか)』

 三崎にボールを返しながら考える柴田。

 追い込まれてなお読み打ちしてくるなど、もはや不測の事態であった。

 そこで柴田は思い出す。


初球 インコースファール(読み:インコース)

2球目 アウトコースボール(読み:不明)

3球目 アウトコースボール・ハーフスイング(読み:アウトコース)

4球目 アウトコース空振り(読み:アウトコース)

5球目 インコースボール(読み:アウトコース)


 もし彼の推測が正しいとすると、初球と不明な2球目以外は、全てアウトコースに張っている。やはり自分の苦手なコースを待っているのか。しかしこれだけ外に張られ続けていれば、次こそインを待っているのではと、相反する予想も出てくる。

『(み、宮島のラストボールの読みは……)』

 決意する。迷っていても仕方ない。

『(外側。だから逆を突いて内側。三崎。こい)』

 サインに頷いた三崎は、セットポジションに軽く深呼吸。少しだけ間を取った後、足を小さく上げる。その瞬間に1塁、2塁ランナーがスタート。2アウト満塁・カウント3―2。自動(オートマティック)スタートである。

 三崎の手からボールが離れる。

 宮島の読みは外か、内か、果たして――

『(インコース。もらったぁぁぁ)』

『(マズイ、読まれたっ)』

 足を外側に開いた宮島。自分の最も得意なコースを、空振りを恐れずに引っ張りタイミングで、力いっぱいに振り抜く。

 響く快音。打球はサード頭上への痛烈なライナー。

「「「抜けろぉぉぉぉぉぉぉ」」」

 4組全員の声が重なる。

 打たれた三崎は反射的にレフト方面を振り返り、柴田はマスクを外して打球方向へと目を向ける。

 そして振り抜いた宮島はバットを振り切った勢いで投げ捨て、

「アウトぉぉぉぉぉ」

 2歩、3歩と歩いた後、ぬかるんだ地面も気にせず、その場に膝から崩れ落ちる。

 皆が抜けたと確信した痛烈なライナー。それをサードの山県がジャンプしながらグローブに収めたのである。女子の神部が必死で繋いだ3位防衛への可能性。彼女の思いに答えるため、最後の最後で、もう1人の女子が好守備を見せた。

 ウイニングボールを掴んだ山県がマウンドに駆け寄り、そこへ他の選手たちも集まってくる。3位防衛成功。そのお祭り騒ぎとは対照的に、3位への望みを断ち切られた4組はこの上なく静まり返る。スタンドにいる、いつもは騒がしい長曽我部ですら。

 ゲーム差無し。その差はわずかな勝率の差のみ。そうした中で迎えた最終戦は、2―1。3組の逆転勝利で幕を閉じた。



「みなさん。54試合にもおよぶリーグ戦。お疲れ様でした」

 普段は自主性に任せる試合後のミーティング。しかし最終戦となった今日は、広川主導で行われていた。

「惜しくもわが4組は、今年のリーグ戦は最下位へと沈む結果になりました」

 その言葉に続いて、広川は静まり返った生徒たちに問いかける。

「悔しいですか?」

 わずか数秒の間を置き、何人かが小さく頷く。

「確かに私たちは最下位に沈みました。ですが面白いデータがあります。4組が初めて勝った試合からここまで。試合数は31試合。うち勝利数は19勝」

 その言葉に俯いていた何人かが顔を上げる。

「なお、1組は今日の試合結果を含めて16勝。2組が13勝。3組が11勝」

 さらに多くの生徒が顔を上げる。

「意外な事に、あれ以降、勝ち越したのは、1組と4組のみです。それと面白い情報を」

 彼は続ける。

「2年生リーグの順位表も確定しました。1位、1組。ゲーム差1・5で、2位は4組。ゲーム差0.5で3組。ゲーム差1で2組です。圧倒的な力量差を持つ1組はともかくとして、2年生リーグは、2位以下が4、3、2組の順なのです」

 さすがにここまで言ってしまうと、全員が身を乗り出して話を聞き始める。

「言いましたよね。失敗は自分の長所、短所を見つめ直すきっかけになると。これがそれの力です。さすがに日本トップクラスの才能を持った1組は強いですけど、4組も捨てたもんじゃありませんよ」

『(前半戦でゲーム差が大きく開いた事で、上位勢が完全勝利度外視になったのもありますけどね?)』

 4組は『勝利』『3位浮上』と言う大きな経験を求めていたため、全4クラスの中で最も勝利を考えていた。その一方で大きく差の開いた1組、さらに大きく差の開かれた2組も、『あとは流れで現状の順位を維持できる』との判断で、勝利を捨てて試合経験に力を注いだ。そうした裏もあるため、

 ある時期以降1組よりも4組が勝っていた = 4組が強い

 とは言えないのが本当である。また3組より勝利数が大きく勝っている件に関しても、3組もそれほど『勝利』はまだしも『2位』にこだわっていなかった点がある。辛うじて勝利を選手が意識し始めたのは、ほぼリーグ戦の終盤。

 つまるところが名目勝利数は多いものの、実質勝利数はそれほどでもないのだ。

 ただ、静まり返っていたクラスにそんな現実を突きつけるようなムチは打たず、今日だけは広川もアメを振りまく。

「さて、今日で『1年4組』の戦いは終わりました。次なる戦いは『2年4組』として、新生・4組としての戦いです」

 広川は大きく手を叩いて注目を集める。

「ひとまずこれから1週間ほど秋季休暇ですが、それが明けると秋季キャンプです。2年4組に向けて、練習に力を入れましょう。来年の優勝は4組がもらいますよ」

「「「はいっ」」」

 今年は終わった。しかし来年はまだ始まってすらいない。

 来年の優勝を目に、4組は動き出す。


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