第5話 才能を生かせ
「およ~っす」
おはようございますが略され生み出された独自のあいさつをしながら教室に入る宮島。
前々まで朝会は「どうせ学科によって授業が別だし、野球科にいたっては練習参加も自由なのに、朝に教室に来る必要あるのか?」なんて声も上がったものだ。そもそも朝会は自由性の高い学校ゆえに、いつのまにやら学校に来なくなってしまう生徒を生むことを防ぐため云々、と言うのはあくまで教師側の意見である。しかしあれだけ文句を言っていた生徒も、別にそんな教師陣の考えなんてしったことかで、有意義な団欒タイムとして朝会の存在意義を確立しつつあった。
彼は後ろのドアから教室に入るなり、目的の人物を探していた。特定の誰かではなく、特定の学科に通う人間なら誰でもよかったのだが、まだ時間が早いだけあって1人しかいなかった。名前はあやふやだが、なんとか名前の断片を引っ張り出す。
「およ~っす。あきなさん。ちょっといいかな?」
「ふぇ?」
呼ばれた声に一瞬体を振るわせ、声のした方に顔を向ける。ショートカットでやわらかそうな茶髪がほぼ揺れないほどにゆっくりであり、驚きのあまりに丸っこい目がしっかり見開かれている。
「えっと……宮島君、だよね」
「そう。いきなり呼んでビックリさせちゃった?」
「ううんそうじゃなくていきなり下の名前で呼ばれたから、てっきり昔の知り合いにでも会ったかと思ってビックリしちゃって」
「下の名前?『あきな』さんって苗字じゃなかったっけ?」
「姓は『秋原』だよ?『明菜』は名」
てっきり『あきな・○○』と言う名前であると勘違いしていた宮島。初対面と言うことでもないが、初会話にしていきなりの大失態である。
「ご、ごめん。野球科のメンバーはなんとなく名前を覚えたんだけど、それ以外の学科の人はあまり覚えきれてなくて」
『(そう言えば長曽我部が秋原って言ってたけど、コイツの事か)』
かなり前の事を詳細に思いだし自分の中で納得。
「授業が別だから仕方ないよ。接点なんて教室や試合前の準備中、ロッカールームでたまに会うくらいだし」
名前を間違われたというのに気にも掛けず、それどころか彼のフォローへと回る。
「そう言ってくれると助かるなぁ。それで秋原さん?」
「明菜でもいいよ? 昔から下の名前で呼ばれてるし。こっちに来て下で呼ばれたことはなかったけど」
「そ、そっか。じゃあ明菜さん」
「なぁに?」
紆余曲折合ったが名で呼ぶことに落ち着いた。
「明菜さんの学科ってスポーツマネジメント学科だったよね」
「そうだよ」
「じゃあそのマネジメント力を生かして、1年4組野球科を強化できない?」
「……」
「……」
ほんのり笑顔。そのままの表情で硬直し、無言の時間が数十秒ほど続く。そしてようやく秋原が口を開いた。
「勢いでそうだよとは言ったけど、究極に勘違いされてるような気がする。『スポーツマネジメント』じゃなくて『スポーツマネージメント』だし。それにマネージメントって言っても、どこぞの高校野球部のマネージャーさんみたいな事はできないんだけど」
なお『スポーツマネジメント』は、スポーツ経営科の英訳である。スポーツマネージメント科の英訳は『スポーツセクレタリー(スポーツ秘書)』となる。
衝撃の事実を伝えられた宮島は顔が歪む。
「え? そうなの?」
「うん。練習の手伝いとか、あと体調管理とか。そう言うことはできるけど、あいにくそっちの方はできないかなぁ」
「でも、スコアラーとしてのデータ収集、管理、解析も習うんだよね?」
「習うよ? でも収集して、管理して、解析してそれまで。その解析した結果をどう生かすかは選手や監督次第だし……」
言うなればチームの得点はA点。他チームの平均得点はB点。のようにデータを算出するのはスポーツマネージメント学科の領分である。しかしそのデータをもとに得点力上昇につなげようと考え、実際に練習方法や、作戦を立案するのは選手や監督の領分である。
「『マネージメント学科』って言うのは、マネージャー業務を習うところだから」
「そっか。それは残念」
「ごめんね。力になれなくて。でも、練習の手伝いならできるよ? 打撃投手とかブルペンキャッチャーとかみたいに本格的なのは無理だけど、球拾いとかトスを上げるくらいなら。それとマッサージは得意だよ? 疲れた時は好きに言ってね?」
