第7話 最大の敵は自然の力
投球練習では、雨の中でも変わらない調子を見せる塩原。ストレートもいつもどおり。変化球に至っては、曰く「いい湿度でボールがフィットしている」といつも以上。「いい湿度って高すぎる気が……」と言うツッコミは、あえて宮島は飲みこんでおく。
『7回の表、1年3組の攻撃は、3番、ファースト、笠原』
『(3番の笠原か。データだと高めに少し甘いみたいだけど、全然甘くないんだよなぁ)』
打者によってコースごとに得手不得手があるのは当然。宮島だってインコースに強くアウトコースに弱い。暫定首位打者の神城であっても、アウトロー・インハイの2つは打率が落ち込む傾向にある。もちろんこの笠原も苦手コースは高めとデータ上は出ているが、コース打率のばらつきが小さいため、実質的に得意も苦手もないのである。
『(あえて言うならど真ん中。それ以外は危険なコースはないって事だけど、逆に安全なコースもないってことなんだよなぁ)』
変化球主体希望の塩原にまずは初球のサイン。
『(雨でリードされたこの状況。きっと向こうは早く追いつこうと打ち急いでくる。なら率の高い低めから、ボールゾーンへ外して空振りを誘う)』
アウトコース低めへのスクリュー。セットポジションに入った塩原は、右腕を後ろに大きく引き、体を沈みこませるアンダースローで一投。
「ボール」
ホームベースに叩きつけるワンバウンド。さすがの宮島も捕球できずに後ろへと逸らしてしまう。
『(ちょっと変化しすぎかな。それにしても笠原。ハーフスイングすらしないか。焦ってるとは思ったけど、思いのほか落ち着いてるのかな?)』
球審から新しいボールをもらって投げ返す。
『(次はどうしようかな。2―0にはしたくない。もう1球。同じのを投げる? それとも違う球がいい?)』
初球と同じサインを出してみると、塩原はやや悩んで頷き、セットポジションへ。宮島は先ほどの暴投を考慮し、気持ち真ん中寄りにミットを構える。そこから低めに沈める算段である。
「ファール」
2球目。アウトコース低めに沈むスクリューを笠原はフルスイング。打球は3塁側スタンドに飛び込むファールボール。
『(打ってきた。落ち着いてボールは見切ってる。けどストライクは逃さない。これは、どう調理したものか)』
いまのところはスクリューにタイミングが合っていなさそうだが、3球連続で放るとどうなるか分かったものではない。
『(フォーク、は違うかな?)』
塩原の持ち球は、スクリュー、スライダー、そしてフォーク。アンダースローからのフォークは難しいと言われるが、「要は回転の掛け方」と宮島のような事を考えた塩原は、かれこれ我流のフォークを開発してしまったのである。
『(ここはストレートでいこうか)』
ただ落ちる球を2球続けたここで、それは少々怖いところがある。
そのサイン通り、塩原の3球目。
「ストライーク」
インハイへのストレートで見逃し追い込む。
球速は113キロ。
球速の出にくいアンダーでこれだけ出すのだから上々である。そんな彼がオーバーで投げた際には、なんでも130を越えたとか。因みにコントロールが超絶的に悪いそうだが。
『(追い込んだ。また低めに落とすか? スクリューはしこたま見せたし、次はフォーク)』
インコース低めへのフォークボール。空振り狙い。ボールなるとしてもそれもまたよし。
モーションに入るなりインコース低めいっぱいにミットを構える。そこへめがけて放られた投球だったが、コースはさらに低め。少しコントロールがぶれる。
『(まずっ)』
笠原は体を泳がせながら空振り。しかしワンバウンドしたボールは普段と違うバウンドを見せ、宮島のミットを弾く。打球は3塁側ベンチ前へと転々。気付いた笠原は1塁へと走り出す。
『(振り逃げ、やられたっ)』
弾き方から1塁は間に合わない。しかし2塁は渡さない。滑るようにボールに追いついた宮島は素手で拾い上げ、1塁へと偽投を見せて牽制。
「タイム。審判。ボールチェンジ」
球審がタイムを掛けたのを確認してから、ボールボーイの方に汚れたボールを投げ、新しいボールを受け取る。やはり雨ともなるとこうした小まめなボール交換はかかせない。
「悪い、悪い」
先ほどのプレーは記録上、ピッチャーのワイルドピッチ。
だが、『届かないところに投げたのはピッチャーの責任。届いている以上はキャッチャーの責任』とも言われる。例えワンバンであろうとも、捕れる機会があった以上はキャッチャーの責任と考え、宮島は塩原にボールを投げ渡しておく。
『(いきなり同点のランナーを許しちゃったか)』
ノーアウトで1塁にランナーを置いてしまったこの状況。さらに3組が動きを見せる。
『1年3組、選手の交代です。1塁ランナー、笠原に代わりまして、中山。背番号9』
残されたイニングのないかもしれない3組は、3番バッターに代走を送る積極采配。
『4番、レフト、バーナード』
しかも打順は最多本塁打の4番。
外野の間を抜かれると同点もありうるため、できればゲッツーを取るために低めを突いていきたいところだが、
『(ここは高め一択。頼んだぞ)』
相手はアッパースイングのバーナード。むしろ低めは危険なコースだ。
セットポジションに入った塩原は2球連続で牽制。刺せそうには無いものの、その執拗な牽制は、急く相手にはよりじれったく感じさせる。
『(さぁ、そろそろ投げようか)』
ミットを叩いて大きく構える宮島。塩原はプロのアンダースロー投手を見て、自己流に改造した高速クイックモーションで投球。
「ストライーク」
アンダー特有の高めに浮き上がるストレート。そもそも高めに弱いアッパースイングにとって、高めでしかも浮き上がるのだから、厄介なことこの上ない。
『(もう一丁)』
高め狙いの投球は変えない。弱点は徹底的に突く構えを見せる。それでもバーナードはバットのグリップを腰の下まで落とし、アッパースイングで迎え撃つ。
「ファール」
高めの浮くストレートをバットに当てる。打球はバックネットを越えるファールボール。
『(やっぱり苦手って言っても、打てないわけじゃないんだよなぁ)』
高め一辺倒で抑えられるほど簡単な相手なら、最多本塁打を記録しているわけがない。
『(外のスクリューを振らせるか?)』
できれば空振り。無理でも低めを意識づけさせることができる。
構えたコースは、これまでの暴投を考えて気持ち高め。それでも今日の変化球のキレから言って、十分低めに落とすことができる。
塩原、クイックモーションからの3球目。
やや高めに浮いてくる球。これがバッター手前で外側低めに沈みこむ。
「ボ、ボール」
バーナード、ハーフスイング。
「スイング」
ひとまず1塁ランナーの動きだけを確認しておき、宮島はミットで3塁審判を指す。
「ノースイング」
手首が返ったようにも見えたが、判定はノースイング。
『(三振ならずか。けど、振りそうになったってことは、アウトコーススクリュー、意識づけの効果はあったと見た)』
もう1球、低めの意識づけさせたいがこの雨。暴投が怖い。
『(勝負だ。インコース高め、ストレート)』
高めと言う明確な攻略法があるバーナード。変化球主体を要望した塩原も、文句は言わずにストレートで決めにいく。
『(よし、ここは打てない)』
中腰に構えた宮島のミット一直線。インコース高めストレートは、ボール2つ分ストライクゾーンから外れているが、三振狙いの釣り球には申し分ない。
ところがこれをバーナードが弾き返した。
『(今のを打つかっ?)』
マスクを取って目で打球を追いかける。外した球だけあって、それほど打球は伸びない。それもフックのかかった打球はファールゾーンへと切れて行く。
それを三国は全力で追う。
目を切っていたフェンスとの距離を測った三国は、もう一度打球を確認。捕れると判断して打球に飛びつく。