「だったらその時は頼むよ」
「うん」
ほんのり肯定気味に伝えると表情が急激に明るくなり元気な返事を返してくる。
特技はマッサージと聞いてウキウキしていた野球科諸君は、寸前となって初心であることが災いしてなかなか頼めず、スポーツマネージメント学科の男子生徒にマッサージをお願いすることが基本となりつつあった。それが彼女としては非常に寂しくもあったのだろう。
『(しかしスポーツマネージメントって言うからてっきりチームの強化をするかと思ったけど、せいぜい補佐程度なんだよな。ということは自力でなんとかしないとダメって事か)』
監督も頼りにならない存在ではない。いざ技術面に関して質問をすれば的確なアドバイスをしてくれるし、心理的な相談にだって乗ってくれる。彼らの周りであれば親や友人以上に頼りになる存在であろう。
ところがチームの強化など方向性が定まらない場合は別だ。自主性を育むためにと監督は必要以上の干渉をしてこない。チーム強化に関して提案すれば協力はしてくれるが、監督側から提案はしてくることがないのだ。
いろいろ考えながら席に座ると、後ろから秋原の黄色い声とは違う、野太い声が掛けられる。
「うっす」
「杵?」
「合言葉?」
眠そうな顔で学校に来た長宗我部のあいさつに、上手いのか下手なのか分からない返答。
「何か考え事か?」
「う~ん。少し、なぁ……輝義ってチームが勝てない理由って何だと思う?」
「努力だろ。努力しようぜ。特訓しようぜ」
以前、言わないと言っていたことを平然と言い切った。
「昭和のスポコンマンガのノリはいいから。方向性の話。打撃とか守備とか」
「打撃、守備、走塁、ピッチング、メンタル」
「ほぼ全部じゃねぇか」
「ほぼ全部じゃねぇの?」
あながち間違いでもない。
「それより俺、かんがえたんだよ。勝てるための作戦」
「マジで? 何?」
「必殺技だよ。必殺技。消える魔球とか、グワーンって変化する魔――」
「いやぁ。いい天気だなぁ。洗濯日和だ」
「ソ、ソウデスネ」
あいにくそんな魔球なんて投げられない事は分かっている。ナックルや、変化球が存在しなかった時代のカーブのように『魔球』と比喩されるものはあっても、漫画的な意味での物理法則を完全無視した『魔球』はありえない。
「……あっ」
そのように考えていた宮島だが、唐突に閃いた。
「どうした。洗濯ものでも干し忘れたか?」
「そうだ。グワーンだ、グワーン」
「グワーン?」
「お前に足らない物。変化球だ」
硬式球に慣れた長曽我部が140キロ台を出すとは言え、ここはプロ養成機関。玉石混合で速ければ三振の取れる高校野球とは違い、140キロ前半くらいなら簡単に打ち返せるというほどの選手は山ほどいる。そのような相手に対して必要なのは球速ではなく、それ以外。ボールのキレに投球フォーム。テンポの取り方など様々な要因があるが、大きな2つを挙げるならコントロールと変化球である。ストレートの速さを徹底的に伸ばすのも手ではあるが、伸びしろを考えるにその2つをなんとかするのが得策であろう。
しかし長曽我部は不機嫌そうに眉をひそめる。
「馬鹿言うな。俺はな、ストレートで最強になりたいんだ。目標の選手は阪神の守護神、藤川球児。変化球の練習なんてしてる暇があれば、ストレートの球速を上げるぜ」
消える魔球だの、グワーンって変化する魔球だの、そんな主張をしていたにもかかわらず、宮島が提案した途端に意見を変えての大反論。宮島は残念そうに天井を見上げた。
「藤川さんだって凄いフォーク投げてたけどなぁ。たしか」
「神主。フォークの練習に付き合え」
「まさか5秒も立たずに手のひらを返すとは。腱鞘炎になるぞ? ピッチャーなんだから手首の怪我には気を付けろよ」
「こうして……こう」
その日の午前中、ブルペンにてマウンドに登った宮島は、誰もいないホームベースへと投球。するとそのボールはホームベース手前で左打席の方向へと曲がりながら落ちた。
「おぉぉ、すげぇぇ。何あれ」
「スライダー」
「待て。俺は守護神・藤川先輩のようなフォークが投げたいんだ」
「縦スラだからほぼフォークみたいなものだって。僕はリリースポイントの問題でカーブ軌道になるけど」
「それで、どう投げるんだ」
つくづく変わり身の早い人間である。
「握りはこうして」
「こうか?」
「いや、こう」