捕ったかどうかは見えない。それでも1塁ランナーはタッチアップ体勢から2塁へとスタートを切る。その走塁に、起き上がった三国はグローブの中にあったボールを、セカンドの横側に向けて送球。
「アウトっ」
正規の捕球を確認した1塁審が遅れてアウトコール。
「セーフ」
一方の2塁はさすがに間に合わず、進塁を許してしまう。
『(捕らなければファールでノーアウト1塁。1―2から仕切り直しだったけど、バーナードを打ち取れたとは限らないし、今のは三国の好判断かな?)』
足の速い中山を2塁に置き、一打同点となったのはよろしくない点。これは損得プラスかマイナスか難しいが、宮島が思うにプラス。そもそも今更とやかく言っても仕方ないため、割り切っていると言うのも理由にある。
『(ネクストは仁科か)』
本日の仁科はキャッチャーファールフライとセカンドフライ。
『(その次は柴田。歩かせるのも選択肢としてはありかな?)』
結果こそ出ていないが、仁科の打力を考えると真っ向勝負は怖い。
『(中距離打者の仁科か、長距離打者の柴田か)』
そうしている間に仁科が右バッターボックス横まで来ていた。
『(ここは歩かせる気で勝負しようか)』
迷いに迷った宮島はここで中途半端な選択。
まずいはインコースへストレート。一発がある相手である以上、逆転ホームランの可能性を考えて甘い球は放りたくない。そんな思いもある中で、宮島は思い切ってインコースを要求。
『(普通なら1点も取られたくないどころか、一発警戒をしても不思議じゃない場面。だからこそその逆を突く。インコースいっぱいに来い)』
自信を持って送ったサインだが、塩原は首を横に振った。
『(あれ? 希望通りじゃなかったか。それじゃあ、スクリューかな? だとすれば暴投が怖いし、真ん中から低めに落とす?)』
縦に頷く。今度は納得いったようである。
セットポジションの塩原は、2塁ランナー・中山を目で牽制し、テイクバックを小さくしたクイックモーションで宮島に向けて投球。
「ストライーク」
『(あ、あぶねぇ。初球から振ってきた)』
仁科は初球のど真ん中から膝元に沈むスクリューを空振り。
『(スイングのタイミングからして、待っていたのはストレート。塩原が首振ってくれなきゃ、最悪スタンドに叩き込まれてたな)』
塩原の感覚に助けられた。宮島のリードであれば同点確実であったが、ここは空振りをもらってワンストライク。
『(変化球の次は、まっすぐ行く?)』
今度のストレートサインには頷き。狙うは高めストレート。彼の浮き上がる高めストレートを意識させられれば、低めに落ちるスクリューで、上下を生かしたピッチングができる。バーナードの打席とは逆の配球だ。
宮島と塩原の意思が一致した投球は、
「ボール」
アウトコース高めのストレートが外れてボール。宮島は中腰でボールを受けたついでに、2塁への送球姿勢へ。反射的にしゃがみこんだ塩原の頭を通し、2塁カバーに走る横川へと送球。
「セーフ」
リードの大きかった中山は危うく刺されそうになるも、彼の手がわずかに早くここはセーフ。
『(惜しい。けどこうしとけば、ランナーを2塁に釘づけさせられるかな)』
引き分けすなわち負けの4組にとって、1点差はまったくもってセーフティリードなんかじゃない。この1点は絶対に失ってはいけない1点なのだ。
一方の3組にとって、引き分けすなわち勝ち。この1点は勝ちに大きくつながる1点となる。絶対に欲しい1点だ。
『(ま、マズイ)』
宮島の配球が読まれた。アウトコースのボールからストライクに入ってくる、バックドアスクリュー。それを完全に読み打ちされ、真芯で捉えられた打球は一二塁間への痛烈なゴロ。名手・神城が飛び込むが間に合わない。
『(ヤバい。ホームクロスプレーになるっ)』
そう思った宮島だったが、まだもう一枚残っていた。
神城のグローブ先を抜けた打球。一二塁間を破るかと思われたが、そこへセカンドの横川が飛び込んで捕球。上体を起こし、両ひざは突いたままで、1塁ベースカバーに走る塩原へ送球。受けた塩原は1塁上でのランナーとの交錯を恐れ、ベースへと脚から滑り込む。
「アウトっ」
間一髪で間に合った。1塁審のアウトコールを聞きながら、起き上がった塩原は3塁方面を牽制。このプレーの間に2塁ランナーは3塁へと進まれたが、タイムリーは防いだ。
『(2アウト3塁。バッターは一発のある柴田くん。宮島くんはどう判断しますか?)』
広川は宮島に任せるとサインを送り、あくまで現場に一任。
『(次は酒々井、ピッチャー・築田、村井。築田はそのまま打席に送らないとすると、酒々井か、残る代打か、村井か)』
宮島は頭の中のデータから今後の作戦を組み立てる。
一発のある柴田は敬遠してしまうのが常套手段。しかし今、4組が恐れるのは可能性低き逆転よりも、可能性高き同点。そして相手もそれが分かっているなら、代打は率の高い選手を送ってくる。よって取るべき作戦は、
『(勝負。逆転を恐れて同点にされたら元も子もねぇ)』
一発こそあれ、打率の低い柴田との勝負を選んだ。
左バッターボックスに入る柴田。右投手対左打者では打者有利と言われるが、それでも敬遠する気はない。左の低打率を歩かせて右の高打率と勝負しても仕方ないし、結局、ここで勝負するしかないのである。
「ストライーク」
思い切って、いきなりストライクを通してくる。まずは先手を取った。
『(きっとこいつも追い込まれたくない。アウトローから沈めるスクリュー)』
普通のキャッチャーなら、3塁に同点のランナーがいる時、しかも雨で制球が乱れやすい時に出したくない低めに沈む球のサイン。しかしそれを宮島は迷いなく送る。すると塩原から、さりげないサインが出され、すぐにセットポジションへ。
その内容は任せるというもの。
『(2アウト3塁のこのピンチ。お任せいたします)』
『(おいおい。ここで切り替えか? それなら少しタイミングを考えろって)』
一応は塩原の要望通りにサインを送っていた宮島だが、ここで彼からサインの主導権を渡される。好きに組み立ててほしいとのことだ。ただ、それならそれで別のサインがあったというもの。明らかに塩原のおかしなタイミングでの指示だ。
そんな彼の投球は、宮島の構えたコースの逆球。ただ低めには違いなく、そこから地面にワンバウンドする勢いで沈み込む。
「ボール」
『(今のを振らなかったか)』
捕球の難しい低めに思いっきり沈むスクリュー。それを難なく捕球した宮島は、球審にボールの交換要求。新しいボールをもらって塩原に投げ返す。
『(今のを振らないってことは、低めを捨ててるのかな? だったら低めのストレートでいかせてもらうぜ。キャッチャー主導だ。塩原、異論はねぇな?)』
頷いた塩原はセットポジションから大きくお辞儀する様に体を曲げ、右腕を沈みこませる。土佐野専学内最低空リリースポイントから、左の柴田のインコース低めへ。大きな角度のついたクロスファイア・ストレート。
『(よし。こいつは読み打ちじゃないと打てないっ)』
自信を持ってミットを開いた宮島。するとその球を、柴田はまさしくゴルフスイングですくい上げて弾き返す。
『(打たれたっ。けど、これならっ)』
「ライトっ」
打球はライトへと舞い上がった打球。守る三国はやや後退して振り返って打球を確認。難なく捕れるライトフライかのように見えたが、直後、三国は急いで後退し始める。
『(え、うそっ。伸びてるのかっ?)』
風向きを示すバックスクリーン上の旗は、まったく動いていない。風はないはず。
ところが三国の動きからしてかなり伸びて行く。
それどころか、ついにはフェンス手前までバック。
『(嘘だろ。今のが入るのかよ?)』
宮島の背後を3塁ランナーが走り抜けてホームを踏む。もちろん三国がノーバウンドキャッチすればスリーアウトで得点にならないのだが、