「なるほど。変化球っていきなり投げれるもんなのか? それとも最初はちょっとの変化で、練習していったら伸びる感じ?」
「人によりけり。変化球って要は回転の掛け方次第だから、上手くやれば初めて投げて三振取れるレベルになるかもしれない。あくまで『かもしれない』な」
「ふ~ん」
興味深そうに宮島の話を聞きながら、手の中でボールを転がす。
「それで、リリースの時にボールの横を切る感覚で。上手くいかないようなら、気持ちひねるといいかしれない。肘に負担がかかるからおすすめしないけど」
長曽我部と並んでボールの握りを確認。そしてゆっくりとモーションに移りながら、時折動きを止めて腕や手首の使い方を教えて行く。ひととおり教えたところで長曽我部は「よし。実際にやってみよう」と投球モーションに移る。習った握りでボールを掴み、宮島の投球モーションを思い出しながら自分で再現。そんな彼の右腕から放たれたボールは、
「大暴投。あれは捕れねぇや」
「あれぇぇ?」
大きく左に逸れる。昔からストレート一本のピッチングをしていただけに、急なリリース方法の変化についていけないのだ。ボールが右へ、左へ、上へ、下へ。時には真下に叩きつけることも、すっぽ抜けて後ろに飛んでいくこともあり、このままではストライクを取ることはおろか、キャッチャーに投げる事すら危うい。
「まぁ後は頑張れ」
「おいおい、神主。どこへ行く。厳島神社か?」
「黙ってろ。元親」
「誰が第20代長宗我部家当主だ。あれ? 21代だっけ? いやいや、そんなことよりどこに行く?」
「あいにく、お前1人に付き合ってられねぇ。僕個人の練習もあるし。お前は防球ネットと友達になってくれ」
「冷たいなぁ。よっ、大統領」
「持ち上げられても断る。せめてまともに放れるようになってから言ってくれ」
長曽我部の頭を引っ叩き拒絶すると、マウンド後方のベンチに腰かけてスパイクからスニーカーに履きかえる。スパイクのままでコンクリートやアスファルトの上を歩くと裏の金属の歯がすり減ってしまうため、土の上以外では基本的に履き替えるようにしているのだ。
「それじゃ、僕はグラウンド行って個人的な練習してくる。さすがにずっと投手陣の様子を見ているわけにはいかないし」
「分かったよ。じゃあ練習するのを許可してやるから、午後はキャッチャーやってくれよ?」
「なんでお前が権限握ってんだよ。とにかく僕は行くからな」
プロテクターやレガースは付けたまま。マスク、ヘルメットとミットはエナメルバックの中に放り込んで左肩に掛ける。宮島自身、この学校に来てからピッチャー以上にブルペンに入っている気がしていた。だからこそ宮島は若干ながら機嫌がよくなっていた。
2階のブルペンを出て1階へと降りる階段へ向かう宮島。すると廊下の向こうから見知った人物が現れる。
クラス内で1番の背の低さ。到底、野球選手とは思えない体型の女子ピッチャー。新本であった。彼女は宮島を見つけると嬉しそうな笑みを浮かべて駆け寄ってくる。それに何か嫌な予感を悟った彼は、わずかに歩くペースを早めて彼女の横を通り抜けようとした。しかしピッチャーの執念とは怖いものである。
『(あ、掴まれた)』
宮島は気付いた。彼女が背後からユニフォームを掴んでいると。振りきって逃げることも選択肢としてはあるが、今後の関係を考えるとそんな無理はしたくなかった。
いったいどんな顔をしているのか。果たして怖い顔か。はちきれんばかりの嬉しそうな顔か。それとも悲しそうな顔か。いろいろ考えつつ、ゆっくりと顔だけ後ろに向ける。
そこにいた新本は右手で彼のユニフォームを軽く掴んだまま、顔自体は正面を向けたまま、媚びるような上目づかいで彼の顔を見つめる。
『(まずい。この顔はまずい。こんな甘えたような顔で頼まれたら断れない)』
すぐさま視線を逸らす。
「受けて?」
「やだ。これから自分の練習が――」
目線を合わせるとやられる。向こうのペースに引き込まれる。
「絶対にダメ?」
「ダメ。そろそろバッティング練習しとかないと。試合で全然打てないし」
理由を付けてしっかり断ってみると、意外にもすんなり手を離してくれる。彼女の性格を読み違えたかと思いつつ、後ろへと振り向いてみる。すると彼女は寂しそうに俯き、手をだらしなく下に垂らしてブルペンへ小股で歩いていく。