「ちょっと、これはやべぇって。くそっ」
三国はフェンスに右手を掛け、よじ登り始める。これはいわゆるホームランキャッチの体勢。それだけ打球が伸びているのだ。
打球が徐々に落ちてくる。フェンスのかなり上までよじ登った三国は、なおも上に行こうとフェンスに足を掛けながらグローブを出す。
「捕れる――えっ?」
ホームランキャッチを確信したその瞬間、急に体が落下し始める。三国はついにグラウンドまで落下。そうして捕る者がいなくなった打球は、
「ホームラン、ホームランっ」
ライトスタンドで跳ねた打球を見て、1塁審が右腕を回した。
「そ、そんな……」
打ち取ったと思った塩原はマウンド上に膝を突いて崩れ落ち、宮島も自らのミスリードによるものと呆然とする。
宮島が読み切れなかったもの。それはここまで彼らを苦しめ、時に味方してきた雨。
何も影響を与えてきたのは、ピッチングや、ゴロ打球、送球時の足場だけではない。試合前から降り続いた雨で、濡れて滑りやすくなっていたフェンス。それで三国の足が引っかからず落下。さらにはライト方向へと吹く風。旗は棚引いてはいないが、これは濡れて重くなったため、棚引かなかっただけのこと。実際にグラウンド上空は風が吹いていたのだ。
自然の力の恩恵を得て奪った1点。しかし自然の力を受けて2点を失った。
試合は大きく3組優勢へと動いた。
ネクスト・酒々井がフォアボールで出塁。酒々井に代走・加村、バッター・築田に代わって太田が打席へ。さらに追加点を得たい3組の攻撃は、加村が2塁に盗塁を敢行。これを完全に読み切った宮島が刺して7回の表は終了した。
いつ試合が打ち切られるか分からない緊張感の中、4組は必死の追撃にかかる。が、そう簡単にはいかなかった。
7回裏。3組は代走で引いた酒々井に代わって、8番にサードで山県を。代打で引いた林泯台に代わって備中がマウンドへ。その備中を前に、前園がショートゴロ。横川がセンター前で繋ぐも、宮島がサードゲッツーに倒れ無得点。
8回の表は4組が本崎を投入。3者凡退に抑えこみ、その裏の攻撃に望みを託すが、リリーフ・斉藤の前に、本崎の代打・大川がセンターフライ。1アウトからフォアボールで神城が出塁に成功した後、三国の痛烈打をセカンド・仁科に阻まれセカンドライナー。さらには抜けると思って飛び出していた神城が刺されダブルプレー。6回から数えて3イニング連続併殺打でチェンジと、どうも拙攻が目立つようだが、7回以外は3組の好守によるもの。やはり3組にも3組の意地とプライドがあるのだ。
雨も強い中、なんとか迎えることができた9回。スライダーの得意な左の藤山を送り込むも、彼も制球が安定しない。
「仕方ないでしょう」
この回はできることならば藤山に踏ん張ってほしかった。だが、ツーアウト取ったとはいえ、ランナー1・2塁のピンチ。制球も安定しておらず、追加点を阻止したいこの場面。背に腹は抱えられない。広川は苦渋の決断を下した。
『1年4組、選手の交代です。ピッチャー、藤山に代わりまして、立川。背番号63』
大きな落差のフォークを武器にする守護神を投入。彼はベンチから姿を現すと、ブルペンで温めた肩を冷やさぬよう、駆け足でマウンドまで上がってくる。
「ご、ごめん」
9回を任されながら、抑えきれなかった不甲斐なさに、俯きながらボールを渡す藤山。しかしそんな彼の背中を軽く叩き励ましながら、ベンチへと向かわせるのは立川。
「この上位打線でこの天気。ランナー2人出しても、ツーアウト取ったら上々。ですよね。隊長」
「まったくだ。ただし立川。お前は、出てきたからには抑えないと、軍規に照らし合わせて処刑な」
「ハッ。了解であります」
神城は「軍規って何なん?」と不思議そうな顔を浮かべるが、空気を読んで何も聞かない。そもそも聞かなくて正解である。宮島も立川も、軍規なんてものは知らないのだ。