哀愁にあふれた背中を放っておけなくなった彼は、諦めて彼女の元へと歩み寄る。そして彼女の頭に手を乗せてしっかり聞こえる程度の大きさで声を掛けた。
「分かったよ。受ければいいんだろ?」
「いいの? 練習しないの?」
彼女に向けてくる目は泣いてこそいないが潤んでおり、彼女が元から持っている幼さと相まって男子の保護欲を刺激する。自然な流れで頭に手を乗せてしまったのはそれゆえだ。
「いいんだよ。ブルペンで投手の球を受けるのも練習だから」
「じゃあ、じゃあ、じゃあ、後で私がバッティングピッチャーしてあげる~」
「ははは……どうもありがと」
笑みを浮かべながらも心の中では大号泣。
彼の表情を目にした新本は心の底から明るい笑みを浮かべる。その表情はさながら、テストで100点を取って大喜びする小学1年生。犬であればちぎれんばかりに尻尾を振り回し、猫であればノドを鳴らし続けていた事だろう。
『(こいつ喜怒哀楽激しいな。こういう子は嫌いじゃないけど)』
彼女は彼の手を握ると先行してブルペンまで引っ張っていく。
「早く行こ~、早く行こ~」
「はいはい。焦るな」
次はテストで100点を取ったその1年生が、ご褒美に遊園地に連れて行ってもらったような構図。娘に付き合っている父親ポジションの宮島は、そのまま引っ張られながらブルペンへ。すると部屋の中に入って早々、防球ネットを挟んで長曽我部と目が合う。
「お帰り。デート?」
「んなわけあるか。新本のピッチング練習の相手」
「なんだよ。俺のボールは受けてくれないのに、新本のボールは受けるのか。やっぱり神主も男だな。野郎なんかよりも女子とバッテリーの方がいいのか」
「変な事を言うな。そりゃあ、お前みたいに無茶苦茶を言うような野郎よりかは、ちっこくて可愛らしさのある女子の方がよっぽどいいけどさ」
「可愛らしさ、ねぇ」
長曽我部は宮島と手を繋いでいる新本に目を向ける。
身長は160センチにも満たず。軒並み180を超え、飛びぬけての低身長レベルである宮島・神城の両名でも170はある1年野球科男子にとってみれば非常に小さい。男子勢はこれから身長が伸びる人も多いため、その差はより広がることだろう。
何の話? と首をかしげる彼女は、野生であれば肉食動物に追い掛け回される小動物を思わせる。しっかり者で頼りになるお姉さん要素を持つ秋原とはまるで真反対。危なっかしさとあどけなさを持ち合わせる妹ポジションである。
「どっかのロリコンが発狂しそうな見た目だな」
「そう言うお前は輝義みたいな超絶むさ苦しい筋肉野郎と、新本みたいな可愛らしい女子。一緒に練習するならどっちがいい?」
考える事3秒。
「もう、俺みたいな野郎なんてさっさとくたばっちまえばいいのに」
頭に2つの選択肢を思い浮かべた長曽我部は、選択肢の1つである野郎の顔をゴミ箱に放り込んでフタを閉め、コンクリートで固めて太平洋に沈めた後に自虐開始。
「だろ? だったら僕がお前よりこいつと練習したいのは分かるだろ?」
「それは納得した。悪かったな。邪魔して」
滅茶苦茶にけなされた怒りよりも、納得感が大きくて怒る気にもなれない。
「それで、しばらく見ない間に上達したかな? 受ける予定はないが成果だけは見てやる」
「ふっふっふ。ご覧ぜよ。これが練習の成果だ。それ」
「……さぁ、新本。練習しようか」
「は~い」
ボールを足元に落とした長曽我部を放っておき、彼のいる場所とはほぼ真反対の端にあるマウンドを陣取る。マウンド側には新本が立ち、ホームベース側には準備を整えた宮島。
まずは肩慣らしのキャッチボール。10メートルほどの近い位置から、徐々に徐々に18メートルほどまで離れて行く。
「新本。肩が温まったら言えよ。僕は分からないから」
「うん」
律儀に首を縦に振って答える。その後は2分ほどでマウンドからホームまでの距離に間を広め、それから3分間ほど宮島が立ったままでキャッチボールを続けた。念入りに肩を温め、程よく肩が熱を持ち始めたあたりで新本がキャッチボールをやめる。
「宮島君。温まったぁ」
「よし、それじゃあしゃがむから投げてこい。球種は任せる」
「宮島君に任せるから、自由に言って~」
「自由にって言ってもなぁ。とりあえず、ストレート何球か投げ込んでみようか」
「分かったぁ」
宮島がど真ん中にミットを構えると、セットポジションからストレートを放る。いつも通りの100キロ満たずのストレートが右バッター視点でのインコース低めへ。その後も何度か放らせてみたのだが、宮島は彼女の投球方法に少しの違和感を覚えていた。
長曽我部など他のピッチャーに比べ、彼女の投法は異常なまでに投げにくそうなのである。
セットポジション。そこから軸足に交差させるように足を上げ、ほぼ真正面にその足を踏み出す。インサイドステップでもなければアウトサイドステップでもない。自分から見て体を大きく右側――1塁方向に倒し、これでもかと言うほどのオーバースローでリリース。リリース後は右足を1塁側へと流す。
高めに浮いたボールを受けた宮島が、その状態で問いかける。
「新本。その投げ方、投げにくくない?」
「別に投げにくくないよ?」
「ちょっと、最後に右足を流すのってやめられない?」
「え? ダメなの?」
「いや。だめじゃないけど。プロでもやってた人がいたと思うし」
悪いフォームでもクセでもない。実際にNPBでもMLBでも足を流す投球フォームの人はよくいる。ただ新本が足を流しているのは、そう言った人たちとは違い、投球フォームの問題点から派生した症状の1つに見えるのだ。つまり欠点である。
「ちょっともう1回。今度は右足を流さずに投げて見て」
要望を受けて再び投球。今度は右足を流さないように意識したピッチングフォームなのだが、体勢を崩して1塁側に手を付いてしまい、ボールも大きく逸れる。
「何がおかしいか分かった」
「え?」
「リリースだ」
「リリース?」
長曽我部の場合、水平面に対して肩から右手を結んだ線の角度は50~60度。一方で新本の場合、体を大きく倒して投げるというトンデモフォームゆえに、その角度は80度近い。
「もうちょっと腕を倒してみて。気持ちスリークウォーターで」
「でも、昔、それやったら腕が下がってるって少年野球の監督に怒られた」
「そんなの放っとけ。どうせダウンスイングだの根性論だのおかしなことをほざいているような古い人間だろうし」
再び指摘を受けてフォームを変える新本。今度は少し腕を下げての投球。投球は大きく逸れるボール球になったが、彼女は驚いたように目を丸くしている。
「か、軽い。肩が軽い」
「だと思った。個性的で片付けるにはどうしても無理があったし」
その後も新しいフォームを身に着けるべく投球練習を続ける。急なフォーム変更に慣れずコントロールこそ荒れたものの、球速は若干ながら上がっている印象がある。その問題となったコントロールも20球ほど投げていると安定し始め、変化球はいきなりストライクゾーンに入る。
「適応力は凄いな。普通、フォームを弄ってすぐこんなに制球は安定しないはずなのに。まだ前のフォームが固まっていない内ならともかく」
『(もっとも、フォームを変えたせいで時々シュート回転するボールがあるけど)』
少年野球の監督に怒られたというからには、少なくとも中学3年間は先ほどのフォームであったという事。それだけ長い間投げていたのならフォームが固まっていないとは到底言えないだろう。それを時折シュート回転するボールがあるくらいで、コントロール壊滅のように致命傷となる大きな問題も無くあっさり変えたのだから、これは天性の才があったと言っても過言ではない。
『(意外にアンダーとかトルネードみたいな個性的投法でもあっさり飲み込んだりしてな)』
しかしアンダーやトルネードは多少のフォーム修正とは事情が異なる。そのフォームを確立させるために必要な筋肉や能力が異なってくるのだ。
『(先輩も言ってたっけ。女子は160キロの世界では争えないって。だったらこのトンデモ女子選手をどう伸ばすべきかが問題だな。遅い変化球を軸にストレートをウイニングショットにするか。それとも)』
宮島は彼女の投球を受けながら完成像を考えていた。
『(ってあぶねぇ、あぶねぇ。プロになるためにこの学校に来たのに、誰かを育てる面白さに熱中するところだった)』
「けど……」
そんな思いとは絶妙に相反するものもある。
「宮島ぁ。今度は俺のボールを受けてくれ」
「今度は俺な」
「せこいぞ。ジャンケンだ。ジャンケン」
ケンカをし始める投手陣を見ながらため息を漏らす。
『(いくら人を育てるのが面白いとはいえ、さすがに投手陣丸抱えはキツイって……)』
この章にも1名、実在プロ野球選手の名前が引用されています
……アウトですかねぇ?